Amazonアソシエイト 2007年注文数ベスト20

昨年、当ブログで注文の多かった本、ベスト20を紹介しておきます。 まずは20位から13位まで。 ここは『システムの科学』や『本能はどこまで本能か』も含めて認知科学系の本が多いですね。 ※リンクは当ブログでの書評 20位 システムの科学/ハーバート・A・サイモン 19位 アンビエント・ファインダビリティ ウェブ、検索、そしてコミュニケーションをめぐる旅/ピーター・モービル 18位 日本数寄/松岡正剛 17位 本能はどこまで本能か―ヒトと動物の行動の起源/マーク・S・ブランバーグ     16位 「意識」とは何だろうか―脳の来歴、知覚の錯誤/下條信輔 15位 わかったつもり 読解力がつかない本当の原因/西林克彦 14位 アフォーダンス-新しい認知の理論/佐々木正人 13位 ユーザ中心ウェブサイト戦略/武井由紀子    

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最近買った本 20071228

相変わらず読みたい本が山積みです。好奇心がどんどん湧き上がってくるし、とにかくまだまだ知識が足りないと実感することが最近やたらと多いので。 どこまでを「最近」とするかはあいまいですが、こんな本を最近購入しました。 みなさんの年末年始の読書計画の参考になればと思うので、以下に紹介しておきます。 デザイン関連デザイン関連では、引き続きムナーリさんと原研哉さんの本を読んでおこうか、と。あとアキッレ・カスティリオーニに関する本も見つけたのでそれも。 デザインとヴィジュアル・コミュニケーション/ブルーノ・ムナーリ闇の夜に/ブルーノ・ムナーリデザインのデザイン Special Edition/原研哉アキッレ・カスティリオーニ―自由の探求としてのデザイン/多木陽介     参考:すでに読んだムナーリさんの本 モノからモノが生まれる/ブルーノ・ムナーリファンタジア/ブルーノ・ムナーリ

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ファンタジア/ブルーノ・ムナーリ

いやー、創造力とは何か、どうすればそれを高めることができるかということを考える上では、すごく参考になる本でした。 無知こそが最大の自由を与えると信じるのは絶対に間違っている。むしろ、知識こそが自己表現の手段を完全に操る手段を与えるのだ。 ブルーノ・ムナーリ『ファンタジア』 ブルーノ・ムナーリ(Bruno Munari、1907-1998)は、イタリアの美術家で、グラフィック・デザイナー、プロダクト・デザイナーであり、また、美術教育者であり絵本作家です。 この本でムナーリは、創造力って何? それはどうすれば自由に働かせ扱えるようになるの? ということを考え、そのヒントを用意してくれています。

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「わかる」とはどういうことか―認識の脳科学/山鳥重

「わかる」とはどういうことなのか? このことに疑問を感じたのは、すでに「3つの種類の「わかる」:「わかる」っていうのはどういうことなのか?」で書いたとおり。 では、なんで「わかる」とはどういうことか?といことに疑問をもったかといえば、それはわからなければデザインができないし、デザインしてもそれを使う人が使い方やそのよさをわからなければきっと使ってもらえるようにはならないと思うからです。 「わかる」ということはデザインする上では大事な要素で、使い方がわかるようにデザインしたり、そのもののよさをわかるようにデザインしたりするのは、最低限デザイナー(デザイン・チーム)が考えなくてはいけない事柄なんだろうなと思うからです。 あとはやっぱり好奇心の問題でしょうか。どうも好奇心がすくない人が多い気がしているので。 そんなこともあって読み始めたこの本。 不思議なことにどういうわけか上記のようなことを考える以前にamazonに注文してあったんだよね。いや、もしかすると注文したから、こんなことを考えはじめたのかもしれませんけど。 では、読んで考えたことをパラパラと。

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Ralph Lauren / Ralph Lauren

ひとつ前のエントリー「自分の居場所:「高橋吾郎、魂を語る」より」では、ゴローズの高橋吾郎さんを取り上げましたが、そのゴローさんに負けず劣らぬ、ものづくりに対する信念を感じるのが、ラルフ・ローレンさん。 そのラルフ・ローレンさんが自身のブランドを立ち上げて今年で40周年。ということで、それを記念して出版されたのがこの本、その名もズバリ、"Ralph Lauren"です。

