隠された十字架―法隆寺論/梅原猛

小説を読むに読めました。比較的、分厚い本でしたけど、推理小説のように読めたので一気に読み終わりました。この本は法隆寺の謎に関する本なんですが、歴史的な謎を探るというのは結局推理小説で探偵が事件の謎を解くのと同じ構造にあるのだと思います。1つの隠された事実があることを仮定して、明らかになっている事実を証拠として、その謎を論理的に説明可能な状態に導いていく。その意味では推理小説の謎を解くのも歴史の謎を解くのも科学がそれまで知られていなかったことを説明できるのと同じ構造を持っているのだと思います。言いかえれば、科学が中心の時代だからこそ、推理小説も歴史も存在するといっていいのではないでしょうか。



仮説としての歴史、正当化するための歴史

その意味で今僕らが歴史だと思っているこの歴史は、司馬遷の『史記』の歴史やこの本でも法隆寺の謎を解くための1つの証拠品としてたびたび参照される古代日本の正史である『日本書紀』とは異なる意味の歴史なのでしょう。

実際、この本で法隆寺の謎を解いた梅原さん自身が、はじめに真理というものを次のように定義してくれています。

「それはもっとも簡単で、もっとも明晰な前提をもって、もっとも多くの事実を説明する仮説」だと。

それゆえに本書で述べた自身の仮説に関しても、次のように位置づけています。

私の法隆寺にかんする仮説が、たとえどんなに簡単であり、それによって、今までの理論によって説明されなかった法隆寺の謎が、どんなに明らかに説明されたとしても、それは絶対の真理性を主張するわけにはゆかないであろう。他日、私の仮説以上に簡単であり、私の仮説以上に、明らかに法隆寺にかんする多くの謎を証明する仮説がたてられたら、私の仮説はその真理性の位置を新しい仮説にゆずらねばならぬであろう。
梅原猛『隠された十字架―法隆寺論』

自身の歴史解釈を「仮説」と位置付けた一方で(ちなみにこの本は1972年の出版ですが、いまなお事実をいちばん説明する仮説としての真理の位置を保っているのか、僕は素人なので知りません)、梅原さんは『日本書紀』は藤原不比等が藤原氏の正統性を証明するために編纂=創作した歴史であろうと読んでいます。

梅原さんが本書を書くにあたって整理した法隆寺の謎の1つには、『日本書紀』に法隆寺建立のことが書かれていない点を挙がっています。そして、藤原氏に何らかの不幸があった際には必ず法隆寺に多大な物品が下賜されている点を法隆寺に残された寺の物品の管理帳である『法隆寺資材帳』から読み解き、藤原氏と法隆寺の関係に疑いを持ちます。

法隆寺の7つの謎

こうした『日本書紀』や『法隆寺資材帳』に関するものを含めて、梅原さんが法隆寺の謎としてはじめに定義しているのは次の7つです。

  1. 『日本書紀』『続日本紀』にかんする謎
  2. 『法隆寺資材帳』にかんする謎
  3. 中門にかんする謎
  4. 金堂にかんする謎
  5. 塔にかんする謎
  6. 夢殿にかんする謎
  7. 聖霊会にかんする謎

最初の「『日本書紀』にかんする謎」はすでに書いたとおりで、「『法隆寺資材帳』にかんする謎」にはそこに記載された五重塔の高さと実際の高さが著しく違うことなどを含みます。「中門にかんする謎」というのは出入り口である門の真ん中に出入りを妨げるかのような柱があること(下の写真参照)、「金堂にかんする謎」は三体ある本尊に関するものなどで、「塔にかんする謎」も先の『資材帳』に記載された高さとの相違をはじめ、塔の下から人骨が出たことなどを含みます。残りの2つの謎も含め、法隆寺にはほかにも様々な謎があるといいます。



そうした謎の背後に隠された真理を「もっとも多くの事実を説明する仮説」として説いたのがこの1冊です。

怨霊を神として祀る

推理小説として読んだくらいなので、ここで謎の説明をしてしまうといわゆるネタばれになってしまうので、本の内容に関しては控えめに紹介しておくことにとどめたいと思います。

前に紹介した『江戸を歩く』という本で著者である田中優子さんは、冒頭に日本には古来より当時の権力者が政敵として排除(戦で倒したり地方に流したり)した人たちを神として祀る風習があったと述べています。有名なところでは、菅原道真がそうですし平将門もそうです。神話の時代に国譲りをさせ出雲の地に追いやった大国主神も出雲大社に祀られています。
あるいは思いがけない死を迎えた者の御霊(ごりょう)による祟りを防ぐための、鎮魂のための儀礼である御霊会なども行われてきました。

