デザインってスゴイんだってことをもっと本気で言わなきゃダメだと思う

デザインというものを小さく捉えすぎてはいませんか?

見た目を美しくするのもデザインだし、それを自分が持っていることに喜びを感じさせるような愛着を生み出すのもデザイン。
もちろん、そのモノとしての機能性を生み出すのもデザインだし、人々の暮らしの中で使い勝手のよいモノをなるようにするのもデザインです。
また、既存の技術にこれまでなかった用途を生み出すイノベーションを実現するのもデザインだと思います。

デザインというのは、そうした諸々を統合的、包括的にまとめあげる作業だと思うんです。

PowerPointで提案書を書く

デザインがいかに包括的な作業で、統合力が必要なものか。例えば、PowerPointで提案書を書くことを例にとって考えて見ましょう。

提案書を書くという行為は、まぎれもなく人工物をつくりだす行為ですから当然それにはデザインが必要になってきます。提案書を書く人はデザイナーです。世の中で提案書を書いている人は、自分がデザインをしてるのだと認識していないから、提案書はろくなデザインにならない。

提案書を書くだけなら、実際の製品をデザインするよりはるかにラクです。しかし、そんなラクな提案書を書くというたったそれだけの作業を行うにも、いろいろ包括的に物事を考え、調整し、内容的にも美的にもまとまったものとして作り上げなくてはなりません。

PowerPointで提案書を書くためのタスク

必要なタスクを要素としてあげてみましょう。

  1. 提案の背景を明確に:現状の問題点、課題が何かを理解し、整理して記述します。また、実際に計画を推進するにあたってどのような追加調査が必要かも明記します。
  2. あるべき姿を明確に:提案する相手へのヒアリングなどを通じて、相手側のあるべき姿を整理し記述します。
  3. ギャップ分析:現状とあるべき姿のギャップを分析し、整理して記述します。
  4. ステークホルダーの明確化:提案内容に関わるであろう利害関係者を抽出し、それぞれの現状と今回の提案に際してどのような働きかけが必要で、また、どのような影響があるのかを明示します。
  5. 経緯の記述:何を提案するにしてもすでにそこには歴史があるはず。これまで辿った経緯を組織内の視点のみならず、社会的な視点も踏まえて歴史を把握、明示します。(参考:)
  6. 目標とゴールの明示:ここまでの現状把握、分析などをもとに今回の提案における目標とゴールを明確にします。
  7. スコープと前提条件/制約条件の明示:提案がカバーする範囲を明確にするととともに、提案の前提となっているものの、制約となっているものを明示します。
  8. 戦略の明示:目標達成のために何を(What)行うのかを明示します。
  9. 具体的な施策内容の明示:戦略で提示した内容を具体的にどのような形で(How)行うのかを明示します。実際に施策を行う上で制作を行うものがあれば、ここでプロトタイプをみせるとよいでしょう。
  10. 施策案の検証計画:実際に施策を行うための制作したものが意図したとおり機能するかの検証をどのような形で行うのかを明示します。ユーザーテストなどによる検証、施策を開始したあとの継続的な効果検証とそこからのフィードバックの仕組みについて記述します。
  11. 体制図:計画推進に関わるのはどんな人たちで、それぞれどんな役割、タスクを行うのかを明示します。
  12. ワークフローと納品物の明示:実際の計画の推進はどのようなワークフローに従って行うのか、また、各フェーズでどのような納品物が提示されるのかを明記します。
  13. スケジュール:実際の計画の推進にあたって、いつ誰が何を行うのかを記述します。
  14. コミュニケーション計画:計画推進にあたって、関係者間でどのようなコミュニケーションをどんなメディアを使って行っていくかを明示します。
  15. リスク・マネジメント:計画推進にあたってどのようなリスクが想定され、それぞれに対してどのような対処を行っていくかを記述します。
  16. 提案書全体のストーリー:各要素はここまで挙げてきたものになりますが、その要素全体をどのようなストーリーでまとめるかはまた別の問題です。提案書に一貫した展開をもたらすストーリーの作成もまた必要になります。
  17. 提案書のエモーショナル・デザイン:同じ内容の提案書であっても見た目が美しいかどうかで人に与える印象は大きく異なるはずです。様々な人が共同で提案書を作成する場合でも、一貫したビジュアル・デザインで統一するなどの配慮は必要でしょう。
  18. ユーザビリティ:目次やタイトルの一貫性、ある程度、統一されたレイアウトやデザイン要素など、提案書を読みやすくする配慮も必要でしょう。また、同じ内容の記述でも、提案書を見る側の知識レベルや文化にあわせて、文章をわかりやすくする、例を相手側が慣れ親しんだものにするなどの配慮もあわせて必要になるはずです。

