2009年02月28日

あそぶ、つくる、くらす/五十嵐威暢

「デザイナーを辞めて彫刻家になった」
この本の表紙の著者名(五十嵐威暢)の前には、そう書かれている。



PARCOのロゴのデザインなどを手がけたことで知られる五十嵐威暢さんは、1994年にそれまでデザイナーとしての輝かしいキャリアを投げ捨てて彫刻家になった。

だが、しかし、それは世間で言われるように「突然」の出来事ではないことが、この本の「あとがき」を読むと、わかる。

40歳になった1984年に、50歳になったらデザイナーを辞めて何か違うことをしたいと考えた。
目前にある仕事をバリバリこなしながら、10年かけて会社をたたんだ。
五十嵐威暢『あそぶ、つくる、くらす』

そして、1994年に彫刻家に転身し、いまや、石、金属、テラコッタ、木などの素材を使ったその作品は、東京ミッドタウンの「予感の海へ」、大江戸線大門駅の「波のリズム」など、多くの公共施設の空間を彩っています。

「あそぶ、つくる、くらす/五十嵐威暢」の続き
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2009年02月25日

生とデザイン―かたちの詩学1/向井周太郎

「僕にとって向井周太郎の思想からデザインの端緒を学べたことはこの上ない幸運であった」と原研哉さんは本書の解説にあたる文章で書いています。

原研哉さんは本書の著者・向井周太郎さんが創設した武蔵野美術大学の基礎デザイン学科で大学と大学院の6年間を学んでいます。

この本を読むと、僕が原さんのことばを読んで感じるものがあったものの原像が、すでに師である向井さんのことばとしてここに書かれているのに気がつきます。

例えば、阿部雅世さんとの対談『なぜデザインなのか。』のなかで、原さんは、直立二足歩行をはじめた人間が「空いた手で棍棒を持つのは自然だけれども、たとえば川に行けば、2つの手を合わせて水をすくって飲んだはず」といい、「棍棒」と「器」に道具の2つの始原をみていますが、この考え方もすでに向井さんのなかにも見出せます。

機械は、無の有用性を使いはたし、空隙をうめつくすことで高密化へと向かって発展をとげていくのであり、空虚な空間ゆえに意味をもつ器さえメカネの振舞いに従属する包装と化していく。
向井周太郎「椅子の夢想、夢想の椅子」『生とデザイン―かたちの詩学1』

向井さんは、無の道具、有の道具と言い方をしていて、前者に器、後者にやじりや斧をあげています。
その上で現代の機械社会は有の道具が無の道具の領域を侵犯すると同時に、「メカネの価値観においては、無や空虚な空間そのものの生の価値が見失われ、いわばデッド・スペース(死んでいる空間)はすべて使いはたすという思想を生みだしていく」と指摘しています。東京ではどんな小さな空地でさえもコンクリートを敷かれた駐車場に変えられる。すべてが人間にとっての有に変換されるが、一方でコンクリートの下に生の多様性は均一化されて失われます。

この向井さんの有と無の道具に、原さんの棍棒と器のイメージは重なってくる。ほかにもこの本を読んでいると、そうしたイメージの重なりが実に多く見つかります。

だからといって、僕はそれを原さんのオリジナリティを否定するものだとは思わない。むしろ、僕はオリジナリティなんてものが嫌いだし、向井さんと原さんのことばの重なりも、昨日の「型と形」で書いたような師から弟子への型の継承とみます。型の継承にはかならず「ゆらぎ」が見いだせるように、向井さんと原さんのあいだにも「ゆらぎ」がある。その「ゆらぎ」のほうがオリジナリティなんかよりいまやよっぽど重要なものとなっていると感じます。

「生とデザイン―かたちの詩学1/向井周太郎」の続き
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2009年02月17日

忘れられた日本人/宮本常一

宮本常一(1907-1981)さんは、昭和14年以来、日本全国を歩き回るフィールド調査により、各地の民間伝承を収集した民俗学者です。この本で宮本さんはみずから訪ね歩いた辺境の地で聞き取りした古老たちが語るライフヒストリーをまじえながら、日本の村々の民衆の暮らしを鮮やかに浮かび上がらせています。その老人たちの話はどれも個性豊かで、それぞれが小説か民話の主人公のように活気に満ちていて、これが普通の村に暮らす民衆の姿なのかと驚かされます。