ちょっと話がズレますが、僕は死をこういう形で大事にするのは情報論的に正しいと感じます。
死というものは、それまでその人に紐づいていた情報から、そのつながりの対象を一気になくしてしまうものです。そうなると情報の再編集は結構大変な作業です。それがある程度、世間を騒がせて、そこに連なる情報量も膨大であるような人ならさらに大変です。それこそ、神にでもしてその存在を維持しないと情報構造の再編集もとんでもないことになってしまうと思うのです。
もちろん、昔はこんな発想で御霊を祀ったわけではないでしょう。でも、感覚としてそうした情報の混乱を感じ取ってのものだったんじゃないかと思うのです。怨念ということも含めて。

その意味でも、いまの僕らより昔の人がよっぽど情報に対する感受性が高かったのだと思います。かつでの人びとが処理できた情報をもはや僕らは処理する力を失っているのだと思います。
とにかく自分の感性で情報を受け取り身体で処理できなくなってしまっている以上、情報処理力が劣るのはとうぜんだといえるでしょう。せめてその点を意識して情報を自分の身で受けとめることを自ら積極的にやらない限り、いくら膨大な情報に触れたところで何の知恵も身に付かないのではないのかと思います。

藤原氏と法隆寺

さて、だいぶ話がそれました。元に戻しましょう。御霊会の話でした。

梅原さんは、法隆寺に聖徳太子の死霊をみているのです(謎の7番目に聖霊会をあげているくらいですから)。

大化の改新で中大兄皇子(後の天智天皇)と藤原鎌足が暗殺した蘇我入鹿は、蘇我氏の縁の強い古人大兄皇子を天皇につけようと図ったために邪魔になる聖徳太子の王子、山背大兄王ら上宮王家の人々を自殺に追い込んだ人です。その入鹿を『日本書紀』の編纂に影響を及ぼしたと考えられる不比等の父・藤原鎌足が暗殺している。それによって旧来力をもっていた蘇我氏は凋落し、代わってそれまで表舞台には出てこなかった藤原氏が台頭することになります。

太子の王子を自殺に追いやった入鹿を暗殺したのなら、藤原鎌足はむしろ聖徳太子の仇をとったとみることができます。にもかかわらず、それ以降、藤原氏はことあるごとに自らの一族にふりかかる災いをまるで太子の祟りであるかのようにおびえ、法隆寺に多大な物品を下賜しています。不比等の子である藤原四兄弟が相次いで死んだ際には、すでに完成されていたはずの法隆寺に、新たに夢殿の建造まで行っているのです。



これはいったいどういうことなのか?
梅原さんはそうした藤原氏と法隆寺の関係、そして飛鳥から奈良への遷都、さらに『古事記』『日本書紀』のもつ意味や平城京に藤原氏が建てた氏神(春日大社・下の写真)と氏寺(興福寺)と聖徳太子の関係について歴史の謎を紐解いていきます。



救世観音

と、これ以上、書くとネタばれしてしまいそうなので、このあたりでやめておくことにして、実はこの本を読み終わった後、法隆寺に興味をもって見に行ってきました。もともと奈良に行く予定があったのと、亡くなられた法隆寺の棟梁・西岡常一さんの『木に学べ―法隆寺・薬師寺の美』が前に読んでおもしろかったこともあって法隆寺にも行こうかなと思い、梅原さんが白川静さんと対談した『呪の思想―神と人との間』を読んで梅原さんの本にも興味がわいたので、この本を読んでみたんです。読んでみると、よけいに法隆寺に興味がわいたので、実際に行ってみてきたわけです。このエントリーに載せてる写真もそのとき撮ってきたものです。あいにくの雨で暗い写真になってますけど。

残念ながら本を読んで一番見たいと思っていた救世観音像は公開期間ではなくみることはできませんでした。この仏像がまたいわくつきで、夢殿の本像ではあるのですが、夢殿がつくられてから1200年ずっと秘仏とされていたのを、明治期にアーネスト・フェノロサが無理やり公開させたというものだといいます。

今は毎年、春と秋に公開されているが、この救世観音は長い間秘仏であった。秘仏であるばかりか、その体いっぱいに白布が巻かれていたのである。この白布がとりのぞかれ、救世観音が姿をあらわしたのが明治17年であるが、それ以前、この秘仏のお姿を見たものはほとんどなかったのではないかと思われる。
梅原猛『隠された十字架―法隆寺論』

明治17年、一人の見知らぬ外人が政府からの公文をもって、突然、法隆寺をおとずれたときの、法隆寺の僧たちの困惑を私は思う。この外人は、よりによって1200年もの長い間秘仏となっていた、仏の入っている厨子を開けよというのである。この厨子を開けたら忽ちのうちに地震がおこり、この寺は崩壊するであろうという恐ろしい言伝えがある。もちろん鍵を渡すわけにはいかない。
梅原猛『隠された十字架―法隆寺論』

この救世観音を一目みようと思って足を運んだのですが、あいにく公開時期はすこし前に終わっていたのでした。残念に思うのと同時に、ちょっとほっとした気もしたんです。まぁ、なぜ、僕がそう感じたのかはこの本を読んでみてください。すぐにわかりますから。



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