ざっと思いつく限りのタスクをあげてみましたが、単にPowerPointで提案書を書くだけでもこれだけ包括的な内容を考慮して、まとめあげる必要があります。

提案書を書くためのタスクの包括性

内容の論理性、分析力が求められる一方で、全体をまとめあげるストーリー性なども必要になってきます。
また、提案書の読みやすさへの配慮と同時に、感情に訴えかけるような魅力も備えている必要があります。
当然、提案内容によっては提案する相手側の事業に関する理解や市場におけるターゲットユーザーの理解、さらには相手側の扱ってきた製品の歴史、グローバルに展開される製品であれば地域別の利用状況や受け入れられ方などに対しても理解する必要もあるでしょう。
さらには提案する施策に関する技術面の知識なども必要になってくるでしょう。
そうして、これらすべてを一人でまかなえないのだとすれば、サポートを願う人々との調整能力、交渉能力も必要となります。
いや、むしろ、こんな包括的な作業を一人でこなすってのが現実的でないから、異なる考え方、スキルをもった人たちのあいだでの協働作業=コラボレーションを実際に行う能力ってのがデザイン集団に求められる力なんだと思います。

提案書を書くという小規模のデザインでもこれだけ包括的なタスクが必要となります(もちろん、すべて提案書にこれらすべてが必要ではないにしても)。
もっと込み入ったものや大規模なもののデザインなら、必要なタスクの量はこの比ではないはずです。

デザインのもつ統合力、包括性

僕は、デザインというのは、本来、こういう仕事であるはずだと思っています。

特に最後の3つのタスク要素、他のすべての要素を統合化する作業こそがデザイナーに求められる能力だと思っています。
いや、統合化というとすこし御幣があります。統合化というとあらかじめ提示された要素をただ整理して合体させるみたいな印象になってしまいますが、実際には現状の把握とあるべき姿のギャップ分析をもとに、何が必要な要素かを考えるところからはじめないと最終的な統合などできないと思います。

また、ギャップ分析というとなにか論理的な作業だと感じられてしまいますが、実はそれ以上に感覚的な能力が求められるタスクだと思います

昨日も「議論と物語」で引用しましたが、ギャップ分析を行うデザイナーには、以下でドナルド・A・ノーマンがいうような論理力と物語力がともに必要になってくるのだと考えます。

物語には、形式的な解決手段が置き去りにしてしまう要素を、的確に捉えてくれるすばらしい能力がある。論理は一般化しようとする。結論を、特定の文脈から切り離したり、主観的な感情に左右されないようにしようとするのである。物語は、文脈を捉え、感情を捉える。論理は一般化し、物語は特殊化する。論理を使えば、文脈に依存しない汎用的な結論を導き出すことができる。物語を使えば、個人的な視点で、その結論が関係者にどのようなインパクトを与えるか、理解できるのである。

こうした論理力と物語力を駆使したギャップ分析にはじまり、何を行えばよいかを包括的に捉え、そして、実際にそれを行う作業を統合的に実現できる力をもてる人こそがデザイナーであり、デザインという行為のもつ真の力だと考えます。

統合力、包括性。呼び名はインテグレーション力でも、総合力でもいいですけど、そういう力がデザイナーに求められる能力だと思う。
もちろん、僕がここで想像してるデザイナーの理想像はレオナルド・ダ・ヴィンチです。

そして、さっきも書きましたが、こうした作業をすべてひとりで行う必要なんてまったくないと思います。
むしろ、コラボレーションを行うデザイン集団が、レオナルド・ダ・ヴィンチという天才になればいい。

それには同じような職種の人のあいだで話をするんじゃなくて、論理的に現状を整理し分析する人だったり、フィールドワークで人々の暮らしを理解する人だったり、どんどんプロトタイプをつくって課題を見つける人、見た目の美しさを追求していくのをひっぱる人など。そういう人々がデザイン集団として、ワイワイガヤガヤと1つのデザインを組み立てていく。
そういうの理想なんだろうって思います。

