20世紀はどのようにデザインされたか/柏木博

最初に柏木博さんの書かれたものを読んだのは『デザイン12の扉―内田繁+松岡正剛が開く』でした。それ以来、すでに何冊か柏木さんの本を読んでいます。もちろん、何冊も読みたいと思うのは、柏木さんのデザインを見つめる視点がそれだけ魅力的だからです。ただ、その魅力というのはデザインあるいはデザイン史というものに1つ確固とした視点を明らかにしているからというよりも、その視点が万華鏡のように様々な形で披露されるところにあります。

柏木博の本はみんなとりあげないと、そのデザイン思想はわからない。」と松岡正剛さんは言います。確かにそのとおりで、これまでこのブログでも何冊か柏木さんの本は紹介してきましたが、『玩物草子―スプーンから薪ストーブまで、心地良いデザインに囲まれた暮らし』『「しきり」の文化論』を読むのとでは同じではありません。似たようなことが書かれている『近代デザイン史』と今回紹介する『20世紀はどのようにデザインされたか』でも、両方読んでみないとわからないことがあります。

fine artとapplied artとしての美術とデザイン

それは柏木さん自身が、『近代デザイン史』の冒頭で書いている次のような感覚からくるものだろうと思います。

たとえば、日常的な言説として、デザインはますます美術との境界が曖昧になってきているということが語られてすでに久しい。こうした言説に対して同意を求められると、デザイン史を含めてさまざまなデザインの領域からは、即答できずに何かしら複雑な思いと揺らぎを感じるに違いない。

美術とデザインの分類は、まず18世紀にfine artという言葉が生まれ、その美的技術に対して、実利的な技術を表す言葉としてのapplied artという言葉が生まれたのは19世紀前半の産業革命を背景にしていたものと言われています。ここまではすでに「デザインの現場に元気がない理由?」などでも紹介してきていることです。

ただ、最近読んでいるバーバラ・マリア・スタフォードの『グッド・ルッキング―イメージング新世紀へ』を参照すれば、ことはそれほど単純ではなく、18世紀において「文を基本とする理論やシステムや方法が、その上にそれらが漂う相手である感覚の領域から切り離された自律的指示対象になるためには、視覚というものの内容と形式が知的には何もないのだ、単なる見掛け倒し、単なる幻想三昧でしかないのだと、格下げされる必要があった」という流れもあり、スタフォードによればそれがまんまと成功して現在にいたっているということになります。
これも含めれば、まずfine art自体が切り離され、さらにそこからapplied artとしてのデザインが切り離されたという歴史の流れを見ることができます。

歴史という物語

しかし、デザイン史に限らず、歴史というものが常にそうであるように、それはある視点から見た場合にのみ表出可能な物語です。ある歴史を物語る視点自身の正当性がその物語のなかで正当化されます。それは「複数の「古代」/神野志隆光」で紹介したようなオーラル・コミュニケーションを担いだ『古事記』と文字による統制を目指した側の『日本書紀』で異なる歴史が語られる例をみてもわかることでしょう。

つまり、現在の視点からデザイン史を語ろうとすれば、そこで語られる物語自体が現在のデザインそのものを規定することになるのです。それは歴史を通じたデザインの定義です。柏木さんの著作を読むと、その線的に語られる歴史化というものを避けようとしていることがわかります。もちろん、それは現在においてデザインを一義的に規定してしまうことの困難さに由来します。いま、デザインとは何かを真剣に考えれば考えるほど、「何かしら複雑な思いと揺らぎを感じる」ことになってしまうのでしょう。

20世紀はどのようにデザインされたか

そうしたことを踏まえつつ、この『20世紀はどのようにデザインされたか』という物語を読むと面白い。大きく4つの章に分かれていて、

  1. アメリカの世紀
  2. 戦争と消費と広告
  3. 日本の20世紀
  4. 20世紀・建造物の夢

で、それぞれ別の物語として語られる4つのパートで構成されています。

最初のパートの「アメリカの世紀」では、これまでも「デザインの現場に元気がない理由?」やペルソナスクエアの連載でも紹介してきた近代デザインが目指したユニバーサルデザインとその失敗について書かれています。これを1つの大きなデザインの潮流だとみると、2番目の「戦争と消費と広告」は、政治宣伝と戦争、ロック、遊園地、広告と消費という、ある意味では20世紀を色づけることになった個別のデザインにフォーカスして、それぞれほかとのつながりなく論じられます。
最後の「20世紀・建造物の夢」では、20世紀の建築を1つ1つ取り上げるカタログ的な記述となっています。そのなかでは工場建築で知られるペーター・ベーレンスについてのこんな記述が興味深かったです。

ベーレンスは、1907年にAEG(アルゲマイネ電気会社)の総合デザイナーとなった。彼はAEGの建物、製品、そしてグラフィックのデザインまで担当した。
柏木博『20世紀はどのようにデザインされたか』

デザインの分野がいまみたいに細分化されていなかったのだということ、そして、デザイナーと企業の蜜月関係がいまの「売れるものづくり」という視点とは別のところであったのだということ。それが感じられるのもこの最後のパートです。

