形式知と暗黙知(っていうか直接話をきいてやれ)
確かにWebとかで遠く離れた人とか、なかなか直接話ができない人と文章情報などの共有には便利になりました。
でも時々、その便利さを勘違いしてる人がいるように思います。
形式知と暗黙知あのね、文書にできる情報、言葉に書き出せる情報ってごくごく限られてるわけですよ。
なんでもかんでもWeb上で情報共有できると思ったら大間違いです。
(ごめんなさいね、今日はちょっとキレたモードですので、言葉が強すぎるところもあるかもしれません。そのあたりはごめんなさい。)
よく形式知と暗黙知っていう区別がされますよね。言葉として形式化できる知識と身体で覚えているために形式化がむずかしい知識があるわけです。
で、当然ながらWeb上に情報として載せられるのは形式知のほうだけです。それは暗黙知が言葉にだせないというよりもコンピュータの計算的思考では表現できない生物特有の記憶の仕方がされているからで、その記憶のされ方はまだ解明されていない。とうぜん、解明されていないものがコンピュータ上で動くわけがない。それくらい、わかりますよね?