村里生活者は個性的でなかったというけれども、今日のように口では論理的に自我を云々しつつ、私生活や私行の上でむしろ類型的なものがつよく見られるのに比して、行動的にはむしろ強烈なものをもった人が年寄りたちの中に多い。これを今日の人々は頑固だと言って片付けている。
宮本常一『忘れられた日本人』

まさにこの本に描かれた老人たちは「行動的にはむしろ強烈なものをもった」人びとです。
その姿は、網野善彦さんが『日本の歴史をよみなおす』『無縁・公界・楽 日本中世の自由と平和』で示した中世の人びと、田中優子さんが『カムイ伝講義』で明らかにした江戸期の百姓の姿につながります。また、柳宗悦さんが『工藝の道』が描いてみせた勤労な工人の姿に重なってくる。

決して豊かとはいえない生活のなかで朝から晩まで働き続けることにむしろ感謝をしめす姿勢、あるいは、閉じた村に外の世界のことを知らせるために率先して各地を放浪する世間師と呼ばれる人など、その人間としてのバイタリティの高さはとてもではないがかなわないという印象を受けながら、圧倒されつつ、一冊読み終えました。

「忘れられた日本人/宮本常一」の続き
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2009年02月16日

日本のたくみ/白洲正子

白洲正子さんは生前、銀座で染織工芸の店を営んでいたことがある。

それで染物や織物の作家・職人とも縁があった。
織物職人の田島隆夫さんとも柳悦博さん(柳宗悦さんの甥)の紹介で出会っている。面白い職人がいるといって紹介されたそうだ。そこで白洲さんは田島さんに「むつかしい注文を出してみた」そうだ。昔の織物のような「ざんぐりした味わい」を織物が欲しいといって、何枚かの古い布を渡して帰したのだそうだ。

田島さんは黙って白洲さんの注文を聞いていたそうだが、しばらく経つと織物を持ってきたそうだ。「織物は着てみないとわからない」と白洲さんはいう。そうしないと欠点がわからず、客に対しても責任がもてないという。田島さんが持ってきた織物も白洲さんは実際に着てみたそうだ。

着てみると着心地がよかった。見た目にも美しかった。ただ、しばらくすると欠点がわかってきた。味に重きをおきすぎたがゆえに、腰がなく頼りなく感じられてきたのだそうだ。
それで田島さんに「きものとしては不完全である」と注意したという。またしても田島さんは黙ってそれを聞き、また、しばらくすると新しい織物を持ってきたそうだ。

そういう付き合いが二十数年も続いたそうだ。そのあいだに田島さんは「小気味よい程成長して行き、今や押しも押されぬ一流の職人に育った」のだそうだ。



僕は、デザインをする人にはこの白洲さんのような力が必要だと思うのです。

「ざんぐりした味わい」など、自分が求めているものを明確に職人に伝え、「織物は着てみないとわからない」と正しく物を評価する目と客に対する責任を持ち、かつ、出来が悪いものに対しては「きものとしては不完全である」とはっきり判断できること。これができないといったい何をデザインしているのかわからない。
逆に、そのデザイナーの注文を実際の物にするのは職人の仕事なんだと思います。

「日本のたくみ/白洲正子」の続き
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2009年02月15日

松岡正剛さんの本に関するブックリスト

松岡正剛さんの本も結構な数を読んできたので、このあたりで一度まとめてみてもいいかなと思ったのでさっそく。

現時点で読んだのが今日紹介する14冊。

P.S.
  • 「編集工学」に、多読術を追加。15冊に(2009-04-16)

とりあえずこの14冊をブックリストとしてまとめておきますが、松岡さんの本のよいところは、それ自体が様々な本への扉を開いてくれるブックリストとしても機能する点だと感じます。
僕自身、松岡さんの本を読んで興味をもつようになった本は数多くあります。どのくらい多いかというと、興味をもっても読むのが追いつかないくらい、様々な方面に対する好奇心の目を開いてくれます。

何より日本を見つめるさまざまな視点を教わったことが大きい。
いまの僕らはあまりに日本を知らなさすぎます。無知であり狭い視野しかもたないがゆえに、形骸化した観念のみで日本を想像してしまいます。自ら日本をつまらなく退屈なものとして想像してしまう。でも、実際の日本は松岡さんがその編集工学的手法を駆使して紐解いてくれるように、多様な魅力をもった豊かなイメージをもっとものです。

