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<title>DESIGN IT! w/LOVE</title>
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<description>地味に地道にデザインと日本について。今宵も長文したためています。</description>
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<title>点の思考、線の思考</title>
<description>みなさん、思考する際に、静止した点で考えていないでしょうか。動かない固定された何かを過程して話をしたり、最終的なアウトプットや結論ばかりを重視しすぎてはいないでしょうか。思考の過程そのものが重要で、思考する過程を共有することが最終的な結論や定義を共有することよりも意味のあることだということに気付いてらっしゃるでしょうか。</description>
<dc:subject>デザイン</dc:subject>
<dc:creator>HIROKI tanahashi</dc:creator>
<dc:date>2009-07-09T23:16:12+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
みなさん、思考する際に、静止した点で考えていないでしょうか。<br /><br />動かない固定された何かを過程して話をしたり、最終的なアウトプットや結論ばかりを重視しすぎてはいないでしょうか。<br />思考の過程そのものが重要で、思考する過程を共有することが最終的な結論や定義を共有することよりも意味のあることだということに気付いてらっしゃるでしょうか。<br /><br /><a name="more"></a><h4>行く川のながれは絶えずして</h4>機械やシステム、その他、人間がつくったモノが相手であれば、それでも構いません。しばらくほっといても、そうしたモノは変化しないのですから。いったん定義した機能や形態はそうとう時間が経たない限り変わりません。それなら静止した状態でモノを考えても困りません。<br /><br />しかし、それが人間や生物なら違います。<br />この季節なら庭はちょっとほっておけば雑草が生い茂ります。人だって常に変化します。まさに鴨長明が「行く川のながれは絶えずして　しかも本の水にあらず」と方丈記に書いたとおりで、人間や生物はおなじようであっても、常に「本のそれ」であることは一時たりともありません。<br />そうした<strong>変化するものを対象とするのに、そのもののもつ性格などを静止した点に固定してしまう思考はなにかと不都合を生じてしまうはず</strong>です。<br /><br />そう。好みも変われば、気分も変わる。髪の毛や爪は伸びるし、体調だって変化する。<br />価値観だって相対的で、「あの人はお得が好き」なんていっても、そんなことは大抵の人にあてはまるし、その人のなかで常に「お得」が優先されるわけでもないでしょう。<br /><br /><h4>ことばで固定できない、その人らしさ</h4>人間を固定した点で捉えるのではなく、常に変化するものとして線的に捉えることが必要ではないかと思います。<br />しかも、その線は直線ではなく、ぐにゃぐにゃと蛇行する線であるし、ときには突然まったく別のところで線を描きだすような非線形的な動き＝変化をするものではないでしょうか。<br /><br />人間を捉えるには、すくなくともある程度の時間が必要なはずです。長い時間をいっしょにすごすことではじめて相手のことがわかるということは多いでしょう。それも仕事の仲間であれば、仕事中のその人のことはわかってもプライベートのその人のことはわからないなんてことはざらにある。<br /><br />僕のこのブログをずっと読んでくれている方、さらに僕の書いた本を読んでくれている方でも、僕がデザインというものをどう捉えているかについては、なんとなく想像がつくようになっていたとしても、僕がどんな人かはわからないでしょう。<br /><br />ただ時間をいくらかともにすれば、ことばで説明できる以上に相手のことがわかるようにもなるというのも事実でしょう。こういう場合にはこの人はこうするだろうというのを、ことばで説明することはできなくても、その人が実際にその場面でそういう行動をとれば、その人らしさを感じるはずです。<br /><br /><strong>そこにはことばで固定できない、その人らしさというのがある</strong>。<br />そうしたものをないがしろにして、人間を一点に固定してしまいがちな思考はかなり危ういのではないでしょうか。<br />すくなくとも、ある程度の時間をかけて人間を線のなか＝動き・変化のなかで捉えていくという姿勢＝思考が必要なのではないかと思います。<br /><br /><h4>レッテルをはって、わかったつもりにならない</h4>ところが、人間中心のデザインを志している人ですら、そうした変化する人間を固定したがります。<br />ペルソナなどでも、それを作成する段階での検討よりも、アウトプットを重視したりします。それでは、人間を変化のないモノとして扱うようなものです。それのいったいどこが人間中心のデザインなのかと思います。<br />もちろん、マーケティングでもおなじです。顧客像をなにかしらの固定されたレッテルの束として捉えるなら、すでにそれは人間をモノ同様に殺してしまっているのだと思います。<br /><br />僕からすればアウトプットされたペルソナなどは単なる議事録のようなもので、実際に重要なのはそれを検討する段階での議論そのものの共有にあると思っています。<br /><br />書かれたもので人間などというものを表現できるなら苦労はありません。似顔絵などでその人のらしさを表現するのならそれでかまいませんが、似顔絵をみて、その人が必要とするものやその人に適したインタラクションのデザインができるでしょうか。<br /><br />「お得が好き」「家族思い」「なんでも調べてから決める」など。そういったことばでレッテルをはって、ある人を理解したつもりになってしまうなら、それは人間中心のデザインでもなければ、ペルソナの有益な使い方でもないと思います。<br /><br /><h4>人間を固定した枠組みにはめ込んでしまう罠を回避する試み</h4>人間を、あなたが理解できることばの枠組みに押し込めようとしているのなら間違いです。<br /><br />むしろ、人間中心のデザインで人間を理解しようとすること、ペルソナというユーザーのモデルをつくろうとすることは、そうしたレッテルで人間を固定した枠組みにはめ込んでしまう罠を徹底的に回避しようとする努力そのものです。<br /><br /><strong>点として固定されたアウトプットに頼るのではなく、もっと繊細でこわれやすい思考の過程や議論の過程での体験をもとにデザインを組み立てる</strong>。そうした活動に身を委ねられるか。そういうことが大事なのではないかと思います。<br /><br />もちろん、この話は単純に人間中心のデザインなんて狭い範囲の話ではありません。思考そのものやコミュニケーション、物事の捉え方全般に関わることであるはずです。<br />僕らはきっとあまりに間違った意味での唯物論に陥ってしまっているんじゃないかと思います。<br /><br /><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=4534045727&amp;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=FFFFFF&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no" frameborder="0"></iframe> <iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=FFFFFF&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=desiitwlove-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=4797347104" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br /><br /><strong>関連エントリー</strong><br /><ul><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/123121985.html" target="_blank">集める、並べる、組み立てる</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122891039.html" target="_blank">デザイン思考に関する5つの気づき</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122540421.html" target="_blank">プロジェクトの定義とデザインプロセス</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122616317.html" target="_blank">物に意味を与える仕事（思いやりをもって）</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122668556.html" target="_blank">自分がいいと思うモノをつくれ！</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122691371.html" target="_blank">デザイン：情報を公開する技術</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122698707.html" target="_blank">解釈を代行するのが道具</a></li></ul>

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<link>http://gitanez.seesaa.net/article/123121985.html</link>
<title>集める、並べる、組み立てる</title>
<description>「デザイン思考に関する5つの気づき」でも書きましたが、自分の思いこみや既知から離れ、いかに自分の外、未知の世界を想像できるかということが大事になるデザイン思考では、要領よく要点をつかめてしまう（わかったつもりになる）ことより、目の前の事実・事実データにとことん向かい合い、さまざまな角度から事実・現象を検討しながら、事実の背後にあるダイナミックな動向を地道に根気よく探り、発見する。そういう活動ができる人のほうがデザイン思考の仕事術には向いていると思います。</description>
<dc:subject>デザイン</dc:subject>
<dc:creator>HIROKI tanahashi</dc:creator>
<dc:date>2009-07-09T09:19:55+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122891039.html" target="_blank">デザイン思考に関する5つの気づき</a>」でも書きましたが、自分の思いこみや既知から離れ、いかに自分の外、未知の世界を想像できるかということが大事になるデザイン思考では、要領よく要点をつかめてしまう（わかったつもりになる）ことより、目の前の事実・事実データにとことん向かい合い、さまざまな角度から事実・現象を検討しながら、事実の背後にあるダイナミックな動向を地道に根気よく探り、発見する。そういう活動ができる人のほうがデザイン思考の仕事術には向いていると思います。<br /><br /><a name="more"></a><h4>集める、並べる、組み立てる</h4>昨日は、東京都市大学・清水先生の講義「メディアと表現」のゲスト講師としてお話をさせていただきました。<br /><br />そのなかでも、デザイン思考で仕事を進めるうえでは「集める、並べる、組み立てる」という活動を重視し、わかったつもりにならず、答えはないということを前提に、デザインを組み立てることが大事だと話しました。<br /><br />旅の計画とデザインプロセスは似ているね、という話から、共通する「集める、並べる、組み立てる」というよそを抽出したんです。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/image/20090708b.jpg" width="495" height="306" border="0" align="" alt="旅の計画とデザインプロセスは似ている" /></div><br /><br /><h4>アナロジー思考</h4>「集める、並べる、組み立てる」という要素が重要ですねということに関しては、<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4534045727?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4534045727">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4534045727" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1">で、以下のように書いていることに近い。<br /><br /><blockquote>デザイン思考という包括的な視点が必要となる作業には、物事を細かく分けていくことで理解を高める分析的思考と同時に、異なる者同士をつなぎとめながら類推を働かせるアナロジー思考が必要になります。<br />簡単にいえば、アナロジー思考をする際には、おおよそ、こんなことが起こっていると考えてもらえればいいと思います。<br /></blockquote><br />と書いたうえで、「おおよそ、こんなことが起こっている」と思われるアナロジー思考のプロセスとして、<br /><ul><li>蒐集する</li><li>モデル化する</li><li>編み上げる</li></ul><br />の3つをあげています。<br /><br />今回はこれをやさしいことばで言い換え、<br /><ul><li>集める</li><li>並べる</li><li>組み立てる</li></ul><br />といったわけですが、なんでもデジタルに分割し要約して考えるのではなく、物事のゆるいつながりに着目しながら、そのあいまいさを受け入れつつ、はじめから答えがあると想定するのではなく、答えは自分たちで組み立てるのだと思って、作業にあたることが大事なことだと思うのです。<br /><br /><h4>「らしさ」を集める</h4>そのことを体感してもらうために、<br /><ul><li>本の特徴（らしさ）</li><li>Webの特徴（らしさ）</li></ul><br />をそれぞれ3つずつポストイットに書き出すという課題をやってもらいました。<br /><br />結果はこんな感じ（写真は「本の特徴」）。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/image/20090708.jpg" width="401" height="301" border="0" align="" alt="20090708.jpg" /></div><br /><br />本に関しても、Webに関しても、とうぜん、いろんな「らしさ」があがってきました。<br />本やWebの「らしさ」ひとつとっても、これだけいろんな見方があり、人によって異なる。<br />本やWebをデザインする際には、とうぜん、その「らしさ」を表現しないといけない。らしくなければ、違和感を感じるでしょうから。<br /><br />そうした人によっていろいろと異なる「らしさ」を感じているものを、ちゃんと把握してデザインする際に表現できているか？　そういうことを感じるために、まず「らしさ」を集めるという体験をしてもらったのです。<br /><br />もちろん、こうして「らしさ」を集めたあとは、それを並べて比較し検討し、適切な要素を抜き出し組み立てるという作業をしていくわけです。<br />さて、みなさん、普段、こういう観点で仕事をしているでしょうか？<br /><br /><strong>受講者のブログ</strong><br /><ul><li><a href="http://mode295.blog105.fc2.com/blog-entry-108.html" target="_blank">答えはない Mode.（ふくさん）</a></li></ul><br /><br /><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=4534045727&amp;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=FFFFFF&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no" frameborder="0"></iframe><br /><br /><strong>関連エントリー</strong><br /><ul><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122891039.html" target="_blank">デザイン思考に関する5つの気づき</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122540421.html" target="_blank">プロジェクトの定義とデザインプロセス</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122616317.html" target="_blank">物に意味を与える仕事（思いやりをもって）</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122668556.html" target="_blank">自分がいいと思うモノをつくれ！</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122691371.html" target="_blank">デザイン：情報を公開する技術</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122698707.html" target="_blank">解釈を代行するのが道具</a></li></ul>