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千利休より古田織部へ/久野治

待庵の二畳半の茶室や「無駄を省き、かつ必要を際立たせる「最小限のデザイン」」でも紹介した朝顔の逸話にも代表されるように、茶聖と称される千利休の茶の湯は、ストイックなまでに無駄を省き、必要最低限の趣向により茶席の場をデザインすることで、一期一会のおもてなし(=ユーザーエクスペリエンス)を実現するものでした。 しかし、豊臣秀吉が京都に聚楽第と呼ばれた豪華絢爛な邸宅を設け、町では女、子どもが「辻が花」と呼ばれる美しい色柄の衣を身につけ、戦いを忘れた武士たちが「傾き(かぶき)」と称して平和をうたい、出雲大社の巫女であった阿国の一座が京都で後の歌舞伎につながる「傾きおどり」をはじめたとき、 利休の侘び茶道にも、行きづまりとはいえないが時世の要求としては、豪華でおおらかな明るさが自然のなりたちとして要請されつつあったときといえよう。それは主観ともいうべき心のはたらきから、客観として目にみえるものへ、宗教また精神的なものから感覚、芸術的なものへ、枯淡から絢爛へ、陰から陽へうつろうとするものであった。 久野治『千利休より古田織部へ』 そこに織部が登場する。利休が侘びの極北まで研ぎ澄ませた茶の湯を離れ、利休七哲にも数えられる高弟である武将茶人・古田織部が新たな茶道の革新へと進むのです。 それは歴史の必然性で、茶道の革新ならびにやきものの大胆な発想には、グランド・デザイナー織部の潜在的能力が引きだされたものといえる。モノクロからカラフルへ、シンメトリーからアン・シンメトリーへ、利休のもとで高弟七…

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天才 青山二郎の眼力/白洲信哉

「すべての研究は問題から始められねばならない。研究が成功するのは、問題が妥当な場合に限られるのだ。そして問題が独創的である場合に限って、研究もまた独創的でありうる」とは、マイケル・ポランニーの『暗黙知の次元』のなかの一節です。 社会において研究が価値をもつためには、どこかしらに独創性がなくてはいけないはずです。独創性に欠ける研究は、誰か別の人も同時に行っているという意味で市場における希少性に欠けてしまうのですから。 研究においても独創性をもつことが必要であるという意味では、昨日の「リサーチ・マインド:みがき・きわめる・こころ」でも「断片的な情報、ハウトゥ型の知識が氾濫する現代社会において、情報を自らの手で獲得し、分析」することが必要だという「島国際学院大学 現代社会学部の教育理念である「リサーチマインド」を紹介しました。 また、その独創性を得るために、歴史上の多くの探求者が未知のものを目指して旅に出たことも紹介しています。 そして、この本の主人公である青山二郎という人も、独創的な審美眼を養うため、旅をした人ではなかったかという気がしています。

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誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論/ドナルド・A・ノーマン

誰のためのデザイン? これは認知心理学者であり、ユーザビリティやユーザーエクスペリエンスの観点から数多くの著書を書いているドナルド・A・ノーマンの著書"The Psychology of Everyday Things"の邦題となっている言葉です。 「私は引いて開けるドアを押してしまったり、押して開けるドアを引いてしまったり、横に滑って開くドアに正面から突っ込んでいってしまったりする」という使い勝手の悪いドアの例をはじめとして、ノーマンはこの本で、オフィス用の電話機や照明スイッチ、ガスコンロや水道の蛇口など、日常的に使われているものデザインがいかに人間を戸惑わせているかという例をたくさん紹介しています。 また、ヒューマンエラーのせいだとされる飛行機の墜落事故や原子力発電所の事故についても、それは本当に人間のミスによるものだといえるのかと疑問を投げかけています。 ノーマンのこの本での主張は、人間が道具の使い方を間違えたり、なかなか覚えられなかったりするのは、人の記憶力がよくないせいではなく、道具のデザインのほうにあるというものです。 つまり、人が使うのははじめからわかっているのだから、たとえ人の記憶力がそれほどよくなかったとしても、その記憶力のあまりよくない人にあわせてデザイナーはデザインを行わなくてはいけないということです。 使う人にあわせてデザインを行うというアプローチを、ノーマンは「ユーザー中心のデザイン」と呼んでいます。

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千利休/清原なつの

清原なつのさんの『千利休』は、16世紀初頭に自由都市として栄えた堺に、ととや(魚問屋)の子として生まれ、北向道陳に「台子の茶」「書院の茶」を、武野紹鴎に「わび茶」「草庵の茶」を教わり、織田信長、豊臣秀吉に茶頭として仕えた、千利休の生涯を描いたマンガです。 僕はこのマンガを読んで、デザイナーとしての千利休、そして、デザインと時代や経済というものについて、あらためて考えさせられた気がします。

