頭のなかの知識の流れを外のモノに置き換えることのむずかしさ

先日、「WHATとHOWのあいだの"溝"」で書いた、「人間のアルゴリズム」(思考)と「コンピュータのアルゴリズム」(計算)のギャップを埋めるためには、ユーザーインターフェイスの役割というのはとても重要です。
これをいかにデザインするかによって、ソフトウェアのユーザビリティ(使えるか、使いやすいか)は大きく変わってきます。

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デザイナーの知識とユーザーの知識のギャップ

先のエントリーでも紹介したとおり、このギャップの正体は何かといえば、

それこそがじつは「知識」というものなのである。

であって、ソフトウェア・デザインにおいて、ユーザーが特定の目的の達成のためにソフトウェアを利用する際に、正しいソフトウェアの操作手順とユーザーの頭のなかでの目的達成のための手順にギャップがあれば、そのソフトウェアは使えないということになります。

このうち「正しいソフトウェアの操作手順」というのはソフトウェア・デザインを行う設計者が決めたものですから、正しいソフトウェアの操作手順とユーザーの頭のなかでの目的達成のための手順とのギャップというのは、ソフトウェア設計者の頭のなかの知識とユーザーの頭のなかの知識とのあいだのギャップという風にも考えることもできます。

では、どうしてこんなギャップが生じるのか?といえば、単に設計者・デザイナーがユーザーを知らないというのとは違います。
もちろん、デザイナーがユーザーのことを考えずにデザインしてしまって、それが使えないモノを生みだす原因となることもありますが、それ以前に、そもそも人間が普段何気なく行っている活動において頭のなかでどのような知識を働いて、その活動を支えているのかということがわかっていないということのほうがよっぽど問題としては大きいはずです。

もちろん、それは特定のデザイナーの問題ということではなくて、そういう人間の活動における思考・知識の流れというものを視野に入れてデザインを考える必要があるすべてのデザイン関係者の問題です。
WHATとHOWのあいだの"溝"」でも書いたように、ソフトウェアのデザインでは特に活動と思考・知識の流れが問題になることが多いと言ってよいでしょう。

身体を使って行う作業を、ソフトウェアは同じ目的の別の作業に置き換えている

ソフトウェアのなかには、人間が自ら行わなくてはならない作業を、ソフトウェアのなかで代行して行えるようにするものが数多くあります。むろん、ソフトウェアに限らず多くの道具は人間が行う作業を別の作業に置き換えますが、ここではソフトウェアの話に限ります。

計算という文字通りコンピュータが得意とする作業をはじめ、同一の情報の複製はコピー&ペーストという操作に置き換えられ、このWebの記事は覚えておきたいなと思ってメモをしたりする行為はブックマークするという行為に置き換えられます。
このあたりは元の作業とコンピュータ上での作業の差異があまり感じられないものかもしれません。

けれど、例えば、文章を書くという行為になると差が大きくなりはじめます。筆記具によってひとつひとつの文字を一画一画書いていくという作業は、コンピュータ上では、キーボードによって音を入力して漢字変換しながら文章を書いていくというまったく別の作業に変換されます。

またイラストレーターなどのツールは、絵を描いたりグラフィックデザインをするという活動における、紙の上で全体の構図や色調などを考えながら描画や彩色していくという作業を、ベジエ曲線などによる線描やエリア設定、選択された面やラインの色調の決定、いったん描いた図像を拡大/縮小したり配置を変えたり反転したりといった、まったく異なる作業に置き換えてくれます。

目的は同じでも、ソフトウェア上での作業手順は必ずしも元のアナログな作業手順とは必ずしも一致しないわけです。

頭のなかの作業をソフトウェアでの作業に置き換えることの困難

問題は、作業の置き換えのレベルが、単に腕力をはじめとする身体能力の置き換えである洗濯機や自転車などとは異なり、ソフトウェアが置き換える作業は従来なら人間の頭のなかだけ行われていた作業も含むということです。

ある意味、考える作業、アイデアを出すための作業を奪い取ってソフトウェア上の操作に置き換えるわけです。
だから、いったん、うまくソフトウェア上の作業に変換できれば、これまで自分ではその目的を達成できなかった人でも、それができるようになる。計算が苦手な人が苦もなく計算できたり、絵が描けなかった人が描けるようになったりします。
こうした人にとっては自分の頭のなかにあったものを置き換えたというより、誰かの頭のなかにあったテクニックがソフトウェアに置き換えられたので利用できるようになったということですけど。

ただ、これはあくまで置き換えがうまくいった場合です。
反対に、ソフトウェアに置き換えられた作業が、従来の頭のなかで行われていた作業とうまく一致しないと、とたんにどうやって使ったらいいのか?という問題が生じます。普段行っている作業手順とソフトウェア上の操作手順が大きく異なっていれば、どうやったらいいかわからない場合があるのは当然でしょう。

