自分は粘り強さ、継続性が足りないなと感じる人のための3つの処方箋

粘り強さというか、継続性というか、とにかく自分がやると決めた事柄を最後までやり遂げられない人が多いような気がしています。

もっともらしくやりたいことや意欲を口に出すのはいいんですけど、結局、それが具体的な活動に落ちていかないし、たとえやり始めたことがあっても続けられません。なんでそうなってしまうのか、僕にははっきりとその理由はつかめていませんけど、とにかく具体的な活動を継続して積み重ねることでしか結局のところ何も身に付かないし結果も出ないんだということが理解できていないのでしょう。それにゆえに継続性の価値、粘り強い忍耐力をもって事にあたるということに価値を見いだせないのかもしれませんね。

途中でやめるということがカッコ悪いことだという認識がないんだと思います。
僕は自分でやろうと思ったことさえ続けられないなんて無茶苦茶カッコ悪いと思うし、ある問題を解決するために計画し現実化するというプロセスはデザインの基本ですから、とうぜん、自分でやろうと思ったことさえ続けられない人にデザインなんてできないと思っています。
デザインするということを考えるなら、自分自身を動かす頭のなかのプログラムを「途中でやめるということはカッコ悪いこと」とちゃんと認識可能なものに再インストールしてあげる必要があるでしょう。

粘り強く継続的に事にあたれるようになるための3つの処方箋

粘り強く継続的に事にあたることができないこと。そういう自分を修正していくためには以下の3つのことを意識して行動してみるのがいいのかな、と思います。

1.頭で考えるのではない。具体的な作業を行う
見ていると継続性のない人、粘り強さに欠ける人に共通しているのは、頭で考え、口で言うだけで、具体的な活動、物理的・身体的な行動をともなう作業をせずに済ませようとしているということです。グダグダ言うよりまずはやってみようという風に手が動かない。身体が動かない。わからない、わからないと口で言うだけで、知っている人に聞きに行ったり、外に出て自分の目で観察して調べてみようというアクションを即座に起こすことができないんですね。そういう人への処方箋はこれ。

  • 1-1.ポストイットを活用した整理術を身につける
    いろんな人の言ったこと、授業やセミナーで聞いたことをノートにメモしている人は多いと思います。でも、たいていの人はそれで終わりですよね。でも、それだけじゃあ、何の役にも立ちません。集めた情報は自分で整理・編集してみないと自分の血肉にはなりません。おすすめは集めた情報の要素をポストイットに書きだして、それをある視点=切り口=テーマで分類するという作業をしてみること。以前ならブログを書けと言っていたところですが、それじゃあ、ダメだなと最近思ってます。そうではなく自分で手書きで文字を書き、それを物理的な付箋の整理による編集作業を経て、情報の集合を俯瞰的に見えて、そこから見えてくるものを体感することが重要か、と。
  • 1-2.平面は平面で、物理的なものは物理的なレベルでつくりながら考える
    デザインに関する箇条書きのメモ その2」で、プロダクトデザイナーの柳宗理さんの「スケッチなんかあんまりしない。とくにプレゼンテーションのための絵なんていうのは、絶対に描いちゃいけないっていう信念があるからね(笑)」という言葉を紹介しましたが、僕もそれがすごく重要だと思っています。ここでのポイントは2つ。ひとつは平面のものをつくるなら平面で描いて考えるのはいいけど、立体的なものやサービスなどの人や空間が関わるものなら平面でスケッチをするのではなく立体・動きをつくるながら考えなければいけないということ。あともうひとつは説明用=プレゼンテーション用のものを別につくる時間に労力を割くのは可能な限り避けるということです。そんなことに時間を費やすのなら実物をつくるのに時間をかけ、それのみでプレゼンテーションの勝負をしたほうがよいだろう、と。2番目のポイントはともかくとして平面ならペーパープロトタイプ、立体ならダンボールや粘土などを使ってダーティープロトタイプをどんどん作るというのが大事でしょう。
  • 1-3.アクティングアウト、ウォークスルーをする
    これは1-2の続きです。ペーパープロトタイプ、ダンボールでのダーティープロトタイプをつくるといっても、それだけでは形やスタイリング、ちょっとした動きはフォローできても、情報の構造やその構造が実際の利用に際してどのように機能すればよいかを理解することはできません。そっちはそっちで別のプロトタイピングが必要です。そこで役に立つのが「説明/質問という枠組みを応用した情報デザインの5つの手法
  • 」で紹介したアクティングアウトやウォークスルーなどの身体的なシーノグラフィックによるシミュレーションの方法でしょう。プロトタイプで具体的なモノをつくるということと同時に、何もモノがない状態でも、あたかも手にそれがあるかのように演じながらシミュレーションをしてみるということをやってもいい。ユーザー役とシステム役の人が具体的な利用シーンを思い描きながら台詞をかわし、行動を行ってみる。こういう具体的な活動を「やった」という事実こそが継続性・粘り強さにつながっていく大事な要素なんですね。物理的なモノ、具体的な活動の事実がなければ、物事を続けていけないの当然だと思っています。

2.無理をするのではない。普通にできることのレベルをあげる
スポーツの分野では、最初から無理なレベルの練習メニューを設定するのではなく、普通にできることのレベルを徐々にあげていくための練習メニューを組み立てるそうです。無理なレベルでメニューを組めば、それこそ続かないし、けがをするおそれがあるからです。それは単純な普段の筋トレ・レベルの話でもそうだなと実感します。また、それはもっと広い意味で継続性・粘り強さを問う場合でもおなじです。ある目標となるレベルに向かうとき、最初にそのレベルの練習を設定するのは間違っています。むしろ、現状できるレベルのすこし上を目指すことが妥当なのです。また、その練習メニュー自体にも続けられる工夫があるとよいでしょう。