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<title>『デザイン思考の仕事術』感想をいただきました・２</title>
<description>「『デザイン思考の仕事術』感想をいただきました・１」に続き、『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』を読んでくださった方の感想を紹介しておきたいと思います。</description>
<dc:subject>デザイン</dc:subject>
<dc:creator>HIROKI tanahashi</dc:creator>
<dc:date>2009-07-07T21:00:20+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122334757.html" target="_blank">『デザイン思考の仕事術』感想をいただきました・１</a>」に続き、<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4534045727?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4534045727">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4534045727" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1">を読んでくださった方の感想を紹介しておきたいと思います。<br /><br /><a name="more"></a><h4>発想法について知るもよし、プロジェクトマネジメントについて知るもよし</h4>まず、<a href="http://d.hatena.ne.jp/kahusu/" target="_blank">kahusu</a>さんからはこんなコメントをいただきました。<br /><br /><blockquote>昨年出された「ペルソナ作って、それからどうするの？」は具体的なペルソナ・シナリオ法の解説が中心でしたが、今回はより大きな視点からのデザイン論を語ってくださっています。その膨大な読書に裏付けされたデザインアプローチには毎回驚かさせれます。発想法について知るもよし、プロジェクトマネジメントについて知るもよし、と大変参考になる一冊でした。<br /><div style="text-align: right;"><a href="http://d.hatena.ne.jp/kahusu/20090704#p1" target="_blank">デザイン思考の仕事術 - 01-Reading 大人の読書</a></div></blockquote><br />前著<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4797347104?ie=UTF8&tag=desiitwlove-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4797347104">『ペルソナ作って～』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&l=as2&o=9&a=4797347104" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />に続いて読んでいただけるのはありがたいことです。「より大きな視点からのデザイン論」というのは、今回のテーマで、できるだけ多くの人に自分が普段やってる仕事が実はデザインの仕事であり、そこではデザインの考えた方が有効だよ、ということに気づいていただけたらと思っていたので、こうした感想はうれしいです。<br /><br /><h4>実用度は非常に高いと言っていいと思います</h4>「デザイナーの仕事というのには何か、魔術のような神秘性を感じる」という<a href="http://ameblo.jp/adaken66/entry-10294084626.html" target="_blank">ADAKEN</a>さんは、こんな風に読んでくれました。<br /><br /><blockquote>私としてこれはと思ったのは、「知ってることを集めるのではなく、そのことの何を知らなかったかを知ることが肝心」という話です。特に私のような、ものを知ることで生きてることを実感する者にとって、これはもっとも陥りがちな危険な罠だと思えるのです。この、「知らなかったこと」こそ、新たな発想へと発展する大ヒントになるのではないですかね。<br /><div style="text-align: right;"><a href="http://ameblo.jp/adaken66/" target="_blank">デザイン思考の仕事術｜ただのオタクと思うなよ</a></div></blockquote><br />わからないに着目する、知ることで未知を見つける。本書で繰り返し書いているのは、その点です。結果としてできたデザインではなく、デザインを生み出す過程、デザインを生み出す人の考え方、行動に焦点をあてています。<br />それを<br /><br /><blockquote>本の内容としては、デザイン方面に疎い人間にとってはちょっとわかりにくい言葉が多用されているので、途中読むのに苦労する場面もあるかも知れません(私もそうでした。もう一度目を通した方がいいかも）。しかし、アイデアを出すあらゆる仕事に従事している人に共通するヒントが丁寧に解説されていますので、実用度は非常に高いと言っていいと思います。<br /><div style="text-align: right;"><a href="http://ameblo.jp/adaken66/entry-10294084626.html" target="_blank">デザイン思考の仕事術｜ただのオタクと思うなよ</a></div></blockquote><br />といった風に「実用度は非常に高い」と評価していただけるのは、うれしい限りです。<br />ありがとうございます。<br /><br /><h4>＜「わかる」ことは重要じゃない。「わかること」にこだわらない。＞の箇所が印象に残りました</h4>おなじポイントに着目してくれたのが、<a href="http://d.hatena.ne.jp/FDmountwill_mills/" target="_blank">FDmountwill_mills</a>さん。<br /><br /><blockquote>＜Capter1「デザイン思考とは」07｜デザイン思考の仕事術のための基本姿勢・七箇条＞のうちのひとつ、＜「わかる」ことは重要じゃない。「わかること」にこだわらない。＞の箇所が印象に残りました。自分自身「わかる」ということにこだわりすぎた時期もあります。「わからない」と発言することを、人を批判するような言い方に思えることがあります。それを恐れて、わかったふりをしていると、欠陥や新しい発見など、重要な様々な点が見過ごされるのだと思います。<br /><div style="text-align: right;"><a href="http://d.hatena.ne.jp/FDmountwill_mills/20090707/1246918966" target="_blank">「わかること」にこだわらない　等 - FDmountwill_millsの日記</a></div></blockquote><br />わかったふり、わかったつもりになってしまうと、「欠陥や新しい発見など、重要な様々な点が見過ごされる」。ただ、「欠陥や新しい発見」こそが、いまの生活をすこしでもよくしようとするために行うデザインの仕事の原動力、出発点です。そこにちゃんと着目してもらえたのはありがたいです。<br /><br /><h4>「読み始めることができそう。」と感じることが大きな利点</h4>本そのもののユーザー体験という視点から感想を書いてくれたのが<a href="http://sulabo.jp/blog/" target="_blank">tazuke</a>さん。<br /><br /><blockquote>重く感じることが即悪いことではありませんが、今回の軽さはメリットです。読むきっかけを広げるという視点で言えば、「読み始めることができそう。」と感じることが大きな利点であり、書名や装丁、ページ数といった外的な要素の組み合わせである程度決定できることを実感として肌で掴むことができました。<br /><div style="text-align: right;"><a href="http://sulabo.jp/blog/2009/07/post_137.html" target="_blank">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』 (ユーザデザインブログ)</a></div></blockquote><br />前著<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4797347104?ie=UTF8&tag=desiitwlove-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4797347104">『ペルソナ作って～』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&l=as2&o=9&a=4797347104" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />と比較評価のうえ、今回の本の書名や装丁などを上記のように評価していただきました。この部分も今回苦労した点なので、それをこうコメントしていただけたのはうれしいです。<br />「内容はとても素晴らしいので、商品企画やサービスの設計に携わる方には一読をお勧めします」と書いていただいているのもありがたいです。<br /><br />以上。<br />みなさん、読んでいただき、さらに、あたたかいコメントまでいただき、ありがとうございます。<br /><br /><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=4534045727&amp;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=FFFFFF&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no" frameborder="0"></iframe><br /><br /><strong>関連エントリー</strong><br /><ul><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122334757.html" target="_blank">『デザイン思考の仕事術』感想をいただきました・１</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122156312.html" target="_blank">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』見本が届きました。</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/121772283.html" target="_blank">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』書影がAmazonに掲載</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/121581686.html" target="_blank">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』は6月末発売</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/119427893.html" target="_blank">『デザイン思考の仕事術』Amazonで予約開始</a></li></ul>

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<title>デザイン思考に関する5つの気づき</title>
<description>デザイン思考（あるいは「人間中心のデザイン」）ワークショップ in 大阪！「河井寛次郎記念館」とか「下鴨神社＆銀閣寺」とか。なんで、この人、京都に行ってるの？と思った方もいらっしゃったかもしれませんが、この週末の2日間、大阪でデザイン思考（あるいは人間中心のデザイン）のワークショップの講師をさせていただく機会をいただいたので、金曜日は京都で遊んだあと、夜に大阪入りしたんです。2日間で計12時間（実際は両日ともすこし時間オーバー）の長丁場なので、その前にちょっと英気を養っておい...</description>
<dc:subject>デザイン</dc:subject>
<dc:creator>HIROKI tanahashi</dc:creator>
<dc:date>2009-07-06T01:13:29+09:00</dc:date>
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<strong>デザイン思考（あるいは「人間中心のデザイン」）ワークショップ in 大阪！</strong><br /><br />「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122752858.html" target="_blank">河井寛次郎記念館</a>」とか「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122807360.html" target="_blank">下鴨神社＆銀閣寺</a>」とか。なんで、この人、京都に行ってるの？と思った方もいらっしゃったかもしれませんが、この週末の2日間、大阪でデザイン思考（あるいは人間中心のデザイン）のワークショップの講師をさせていただく機会をいただいたので、金曜日は京都で遊んだあと、夜に大阪入りしたんです。<br /><br />2日間で計12時間（実際は両日ともすこし時間オーバー）の長丁場なので、その前にちょっと英気を養っておいたというわけ。<br /><br />やった内容は人間中心のデザインのプロセスに沿って、KJ法をやったり、シナリオを書いたり、ペーパープロトタイピングしたり、といった定番メニューなので割愛。<br />代わりにワークショップをやってみて、あらためて「デザイン思考」に関する気づいた点をいくつかピックアップ。どれも僕にとっては「まったく新しい発見」というよりは、<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4534045727?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4534045727">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4534045727" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1">でも指摘している点ですが、あらためてその重要性を再認識させてもらったので、忘れないよう書いておこうか、と。<br /><br />キーワードは「<strong>外部をいかに導入するか</strong>」。<br />ピックアップしたいのは以下の5つ。<br /><br /><ul><li>グループワーク、しかも、コラボレーションで</li><li>外部の事実を自分の殻の外に抜けだすための素材として蒐集</li><li>さまざまな視点を導入しての粘りづよい分解と組み立て、視点の切り替え</li><li>だだっぴろい空間を自分たちの思考の結果で埋める</li><li>繰り返しの作業による慣れ、身体にパターンを覚えさせる</li></ul><br /><br />では、ひとつひとつ簡単に補足。<br /><br /><a name="more"></a><h4>グループワーク、しかも、コラボレーションで</h4><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4534045727?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4534045727">『デザイン思考の仕事術』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4534045727" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1">では繰り返しグループワークの重要性を説いていますが、今回気づいたのは同じグループワークでもできるだけグループ内に普段の生活の空間をともにしていない人が混ざっていたほうがよいのだなとあらためて認識しました。<br />個々人が分業で作業をするのではなく、<strong>グループワークを行う利点はそもそも自分の凝り固まった思考から出てくるアイデアの枠組みから抜け出すこと</strong>です。自分の思考のフレームワークから抜け出すのには、他人の別の見方が刺激になって、それまで見えてなかった風景がみえることがある。<br /><br />そういう利点がグループワークをするメリットなんですが、今日気づいたのは、それがさらに普段いっしょに仕事をしていない人、職能が違う人が混ざったほうがさらにその効果が高まるのだなということでした。たぶん、すこし言葉が通じない者同士のほうがいいと思います。時間さえあれば、まったく言葉が通じないもの同士でもいい。<br />もちろん、コラボレーションなので、そういう言葉が通じない同士でも協力し合って、ひとつのものを生みだすんだという目的の共有と協力し合おうというモチベーションやそれを可能にするいくつかの道具立ては必要です。そうした条件が整えば、<strong>コラボレーションは異質なメンバー同士が混ざりあったほうが固定観念の枠にでるきっかけが増え、いままで出なかったアイデアが生まれやすくなる</strong>のだということを再認識しました。<br /><br /><h4>外部の事実を自分の殻の外に抜けだすための素材として蒐集</h4>上で「道具立て」さえあればと書きましたが、その道具となるもののひとつが、集まったメンバー全員の外に厳然としてある事実。人間中心のデザインであれば、それは観察やインタビューによる人びとの生活行動の事実そのものです。<strong>そうした事実がメンバーが自分たちの内にこもって、自分勝手な世界観でのみ安易に発想しようとする誘惑を断ってくれます</strong>。<br /><br />なのでポイントになるのは、そうした事実をいかに蒐集できるか。いかに自分たちの外部としての、人びとの生活を自分たちの思考のうちに外から導入できるか。<br />やっぱり人びとの暮らしに入り込むというのは重要なファクターですね。<br /><br /><h4>さまざまな視点を導入しての粘りづよい分解と組み立て、視点の切り替え</h4>で、そうやってひとつの道具としての人びとの生活行動に関する事実が蒐集できたとしましょう。そこでもうひとつ必要な道具となるのが、そうやって集めたデータをさまざまな視点からみる＝分析するためのツールです。<br />それはワークモデル分析だったり、KJ法だったりしますが、今日気づいたのは、<strong>この道具の使いこなしは、いわゆる要領がいい人よりも、多少要領が悪くても粘りづよく事実に向かい合える人のほうが結果としてうまくできる</strong>んだなということでした。<br /><br />ワークモデル分析にしても、KJ法にしても、やっぱり自分たちの既存の固定観念を捨てて、いかに人びとの生活に迫れるかということです。インタビューで発せられた言葉だけを把握しても、それは人びとの生活に迫ったことにはなりません。いかにその言葉の背後にあるもの、観察された行動の背後にあるものを、粘りづよく、データを分解し、さまざまな形に組み立てなおしたり、カテゴライズしたデータ群のラベルを考えたりを繰り返しながら、なぜ、その言葉が発せられたのか、なぜそうした行動をとるのかということに迫らないといけません。<br /><br />実はこれに向いているのが地道にデータにあたり、それを粘りづよく分解し組み立てるという作業ができる人なんだなと思いました。逆に<strong>要領のよい人だとうまく要点をつかんでしまうので、その要領のよさが迷いながら深くデータのなかに踏み込んでいくということをできにくくさせてしまう</strong>ということがあります。<br /><br />そうした要点を要領よくつかんでしまえる人よりも、データの海に溺れながらもひとつひとつのデータに向き合いながらそれらを自分の力でなんとか組み立てようと粘れる人のほうが結局は大きな波にのることができる。<br />そう。たとえば、これだけのデータをきちんと図式化してデータ間の関係性を明示できる人です。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/image/20090705.jpg" width="401" height="301" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br /><h4>だだっぴろい空間を自分たちの思考の結果で埋める</h4>デザイン思考の発想には、広い空間が必要なことも再認識したことのひとつです。今回あらかじめできるだけ大きなスペースをとお願いしてあり、それなりになんとかなるんじゃないかと思えたスペースを用意していただいたのですが、それでも実際に作業をしてみるとスペースが足りなかったようでした。<br /><br /><strong>手を動かしながら、どんどんアウトプットしてみて、その作業を通じて発想を生み出すのがデザイン思考のやり方</strong>です。それは上の写真のようなKJ法でもそうですし、シナリオを書きつつのペーパープロトタイピングでもおなじです。<br />上の粘りづよさとも関係しますが、大量にアウトプットを生みだしながら、さまざまな角度からアイデアを検討するなかで発想を重ねていく。<strong>視点の切り替えによる発想の創出</strong>です。とうぜん、アウトプットの量を増やせば、それに応じてスペースは必要になる。だだっぴろい空間をいかに自分たちの思考の結果で埋められるかというのは、優れた発想にたどりつけるかどうかのポイントだと、これも再認識させてもらいました。<br /><br /><h4>繰り返しの作業による慣れ、身体にパターンを覚えさせる</h4>それから最後は、デザイン思考の発想術というのは、結局、<strong>身体をそのやり方に慣れさせながら、身体にデザイン思考の発想の仕方のパターンというものを手続き的記憶として書きこんでいくということが大事</strong>なんだなと思いました。<br /><br />ここがデザイン思考の仕事術を講師として教える場合のむずかしい点でもあって、僕がデータを前にしてみえているものが、はじめてこうしたやり方をする人にはみえなかったりするんですね。幽霊がみえる人がそうでない人に幽霊の存在を理解してもらうようなもので、これはなかなかむずかしい。座学による講義よりも、実際に作業を体験してもらうワークショップを重視するのもそこなんですが、今日参加してくれた何人かは、その作業体験の重要性を感じてもらえたようなのでよかったかな、と。<br /><br />そして、これはもう言葉でそうだと書いておくしかないんですが、作業に慣れてくると、見えなかったものが見えるようになります。これはもう本当に何回も繰り返して作業してもらうしかないかなと。野球選手が何度も素振りをしたり、実践で生きた球をみて、バッティングというものを身につけるのとまったく変わらないものだと思っています。<br /><br />というのが、あらためて重要だなと思ったデザイン思考のポイント。<br /><br /><h4>お礼</h4>最後に2日間ワークショップに参加してくれた皆さん、お疲れさまでした。<br />そして、ありがとうございました。あっという間の2日間でしたが、楽しく過ごさせていただきました。<br />また、何かの機会にお会いできればと思います。<br /><br /><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=4534045727&amp;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=FFFFFF&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no" frameborder="0"></iframe><br /><br /><strong>関連エントリー</strong><br /><ul><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122540421.html" target="_blank">プロジェクトの定義とデザインプロセス</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122616317.html" target="_blank">物に意味を与える仕事（思いやりをもって）</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122668556.html" target="_blank">自分がいいと思うモノをつくれ！</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122691371.html" target="_blank">デザイン：情報を公開する技術</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122698707.html" target="_blank">解釈を代行するのが道具</a></li></ul>