自分でもどうやったかは説明しきれない

じゃあ、普段の作業手順と一致させればいいじゃないかという簡単な話にはならないんですね。

というのも、そもそもの普段の作業手順というもの自体、それをやってる本人にも明確にはわからないことが多いからです。
しかも、そのわからなさには、行動として身体に染み付いてしまっている暗黙知が原因であることもあれば、具体的な行動として表面化する以前の頭のなかの知識の流れという自分では意識しづらいものがあるのも原因だったりします。
このへんのことは前に「暗黙知はどこにあるか?/情報は界面にある」というエントリーでも書いていますね。

例えば、どうやって絵を描くのかなんてことをちゃんと説明できる人なんていないわけです。

これだ!と思う構図や色調、筆捌きや色の重ねなどの描画テクニックがどのようにいつ選択されるのかなんてことは言葉にしきれない。それは絵がうまいとかへたとか関係なく、うまい絵を描く人だろうが下手な絵しか描けない人だろうと、その絵をどうやって描いているのかなんて本人だってすべて説明できるわけではありません。

じゃあ、その行為を行う過程で、頭のなかで知識の流れが止まってしまっているのかというと決してそうではありません。ただ、確実に作動しているはずの知識の流れを本人でさえうまく捉えることができないのです。いや、脳科学や認知科学の分野でだって、そんなことが説明できるようにはなっていないでしょう。

ユーザーが目的達成するまでの道のりを把握する

もちろん、こうしたことは、絵を描くという行為に限ったことではありません。
自分がどうやって旅行のプランを立てたのか、あるいは、実際に買った商品をどうやって購入すると決めたのか、ということだってきちんと説明できません。
いまなお、これは使えるなと思えるような旅行プランのためのWebサイトや、これはすごいと思えるリコメンドエンジンなど買物経験の満足度を高めてくれるサービスのついたECサイトなどにお目にかかれないのもそういう理由も一部にはあるのでしょう。

ただ、ソフトウェアによって、そうした行為をソフトウェア上の作業に置き換えようとすれば、そのすべての思考過程がわからなくても、何がキーとなる認知的な行為であり、全体の活動のなかで個々の要素行為がどう互いに連動し合って、目的達成までの活動としてつながっているのかをある程度は把握する必要はある。そうしないとWHATとHOWのギャップを埋める手だてを見つけるのは困難だからです。

このユーザーの行動とその環境を理解することの必要性に関しては、ヤコブ・ニールセンがユーザーインターフェイスにおけるユーザビリティの一般原則として提示している「10ヒューリティクス」のなかの1項目に「システムと実世界の調和」あげていたり、ドナルド・A・ノーマンが「ユーザー中心デザインの7つの原則」のなかで「外界にある知識と頭の中にある知識の両者を利用する」といった項目をあげていることも含めて理解しておいた方がいいと思います。

観察によってユーザーの活動を把握する

そういった意味からデザインの上流工程においては、ユーザーの活動を観察して、ユーザーがどんな環境においてどんな道のりをたどって目的の達成まで辿りついているのかを理解することが重要になってきます。やってる本人でも気づかないことも外から観察すれば見えてくることもある。そこに本人が意識できていることをインタビューによって聞きだして補足すれば、デザインをする上での視野も開けてきます。

いま「どんな環境において」と書いたのは、ユーザーが活動を行う環境には、ユーザーが行う行為や思考に影響を及ぼす要因が多々あるからです。いや、人間が行う活動は常に接している環境との相互作用のなかでその内容が決定されているとみるべきです。
環境とは、空間であることもあれば、暑さ/寒さや音・振動のようなものでもあれば、実際にユーザーが使っている道具や言葉でもあったり、ユーザーが所属する組織やコミュニティにおける明示的なルール、非明示的な文化である場合もあります。

こうしたことを外から客観的に観察するのです。ユーザーが現在どのようにしてある目的達成のための一連の活動を行っているのかを把握するんです。『ペルソナ作って、それからどうするの?』の「第6章 ユーザー行動の観察と問題理解のためのデータ収集」「第7章 ユーザー行動の分析と統合」で扱っている、コンテキスチュアル・インクワイアリーによるユーザー行動調査から5つのワークモデルによる行動分析を行うインタープリテーション・セッションなどは、まさにユーザーの行動とその背景にあるものを把握するために行うものですね。

この作業がなければペルソナもつくれなければ、シナリオ法を使ってデザインコンセプトを描くことだってできはしません。ユーザーの現在の行動を、ソフトウェアの操作手順としてどう置き換えればよいかは、ユーザー行動の把握があってはじめて可能となることなんですよね。

ここが見えてこないとWHATをHOWにつなげるためのデザインコンセプトって見えてこないと思うのです。

 

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