私的インフォメーション・アーキテクチャ考:11.テンプレート脳

皆さん、頭にいくつのテンプレートを用意しているでしょうか?
いや、数えなくてもいいです。それよりも自分の思考がテンプレートのおかげで随分効率化されてるなと感じたことがあるかどうかをちょっと考えてみてください。

テンプレートの弊害

そんなことを考えたのは、今日、仕事中にテンプレートの弊害を感じたからです。それは頭の中のテンプレートではなく、レポート作成を効率化するための文字通りのテンプレートをベースに別の人が作ったレポートを見たときに、そんなことをふと思ったんです。

ようはいまいち、そのレポートの出来がよくなかったわけですよ。
何を伝えようとしているのか、わからないわけです。
でも、それはたぶん、その人の能力がどうこうというより、このレポートのテンプレート自体が問題なのだと思いました。レポートした本人に問題があったとすれば、出来が悪いテンプレートを無理やりアウトプットに用いたことでしょうか?

結局、テンプレートを用いたレポートの前にもう一枚別のまとめ(要約)を加えてもらうことで、とりあえずそれは解決しました。つまり、そのテンプレートって、それが用いられる前にまとめ=要約を必要とするようなテンプレートだったわけですね。

しかし、問題はテンプレートが存在したために、レポートした本人の思考を制限してしまったという点にあります。最初にテンプレートありきで思考しようとしてしまったがために、何を伝えなくてはいけないかということよりも、テンプレートを埋めることに思考の方向性が向いてしまったということでしょうか?
これは昨日の「ツールだけでは人もビジネスも動かない、そして、Webそのものでさえも」という話とも関係することだと思いますが、今日はそちらの方向には話を進めず、テンプレートというものについて考えてみることにします。

テンプレートのメリット

テンプレートはうまく使えば作業効率、思考の効率を著しく向上してくれます。WebでもブログやCMSがあるおかげで随分とコンテンツの更新、追加作業がはかどるようになるのと同じです。

テンプレートというのは、ようするに、1から問題を解く代わりに、問題を単純な穴埋め式にしてくれるものです。問題に対する解答をその構造から考える手間を省いて、解答というものを正しい知識の検索とその検証作業に置き換えてくれます。提示された問題を、自由回答のレポート形式から、穴埋め問題あるいは三択などの選択式問題に変えてくれます。

問題が穴埋め式や選択式になれば、答えは機械的に出すことも可能になる。例えば、テンプレートでどこにどんな情報を入れるのかさえ、決まっていれば中に入れる情報自体はロボットがクロールするだけでも穴は埋まります。テンプレートの情報設計が決まれば、問題はクローリング技術にシフトするのです。頭を構造化作業に使うことから、ひたらすら情報探索作業を行なう行動力に価値のシフトが起こるのです。
いわゆる標準化のメリットとイコールなのでしょうか。

AIDMAとAIUEO作文

さて、むずかしい問題でも穴埋め問題に変換してくれるテンプレートを使えば、いろんなことがいろんな人にできるようになります。

例えば、AIDMAとかAISAS。僕らはよくこのモデルを使いますけど、このモデルを使って何らかの答えを導き出そうとするのもテンプレートの使い方ですね。マーケティングとか実はよくわかってなくても、AIDMAとか使うとなんとなくそれなりの企画がまとまったりします(笑)。

そして、その思考法は基本的にお笑いのお題として出題される、あいうえお作文と変わらない。基本的に構造を提示された上での穴埋め問題なわけです。

ようはテンプレートを使うことで、0からモノを考える必要がなくなる。これは「思考のフレームワーク」で書いたことと似ていますね。

こういうフレームワークが頭の中に入っているかどうかで、結構、目の前で起きている問題や現状の課題を認識し、それをどう改善すればよいかを考える場合でも、まったく効率が違います。

しかし、AIDMAを使って導かれる答えとあいうえお作文の答えには決定的な違いがあります。前者が答えをいかにもっともらしいものにするかということに労力が費やされるのに対して、後者はむしろ、そのもっともらしさをいかに裏切り、提示された構造に意外性を持ち込むような構造に対する異質なものをぶつけることで笑いを誘うことにスキルが費やされます。
同じようにテンプレートを前にした思考でも、前者は単なる穴埋めであるのに対し、後者はむしろテンプレートの構造そのものを脱構築するような高度な思考をともなうわけです(むろん、いつでもそうとは限りませんが)。

