こんな風な流れでまとめられていて、
・Web2.0 は全員参加型インフラ
・コミュニケーションの双方向化
・参加型
・情報はメタデータ化する
・データのリアルタイム化と Web の人工知能化
内容的にはわかりやすくて途中まで納得できるんだけど、最後のこの部分。
・情報を整理できるのが Web2.0
に書かれた、以下のような言い回しはなんとなく気持ち悪い。
だから Web2.0 は、 Web 自体が人工知能化するという表現がきわめて近い。 Web 自体、つまり、相手が複数の人間の集まりだと思えばいい。
「Web 自体、つまり、相手が複数の人間の集まりだと思えばいい。」っていうのと、その前に言及されている「双方向性」「参加型」「メタデータ」「リアルタイム化」ってキーワード群との間はそんなにスモールワールド・ネットワークになっていないんじゃないだろうか?
ここで扱われているキーワードや文章全体をネットワークとみると、最後の「人工知能化」云々のところだけは、見た目の距離は近いが実はその間のリンクが多数あり、したがって、ノード間の距離はとてつもなく遠いって感じがする。
(イメージ的には「セグメンテーションとノード間の隔たり」のエントリーで示したネットワークのショートカットがないバージョンだ)
なので「Web は 2.0 で人工知能化せず」、単に「Web は 2.0 で最大の形式知のネットワーク化する」と言い換えたい。
ようするに、どこまで言ってもWebが扱えるのは知能全体ではなく、形式知のみだと思うのだ。
それは「双方向性」やら「参加型」やら「メタデータ」やら「リアルタイム化」やらがあって、さらに「ストリング入力」や「ビジュアル検索」なんかが実現しても、それはあくまで形式化できる知のみだ。
もちろん、リアルタイムでリッチな双方向性のあるコミュニケーションの場に参加すれば、いくらかは暗黙知も伝わるだろう。しかし、それはいくらかだ。
だって、考えてみてほしい。
Web以上に「双方向性」があり「参加型」の環境も築け、「リアルタイム」での「ストリング」や「ビジュアル」を用いたオフラインでの普段のやりとりでも、暗黙知を伝え合うのはそう生易しいものではないってことを。
人工知能化なんて突拍子もないキーワードを持ち出さなくても、最大の形式知のネットワークがとてもユーザビリティの高い形で実現されるだけでも十分すぎるくらいにWeb2.0の価値はある。
インパクトだけは大きい、突拍子もないキーワードが流通することで、Web2.0を単なる夢物語のように認識されてしまうのでは、せっかく『ウェブ進化論』がいい具合に市場に流通している現状にちょっと水を差してしまうんじゃないかって心配にもなる。
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