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伝統の逆襲―日本の技が世界ブランドになる日/奥山清行

自分が何が好きで何が嫌いかがわかっていなければ、何をつくっていいかもわからないし、何を買えばいいのかもわからない。 昨日のエントリー「これからは「いらないけれど、欲しくて仕方がないもの」をつくらないとね」でも紹介した奥山清行さんの『伝統の逆襲―日本の技が世界ブランドになる日』を読んで、あらためて大事なことだと感じ、このブログでも繰り返し訴えていかないといけないと思ったのはそのことです。 奥山さんは、日本のものづくり組織の問題として、縦割りの組織になっているということを挙げています。 部門が縦割りのため、真っ先に必要な「このような『もの』をつくりたい」というビジョンは、商品企画の人が考えればいいのか、それともデザイナーなのかエンジニアなのかが明確になっていない。さらにそうした人たち自身、自分というものがわかっていないから、何をつくりたいかがわからない。そのうえ残念なことに、一緒に話をするコミュニケーション能力がない。 奥山清行『伝統の逆襲―日本の技が世界ブランドになる日』 この一文だけで3つの課題があります。 縦割り組織でものづくりのビジョンを考える役割が明確でない自分の好き嫌いがわからず何をつくりたいかがわからない人が多い他の人とコミュニケーションする能力に乏しい こうした課題が指摘されるのは、日本は優秀な職人の技をもった人が大勢いるにもかかわらず、その強みをものづくりに生かせていない現状があるからです。

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日本数寄/松岡正剛

松岡正剛さんの書かれた本を読んでいると、その背後にシステム思考が存在していることに気づきます。松岡さんのシステム思考は、『システムの科学』を書いたハーバート・A・サイモンの視点にさえ通じるものがある。 複式夢幻能は世阿弥や観世長俊などの作家がつくったシステムであり、それをリリースできるのは演能者たちだけだった。そこにはだれもが参加するというわけではなかった。 (中略) ところが、能楽よりあとに出現してきた茶の湯などでは、そこにだれもが主客を入れ替えながら入っていけるようなシステムになってきた。しかも、床の間には各種の情報メッセージをもった掛け物や花や置き物をアドレスできるようになっているし、茶道具のひとつひとつにも由緒由来というデータベースがついていて、亭主や客人はこれを売価に一座建立の場を共有できる。 松岡正剛『日本数寄』 松岡さんやこうした能や茶の湯における茶室などをマルチメディアと呼びます。まさに茶室などは、床の間の花や置き物、茶器などのアイコンをクリックすれば、一連のコミュニケーションがはじまるユーザーインターフェイスです。

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へうげもの/山田芳裕

たんなる人真似で終わるか、自分なりに工夫をこらして独自のスタイルを生み出すか。 仕事をしていく上でも前者の方法しかとれない場合、結局、誰かに与えられた仕事しかこなせません。「自分の仕事をつくる」ことを考えれば、最初は誰かの物真似からはじめても、何度か繰り返すうちに自分の頭で考え工夫して、最終的には自分独自のスタイルを生み出せる力をもつことは必要です。いわゆる守・破・離ですね。 自分がやりたいと思うことをやれるようにするためには、自分がこだわりをもつ部分を捨てたくないのなら、守・破・離のプロセスで自分のスタイルを生み出す力を養う必要があるのだと思います。

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デザイン言語2.0 ―インタラクションの思考法/脇田玲、奥出直人編

SFC(慶應義塾大学湘南南藤沢キャンパス)で行われているデザインの基礎カリキュラム「デザイン言語」のなかからゲストレクチャシリーズである「デザイン言語総合講座」の模様を収録した一冊。SFCに研究室をもち、『デザイン思考の道具箱―イノベーションを生む会社のつくり方』の著者・奥出直人さんも編者の1人として加わっている。 収録された講演は、原研哉さんや永原康史さんのようなグラフィックを中心にしたデザインに関わる方だけでなく、MITでタンジブルインターフェイスの研究を続ける了戒公子さん、ロボティクスの研究家である山中俊治さん、デザインとは異質なところでは、サッカーの監督である清水秀彦さん、日本料理家の柳原一成さんなど、合計12名の方の講演を、「身体性と知覚のデザイン」「メディアのデザイン」「空間のデザイン」の3つのテーマに分けて収録しています。 インタラクション・デザインを考えるうえでは、12名の方がそれぞれ参考になることを述べてくれているので、ぜひ読んでいただきたいのですが、ここではどんな内容かを参照していただくために、僕自身が気になった点をいくつかピックアップしておくことにします。