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<title>下鴨神社＆銀閣寺</title>
<description>河井寛次郎記念館に行ったあとは、下鴨神社に。河井寛次郎記念館で民藝的パワーをもらったあとは、糺の森の緑のあおさにパワーをもらいました。</description>
<dc:subject>旅</dc:subject>
<dc:creator>HIROKI tanahashi</dc:creator>
<dc:date>2009-07-04T23:03:33+09:00</dc:date>
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<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122752858.html" target="_blank">河井寛次郎記念館</a>に行ったあとは、下鴨神社に。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/image/20090704a.jpg" width="401" height="301" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br /><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122752858.html" target="_blank">河井寛次郎記念館</a>で民藝的パワーをもらったあとは、糺の森の緑のあおさにパワーをもらいました。<br /><br /><a name="more"></a><h4>下鴨神社</h4>糺の森ははじめて来たけど、好きな杜ですね。神々しさがそれほどなくやさしい感じが。<br /><br />それから下鴨神社といえば鴨長明。1204年、50歳の時、京都の洛北大原山に隠遁し「方丈記」を書いたといわれる方丈の庵のレプリカがありました。糺の森を流れる小川をみていると、長明が「行く川のながれは絶えずして　しかも本の水にあらず」と書いたのを思い出させます。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/image/20090704b.jpg" width="247" height="329" border="0" align="" alt="" />　<img src="http://gitanez.up.seesaa.net/file/20090704c.jpg" width="247" height="329" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br />それから、重要文化財に指定されている大炊殿が特別拝観できましたので、みてきました。<br />大炊殿は、神事などにお供えする神饌御料を煮炊きする殿舎です。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/file/20090704d.jpg" width="401" height="301" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br /><h4>銀閣寺</h4>その後は、京都で好きな場所のひとつ、銀閣寺に出向きました。混んでいる時期だとなかなかゆっくりみられないので、この時期の平日ならよいだろうと思って。<br /><br />銀閣寺はちょうど修復中でした。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/file/20090704j.jpg" width="401" height="301" border="0" align="" alt="20090704j.jpg" /></div><br /><br />まぁ、残念といえば残念ですが、僕はむしろ庭が好きなので足を運んでよかったな、と。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/image/20090704f.jpg" width="247" height="329" border="0" align="" alt="" />　<img src="http://gitanez.up.seesaa.net/file/20090704g.jpg" width="247" height="329" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br />銀閣寺をあとにしたあとは、あじさいの咲く哲学の道を歩いて、今回の京都訪問の目的のひとつであった、あるものを買いに。それは東京に戻ってから別途ご報告。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/file/20090704h.jpg" width="401" height="301" border="0" align="" alt="20090704h.jpg" /></div><br /><br />大阪にて。<br /><br /><strong>関連エントリー</strong><br /><ul><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122752858.html" target="_blank">河井寛次郎記念館</a></li></ul>

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<title>河井寛次郎記念館</title>
<description>京都東山区にある河井寛次郎記念館に行ってきました。河井寛次郎さんは、柳宗悦らの日本民藝運動にも関わった陶工です。河井寛次郎は、その生涯を通じいつも子供のように勘当する心を失わず、ありとあらゆる物と事の中から喜びを見いだし、そして何よりも人と人生をこよなく愛し大切にした人でありました。河井寛次郎記念館パンフレットより記念館の場所は東京人の感覚だと清水寺の近く。元は自宅兼仕事場だったこともあり、裏の路地をはいったところにひっそりとありました。</description>
<dc:subject>旅</dc:subject>
<dc:creator>HIROKI tanahashi</dc:creator>
<dc:date>2009-07-04T01:46:29+09:00</dc:date>
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京都東山区にある河井寛次郎記念館に行ってきました。<br />河井寛次郎さんは、柳宗悦らの日本民藝運動にも関わった陶工です。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/image/20090703a.jpg" width="401" height="301" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br /><blockquote>河井寛次郎は、その生涯を通じいつも子供のように勘当する心を失わず、ありとあらゆる物と事の中から喜びを見いだし、そして何よりも人と人生をこよなく愛し大切にした人でありました。<br /><div style="text-align:right;">河井寛次郎記念館パンフレットより</div></blockquote><br />記念館の場所は東京人の感覚だと清水寺の近く。<br />元は自宅兼仕事場だったこともあり、裏の路地をはいったところにひっそりとありました。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/file/20090703b.jpg" width="401" height="301" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br /><a name="more"></a><h4>作家の生きる空間</h4>大した予備知識もなく、それゆえ、そんなに期待せずに訪れたのですが、行ってみて、すっかりやられてしまいました。<br />良いとか悪いとかを判断する以前の問題で、とにかく圧倒されたんです。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/file/20090703d.jpg" width="401" height="301" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br />家のなかには、河井寛次郎さん自身がデザインしたり、製作したりした家具が多くの民藝家具に混ざって置かれていました。家具だけでなく、謎の像もあちらこちらに存在していました。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/image/20090703e.jpg" width="401" height="301" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br />その雰囲気は、先日再訪した<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122439156.html" target="_blank">白洲次郎・正子夫妻が生前暮らした旧白洲邸武相荘</a>とも、おなじ民藝運動の仲間であった<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/117311789.html" target="_blank">いまは日本民藝館西館となっている旧柳宗悦邸</a>の雰囲気ともまったく違いました。<br /><br />白洲邸や柳邸のような洗練された印象はなく、もっと雑多でパワーを感じさせる空間でした。<strong><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122691371.html" target="_blank">これぞ！情報!!</a></strong>という印象です。あのくらいの圧倒的なパワーをもって迫ってくるくらいじゃないと情報過多なんていわないんじゃないかと思いました。<br />決して洗練などされずに、コントロールされないパワーが蠢いている印象です。そのあたりはやはり作家であったことが大きいのかなと感じました。<br /><br /><h4>庭の奥に登り窯</h4>何より驚いたのは、庭の奥に登り窯があったことです。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/image/20090703g.jpg" width="401" height="301" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br />陶工の仕事場なんですから、あって当たり前なのでしょうけど、実際にそれを京都の町屋風の建物の奥に目にした印象は鮮烈なものでした。<br />それを目にして、あー、清水寺の付近が陶器の町であったことをあらためて納得させられたくらいです。おそらく昔はこのあたりには多くの窯があったのでしょう（いまでもすこしはあるのかな？）<br /><br />ちなみに庭はこんな感じ。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/file/20090703c.jpg" width="401" height="301" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br />またひとつ京都でお気に入りの場所が増えた感じです。<br />京都にお住まいの方で、行ったことのない人はぜひ行ってみてください。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/file/20090703f.jpg" width="401" height="301" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br /><strong>河井寛次郎記念館</strong><br /><a href="http://maps.google.co.jp/maps?q=%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%B8%82%E6%9D%B1%E5%B1%B1%E5%8C%BA%E4%BA%94%E6%9D%A1%E5%9D%82%E9%90%98%E9%8B%B3%E7%94%BA569&ie=UTF8&hl=ja&ll=34.994689,135.774386&spn=0.008455,0.014977&z=16&iwloc=A" target="_blank">京都市東山区五条坂鐘鋳町569</a><br />月曜休館（祝日は開館、翌日休館）<br />10：00～17：00（入館受付16：30まで）<br /><a href="http://hcn.plala.or.jp/fc211/sagi/" target="_blank">http://hcn.plala.or.jp/fc211/sagi/</a><br /><br /><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4061981323&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>　<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4885919304&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>　<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4061984225&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br /><br /><strong>関連エントリー</strong><br /><ul><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122439156.html" target="_blank">2009-06-28：武相荘再訪</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/112472170.html" target="_blank">旧白洲邸　武相荘</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/94815317.html" target="_blank">日本民藝館手帖／日本民藝館 監修</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/117311789.html" target="_blank">棟方志功　倭画と書の世界</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/93960081.html" target="_blank">旧岩崎邸庭園「金唐革紙」＆根津神社「つつじ祭」</a></li></ul>