テンプレート脳

ここにテンプレートの罠からの脱出法の1つの形を見い出すことができるのではないかと思います。

最初に例に出したテンプレートがあったがために、本人の思考が制限されてしまったという例。実はそれを回避できるかどうかは、目の前のテンプレートを脱構築する手段として使える別の(複数の)テンプレートを頭の中にもっているかどうかということに関わってくるのではないかと思うのです。

あいうえお作文で笑いをとるには、与えられたテンプレート(問題+あいうえお)の構造の裏をかくような別の構造を導入することで可能になったりします(もちろん、別の方法もあります)。それと同じで目の前のテンプレートの罠から逃れる方法はそこに頭の中の別のテンプレートをぶつけるのが手っ取り早い。それじゃなくてこっち。というわけです。

そこで最初の質問。
皆さん、頭にいくつのテンプレートを用意しているでしょうか?
です。

テンプレートの中の組み合わせ可能なモジュールたち

そもそも、脳にはいくつかのテンプレートが用意されているはずです。
普段、しゃべってる言葉もある程度、テンプレートを使った穴埋め式の言葉が多いのではないでしょうか?

変換規則をほとんど含まない環世界から、文法規則を持つ環世界へのこの転換こそ、おそらく、カードを示すことによるコミュニケーションから、レゴブロックのように語を様々に組み合わせて用いる真性言語への転換と最もよく対応するものであろう。カードの提示により表現される日の出が常に同じものであるのに対し、「太陽が昇る」という文は明示的あるいは暗示的に、数え切れない様々な表現に変換して用いることができる。それぞれの部分に分けて再構成することができ、例えば太陽は橋とかパンに、昇るは沈むに置き換えても文章は成立する。
ジェスパー・ホフマイヤー『生命記号論―宇宙の意味と表象』

何度かスティーブン・ミズンが『歌うネアンデルタール』で提唱したHmmmmmを紹介しつつ、ヒトの話す言葉が、Holistic=全体的で、multi-modal=多様式的で、manipulative=操作的で、musical=音楽的で、mimestic=ミメシス的なものから、分割可能で、構築的なものに進化したことをこのブログでも取り上げてきました。

テンプレートが可能になるのは、言葉が全体的で分割不可能なものから、分割可能で再構成可能なものに変化することではじめて可能になります。穴埋めを可能にするにはまず穴を開ける必要がある。そして、穴を開ける際には穴と地となる領域のあいだに境界線をひく必要がある。エリアを分割する技術がそこに誕生するわけです。

Webページのテンプレートをつくる場合でも似たようなことをしているのではないでしょうか? グリッドを使ってエリアを分割したり、別の形では意味による分割を行い、モジュールを切り出します。 そして1つのWebページのテンプレートはそうしたモジュールの組み合わせで構造化されます。そのことはブログのテンプレートなどを考えてみても想像がつくのではないでしょうか?

テンプレート脳を鍛える

そういう意味でテンプレート-モジュール志向というのは、意外とヒトの脳の構造には合っているのではないかと思ったりします。ただし、単語と単語のあいだに空白のない日本語に慣れた僕らにはモジュールという考え方がすこし苦手なところもあるのかもしれませんが。

といっても、うまくモジュールの切り出しを行なえるようになるには、ある程度、テンプレートの組み合わせを知っている必要があるのだとも思います。個々のパーツを知っていても、その組み合わせによる表現の語彙に限りがあればうまくパーツを使いこなせないでしょうし、逆にテンプレートに慣れ親しんだ数が少なければ、新しいモジュールの切り出しができなかったりします。ようはテンプレートとモジュールの使える数がすくなければ、それだけ未来をシミュレートする能力が狭まるわけです。

そう考えると、テンプレート脳を鍛えるには、なによりできるだけ多くのテンプレートに触れる必要があるというわけです。手持ちのテンプレートばかりで満足していないで、常に新しいテンプレートに触れる好奇心が必要とされるんだと思います。

ようはこれ、経験を積むっていうことですよ。
パターン認識・蓄積器官である大脳新皮質は経験を積むことで、テンプレート脳として能力を高めていくというわけですね。

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