  • 2-1.協働作業の場をうまく使う
    練習を続けられるようにするひとつの工夫は、ひとりで練習しないことです。つまり、いっしょに練習する仲間をつくるんです。人間はひとりだとどうしてもサボりがちですが、複数人が集まればなかなかサボりにくくなる。2人や3人じゃだめです。サボるための合意が得やすいので。4人以上が妥当だと思います。そして、具体的には毎朝(あるいは週に2回ほど)1時間でもブレインストーミングをする(絶対に会議ではない!)とか、読書会やなにかしらの編集会議・デザイン会議でもいいでしょう。とにかくその場でアイデアを出し合い、いっしょに手を動かしながら考えられる場を共有できるようにするとよいでしょう。
  • 2-2.ひとりなら1日の目安は30分
    ひとりでやる練習は1日30分を目安にするとよいと経験上思います。筋トレでも読書でも、毎日欠かさず無理なくできるレベルは1日30分くらいだと思います。30分でも毎日続ければ、読書なら月に5、6冊は楽に読めます。前にも書いたとおり、月に5冊でも、1年続ければ60冊、5年続ければ300冊です。瞬間的な量が必要なんじゃなくて、継続的に量をこなすことが大事なんだと思います。

3.いま見えてるものからはじめない。見えないものも含めてすべてテーブルに載せる努力からはじめる
ここまでの話はどちらかというとミクロな視点で書いています。ただ、物事にはもうひとつ少なくともマクロな視点をもつことが必要です。物事を継続できない理由のひとつは、物事をあるひとつのロジック・切り口でしか見ていないからです。途中で、そのロジックが破綻してしまうことが途端に継続できなくなる。そうではなく最初から複数のロジックで物事を組み立てておくことです。最低でもミクロな視点とマクロな視点です。その場その場でどうするかというミクロな視点と、全体を俯瞰してどう組み立てるのかというマクロな視点です。できれば、ミクロな視点もマクロな視点もそれぞれ複数もっているといいでしょう。では、マクロな視点の取り方について書きます。

  • 3-1.まずはテーブルに載せてみなけりゃはじまらない!
    これはすでに同名のエントリー「まずはテーブルに載せてみなけりゃはじまらない!」でも書きましたね。「1-1.ポストイットを活用した整理術を身につける」にっも通じるところがある話です。とにかく俯瞰的に物事をみて全体の計画あるいは仮説をつくっておくためには、まずはいま手元にあるものをすべてテーブルに載せて整理しながら、さらにそこに抜け漏れの検討がつけば、それも加えた分類・整理を行うというクセをつけたほうがいいと思います。もちろん、テーブルに載せた物事の分類の切り口にはいくつもアイデアが思いつくでしょう。そしたら、それを1つに絞るのではなく、明らかに無意味だと思うおもの以外は、複数のマクロな視点を維持するためにも残しておくんです。マクロな視点の整理のためにも、まずはテーブルに載せてみなけりゃはじまらないんです。
  • 3-2.自分の外側に目を向けて、内と外の輪郭を意識する
    マクロな視点というのは、日々の活動における思考や行動を縛るものです。思考や行動のプログラムといってもよいでしょう。だからこそ、ひとつのプログラムが破綻して動かなくなるよう、ひとつがダメならすぐに切り替えられる代替プログラムをいくつか用意しておいたほうがよいのです。昨日の「100%のなかの確率を高めるのではない。その外の世界を発見するのがイノベーション」というエントリーでは、すでに存在する枠組みのなかで最高のパーセンテージや一番を目指すのではなく、イノベーションにおいてはまさにその枠組み自体を切り替えることを目指すのだということを書きましたが、ロジックを複数もつというのもおなじです。物事を測る物差しを複数もっておくことなんですね。ひとつの物差しで測れないものがあれば別の測度で測れるようにすればいいのです。そのためには視点をある程度自由に切り替えられる力を養う必要がある。
    じゃあ、どうすれば視点を自由に変えられるようになるかというと、それは自分の持っている物差しを拡張するために、常に自分以外のものに目を向けることが大事です。自分の頭の外、自分の専門の外、自分の会社や学校の外、現在という時間の外、日本という国の外。なんでもいいのですが自分以外のオルタナティブなものに目を向けるのです。その際、とうぜんですが、自分の物差しで外の世界を測っても、それは外を見たことになりません。自分というブラウザーのなかに外を表示させただけで、自分が外に出たことにはなりません。むしろ、逆に自分自身を外の物差しで測るとどうなるか、自分とは違うブラウザで自分たちの世界を見たらどうなるかを考えることです。それには臆せず外に出かける心がけ、そして、具体的な外出が必要です。かわいい子には旅をさせないと。だって、自分はかわいいでしょ?

といった感じで、大きく3つ挙げましたが、なぜ自分が物事を継続的にできないのか、そして、どうすればいいかの参考になりましたでしょうか? また、追加で思いつくことがあれば別途書いてみようと思います。

P.S.
ご要望があったので「引き際」についても考えてみた。
自分は引き際の良さ、時機の見極めができてないなと感じる人のための3つの処方箋

 

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