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<title>解釈を代行するのが道具</title>
<description>１つ前の「デザイン：情報を公開する技術」、あるいは２つ前の「自分がいいと思うモノをつくれ！」のP.S.（ポストスクリプト）として書いたことの続きとして読んでもらえれば―。村田純一は、人間がおこなわなければならない解釈を代行するのが道具だと記している。人類の技術の歴史は、まさに解釈の必要性を人工物を制作することによって軽減してきた歴史だということになる。村田純一「解釈とデザイン 技術の本性と解釈の柔軟性」コップを使うことは、水をいかに飲むべきか、飲むとはどういうことか、といった...</description>
<dc:subject>デザイン</dc:subject>
<dc:creator>HIROKI tanahashi</dc:creator>
<dc:date>2009-07-03T07:45:40+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
１つ前の「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122691371.html" target="_blank">デザイン：情報を公開する技術</a>」、あるいは２つ前の「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122668556.html" target="_blank">自分がいいと思うモノをつくれ！</a>」のP.S.（ポストスクリプト）として書いたことの続きとして読んでもらえれば―。<br /><br /><blockquote>村田純一は、人間がおこなわなければならない解釈を代行するのが道具だと記している。<br /><blockquote>人類の技術の歴史は、まさに解釈の必要性を人工物を制作することによって軽減してきた歴史だということになる。<br /><div style="text-align: right;">村田純一「解釈とデザイン　技術の本性と解釈の柔軟性」</div></blockquote><br />コップを使うことは、水をいかに飲むべきか、飲むとはどういうことか、といった解釈を行為自体が代行する。「人工物を利用するものは、自ら改めていちいち問題解決に取り組む必要はなく、問題解決に必要な知的活動をそれらの人工物にゆだねてしまうことができる」（村田純一、前掲書）のだから、道具は、人間の解釈の柔軟性を奪いかねない。<br /><div style="text-align: right;">鈴木一誌<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/479176000X?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=479176000X">『ページと力―手わざ、そしてデジタル・デザイン』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=479176000X" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1"></div></blockquote><br />「人間がおこなわなければならない解釈を代行するのが道具」だとしたら、そこにはすでにマニュアル人間化の方向性が含まれています。道具を用いることで人間は「問題解決に必要な知的活動をそれらの人工物にゆだねてしまう」というのは、まさに自分で考えて行動をすることなくマニュアルどおりでしか行動できないことへの道を開いているともいえます。<br /><br />ここに、<strong>ものづくりをする人、文章を書く人、その他さまざまな形で他人にソリューションを提供する人の倫理観が求められる地点がある</strong>のではないでしょうか。<br /><br /><a name="more"></a><h4>道具化とワザ化</h4>すこし前に<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/121876342.html" target="_blank">書評</a>を書いた<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4120039234?ie=UTF8&tag=desiitwlove-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4120039234">『もうひとつの日本への旅―モノとワザの原点を探る』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&l=as2&o=9&a=4120039234" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />で、川田順造さんは、西洋と日本の労働生産性とそれに基づく道具に対する価値観の違いを、西洋の「<strong>二重の意味での人間非依存性</strong>」と日本の「<strong>二重の意味での人間依存性</strong>」という形で対比させて、前者が「個々の人間の巧みさに頼らず、誰がやっても同じよい結果が得られるように道具を工夫する」傾向をもつのに対し、後者は「簡単な道具を人間の巧みさで多目的に効率よく使いこなす」傾向をもつことを指摘しています。<br /><br />これは先の文脈でとらえるなら、<strong>個々の道具利用者の解釈にたよる部分を極力減らそうとする西洋と、個々の道具利用者の解釈にゆだねる部分を尊重する日本という対比としてみることもできる</strong>と思います。後者では、解釈を道具の側に外化してしまう代わりに、繰り返し道具を使うことで自分の身体自体が道具化（職人化）します。修練でワザが身に着くことで、最初の頃に必要だった解釈は不要になるのでしょう。<br /><br /><blockquote>文化によって条件づけられたからだの使い方、身体技法が、いったん形成されたあとでは、身体に刷り込まれた記憶（心理学者のいう「手続き的記憶」）の集合体である、ある範囲の人々に共有された「おこない」として、きわめて強い持続力をもつことも、文化によって異なる洗濯の姿勢など、これまで多くの具体例によって検討してきた通りだ。<br /><div style="text-align: right;">川田順造<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4120039234?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4120039234">『もうひとつの日本への旅―モノとワザの原点を探る』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4120039234" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1"></div></blockquote><br />ここで川田さんが指摘していることは、たとえ有形の道具として解釈を外在化されなくても、個々の人びとの身体に刻まれたワザがその身体的行動の身振り・振る舞いが特定の地域で文化的に共有されることで、「強い持続力」をもちうるということであり、それゆえ、川田さんは同書のなかで「無形文化財」の維持という問題にもふれています。<br /><br /><h4>メタ・マニュアルとしてのインターネット</h4>先に西洋と日本を対比して、解釈の道具化の傾向をもつ西洋と、解釈のワザ化の傾向をもつ日本と述べましたが、もちろん、西洋においても現代のようにテクノロジーによってつくられた多様な道具・機械が存在しない時代は、そうした身体的な修練にたよる部分はあったはずです。<br />西洋でも日本でも、いまでも人間に必要とされるすべての仕事が道具化あるいは道具化同様のスキルの平準化を目指したマニュアル化が実現できているわけではありませんから、生きて仕事をしようとすれば、とうぜん、いろんな部分で自分自身による解釈は必要になるはずです。<br /><br />ただし、そこで1つ問題視してよいのではないかと思うのは、知のアーカイブ化として称されるインターネットの存在です。いまや、そのインターネットが一部ではメタ・マニュアルとして機能している感がある。<br /><br />すべての方法がそこで示されているとまでは誰も思っていないのでしょうけど、ただ、それでいて、それは単に品揃えの問題で、将来的にはインターネットで検索すればあらゆる問題を解決する方法が提供されるようになることが暗に期待されているかのような傾向がないでしょうか。そのようなメタ道具的な機能をインターネットによってつながったコンピュータやその他のガジェットに期待しているようなそんな価値観があるように思われます。<br /><br />そこに不気味さを感じるのは、僕だけでしょうか？<br /><br /><h4>「誰かのせい」と「仕方がない」</h4>すこし前にとあるブログがプチ炎上ぎみだったのを、ある人が見て「最近、ブログの読者はお客さん気分の場合もあるね。だからおもってるのと違うことかいてあると期待はずれとか文句とかになる」というコメントを僕にくれました。<br />僕もまさに同感で、まさにこうしたところに、何か1つ正しい解釈を想定するかのような、解釈の平準化推進傾向というか、知のマニュアル化を推し進めるような気配が漂っているような気がして不気味な感じがするのです。<br /><br />そんなにみんな、自分自身の解釈する力を外部化して、道具的な知にたよって生きていきたいのでしょうか？<br />生き方も、いろんな物事の感じ方も、すべてマニュアル化、方法化、道具化して、そこから外れるものがあれば糾弾したいと思っているのでしょうか？<br /><br /><blockquote>自然の中に暮らしているときに不幸な出来事が起こりますと「それは仕方がない」となるということです。一方、都会の中で不幸な出来事が起こりますと「誰のせいだ」ということになります。溝に落っこちたら、誰かがその溝を掘ったのですから当然のことですが、やはり「誰かのせい」というのが都市です。ですから、日本人が変化したのではなく日本が都市に変わったのだというふうに考えると、そういう変化は大変よく理解できると思います。<br /><div style="text-align: right;">養老孟司<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4891731060?ie=UTF8&tag=desiitwlove-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4891731060">『手入れ文化と日本』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&l=as2&o=9&a=4891731060" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div></blockquote><br />養老さんのいう「都市」は人工物である道具です。西洋的な解釈を外化した道具です。解釈を外化した道具がきちんと機能しなければ、道具のせいとなる。道具をつくった人のせいにするか、道具が壊れたのだと捉えるでしょう。<br /><br />それと似たようなことが、ブログなどのネット上の他人の意見に対して起こってしまっている。自分の意図したものと違うものが出てくると、その意見をだした人のせいにするか、その意見が壊れていると考える傾向があるのではないでしょうか？　<strong>人それぞれ価値観が違うし、生きている環境や立場が違うのだから「仕方がない」という風に理解できるおおらかさが失われていく傾向がある</strong>ように思います。<br /><br /><h4>個々の解釈が可能な余地を守る</h4>こうした点に、ものづくりをする人、文章を書く人、その他さまざまな形で他人にソリューションを提供する人の倫理観が求められると思うのです。<br /><br /><strong>きちんと人間個々の解釈が可能な場所を残すということ、すべてを人工的な知に仕立て上げることなく、自然な変化・多様な解釈を許容する部分を残しておく</strong>というところに。<br /><br />すべてを機能化する、形式知化しようとする誘惑には抗わなくてはいけないし、それは不可能だということをはっきりと明示していくことが大事だと思うのです。まさにそれは以前に「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122540421.html" target="_blank">人的資源の生態学的問題</a>」というエントリーを書いたとおり、人間自身の資源としての解釈力をいかに人間の生活環境、生きる環境のなかで維持するかという生態学的問題だと思うのです。<br /><br /><blockquote>あらわれを特権化するのでも、テクストを絶対視するのでもなく、ちがいがあることとおなじであることを、動的な関係として捉えたい。写真は、全的にヴィジュアルでも、ことばに余さず置き換わるのでもない。ことばとヴィジュアルとのあいだの、見る人間の言語化能力や趣向によっても濃度が変わるグラデーションのなかにある。<br /><div style="text-align: right;">鈴木一誌<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/479176000X?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=479176000X">『ページと力―手わざ、そしてデジタル・デザイン』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=479176000X" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1"></div></blockquote><br />昨日の「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122691371.html" target="_blank">デザイン：情報を公開する技術</a>」では、「データ」や「コンテンツ」という概念の不備について言及しました。それを情報や解釈という概念と混同してはいけないと思います。<br /><br />「データ」や「コンテンツ」をコンテキストから切り離して、自律的なものとして考えるという過ちを正していく必要がある。<strong>情報はあくまで地と図の関係のように、図のみが自律的になにかを表現するのではなく、あくまで地との関係において図としての意味を表現するのだということを明確にしていかなくてはいけない</strong>と思います。<br />その地とは、「見る人間の言語化能力や趣向」でもあるし、「文化によって条件づけられたからだの使い方、身体技法」でもあったりするでしょう。もちろん、図をどのようなメディアのうえに、どのようにレイアウトするか、フォントをどうするか改行をどうするかということも、見る人の解釈に影響を与えます。<br /><br />そうした諸条件がからみあうコンテキストのなかで「ちがいがあることとおなじであることを、動的な関係として捉」えられる感覚をもたなくてはいけないのではないでしょうか。<br /><br /><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=479176000X&amp;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=FFFFFF&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no" frameborder="0"></iframe>　<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4120039234&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>　<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4891731060&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br /><br /><strong>関連エントリー</strong><br /><ul><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122691371.html" target="_blank">デザイン：情報を公開する技術</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122668556.html" target="_blank">自分がいいと思うモノをつくれ！</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122616317.html" target="_blank">物に意味を与える仕事（思いやりをもって）</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122540421.html" target="_blank">人的資源の生態学的問題</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/115151198.html" target="_blank">プロジェクトの定義とデザインプロセス</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/121876342.html" target="_blank">もうひとつの日本への旅―モノとワザの原点を探る／川田順造</a></li></ul>

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<title>デザイン：情報を公開する技術</title>
<description>Oui.デザインは、ときには「情報を公開する技術」をあつかうのではなく、つねに「情報を公開する技術」なのだろう。鈴木一誌『ページと力―手わざ、そしてデジタル・デザイン』情報デザインフォーラムのメンバーでありながら、僕が「情報デザイン」ということばを使わない理由がまさにこれ。</description>
<dc:subject>デザイン</dc:subject>
<dc:creator>HIROKI tanahashi</dc:creator>
<dc:date>2009-07-03T01:54:36+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
Oui.<br /><br /><blockquote>デザインは、ときには「情報を公開する技術」をあつかうのではなく、つねに「情報を公開する技術」なのだろう。<br /><div style="text-align: right;">鈴木一誌<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/479176000X?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=479176000X">『ページと力―手わざ、そしてデジタル・デザイン』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=479176000X" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1"></div></blockquote><br /><a href="http://informationdesignforum.blogspot.com/" target="_blank">情報デザインフォーラム</a>のメンバーでありながら、僕が「情報デザイン」ということばを使わない理由がまさにこれ。<br /><br /><a name="more"></a><h4>情報を公開する技術</h4>情報デザインとあえてカテゴライズをつくることで、逆にそのほかに何をデザインしているつもりなのか？と疑問を感じます。<br />情報以外に何をデザインしているつもりなのか？<br /><br />先に「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122616317.html" target="_blank">物に意味を与える仕事（思いやりをもって）</a>」というエントリーで、<br /><br /><blockquote>人の生活をなんらかの形で役だつ道具としての人工物と、それを利用する人のあいだをつなぐインターフェイスを設計するのがデザインの仕事です。このとき、インターフェイスには、人工物の内部機構と人間の頭のなかにつくられるモデルのあいだを取り持つ役割が与えられます。</blockquote><br />と書きました。<br /><br />インターフェイスとは、情報の意味をそれを扱う人間にあわせて束にしたものにほかなりません。先のエントリーにも書いたように、販売員やサービスマンなど、顧客に接する人の態度や説明、コミュニケーションなども、顧客がサービスに接するときのインターフェイスですし、上司が部下に指示する際の指示の仕方もインターフェイスです。<br />そうした人工的につくるあらゆるものが人間に有意な情報をあたえられるよう、インターフェイスを形づくるのがデザインの仕事ではないでしょうか。<br /><br />鈴木一誌さんは<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/479176000X?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=479176000X">『ページと力―手わざ、そしてデジタル・デザイン』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=479176000X" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1">のなかで、デザインは「情報を公開する技術、と言ってよいだろう」と書いています。<br /><br />まさに僕もそのとおりだと思います。<br /><br /><h4>文字がないことが、ただちいことばに頼らないことになるわけではない</h4>情報デザインというとき、情報を単なることばやデータのみだと狭く捉えすぎている感がある。<br /><br /><blockquote>文字がないことが、ただちいことばに頼らないことになるわけではない。ドアノブの優秀なデザインは、見た瞬間に「引く」ということばを手渡している。触ってみたい、あるいは引きやすそうだ、といった気持ちは、「触る」や「引く」という概念の伝達を土台としている。絵文字やピクトグラムは、それがすぐれた出来ばえであればあるほど、非常口、女性用トイレというように、目撃する人間の内部でことばに端的に置換される。<br /><div style="text-align: right;">鈴木一誌<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/479176000X?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=479176000X">『ページと力―手わざ、そしてデジタル・デザイン』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=479176000X" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1"></div></blockquote><br />文字があるから情報ではない。文字や音声で発せられたことばがなくても、よいデザインは人間の頭のなかに、意味＝ことばを想起させます。<br /><br />クラウス・クリッペンドルフが<a id="lnx0" name="evtst|a|4434130331" href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4434130331?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4434130331">『意味論的転回―デザインの新しい基礎理論』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4434130331" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1">で指摘しているように、デザイナーはもっと人工物とことば、そして、人間がその両者をどう関係づけるかということに関心をもたなくてはいけないはずです。<br />それは必ずしも、ことばやデータが表面にあらわれた狭義の情報デザインの分野にのみ関わる話ではありません。「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122341415.html" target="_blank">身体としての書物／今福龍太</a>」で紹介した今福さんが、<br /><br /><blockquote>「データ」や「コンテンツ」という今日のテクノロジー思想を支える概念には、まだメディアとしての「コク」が足りない、とぼくには思えるのです。<br /><div style="text-align: right;">今福龍太<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4904575024?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4904575024">『身体としての書物』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4904575024" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1"></div></blockquote><br />と書いていることに僕は重要な意味があると考えていて、いまの課題は<strong>ITというテクノロジー的思考から「情報デザイン」をデザインの特殊なカテゴリーとして扱ってしまうことで、人間と情報の意味を間違った形で定義してしまい、人間の創造性や想像性をいちじるしくつまらないものにさせてしまっている</strong>ことだと思います。<br />（ちなみに上記引用の「コク」に関しては、「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/121938982.html" target="_blank">文字の官能性、書物としての身体</a>」に書いたので、そちらを参照ください）<br /><br /><h4>インターフェイスということをちゃんと考え直す</h4>もういちど、「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122616317.html" target="_blank">物に意味を与える仕事（思いやりをもって）</a>」に掲載した写真を載せておきましょう。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/image/20090701.jpg" alt="" align="" border="0" width="401" height="301"></div><br /><br />人はインターフェイスを介して人工物と接する「行動」を行うことで、何かを「感覚」し、そこに「意味」を読み取ります。その「意味」にしたがって、さらに人工物に対する「行動」を起こすことで「意味」と「行動」の結果、「感覚」したことの差分を読み取り、「意味」の書き換え、再編集を行っている。<br /><a id="lnx0" name="evtst|a|4434130331" href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4434130331?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4434130331">クリッペンドルフ</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4434130331" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1">に従えば、そうした行動―感覚―意味の循環的プロセスをまわすことで、人は人工物の意味を、認識し、探究し、信頼するようになる。<br /><br />デザインする人に求められる「情報を公開する技術」とは、まさにこのプロセスがまわるようにインターフェイスをつくることだといえるでしょう。<br /><br />僕らは、本とWebページ、あるいは、コンピュータと（非デジタルな）楽器などを比較することで、<strong>IT的なテクノロジー思考の「データ」や「コンテンツ」という概念を再考して、あらためてインターフェイスとは何かということを、人間の創造性/想像性の視点からきちんと捉えなおし、組み立てなおす必要がある</strong>はずです。<br /><br /><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=479176000X&amp;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=FFFFFF&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no" frameborder="0"></iframe>　<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4904575024&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>　<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4434130331&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br /><br /><strong>関連エントリー</strong><br /><ul><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122668556.html" target="_blank">自分がいいと思うモノをつくれ！</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122616317.html" target="_blank">物に意味を与える仕事（思いやりをもって）</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122540421.html" target="_blank">プロジェクトの定義とデザインプロセス</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122498202.html" target="_blank">声と文字（あるいは本というメディアについて）</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/121938982.html" target="_blank">文字の官能性、書物としての身体</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/117883342.html" target="_blank">情報摂取の場・過程・作法をみなおす</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122341415.html" target="_blank">身体としての書物／今福龍太</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/121367016.html" target="_blank">意味論的転回―デザインの新しい基礎理論／クラウス・クリッペンドルフ</a></li></ul>