日本の20世紀はどのようにデザインされたか

僕が一番興味深かったのが「日本の20世紀」という3番目のパートです。

日本でデザインによって生活環境の新たな変革が意識的に展開され始めるのは、1910年代後半から1920年代のことである。それは、東京や大阪といった大都市が消費都市化し、大衆が大都市へ流入していった時代である。また、アメリカなどに比べればはるかに少なくはあるが、自動車や家電製品といった機械が日常生活の場面へと次第に入り込みだした時代でもある。
柏木博『20世紀はどのようにデザインされたか』

こうした面から捉えれば日本の20世紀のデザインの流れも世界的な流れと大きな違いはなく見えます。都市化への対応としての居住環境の変更・整備や、機械をいかに日常生活のなかに通りこんでいくかという課題は、ヨーロッパやアメリカにおけるデザインの課題とおなじだったといえます。

しかし、日本がほかと違うのは、江戸期までの日本的生活(床に直接座る、家具を置かない、靴を脱ぐ、など)をいかに西洋化するかということも同時に課題としてありました。その流れの中で、西洋的生活と旧来の日本的生活が混在した二重生活が生まれ、それを非効率として西洋的な生活にあらためるよう促した、「あめりか屋」という日本で初めての住宅専門の設計施工会社をつくった橋口信助による「住宅改良会」や、森本厚吉が中心となった「文化生活研究会」が団体が生まれたこと、こうした流れの中で2DKという間取りが生み出されたことなどは「「しきり」の文化論/柏木博」ですでに紹介したとおりです。

間取りは接客本位から家族本位へ

こうした生活スタイルを西洋化しようという流れの中で興味深かったのは、行政主導でつくられた団体「生活改善同盟会」が1924年に刊行した『住宅家具の改善』のレポートに、以下の6項目から成る「住宅改善の方針」が提案されていたことです。

  1. 住宅は漸次椅子式に改めたい。
  2. 住宅の間取り設備は在来の接客本位から家族本位にあらためること。
  3. 住宅の構造設備は虚飾を避け衛生及び防災等実用に重きを置くこと。
  4. 庭園は在来の観賞本位に偏せず保険防災等の実用に重きを置くこと。
  5. 家具は簡便堅牢を旨とし住宅の改善に準ずること。
  6. 大都市では地域の状況に依り共同住宅(アパートメント)並びに田園都市の施設を奨励すること。

椅子式にあらためることや共同住宅を奨励していることはわかるのですが、2番目の項目にある間取りを「在来の接客本位から家族本位にあらためる」というのは、そういうことが奨励されたのかとちょっとびっくりでした。

というのも、「庭と日本人/上田篤」で紹介したとおり、日本の家は<「人間のすまい」であるとどうじに「神さまのすまい」>であったわけで、そこは招くための場所でした。家と同時に庭もまた神を招く場所であり、茶会においても重要な場でした。それを4番目の項目にあるような「庭園は在来の観賞本位に偏せず保険防災等の実用に重きを置く」ということとともに、接客機能を住宅から廃するというのは、明治期の廃仏毀釈から国家神道化の流れとあわせてみると、なんともチグハグな印象を受けます。

デザインの袋小路を抜けるには

世界的なユニバーサルデザイン化のなかで、旧来のデザインを捨て去ったのは日本だけではありません。それは西洋にも同時に起こったことですが、ユニバーサルデザインそのものを自分たちの文化の中から必然的に生み出した西洋と、できあがったものをほぼ無理やり自国に導入した日本ではやはり従来の流れからの断絶の度合いが違ったようですし、導入にあたっての文化・生活との論理的整合性の完成度も大きく違ったように思います。それが西洋においては近代デザイン以降もデザインが生活にフィットしたのとは異なり、日本においてはデザインという言葉が表層的なスタイルを意味する語として一般には捉えられるようになってしまった要因の1つではないかと思えたりします。

いまIDEOの手法がイノベーションの面から注目されるように、デザインがこれまで以上に関心を持たれるような状況になっていますが、それは裏返せば、IDEOのような一部の飛びぬけた存在がある以外には、まともにデザイン提案ができる人なり組織なりが圧倒的にすくないということでもあると思っています。その意味ではデザインは活気があるというより、むしろ、風前のともしびなのかもしれません。

最初に書いたとおり、デザインの歴史をどうみるかは現在のデザインをどう捉え、将来デザインをどのようなものにしていくかということと大きく関係しています。その意味でデザインの歴史を知るという作業は本来、デザインに関わる個々人がそれぞれ独自に行うべき作業であるようにも思います。そして、個々人が物語るそれぞれの歴史、デザインへの思いを交換することで、この袋小路にあるデザインの状況を抜け出せるのではないかと感じます。「危機感・問題意識創出のためのプラクティス その5つの軸」で書いたとおり、いかに「いまここ」という軸とは別の軸から物事をみて問題発見を行えるかが、変革のためのヒントをつかむ方法なのですから。



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