土曜日にライフスタイル研究室の京都会議という名目で河井寛次郎記念館や寺町二条あたりを散策し、夜は東山花灯路に。そして、日曜日は鞍馬山~貴船神社を観光。
このあたりはまた別途書くこととして、1つ気づいたこと。それは僕の普段の格好って、基本的に山でもOKな仕様だな、ということ。
舗装されていない路を歩いて、靴が泥だらけになっても平気。木の枝に服がひっかかっても破れたりしない。靴はブーツだし、来ている服もデニムやダックやキャンバスなどの丈夫なコットン素材が多いな、と。汚れたら洗えばいいので、そんなに気にせず着られる。それでいて、いかにもなアウトドア仕様の服じゃないので、デザインはどちらかというとワーク。なので、街中で着ていても違和感はない(はず)。
汚れても平気、多少なことでは壊れない、というのは大事かなと思うんです。
汚れてナンボ、ちょっとやそっとじゃ壊れない
そこで思うのは、汚れてナンボ、ちょっとやそっとじゃ壊れないタフさをもったデザインのものがもっとあっていいんじゃないかということ。もちろん、服に限ったことではなくて、いろんな道具がそういうデザインであってよいんじゃないかと思うんです。衝撃や水に弱い家電製品はひとまず置いておくとしても、キッチン用品やインテリアなんかはそういう性質をもっていていいかな、と。
実際、骨董やアンティークなどがきちんと売り物になるのも、そういう分野の商品ですしね。使って味が出ることに価値が生まれる。そういう経年変化をあらかじめ想定したデザインがもっとあってよいのかなって思います。
いまのものって汚れが目立たないとか、汚れたら取り替えるとか、そういう方向ばかり目指している感がありますが、昔はそれこそ囲炉裏の煤が茅葺きには必須だったり、かまどのまわりも平気で煤で汚れてたりしたわけです。そういう汚れを単純にきたないとは思わなかった。ペンキ汚れも味だったし、金槌などの柄の木の部分が長年の使用で削れて丸くなっていくのも手に馴染む証拠だったはずです。
そういう使用に変化や汚れを引き受けるデザインというのが、いまは少なくなってきている気がするのはさみしいな、と。そんな風なことを思ったので、メモ程度に書き置き。
追記。
普段より遠い駅から雨に降られて歩いたおかげで、ワックスドコットンのジャケットの実用的な防水性を再認識。そこそこの雨が降るなかを傘なしで12分ほど歩いたが、まったく不快感なし。なるほどイギリス生まれの素材だ。
ちなみに持っていたのは、これまたイギリス製のフィッシングバッグBradyのものだが、こちらも蓋の部分が表側はびっしょり濡れていても、裏にはまったく染み込んでいない。流石。
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この記事へのコメント
maida01
少々違うかも知れませんが,似たような話があります。
私の好きな音楽家で,レコードを使って音楽演奏をする方がいましたが,彼はカバーを付けないレコードを作製しました。
理由は,レコードは自然と傷がつくもので,その傷もレコードの一部,傷もレコードという音楽媒体だとの意見で,むき出しのレコードで販売していました。