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<title>自分がいいと思うモノをつくれ！</title>
<description>ものづくりをする人がアンケート調査に頼ったり、ユーザーの意見を必要以上に気にするのをみて、たまにがっかりさせられることがあります。それは完全に調査をする目的を誤解しています。ユーザー中心だとか、人間中心だとかいいますが、別にそれはユーザーがどういうデザインを評価するかといった意見をきいて、ものづくりをしろなんていう話ではありません。「なんでもかんでもユーザーに聞けばよいってわけじゃない。」それ以前に、ものづくりをする側が何をつくるのがいいと思うかという考えがなくてはお話になり...</description>
<dc:subject>デザイン</dc:subject>
<dc:creator>HIROKI tanahashi</dc:creator>
<dc:date>2009-07-02T19:11:03+09:00</dc:date>
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ものづくりをする人がアンケート調査に頼ったり、ユーザーの意見を必要以上に気にするのをみて、たまにがっかりさせられることがあります。<br /><br />それは完全に調査をする目的を誤解しています。<br />ユーザー中心だとか、人間中心だとかいいますが、別にそれはユーザーがどういうデザインを評価するかといった意見をきいて、ものづくりをしろなんていう話ではありません。「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/88578097.html" target="_blank">なんでもかんでもユーザーに聞けばよいってわけじゃない。</a>」<br /><br />それ以前に、ものづくりをする側が何をつくるのがいいと思うかという考えがなくてはお話になりません。それがないがゆえに、やたらとアンケートで人びとの声を聞きたがるし、ユーザーの評価を気にしすぎる。どっちがものづくりの主体なの？って疑問に思います。<br /><br />他人の意見に左右される前に、<strong>自分がいいと思うモノをつくれ！</strong>とつよく思います。<br /><strong>自分が何をいいと思うかをその根拠とともにはっきりイメージできるようになれ！</strong>と感じます。<br /><br />もちろん、ものづくりに限らず、自分が何がいいと思うかをはっきりと示せない人が多いような気がします。示せなくてもいいけど、いいものが何かを判断できる目は養っておきたいものです。<br /><br />そう。目利きの力を。<br /><br /><a name="more"></a><h4>自分でいいと思うモノのイメージをつくる</h4>何かを買う場合に、他のユーザーのレビューを気にする。他の人も持っていないと買ってよいか不安になる。自分でいいと思うモノを選べない。<br /><br />ものづくりをする立場である以前に、消費する側の立場で、自分がいいと思うモノの基準をつくれない人が増えているのではないでしょうか。<br /><br />それでいてマーケティング的な情報には騙されたくないという。<br />だから、マーケティングの情報にではなく、他のユーザーの声や、身近な人の意見を聞きたいという。<br /><br />マーケティングだろうが、一般の人の意見だろうが、社会的な評判を頼りにしているのならいっしょだろうと思います。しょせん、それはつくられたイメージでしかないのだから。それよりも大切なのは自分自身で、自分が何がいいと思うかのイメージをつくれるかどうかではないでしょうか。<br /><br />別に、他人の意見を気にするなということではありません。他人の意見を参考にするのはいい。ただ、それ以前に自分がいいと思うモノのイメージをつくれるかどうかが問題だと思うのです。<br /><br />自分のなかでいいと思うモノの基準をつくる。価値観をつくるのです。<br /><br /><h4>自分でいいと思うモノをつくる</h4>結局、自分が何がいいと思うかのイメージを自分でつくりあげる力がないから、他人が何をいいと感じるかをイメージすることもできません。<br /><br />千利休は、自身の茶器の見る眼を養うために、よいと思った茶器の型紙を残していたそうです。それ以上に利休は数千回にも及ぶ茶会の場で、茶器に接する人びとに接し、その反応に接していました。茶器と他人の接触を観察した。利休の見る眼はそれで養われたのでしょう。<br /><br />自分の茶器をみる眼を養ったうえで、他人が茶器をどう見るかということを中心に人をみる眼を養った。<br />昨日の「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122616317.html" target="_blank">物に意味を与える仕事（思いやりをもって）</a>」というエントリーでは、<strong>二次的理解</strong>だとか、<strong>思いやり</strong>だとかということについて触れましたが、結局は、他人を二次的に理解し、思いやりをもって、他人のためになるものをつくる、提供するというのは、利休のように何を他人がよいと思うかということを、自分自身のなかでイメージとしてつくれるかということなのです。<br />自分自身のなかでそのイメージがつくれれば、アンケートやユーザーの意見を聞くことなどは必要ありません。<br /><br />そのうえで、自分がいいと思うモノをつくる。<br />そうした目利きの力があれば、<strong>自分で自身をもって「これだ！」というイメージを自信をもって描ければ、他人の意見・評価を必要以上に気にする必要なんて、そもそもないはず</strong>なのです。<br /><br /><h4>自分自身の好みを探っていく</h4><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4534045727?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4534045727">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4534045727" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1">では、自分の固定観念の外にでるということがひとつのテーマになっています。<br />そうしたテーマに沿う形で僕はこう書いている。<br /><br /><blockquote>自分の固定観念、イメージに物事をとじこめてしまうのではなく、自分の思考の枠組みの外に出てさまざまな人の立場で物事に触れられる力を養うのです。<br />それにはまず個々人が自分の生活のなかで自分自身の好みを探っていくことが大切です。<br /><div style="text-align: right;">拙著<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4534045727?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4534045727">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4534045727" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1"></div></blockquote><br />自分自身の好みを探る。それは自分がいいと思うもののイメージをつくるという目利きの力を養う1つの方法です。<br /><br /><strong>好みというのは人が物事を判断する際のバイアスです。</strong><br />それは単なる意識のうえでの好悪だけではなく、たとえば、ヘビが嫌いな人はヘビをみた瞬間に身体が逃げる体勢をとるように、ほとんど反射的に働く部分の好悪も含めて、人を動かすバイアスです。<br />そうしたバイアスを日常において探っていく。それがとても大事だと思っています。<br /><br /><blockquote>自分のバイアスを知ることで、他人のバイアスにも目が向くようになります。<br />何が人を動かしているのかを考えられるようになる。そのためにもまずは自分自身の身体を動かすバイアスである自分の好みをしっかりと探っておくのです。<strong>どういう場でどういう作法を行った際に、自分の好みがどう働くかを知っておく</strong>のです。<br /><div style="text-align: right;">拙著<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4534045727?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4534045727">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4534045727" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1"></div></blockquote><br />自分の好みの働きを知る。それにはどうすればよいかはぜひ本のほうを読んでいただければと思うのですが、とにかく自分自身を知るためにも自分の好みに着目するというのは大事なことだと思っています。<br /><br /><h4>各自が目利きの力を養うことで―</h4>普段から、こうした自分自身の好みの動きに注意を払い、利休のように目利きの力を養っておく。そうすれば、ものづくりをする人が、何がいいかがわからず、自信がもてないなんて残念なことは減るのではないでしょうか。<br />つくられたものを使う側も同様で、何がいいかを自分で判断できるようになれば、マーケティング情報に騙されないようにするなんて了見の狭いことはいわず、もっと素直に情報は情報として自分自身で適切に判断することができるようになるのではないでしょうか。<br /><br />そのように、ものをつくる側、つくられたものを使う側の双方がそれぞれ自分自身のみる眼を養えば、つまらないゴミのように使い捨てられる商品は減るのではないでしょうか。<br />売るためだけの無駄な生産も減って、日本のビジネスももうすこしまともになるのではないでしょうか。<br /><br />自己投資だとかいって、つまらぬマニュアル本で他人の方法論を漁って勉強しているつもりになっているくらいなら、<strong>もっと自分自身のなかを深く探ってみることで見る眼の修練を行うことに時間を費やした方がよっぽどよい</strong>と思っています。<br /><br /><strong>P.S.</strong>(2008-07-03 02:15)<br />やれやれ。「マニュアル本に頼る」ことと「本を自分で味わう」ことの違いがわからない人がいるようなので、いちお書いておきますと、本を読むのがつまらないなんてことは金輪際ありません。僕だって、このブログで再三いろんな本の紹介をしているくらいで、本を読むことは他人にも推奨したい。<br /><br />僕が言っているのはマニュアル本を単に「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122036900.html" target="_blank">方法依存症</a>」的に、マニュアル的な方法の収集の目的でマニュアル化した方法（書いてあることを鵜呑みにするか／けなすかの二者択一）で読むなということです。本を読むというのは、まさに読むことで自分自身のバイアスを見つけるための作業であり、読むことそのものが自身で編集作業にほかなりません。<br /><br />人間を機械同様になにかしらの言語で書かれたプログラムをコピーしてインストールすれば、誰もが正確に動作するものとでも考えているのでしょうか？　人間とはそういうもの？　ことばで書かれた情報／ことば以外で手渡される情報ってそういうもの？　本って何らかのプログラム？<br /><br />そのことは<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4534045727?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4534045727">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4534045727" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1">にも、ここで書いていることは鵜呑みにせず各自がカスタマイズしなければ意味がないとはっきり書きましたし、実際、読んでいただければわかりますが、マニュアル本的な読み方ができるような本にはなっていないはずです。<br /><br />次のエントリー「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122691371.html" target="_blank">デザイン：情報を公開する技術</a>」で書きましたが、情報とデータの違いが理解できていない人が多いようです。それが「本を自分で味わう」ことと「マニュアル本に頼る」ことの違いもわからなくさせてしまっているような気がします。もしかすると、日本でiPhone的なヒューマン・インターフェイスがデザインできないのも、このあたりの違いに鈍感になってしまっているせいかもしれませんね。<br /><br /><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=4534045727&amp;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=FFFFFF&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no" frameborder="0"></iframe><br /><br /><strong>関連エントリー</strong><br /><ul><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122616317.html" target="_blank">物に意味を与える仕事（思いやりをもって）</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122540421.html" target="_blank">プロジェクトの定義とデザインプロセス</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/88578097.html" target="_blank">なんでもかんでもユーザーに聞けばよいってわけじゃない。</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/63571990.html" target="_blank">目利き。</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/113790753.html" target="_blank">自分の好みを知るということが結局自分を知ることなんだと思う</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/120728288.html" target="_blank">デザインをする人に求められる資質</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/120583740.html" target="_blank">あらゆる仕事はデザインの仕事です。</a></li></ul>

