無駄なことをどんどんしよう

僕が「人がやってきたことで無駄なことなんてない」なんて思ってるのは「経営学にとっての現場はどこか?」で書いたとおりですが、実はもっといえば「どんどん無駄なことをしよう」って思ってます。

実はほとんど無駄がないのが、一見無駄なことへのチャレンジ

組織で働いてると、どうしても効率や生産性を求められますが、それはそれとして人生無駄なことをしないと新しいことを生み出すことなんてできないって考えてます。

予定調和的にゴールを目指してやるのもいいですけど、なんだかわからないけどおもしろそーだったからやってみたっていうことは人生のなかではたくさんあっていいかなと。
嗅覚のすぐれた人なら、その「なんだかわからないけどおもしろそー」なことが、あとでなんだかんだいって役に立ったという風になる確率は高いと思うし、自分の経験を大事にする人なら最初に意図はなくても自分のやったことをうまく役立てる方法を考えついたりすると思うから。だって、失敗したら失敗したで、どうやったら失敗するかを学べるわけで、実はほとんど無駄がないのが、一見無駄なことへのチャレンジです

新しい何かを創造するつもりなら

それにね、無駄なこと、余分なことしてないと、思わぬ発見になんか出会えないんですよ。で、思わぬ発見がなければ人間先に進めなかったりもします。

型にはめようとするとなかなかむずかしいけど、新しい何かを創造するつもりなら、むしろ一見無駄かもしれないと思うことをやったほうが思わぬ収穫が得られるはずです。つーか、マニュアルどおりやってもつまらないでしょ? 誰かにほめられるためにありきたりのルールに沿ってそのなかで100点とるだけじゃ面白くないんじゃないかしら。

これは個人にだけいえることじゃなく、組織においてもいえることだよね、きっと。
効率化、生産性とだけ言ってる組織からは新しいものは生まれてこない。だって、その芽を自分たちでつぶしてるんだから。
無駄なことからしか新しい何かなんて生まれてこないんですよ。R&D部門の生産性とかいってる時点でアウトです。生産性じゃなくてどんだけ無駄かもしれない新しいことにチャレンジしたかで評価しなさいって。

とはいえ、はめをはずす必要はないわけで

別に無理してはめをはずす必要はないんです。
おもしろそーと思った気持に素直に行動すれば。

あっ、でも、自分で何がおもしろいかどうかがわからないんだっけ?
誰かがおもしろいと言ってたことしかおもしろさを感じられないんだっけ?

でも、そんなの気にしなくていいよ。誰だってほかの誰かがおもしろさを見つけたことしかおもしろそーとは思えないんだから。すくなくとも最初は。「自分は信じない。人を信じる。」ですよ。他人もあてにはならないけど、すくなくとも自分よりはあてになる。特に新しく無駄なことをはじめる場合にはね。

誰かがおもしろいと言ってたことを自分なりに試してみてるうちに、誰かが言ってたのとは別のおもしろさを見つける可能性もあるし。そうなれば自分でおもしろさを発見したのとおなじだから。そこからさらにおもしろさ発見ツアーの旅先をどんどん見つけていけばいいだけ。

なんでやる前から無駄ってわかるの?

ずっと前に「未来を考えるならいまの気分だけで無用とか無意味とかを判断しないこと(あるいは多和田葉子『ふたくちおとこ』)」というエントリーでも書いたこと。

結局、何があとでの準備につながるのか、将来のビジネスにつながるのかなんて正確にはわかりません。必ず成功するなんてわかっていることは、他のみんなもそう考えるだろうから競争は必死で、成功するのは大変で、それには事前の準備などとは異なる別の要素が成功には必要になるでしょう。

ようはなんでやる前から無駄ってわかるんだっけ?ってこと。
もちろん、やる前から無駄ってわかることもある。それは過去に無駄骨だったことなんかはそーだよね。あともうひとつは自分がおもしろくないと感じる(おもしろさがわからないではない)のがわかってることもそーかな。そういうのはさすがにやる必要はない。

一見無難な道はちっとも安全じゃない

でも、おもしろそーだけど、役に立つかわからないとか、自分でできるかどうかわからないとかいう理由でチャレンジを放棄するのはどうかな。あと目の前のこと、自分がいまやってる分野のことしか関心がないとかいうのも、それでそこからいったい何が生まれるの?って感じ。

自分がいまやってる分野のマニュアルだったりセミナーとかばっかりに頼っちゃってると、いつまでたっても他人の後追いだよね。それでもそこで学んだことがいつまでも使える大切なことなら、まぁいいけど、ほとんどいまマニュアルやセミナーで教えることって日進月歩で変わるようなことじゃないかな。それだと、まさにずっと他人の後追いだし、なにも残らない気がしない? それは一見無難な選択なようでまったく何の保証もないものにしがみついてるだけかもしれません

それなら、よっぽど自分がおもしろいと思える無駄に賭けてみるほうが安全だと思うけど。
だって、結局、それが無駄になることはなんだから。

で、無駄にしないための一番の方法は、「PR下手で損してる人(たち)に贈る日々のPRを続ける5つのコツ」で書いたように、つねに自分がいま取り組んでいることを外向けにアピールし続けることかな。それでほかの人が自分のやってることに興味をもってくれたらしめしめです。

 

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