デザインってスゴイんだってことをもっと本気で言わなきゃダメだと思う

にもかかわらず、どうも世の中的には、デザインを単に装飾的なものだと考えられているフシがあります。
デザイナー自身まで、世の中のそういう偏見に自分自身が騙されてしまっていて、自分の仕事をひどく狭い視点で理解してしまっています。

でも、いい加減、デザインをなめてんじゃねーって言うべきときじゃないでしょうか?(笑)

デザインってスゴイんだってことをもっと本気で言わなきゃダメだと思います。

そりゃ、ある程度できあがったものに何かしらの装飾をかぶせるだけをデザイナーにまかせたって、そこからできることの範囲がきわめて狭いわけだから、そりゃデザイナーにだって大したことはできません。
でも、それで大したことできないのはデザイナーのせいじゃなくて、そんなある程度できあがってしまうところまで、いっさいデザインってものをしてこなかった人のせいです。

単にエンジニアリング的にモノをどう実現するかとか、製造コスト的に可能なものはどういうものかなどという発想だけで考えてたって、それはデザインじゃない。すくなくとも人間中心のデザインではありません。

それを使う人、そして、それが使われるであろう人間社会、そして、その社会を現在にいたるまで形作ってきた歴史、人間がそもそも得意とするもの/そうでないものの認知科学的理解、さらには美的なもの、エモーショナルなものへの人間の愛着や喜びなど。そうした諸々のことへの配慮もなく、デザインしたって底が浅すぎるってもんです。

だからこそ、いま、デザインってスゴイんだってことをもっと本気で言わなきゃダメだと思うんです。
そして、デザイナーこそがそのことを肝に銘じて邁進すべきなんだろうなと思ってます。

P.S.(2007/05/07 02:09追記)

どうも僕をいわゆる一般的な意味でのデザイナーだと勘違いして、このエントリーをデザイナーがデザインってスゴイだろって自慢してるという意味で捉えてしまっている方がいるみたいなので、ここで補足させていただきます。
(提案書の例を出してる時点で、こいつ、デザイナーじゃないなと気づいてほしい気もしますが。)

僕は世の中でデザイナーと呼ばれるような仕事はしてません。
だから、むしろ、このエントリーは、デザイナーじゃない人間がデザインってすごい可能性をもっているなと思って書いたエントリーです。
あと自分のまわりのデザイナーにも自分たちの仕事がスゴイ価値を生み出す可能性があるんだと自信をもってほしいと思ったし(これが一番の理由だね)、デザイナー以外の人間もデザインをデザイナーにまかせっきりにするんじゃくて、いっしょにデザインを考えることが必要じゃないかということを示したかったわけです。

デザインっていっても広いわけで、デザイナーがやってるのだけがデザインじゃないとも思うわけです。だから、最初に「デザインというものを小さく捉えすぎてはいませんか?」と書いたりもしました。
実際には、エンジニアだって、経営者だって、それから、営業マンだって、みんな、それぞれの役割のなかでデザインをしてる。さらにいうと1つのものをつくりあげるのはほとんどの場合、多くの人間が関わりあう。それぞれ異なるスキルをもった人たちがそれぞれが得意とするデザインをして、その組み合わせで1つのものが生まれる。それはモノだけじゃなくて、それがそれを使う人々の手に届くまでのサービスや販売、コミュニケーションまで含めて。それがデザインだと思います。そういう異なる分野間のコラボレーションにこそ、創造性は発揮されるんだと思います。
そういうそれぞれが日常行ってるデザインこそが大事だし、それがスゴければ今までにない価値を生み出す力があると思っていますが、いかがでしょう。

それにやっぱり自分のまわりで創造的なデザインを生み出そうと努力してるデザイナーはほめてあげないとね。
そう。まわりの努力はちゃんとほめてあげる、認めてあげることが大事だなって思います。

  
  

関連エントリー

"デザインってスゴイんだってことをもっと本気で言わなきゃダメだと思う" へのコメントを書く

お名前:[必須入力]
メールアドレス:
ホームページアドレス:
コメント:[必須入力]