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<item rdf:about="http://gitanez.seesaa.net/article/122616317.html">
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<title>物に意味を与える仕事（思いやりをもって）</title>
<description>人の生活をなんらかの形で役だつ道具としての人工物と、それを利用する人のあいだをつなぐインターフェイスを設計するのがデザインの仕事です。このとき、インターフェイスには、人工物の内部機構と人間の頭のなかにつくられるモデルのあいだを取り持つ役割が与えられます。とうぜん、そのインターフェイスを設計し実現可能にするのがデザインの仕事であるなら、その仕事をする人は、人工物の側の内部機構と人間の頭のなかのモデルの双方を同時に理解する必要があるでしょう。もちろん、これはことばでいうほど、簡単...</description>
<dc:subject>デザイン</dc:subject>
<dc:creator>HIROKI tanahashi</dc:creator>
<dc:date>2009-07-01T23:14:20+09:00</dc:date>
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人の生活をなんらかの形で役だつ道具としての人工物と、それを利用する人のあいだをつなぐインターフェイスを設計するのがデザインの仕事です。このとき、インターフェイスには、人工物の内部機構と人間の頭のなかにつくられるモデルのあいだを取り持つ役割が与えられます。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/image/20090701.jpg" width="401" height="301" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br />とうぜん、そのインターフェイスを設計し実現可能にするのがデザインの仕事であるなら、その仕事をする人は、<strong>人工物の側の内部機構と人間の頭のなかのモデルの双方を同時に理解する必要がある</strong>でしょう。<br /><br />もちろん、これはことばでいうほど、簡単なことではありません。特に「人間の頭のなかのモデル」は。<br /><br /><a name="more"></a><h4>物に意味を与える仕事</h4>クラウス・クリッペンドルフは<a id="lnx0" name="evtst|a|4434130331" href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4434130331?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4434130331">『意味論的転回―デザインの新しい基礎理論』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4434130331" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1">のなかで、<br /><br /><blockquote><strong>デザインとは物の意味を与えることである。</strong><br /><div style="text-align: right;">クラウス・クリッペンドルフ<a id="lnx0" name="evtst|a|4434130331" href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4434130331?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4434130331">『意味論的転回―デザインの新しい基礎理論』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4434130331" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1"></div></blockquote><br />といっています。<br /><br />もちろん、その場合、<strong>誰に対して意味を与えるか？</strong>が問題となります。<br />単純に考えるなら、それを利用するユーザーに対して意味を与える、という答えになるでしょう。<br /><br />ただ、昨日の「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122540421.html" target="_blank">プロジェクトの定義とデザインプロセス</a>」というエントリーでも指摘したように、<strong>ある人工物に関わるステークスホルダーは単純に通常の利用を行うユーザーだけではありません</strong>。<br />その商品を売る人、在庫として商品を保管する人、商品が故障した際に修理する人、利用者がその商品を購入することを許可する人などなど。いわゆる商品のステークスホルダーはたいていの場合、複数人います。<br /><br />デザインする人は、とうぜん、そのすべてのステークスホルダーに対して、その人の役割に応じた意味を理解できるよう配慮してデザインをしなくてはいけません。<br /><br />在庫を管理する人に対しては、どのように保存管理することが適切か（壊れやすいか、腐らないか、保管の際の温度は？など）がわかるように。<br />修理を行う人に対してはどういう手順でバラして、またどういう手順で組み立てればよいかがわかるように。<br />とうぜん、通常利用を行うユーザーには使い方がわかるように。<br /><br />デザインする人はそれぞれの人の役割に応じた適切な人工物の意味が理解できるようデザインを行うことが必要です。<br /><br /><h4>二次的理解</h4>つまり、デザインする人は、自分以外のステークスホルダーそれぞれが商品に接した際に思い浮かべるであろう頭のなかのモデルを想定、理解したうえで、適切なインターフェイスを設計する必要がある。<br /><br />クリッペンドルフは、それを<strong>二次的理解</strong>と呼んでいます。<br /><br />とうぜん、それには様々なステークスホルダーがある人工物に接した際にどのような「頭のなかのモデル」を形成しうるかをイメージするための方法が必要になります。<br />代表的な方法としては、フィールドワークやエスノグラフィなどの手法があり、もちろん、僕の新しい本、<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4534045727?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4534045727">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4534045727" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1">のなかでも取り上げています。<br /><br /><h4>他人の立場、ニーズを察して仕事をしているか？</h4>これまで人工物といってきましたが、それは物理的な形をもった商品とは限りません。<br /><br />販売員やサービスマンなど、顧客に接する人の態度や説明、コミュニケーションなども、顧客がサービスに接するときのインターフェイスですし、上司が部下に指示する際の指示の仕方もインターフェイスです。<br />その意味では、<strong>多くの人がちゃんと自分が接する相手の「頭のなかのモデル」をイメージしたうえで、その相手にとってはインターフェイスとなる自身の言動を決定しているかを自問しつつ自身の行動を見直す必要があるということでもある</strong>のです。<br />自分以外の誰かに対して何かを行おうとするのなら、その仕事はすべて「物に意味を与える仕事」であるといえると思います。<br /><br /><blockquote>デザイン思考の仕事は<strong>人間中心の仕事</strong>です。<br />人間中心とは、デザインする人や企業の理屈で仕事を進めるのではなく、その仕事の成果としての商品・サービスを利用する人びとのために仕事をするということです。人びとの意見を聞いてデザインしろという話ではありません。他人の意見を聞くのではなく、他人の立場、ニーズを察するのです。<br /><div style="text-align: right;">拙著<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4534045727?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4534045727">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4534045727" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1"></div></blockquote><br />「人間中心の仕事」というのは、それが物と人、人と人のあいだでインターフェイスを介した意味の交換を可能にする仕事だからです。<br />そのためには相手の立場、ニーズを察する観察力、コミュニケーション力が必要になるでしょう。<br /><br /><h4>思いやり</h4>ほとんどの仕事は自分のため（だけ）にやる仕事ではありません。多くの仕事が自分以外の他人のために（も）する仕事です。そうであるなら仕事の対象となる二次的理解の方法はほとんどの人が身につけておかなくてはいけない仕事のスキルではないかと思います。<br /><br />もちろん、それは仕事以外の場（リアルの場、ネット上のヴァーチュアルな場に限らず）で、他人と接する上でも大切なことではないでしょうか。<br /><br />二次的理解。それは<strong>ひとことでいえば、思いやり</strong>でしょう。<br />思いやりこそが、デザインという仕事には必要ではないかと思います。<br />相手に対して不満を感じる前に、自分が相手に対して思いやりをもって接しているかを問うことが必要でしょう。<br /><br /><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=4534045727&amp;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=FFFFFF&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no" frameborder="0"></iframe>　<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00005V8ZX&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br /><br /><strong>関連エントリー</strong><br /><ul><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122540421.html" target="_blank">プロジェクトの定義とデザインプロセス</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/60073932.html" target="_blank">他人の話を聞く技術：べからず集とうまい聞き方のコツ</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/51357442.html" target="_blank">相手を尊重し、敬意をもって接するために最低限必要な5つのこと</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/116163369.html" target="_blank">お客さんから学ぶ</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/42252791.html" target="_blank">自分が動くから他人が動く（あるいは、よいデザインの４原則と行為の７段階理論）</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/121367016.html" target="_blank">意味論的転回―デザインの新しい基礎理論／クラウス・クリッペンドルフ</a></li></ul>

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<title>2009年4月-6月で紹介した本のリスト</title>
<description>前に「2009年1月-3月で紹介した本のリスト」というエントリーを書いたので、4月-6月版も書いておこうか、と。それにしても、1月-3月が合計17冊紹介していたのに対して、4月-6月は合計で9冊だけでした。すくなすぎますね。あきらかにGW明けの忙しさが影響してます。次のクォーターはもうちょっとがんばろっと。では、そのすくない9冊のリストを（リストのリンクは当ブログ内の書評エントリーです）。</description>
<dc:subject>本</dc:subject>
<dc:creator>HIROKI tanahashi</dc:creator>
<dc:date>2009-06-30T23:38:48+09:00</dc:date>
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前に「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/116374380.html" target="_blank">2009年1月-3月で紹介した本のリスト</a>」というエントリーを書いたので、4月-6月版も書いておこうか、と。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/image/20090630e.jpg" width="401" height="301" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br />それにしても、<strong>1月-3月が合計17冊</strong>紹介していたのに対して、<strong>4月-6月は合計で9冊</strong>だけでした。すくなすぎますね。あきらかにGW明けの忙しさが影響してます。<br />次のクォーターはもうちょっとがんばろっと。<br /><br />では、そのすくない9冊のリストを（リストのリンクは当ブログ内の書評エントリーです）。<a name="more"></a><h4>4月分（2冊）</h4>まだ、この頃はそれほど忙しくなかった4月ですが、紹介したのは、以下の2冊だけ。松岡さんの<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480688072?ie=UTF8&tag=desiitwlove-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4480688072">『多読術』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&l=as2&o=9&a=4480688072" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />はおもしろかったですね。<br /><br /><ul><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/117584217.html" target="_blank">多読術／松岡正剛</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/118003120.html" target="_blank">アブダクション―仮説と発見の論理／米盛裕二</a></li></ul><br /><h4>5月分（1冊）</h4>5月はなんと1冊しか紹介してません。無茶苦茶忙しかったから、ブログ自体のエントリー数もすくなかったのも5月でした。決して本を読んでいる量が極端に落ちているわけではないけど、それをアウトプットする時間がつくれませんでした。<br /><br /><ul><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/119104849.html" target="_blank">グラウンデッド・セオリー・アプローチ―理論を生みだすまで／戈木クレイグヒル滋子</a></li></ul><br /><h4>6月分（6冊）</h4>4月、5月の反動もあって、6月は忙しさの山を越えた後半は結構紹介してますね。民俗学・文化人類学系の本が多いですね。<br />宮本常一さんの<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4061591045?ie=UTF8&tag=desiitwlove-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4061591045">『民俗学の旅』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&l=as2&o=9&a=4061591045" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />といい、川田順造さんの<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4120039234?ie=UTF8&tag=desiitwlove-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4120039234">『もうひとつの日本への旅―モノとワザの原点を探る』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&l=as2&o=9&a=4120039234" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />、今福龍太さんの<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4904575024?ie=UTF8&tag=desiitwlove-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4904575024">『身体としての書物』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&l=as2&o=9&a=4904575024" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />といい、ここぞ！というタイミングで、これ！という本に出会えたのが6月でした。<br /><br /><ul><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/120797060.html" target="_blank">塩の道／宮本常一</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/121367016.html" target="_blank">意味論的転回―デザインの新しい基礎理論／クラウス・クリッペンドルフ</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/121389679.html" target="_blank">芹沢〓介の文字絵・讃／杉浦康平</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/121408205.html" target="_blank">民俗学の旅／宮本常一</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/121876342.html" target="_blank">もうひとつの日本への旅―モノとワザの原点を探る／川田順造</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122341415.html" target="_blank">身体としての書物／今福龍太</a></li></ul><br />このなかでおすすめはどれ？とは訊かないでください。<br />だって、僕としては9冊すべてがおすすめなので。すべて必読と書きたいくらいです。<br /><br />7月以降はできるだけ多く紹介できるといいなと思います。<br /><br /><strong>関連エントリー</strong><br /><ul><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/116374380.html" target="_blank">2009年1月-3月で紹介した本のリスト</a></li></ul>