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システムの科学/ハーバート・A・サイモン

『システムの科学』は、カーネギー・メロン大学コンピュータ科学、心理学教授であり、1978年度のノーベル経済学賞の受賞者でもあるハーバート・A・サイモンによって1967年に書かれた"The Science of the Artificial"という論文を、1996年に加筆・編集した第3版にあたるものです。 原題に示されているとおり、本書は以下のようなテーマが考察されています。 自然科学は、自然の物体と現象についての知識の体系である。それでは、人工的な物体と現象に関する知識の体系である「人工」科学("artificial science")というものは、はたしてありえないだろうか。 ハーバート・A・サイモン『システムの科学(第3版)』 自然科学に対する人工物の科学。 この本では単に人によってつくられた道具、工学的な生産物などの物だけでなく、経済システム、企業組織、社会計画などが人工物とみなされ、考察されます。 その視点にたてば、当の科学そのものも人工物として考えてよいということになるはずです。その意味で本書は先に紹介した松岡正剛さんの『花鳥風月の科学』が問題にしている"これからの科学は「情報」をとりあつかうべきであり、それには情報の概念を大幅に広げなくてはならない"という視点と重なってきます。 つまり、 デザイナーとしてわれわれは、あるいはデザイン過程のデザイナーとしてわれわれは、デザイン創造の過程に何が含まれ、また創造活動が行われている間にどんなことが起こっているかと…

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花鳥風月の科学/松岡正剛

景気って元々はそういう意味だったんですね。 そもそも風景とは「景気」の強いすぐれた場所のことをいいます。景気とは、景色のもっているスピリットやエネルギーのこと、今日、経済社会で「ええ景気ですな」とか「えらい不景気でんな」といっているのは、もともとは風景のなかの景気のことだったのです。 松岡正剛『花鳥風月の科学』 「景気」だけじゃありません。 今日マネジメントをあらわす「経営」という言葉は、この山水のコンポジションをマネジメントする経営位置から派生したものでした。 松岡正剛『花鳥風月の科学』 現代では、「景気」は経済社会における儲かる/儲からないといった意味でのスピリットやエネルギーのみを示すようになり、「経営」は儲かるか/儲からないかを左右する視点でのみコンポジションをマネジメントすることを意味するようになったということでしょうか。 金銭的な豊かさのみが追求されるようになって、風景のなかに「わび」や「さび」を感じ取る余裕も失ってしまったということでしょうか。そう考えるとちょっと寂しい気がしてきます。

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自分の仕事をつくる/西村佳哲

とても面白い本だったので、さらっと読み終えてしまいました。 モノづくりと仕事の仕方の関係を見つめなおす上では、非常に参考になる一冊だったと思います。 西村佳哲さんの『自分の仕事をつくる』は、著者がIDEOや象設計集団、柳宗理、パダゴニアなどのモノづくりの仕事の現場を訪ね歩き、聞いた話を元に、さまざまな働き方とそこから生まれる結果、そして、他人に与えられる仕事ではなく「自分の仕事」をつくるとはどういうことかを考察したエッセイです。

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「あたりまえ」を疑う社会学 質的調査のセンス/好井裕明

この本は、社会学における質的な調査法であるフィールドワークをめぐる、著者自身による経験や多くの優れた調査結果を語る作品を読んだ印象から考察された、フィールドワーク調査の基本であり重要なセンスについて書かれた一冊です。 いわゆる技法や方法論を説明するものではありませんが、それゆえに僕のような社会学の門外漢でありながらマーケティングやデザインの方面から観察中心の質的調査の仕事にたずさわっている人間にも考えさせられることが多くあり、非常に参考になりました。

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最近買った本 2007/09/01

最近はこんな本を買ってます。 こう並べてみると我ながらあいかわらず興味の方向性がバラバラだなって思います。 まぁ、バラバラでありつつなんとなく自分的には、「身体」「非言語」「環境」「相互作用」「デザイン」などのキーワードでつながっていたりはするのですが。 というわけで、7冊ほど紹介しておきます。

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生物から見た世界/ユクスキュル

『生物から見た世界』は1934年に、動物比較生理学者であったドイツ人のヤーコブ・フォン・ユクスキュルによって書かれた、科学の古典的な一冊です。 この本で、ユクスキュルは、行動は生物にとって刺激に対する単なる反応ではなく、生物の主体的な知覚が生み出す「環世界」との相互作用であると主張しています。 生物をさまざまな「知覚道具」や「作業道具」のみが埋め込まれた機械のような構造体としてみるのではなく、すくなくともそれらの機械の操作系である主体性がともに埋め込まれたものであると見做すことで、ユクスキュルは独自の思想である「環世界」というものを生み出しました。 しかしそうなれば環世界に通じる門はすでに開かれていることになる。なぜなら、主体が知覚するものはすべてその知覚世界になり、作用するものはすべてその作用世界になるからである。知覚世界と作用世界が連れだって環世界という1つの完結した世界を作りあげているのだ。 ヤーコブ・フォン・ユクスキュル『生物から見た世界』 そして、この環世界は動物ごとに異なるのだということが、ユクスキュルが本書で提起しているもう1つの視点です。

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