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<item rdf:about="http://gitanez.seesaa.net/article/122540421.html">
<link>http://gitanez.seesaa.net/article/122540421.html</link>
<title>プロジェクトの定義とデザインプロセス</title>
<description>"Context of use"―。それはHCDプロセスそのものに対してもいえることではないでしょうか。どのような手法をどのように用いてプロセス化するかというプロジェクトのデザインは、プロジェクトのコンテキストそのものを定義しなくては決まらない。もちろん、それは人間中心のデザインに限らず、すべての計画、設計、デザインにおいて―。僕はそう考えます。ゆえに、以下の考えには賛成です。HCDプロセスの導入は、きっちり決まった手法では無く、案件ごとに流動的なものであります。クライアント...</description>
<dc:subject>デザイン</dc:subject>
<dc:creator>HIROKI tanahashi</dc:creator>
<dc:date>2009-06-30T21:13:35+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<strong>"Context of use"</strong>―。<br />それはHCDプロセスそのものに対してもいえることではないでしょうか。<br /><br />どのような手法をどのように用いてプロセス化するかというプロジェクトのデザインは、プロジェクトのコンテキストそのものを定義しなくては決まらない。もちろん、それは人間中心のデザインに限らず、すべての計画、設計、デザインにおいて―。僕はそう考えます。<br /><br />ゆえに、以下の考えには賛成です。<br /><br /><blockquote>HCDプロセスの導入は、きっちり決まった手法では無く、案件ごとに流動的なものであります。クライアントの意識や会社風土、ユーザの意識やリテラシー能力など案件ごとに様々ですよね。<br />HCDプロセスは「こうでなくてはいけない。」という事は無く、もっとクライアントそれぞれのコンテキストに合わせた導入方法があるのかな。<br /><div style="text-align:right;"><a href="http://asanoken.jugem.jp/?eid=1120" target="_blank">クライアントとユーザの関係 | 情報デザイン研究室</a></div></blockquote><br />すでに<a href="http://asanoken.jugem.jp/?eid=1120" target="_blank">アサノさんのブログには、コメントを残しました</a>が、ここでもあらためて整理しなおして掲載しておきます。<br /><br /><a name="more"></a><h4>ステークスホルダーは複数、デザインする人工物は単数</h4>何らかの人工物をデザインする際、ほとんどの場合、それに関わる利害関係者（ステークスホルダー）は複数にいます。その際、異なる利害関係者同士は異なる要求を持ち、さらに異なる利害関係者がもつ要求同士はたがいに排他的になるケースもあるでしょう。<br /><br />ただ、利害関係者の数が多く、それぞれが異なる要求をもっていても、最終的に提示する人工物は1つに固めなくてはならない。<strong>複数の利害関係者の異なる要求をうまく調整しながら、1つのデザイン案を導き出すことが、デザインする人には求められます</strong>。<br /><br />デザインを行う際には、利害関係者たちの利害をそれぞれ把握し、利害同士の関係性を理解する必要がある。そのためには、利害関係者ごとに、製品利用時の役割、利用目的、ゴールを中心とした利用のコンテキストを明確にしていく作業を行わなくてはなりません。そして、その作業を通じて、利害関係者それぞれの利害が浮かびあがってくる。<br />それらをいかに調節したひとつの解決策を提示できるかがデザインの課題です。複数のステークスホルダー間の利害関係をその重要度に応じて調整する際には、<a href="http://www.mitsue.co.jp/column/backnum/20030620b.html" target="_blank">QFD（品質機能展開）</a>の考え方も応用できるでしょう。<br /><br /><h4>オフィス用複合機のデザインと利害関係者</h4>オフィスなどに置かれている複合機を考えてみましょう。<br /><br /><dl><dt><strong>一般利用者の通常利用</strong></dt><dd>日常の仕事のなかで、誰もが普通にコピーをとったりプリントしたりという通常の利用ケースがあります。これは上部のUIや物理的なボタンのみで利用できたり、複合機には触れずに自身のPCからすべてコントロールできること（もちろんプリントアウトした紙を取りにいくのは除いて）が望ましいでしょう。</dd></dl><dl><dt><strong>一般利用者のイレギュラーな利用</strong></dt><dd>ただし、複合機は紙詰まりなどの問題をたびたび起こします。その際には、一般利用者にもそうした問題の自主的な解決が望まれます。下部の扉をあけて、普段は隠されている複合機の内部をのぞき、詰まった紙を取り除く作業をしなくてはいけません。使い慣れたUIやボタンによる操作とは異なる利用方法が求められます。<br />とうぜん、一般の利用者にそうした問題解決の作業をスムーズに行わせるためのガイドをすることが、複合機のデザインが必要になる。最初にどのレバーを引いて、次にどの部位を引き出して、詰まった紙を取り除くか。同時にUI側でも、どの部位に紙が詰まっているかを示し、問題解決の操作をどうやって行えばよいかを示すことが必要でしょう。</dd></dl><dl><dt><strong>専門のサービスマンによる修理時の利用</strong></dt><dd>ただし、すべての問題が一般の利用者で完結できるわけでもありません。複合機を使っているとどうしても、専門のサービスマンを呼んで修理してもらわなくてはならないケースも生じます。一般の利用者向けに問題解決用にデザインされた操作だけでは、問題解決ができない（どうしても紙が取り除けない、etc.）場合は、専門家の手を借りる必要があります。<br />その場合、修理をする専門家は、ドライバーを使ってネジをはずす、壊れた部品を交換する、などの、一般の利用者では利用できない機器のインターフェイスに触れることで修理の作業を行います。もちろん、この場合も専門家ならなんでも修理できるというものではなく、あらかじめ修理可能なインターフェイス（取り外し可能なネジや交換可能な部品）がデザインされていてはじめて、修理の専門家は自身の目的である「修理」という行為が可能になるのです。</dd></dl><br />この3つのケースを考えただけでも、各利害関係者の要求は異なり、それぞれに異なる利用を促すデザインが必要です。<br /><br />さらに、複合機はネットワークにつなげて利用されることが多いので、オフィスのネットワーク管理者用にネットワークの設定などを行うインターフェイスを提供する必要もあるし、利用可能な寿命がきた場合に廃棄することを考えたデザインというのも必要かもしれません。<br /><br /><h4>オフィス用複合機のマーケティングおよび事業のデザイン</h4>以上は、あくまで複合機という人工物そのものをデザインするときの利害関係者とその要求に対するデザインとの関係を概観しただけです。<br /><br />ただ、ビジネスという面で考えれば、とうぜん、それに加え、複合機を売る人、導入検討を行うクライアント側の担当者、導入の決済を判断するクライアント側の決裁者など、販売/購入という側面での利害関係者もそれに加わってきます。<br /><br />そのとき、解決しなければならない問題は、必ずしも複合機そのもののデザインではなく、複合機の販売/購入にともなうコミュニケーションのデザインや価格設定など、複合機のマーケティングに関するデザインに対象が移動します。<br />販売側の企業の立場に立てば、販売後のメンテナンスを支える体制をどのように組織化し、全国的に展開するか、どのようなオペレーションで対応するのが効果的かということも考えなくてはいけません。<br /><br />単純化すると、<strong><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/28837965.html" target="_blank">バランストスコアカード</a>の4つの視点（「財務の視点」「顧客の視点」「業務プロセスの視点」「学習・成長の視点」）をバランスさせることで、最終的なビジネスゴールを達成する必要がある</strong>ということになる。この4つの視点にすでに異なるステークスホルダーの視点が含まれているのにお気づきでしょうか（狭義のHCDが相手にするユーザーなどというのは、この視点の一部である「顧客」のさらに一部でしかありません）。この4つの視点をバランスさせることでビジネスゴールに向かうというのが、バランストスコアカードおよび、その可視化手段である戦略マップというツールです。<br />それぞれの主要成功要因（CSF）を特定し、それに測定可能な重要業績評価指標（KPI）を設定し、ビジネスゴールである重要目標達成指標（KGI）を達成するための戦略を組み立て、可視化するのです。<br /><br /><div align="center"><a href="http://gitanez.up.seesaa.net/image/20090630c.jpg" target="_blank"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/image/20090630c-thumbnail2.jpg" width="400" height="235" border="0" align="" alt="no-title" /></a></div><br /><br />さらに事業として考えるなら、1つの複合機の商品開発、マーケティングだけでなく、3年後、5年後の市場やビジネスを踏まえたグランドデザインを作成することが必要となるケースもあるでしょう。<br />その際には、CSR（企業の社会的責任）の観点から、製造拠点のある地域の住民や従業員の家族など、より多くの利害関係者を想定したデザインが必要になります。<br /><br /><h4>プロジェクトの定義があってはじめて、デザインプロセスは決められる</h4>ビジネスとして考えれば、こんな風にいくらでも利害関係者は膨らみます。<br />当該の<strong>デザインプロジェクトが何を目指し、どこからどこまでを範囲とするかで、そこに含まれる利害関係者とそれぞれの重要度は異なりますし、ゴールを達成するためにどういうプロセスを経てデザインを行うかも違ってきます</strong>。<br /><br />結局、どういうプロセスで、何に重点をおいてデザインするかは、<ul><li>プロジェクトの目的</li><li>ゴール</li><li>スコープ</li><li>前提・制約条件</li><li>利用可能なリソース</li></ul>などを定義することでしか決められません。<br />スコープを決める中で、組織の内部、外部の利害関係者が明確になってきます。<br /><br /><blockquote>プロジェクトの計画を立てるという作業はまさにプロジェクト全体の作業の流れ、進め方を決めるプロジェクトそのもののデザインです。プロジェクトの目的とゴールを明確にし、ゴールにたどり着くために必要な要素をリストアップし優先順位をつけ、それぞれのタスク間の関係性を明確にした上で、必要なリソースの配分を行うのです。このプロジェクトのデザインができなければ、実際にデザイン思考で仕事をまわすことはできません。<br /><div style="text-align: right;">拙著<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4534045727?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4534045727">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4534045727" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1"></div></blockquote><br />アサノさんが「クライアントそれぞれのコンテキストに合わせた導入方法がある」というとき、こうした前提となるプロジェクトの定義との関係を"コンテキスト"と呼んでいるのではないでしょうか？<br /><br />その意味で、上でも書いたとおり、<strong>HCDの手法そのものもコンテキストにあわせて利用するのが妥当</strong>だと僕は考えます。<br /><br /><h4>典型的なデザインの状況にはいつも方法のわからないものがつきまとう</h4>デヴィッド・ケリー（IDEO創始者）もこういっています。<br /><br /><blockquote>プロセスを学習すること、注意を払うことを止めるのは不可能です。企業は、いい結果を手にしたいのなら、デザインのプロセスを理解し、改良するために努力をし続けなければならないのです。<br />しかし、これはプロセスが標準化できるということではありません。ある問題を理解したとしても、同じ方法で次の問題も解決できるわけではありません。典型的なデザインの状況にはいつも、方法のわからないものがつきまといます。<br /><div style="text-align: right;">デヴィッド・ケリー「第8章　デザイナーのスタンス」<br />テリー・ウィノグラード<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4894717786?ie=UTF8&tag=desiitwlove-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4894717786">『ソフトウェアの達人たち―認知科学からのアプローチ』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&l=as2&o=9&a=4894717786" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div></blockquote><br />こうしたプロジェクトそのものも含めて、<strong>デザイン思考</strong>です。<br /><br />具体的なデザイン作業に入る前には、<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/100863956.html" target="_blank">プロジェクトそのものの定義・デザイン</a>が必要です。<br />プロジェクトの定義がデザインプロセスを決めるための前提条件となります。<br /><br />であれば、プロジェクトの定義を共有できていない、外部の人間が一般論で個別ケースのデザインプロセスに関して云々いうのは、そもそもお門違いとなるケースが多いでしょう。コンテキストを理解しない言説、行動はとかくトンチンカンなものになりやすいと思います。<br /><br /><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=4534045727&amp;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=FFFFFF&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no" frameborder="0"></iframe>　<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4894717786&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br /><br /><strong>関連エントリー</strong><br /><ul><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/100863956.html" target="_blank">プロジェクトをデザインする</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/28837965.html" target="_blank">ブランドのつくりかた：2.戦略マップとバランススコアカードを使う</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/39710360.html" target="_blank">僕たち、普段、デザインしてないんじゃない？（デザイン・プロセスのデザイン２）</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/45143371.html" target="_blank">ソフトウェアの達人たち―認知科学からのアプローチ／テリー・ウィノグラード編著</a></li></ul>

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<title>『デザイン思考の仕事術』、Amazon在庫ありに。</title>
<description>『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』がAmazonで在庫ありに。お待ちいただいていた方、ご迷惑をおかけしました。取り急ぎ用件のみにて。関連エントリー『デザイン思考の仕事術』感想をいただきました・１『デザイン思考の仕事術』、丸の内オアゾの丸善ほかのリアル書店での状況。『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』見本が届きました。『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』書影がAmazonに掲載『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』...</description>
<dc:subject>デザイン</dc:subject>
<dc:creator>HIROKI tanahashi</dc:creator>
<dc:date>2009-06-30T11:52:10+09:00</dc:date>
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<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4534045727?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4534045727">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4534045727" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1">がAmazonで<strong>在庫あり</strong>に。<br /><br />お待ちいただいていた方、ご迷惑をおかけしました。<br /><br />取り急ぎ用件のみにて。<br /><br /><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=4534045727&amp;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=FFFFFF&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no" frameborder="0"></iframe><br /><br /><strong>関連エントリー</strong><br /><ul><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122334757.html" target="_blank">『デザイン思考の仕事術』感想をいただきました・１</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122479232.html" target="_blank">『デザイン思考の仕事術』、丸の内オアゾの丸善ほかのリアル書店での状況。</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122156312.html" target="_blank">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』見本が届きました。</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/121772283.html" target="_blank">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』書影がAmazonに掲載</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/121581686.html" target="_blank">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』は6月末発売</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/119427893.html" target="_blank">『デザイン思考の仕事術』Amazonで予約開始</a></li></ul><a name="more"></a>

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<title>声と文字（あるいは本というメディアについて）</title>
<description>「手書きであることを突き詰めれば、原稿用紙は不要だろう」と鈴木一誌さんは『ページと力―手わざ、そしてデジタル・デザイン』のなかでいう。「原稿用紙は、活字組版のために、出版者と印刷所の文選工の字数の数えやすさと判読の助けとして開発された」とも続けています。そして、また、「手書きかワープロかとの問いは、原稿用紙を捨てられるかどうかの判断をも迫る」という。原稿用紙という存在すら忘れていた僕らには、ハッとさせられる指摘です。あるいは、今福龍太さんは、「オーラリティの世界に反響する音声...</description>
<dc:subject>情報社会</dc:subject>
<dc:creator>HIROKI tanahashi</dc:creator>
<dc:date>2009-06-30T00:41:46+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<strong>「手書きであることを突き詰めれば、原稿用紙は不要だろう」</strong><br />と鈴木一誌さんは<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/479176000X?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=479176000X">『ページと力―手わざ、そしてデジタル・デザイン』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=479176000X" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1">のなかでいう。<br />「原稿用紙は、活字組版のために、出版者と印刷所の文選工の字数の数えやすさと判読の助けとして開発された」とも続けています。<br />そして、また、<br />「手書きかワープロかとの問いは、原稿用紙を捨てられるかどうかの判断をも迫る」という。<br />原稿用紙という存在すら忘れていた僕らには、ハッとさせられる指摘です。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/image/20090630a.jpg" width="401" height="301" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br />あるいは、今福龍太さんは、<br /><strong>「オーラリティの世界に反響する音声としての言葉は、一度文字記号のなかに落ち着いてしまうと、ミメティックな能力が失われる」</strong><br />と<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4904575024?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4904575024">『身体としての書物』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4904575024" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1">で声にだされたことばのもつ模倣的（ミメティック）な性格を指摘すれば、<br />酒井健さんは、<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4791764706?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4791764706">『バタイユ』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4791764706" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1">で、<br /><strong>「言葉と生の一致。言葉が言い表そうとしている生の動きをその言葉自体が帯びているということ。その言葉に生の動きが満ちていて、耳にするとその生の動きが伝わってくるということ。武勲詩の聴衆が、朗誦される詩の言葉に求めていたのはそのようなことだった」</strong><br />とバタイユが愛した中世の吟遊詩人とその聴衆を結ぶ詩の口誦を評しています。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/image/20090630b.jpg" width="401" height="301" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br /><a name="more"></a><h4>声に出されることば</h4>さらに、宮本常一さんが<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4061591045?ie=UTF8&tag=desiitwlove-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4061591045">『民俗学の旅』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&l=as2&o=9&a=4061591045" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />でこう書くとき、<br /><br /><blockquote>私が年寄りたちからいろいろの話を聞くようになったとき、明治維新以前のことを知っている人たちとそうでない人たちの間に話し方や物の見方などに大きな差のあることに気付いた。たとえば維新以前の人たちには申しあわせたように話しことばというよりも語り口調というようなものがあった。ことばに抑揚があり、リズムがあり、表現に一種の叙述があり物語的なものがあった。維新以降の人たちのことばは散文的であり説明的であり、概念的であった。そしてその傾向が時代が下がるにつれて次第に強くなる。知識を文字を通して記憶していくようになると、説明的になり散文的になっていくもののようである。<br /><div style="text-align: right;">宮本常一<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4061591045?ie=UTF8&tag=desiitwlove-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4061591045">『民俗学の旅』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&l=as2&o=9&a=4061591045" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div></blockquote><br />それは、酒井健さんが<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4791764706?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4791764706">『バタイユ』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4791764706" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1">で次のように書くバタイユの姿と重なってきます。<br /><br /><blockquote>近代人の読書のように文献を机の上に置き黙読して内容の把握に終始するという姿勢をバタイユは中世の文献に対して取らなかった。文献の言葉をいったん暗記して身体に摂取し、それを文献から離れたところで声に出してまるで歌うように、ときには本当に歌いながら発語していたのだ。彼はそうして中世の文字の世界の奥に息づく中世の話しことばの世界の生に触れ、それを体感し、感性の次元でその生と交わっていたのである。とりわけ、この生の非理性的な力、つまり古典古代の言語の枠に収まることができなかった力に出会い、感性を打ち震わせていた。<br /><div style="text-align: right;">酒井健<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4791764706?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4791764706">『バタイユ』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4791764706" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1"></div></blockquote><br /><strong>説明的でもなく、概念的でもない、言語の枠に収まらない生の非理性的な力</strong>。それは書かれた文字によってではなく、声として発せられたことばに宿り、その声を耳にする者の感性を震わせる。<br /><br />そんな声の響きが、書かれた本には宿っているのでしょうか。<br /><br /><h4>音読と黙読</h4>黙読ではなく声に出して読むこと。<br />松岡正剛さんは<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480688072?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4480688072">『多読術』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4480688072" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1">で、読書の歴史において「いちばん大きな変化は「音読」から「黙読」に変わったこと」といっています。<br /><br /><blockquote>あまり知られていないことですが、人類が黙読（目読）ができるようになったのは、おそらく14世紀か16世紀以降のことです。それまではほとんど音読です。<br /><div style="text-align: right;">松岡正剛<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480688072?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4480688072">『多読術』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4480688072" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1"></div></blockquote><br />「音読」から「黙読」へという話に関しては「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/101321398.html" target="_blank">近代文化史入門　超英文学講義／高山宏</a>」というエントリーでも紹介しています。高山さんは、そのなかで、印刷術の発達のおかげで聖書は一人ひとりが自分の個室で読めるようになり、それまでの音読から黙読の習慣に移り、さらに、それまで表立ったものだった声が黙読により内にこもることで、内面なるものが存在するように思えるようになるのもこの時期だろうといったことを紹介してくれています。<br /><br /><h4>黙読、無意識、自我</h4>松岡さんの話に戻ると、音読から黙読へという読書の歴史を紹介したうえで、マクルーハンの次のような仮説についても紹介しています。<br /><br /><blockquote>人類の歴史は音読を忘れて黙読するようになってから、脳のなかに「無意識」を発生させてしまったんではないかというんです。言葉と意識はそれまでは身体的につながっていたのに、それが分かれた。それは黙読するようになったからで、そのため言葉と身体のあいだのどこかに、今日の用語でいう無意識のような「変な意識」が介在するようになったというんです。<br /><div style="text-align: right;">松岡正剛<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480688072?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4480688072">『多読術』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4480688072" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1"></div></blockquote><br />これは高山さんの声が内にこもることで内面なるものが存在するように思えるようになったという指摘とも重なりますし、「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122242182.html" target="_blank">自我という魔術</a>」というエントリーで指摘したような、<strong>人が自分自身を生きて常に変化する存在から、説明的で概念的なものに変化させ閉じ込めてしまう「自我」を近代が発明し、人間にインストールしてしまったこと</strong>にも重なるのではないでしょうか。<br /><br /><h4>ことばと指示対象の連続性</h4>ここで再び。酒井健さんの<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4791764706?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4791764706">本</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4791764706" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1">から引用。<br /><br /><blockquote>言語記号をその指示対象から独立した単体たちの差異の群れと見たがる、そしてその群れ（体系）の創造に人間のすぐれた営為を見たがる近代人をよそに、19世紀末の象徴主義の詩人たちは、言葉（例えば「罪」）とその指示対象（罪ある行為、それに伴う感情、意識）とのつながりを重視し、さらにその指示対象が息づいていた原初の混沌たる連続体とも生きた関係を回復しようとした。<br /><div style="text-align: right;">酒井健<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4791764706?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4791764706">『バタイユ』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4791764706" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1"></div></blockquote><br />「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/121876342.html" target="_blank">もうひとつの日本への旅―モノとワザの原点を探る／川田順造</a>」で紹介したように、川田順造さんがモノとワザの関係性のなかにある無形文化の喪失―もちろん、そこには無文字文化も含まれる―に継承を鳴らしつつ、失われていく文化にさみしげな視線を送るのも、こうした点につよく関わっているのでしょう。<br /><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/121876342.html" target="_blank">先のエントリー</a>で僕自身が書いたように、それは紛れもなく、<strong>自分たち自身で自分自身のなかの一部を殺し続けながら生きている</strong>ことだと思うからです。<br /><br />さらにこれを重ねてみる。<br /><br /><blockquote>自ら持たぬものと結合したいという人間の欲望がうむアナロジー（analogy）は、とめどない揺動を特徴とする情熱的なプロセスでもある。身体にしろ、感情にしろ、精神的なものであれ、知的なものであれ、何かが欠けているという知覚があって、その空隙を埋める近似の類比物への探索が始められる。<br /><div style="text-align: right;">バーバラ・M・スタフォード<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/478280153X?ie=UTF8&tag=desiitwlove-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=478280153X">『ヴィジュアル・アナロジー―つなぐ技術としての人間意識』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&l=as2&o=9&a=478280153X" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div></blockquote><br /><strong>アナロジーのもつ模倣性―ミメティックな性質が、言葉と指示対象の分離が起こる前の声の文化、そして、スタフォードが研究する18世紀の博物学全盛の時代のイメージングの世界には生きていたのではないか</strong>と想像します。<br /><br /><h4>直接的に</h4>さらにこれを重ね合わせるとどうでしょう。<br /><br /><blockquote>ことばの呪能を託された歌は、すでに動かしがたい存在の意味を荷うものとして、客体化された。ことばは歌として形成されたとき、すでに呪能をもってみずから活動する存在となる。<br /><div style="text-align: right;">白川静<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4122041309?ie=UTF8&tag=desiitwlove-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4122041309">『詩経―中国の古代歌謡』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&l=as2&o=9&a=4122041309" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div></blockquote><br />「<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/95134566.html" target="_blank">日本語に探る古代信仰―フェティシズムから神道まで／土橋寛</a>」で紹介しているように、土橋寛さんは「呪術は人間が自然物や他者を直接的にコントロールすることによって、願望を遂げようとする行為」だと述べています。<strong>説明や概念を媒介にするのではなく、「直接的にコントロールする」方法、感性を打ち震わせる方法としての呪術</strong>です。<br />直接的に。そう、インターフェイスを媒介とせず、直接的に。<br /><br />とはいえ、声として発せられることばにのみ、呪的な力があったわけではないだろうとも想像します。<br />書かれた文字であっても、それが、印刷技術による複製―<a href="http://gitanez.seesaa.net/article/120728288.html" target="_blank">ディストリビューション！</a>―を前提とせず、原稿用紙という道具もなかった時代の手書き文字であれば、発せられることば同様の呪的性格を帯びていただろうと思います。<br /><br /><strong>感性の次元で、生と直接交流可能なことばの時代があったのだろう</strong>、と。<br /><br /><h4>本というメディア</h4>それでも、本という活字メディアに僕は強く心をひかれます。それはきっと本が松岡さんがこう書くようなメディアだからでしょう。<br /><br /><blockquote>一冊の本に出会って読書するということは、大きな歴史が続行してきてくれた「意味の市場」でそのような体験を再現し、再生し、また創造していくということなんですね。本はそのためのパッケージ・メディアです。<br /><div style="text-align: right;">松岡正剛<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480688072?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4480688072">『多読術』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4480688072" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" border="0" width="1" height="1"></div></blockquote><br /><strong>再現というよりは追体験</strong>かなと思います。<br /><br />過去にその体験をした人との直接的な交流をする。<br />それは文字で書かれた指示対象を説明的・概念的に理解することとは違うはずです。<br /><br />もちろん、インターネットアーカイブをピンポイントで検索するのとはまったく違う。検索ではなく、感性的な交流によって情報に接することが求められるのではないでしょうか？<br /><br /><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&o=9&p=8&l=as1&asins=479176000X&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>　<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4061591045&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>　<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=4791764706&amp;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=FFFFFF&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no" frameborder="0"></iframe>　<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4061598279&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br /><br /><strong>関連エントリー</strong><br /><ul><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/117584217.html" target="_blank">多読術／松岡正剛</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/101321398.html" target="_blank">近代文化史入門　超英文学講義／高山宏</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/121408205.html" target="_blank">民俗学の旅／宮本常一</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/101906145.html" target="_blank">ヴィジュアル・アナロジー―つなぐ技術としての人間意識／バーバラ・M・スタフォード</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122341415.html" target="_blank">身体としての書物／今福龍太</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/111242590.html" target="_blank">詩経―中国の古代歌謡／白川静</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/121876342.html" target="_blank">もうひとつの日本への旅―モノとワザの原点を探る／川田順造</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/95134566.html" target="_blank">日本語に探る古代信仰―フェティシズムから神道まで／土橋寛</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122242182.html" target="_blank">自我という魔術</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/121938982.html" target="_blank">文字の官能性、書物としての身体</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122445601.html" target="_blank">企て。</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/97431484.html" target="_blank">本は「欲しい」という前に買え</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/117883342.html" target="_blank">情報摂取の場・過程・作法をみなおす</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/115397682.html" target="_blank">テキスト情報過多の時代に人は何を感じるか</a></li></ul>

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<title>『デザイン思考の仕事術』、丸の内オアゾの丸善ほかのリアル書店での状況。</title>
<description>Amazonでは現在「在庫切れ」状態となっている（在庫ありになりました）『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』ですが、丸の内オアゾの丸善には置いてありました。（ほかにも、置いてある店舗の情報を担当編集者さんからいただいたので、ページ下部に掲載してます。7/2時点でのリアル店舗状況を追加。）売り場は、1階の「マーケティング」の棚(入口はいってすぐ右)。この棚番号が目印。</description>
<dc:subject>デザイン</dc:subject>
<dc:creator>HIROKI tanahashi</dc:creator>
<dc:date>2009-06-29T19:23:42+09:00</dc:date>
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Amazonでは<del><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122469664.html" target="_blank">現在「在庫切れ」状態</a>となっている</del>（在庫ありになりました）<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4534045727?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;link_code=as3&amp;camp=767&amp;creative=3999&amp;creativeASIN=4534045727">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4534045727" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" width="1" border="0" height="1">ですが、丸の内オアゾの丸善には置いてありました。<br />（ほかにも、置いてある店舗の情報を担当編集者さんからいただいたので、<a href="#other">ページ下部に掲載</a>してます。<br /><a href="#0702">7/2時点でのリアル店舗状況を追加</a>。）<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/image/20090629b.jpg" width="401" height="301" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br />売り場は、<strong>1階の「マーケティング」の棚</strong>(入口はいってすぐ右)。<br />この棚番号が目印。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/file/20090629c.jpg" width="329" height="247" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br /><a name="more"></a>あとは、<strong>3階だと、いろんなところに</strong>置いてあります。<br /><br />まずは3階まで<strong>エスカレーターを上って、すぐ右にある新刊書が平積みに並んだ棚</strong>のところ。これはちょっと見つかりにくい位置に置かれています。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/image/20090629f.jpg" width="401" height="301" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br />それよりも、そのすぐ右隣にある<strong>デザイン関連書の置いてあるコーナー</strong>のほうが見つかりやすい。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/file/20090629d.jpg" width="401" height="301" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br />この棚番号が目印。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/file/20090629e.jpg" width="329" height="247" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br />さらに、3階から下に降りるエスカレーターがあるところに設置された、<strong>アート関連の話題書があるコーナー</strong>にも平積みされてました。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/file/20090629g.jpg" width="401" height="301" border="0" align="" alt="" /></div><br /><br /><a name="other"></a>あとは担当編集者さんからの情報によると、<br /><ul><li>今日時点で、<ul><li>紀伊国屋新宿本店3F</li><li>ジュンク堂新宿店6F</li><li>丸善御茶ノ水店</li></ul>にも置かれているそうです。新刊台またはビジネス書コーナーに平積み、面陳。</li><li>また明日30日以降は、<ul><li>恵比寿のアトレの有隣堂で大きめに展開→展開されています。</li><li>三省堂書店神保町本店には陳列用のワゴンにスタンバイされていたので明日には店頭に並びそう</li></ul>といった情報も。</li><li>それから「在庫切れ」表示になっているAmazonにも在庫確認を実施中。</li></ul><br />とのことです。<br /><br />写真は、左が紀伊国屋新宿本店3F、右がジュンク堂新宿店6F。<br /><br /><div align="center"><img src="http://gitanez.up.seesaa.net/image/20090629h.jpg" width="240" height="320" border="0" align="" alt="" />　<img src="http://gitanez.up.seesaa.net/file/20090629i.jpg" width="240" height="320" border="0" align="" alt="20090629i.jpg" /></div><br /><br />あとは新宿ルミネ１のBook 1stでも見かけたという情報を聞いたので、ほかのBook 1stにも並んでいるんじゃないか、と。<br /><br /><a name="0702"></a><strong>P.S.</strong>（2009-07-02）<br />リアル店舗での陳列状況を追加<br /><ul><li>青山ブックセンター六本木店　1Fデザイン書の棚に面陳（自分で確認）</li><li>京都駅・ふたば書房八条口店　旬のビジネス書コーナーに「面陳」（mimixさんからの情報提供）</li></ul><br />ほかにも、ここで見かけたよ、という情報があったら教えてください。<br />それと、またジャンル分けがしづらい本なので、リアル書店でみつからない場合は、<strong>店員さんに「『デザイン思考の仕事術』ありますか？」と訊いてみてください</strong>。<br /><br /><strong>買った人で、ブログを書いてる人がいたら、「ここで買いました！」という情報だけでもいいのでエントリーを書いて、ここにトラックバックしてもらえると助かります！</strong>　もちろん、このエントリーへのコメントでも。<br /><br /><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=desiitwlove-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=4534045727&amp;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=FFFFFF&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no" frameborder="0"></iframe><br /><br /><strong>関連エントリー</strong><br /><ul><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122334757.html" target="_blank">『デザイン思考の仕事術』感想をいただきました・１</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/122156312.html" target="_blank">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』見本が届きました。</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/121772283.html" target="_blank">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』書影がAmazonに掲載</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/121581686.html" target="_blank">『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』は6月末発売</a></li><li><a href="http://gitanez.seesaa.net/article/119427893.html" target="_blank">『デザイン思考の仕事術』Amazonで予約開始</a></li></ul>

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