そんな日本の多様で魅力あるイメージを紹介してくれる松岡さんの様々な本をここでまとめておこうか、と。

※書名のリンク先は当ブログの書評エントリーです。

「松岡正剛さんの本に関するブックリスト」の続き
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2009年02月12日

手仕事の日本/柳宗悦

なんて淋しく切ない本なんだろう。
この本はかつて存在した日本というものの遺書のようです。

そして、最初に書いておきますが、この本はこの国でものづくりに関わるすべての人びとが一度は読んでみるべき一冊だと思います。



私どもは西洋でなした過失を繰返したくはありません。日本の固有な美しさを守るために手仕事の歴史を更に育てるべきだと思います。その優れた点をよく省み、それを更に高めることこそ吾々の務めだと思います。
それにはまずどんな種類の優れた仕事が現にあるのか、またそういうものがどの地方に見出せるのか。あらかじめそれらのことを知っておかねばなりません。この本は皆さんにそれをお知らせしようとするのであります。
柳宗悦『手仕事の日本』

この本に関しては1つ前のエントリー「模様を生む力の衰え」でもすこし取り上げましたが、以前に『工藝の道』を紹介した日本民藝運動の創始者・柳宗悦さんが、大正の終わり頃から約20年をかけて日本全国をフィールドワークして歩き回って見つけた手仕事の工藝品の優れた仕事を、地域別に丁寧に「どんな種類の優れた仕事が」「どの地方に見出せるのか」をまとめてくれた一冊です。
取り上げられた品は、焼物あり、染物あり、織物あり、金物あり、塗物あり、木や竹、革、神を用いた細工もあり、ただすべてが人びとが実際に生活で用いている品物です。北の陸奥の国の刺子着を見つけては「その出来栄えは日本一の折り紙をつけてよいでありましょう」といえば、四国は讃岐の国に「すべ箒」と呼ばれるほうきを見つけては「形がふっくらして大変美しく、茶人でも誂えた品かと思われるほど」だという。

「手仕事の日本/柳宗悦」の続き
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2009年02月03日

うつぼ舟I 翁と河勝/梅原猛

日本の中世史がおもしろい。
もちろん、おもしろいと感じるのは、僕自身がそこに関心をもっているから。特に芸能民を中心とした職能民についての歴史、それに関連して市場や座が生まれ定着した室町期の歴史にとても関心があります。
いかにして僕らの歴史から断絶した感のある現代を、そうした歴史的な流れに接続するか。それが現在の日本が抱えた大事な課題なんじゃないでしょうか?

既存の権威の崩壊に即した民衆の自治のはじまり

最近では、網野善彦さんの『日本の歴史をよみなおす』『無縁・公界・楽』『異形の王権』だったり、昨年末では、内藤湖南さんの『日本文化史研究』『東洋文化史』を紹介しましたが、室町期には、いまの日本につながる大きな社会の転換が起こっている。

その転換は一言でいえば、既存の権威の崩壊に即した民衆の自治のはじまりということができるでしょう。

その背景としては、鎌倉期に起こった新仏教である時宗や浄土宗、一向宗、禅宗、法華宗などがこぞって悪党や女性をふくむあらゆる民、そして、山川草木悉皆成仏と有情/無情のものに限らずあらゆるものが成仏するとした教えを説いたこと、古代より海や山河の道でネットワークされた職能民のつながりが各地に自治的な都市を形成し、そこに宿場や市場を開いたことなどがある。

そして、そうした仏教の影響、都市の経済的な影響を背景に、中世には以降の日本文化を形作ることになるさまざまな芸能が室町期には生まれてくる。能楽、茶道、華道、書道、香道、作庭などの文化はいずれも、鎌倉期に生まれた新しい仏教である浄土・禅・法華などの影響を受けながら日本の生活文化を形作ることになります。

芸能民・職能民の末裔として

室町紀以前は畏怖の目をもって受け止められた芸能民・職能民。それが室町期を経て、賤視の目に晒されることになる。

網野さんが『日本の歴史をよみなおす』で書いているように、古来より日本には、人間と自然とのそれなりの均衡のとれた状態に欠損が生じたりする場合に穢れを感じる傾向があった。建物や庭を作るために巨木や巨石を動かすこともケガレとされていた。そうした職能をもつ職能民はその力において畏怖の対象であると同時に、その職能そのものがもともと有する穢れによって賤視の対象になっていた。

現代において、「人間と自然とのそれなりの均衡のとれた状態に」変化をもたらすことを仕事にする、何らかの形でものづくりに携わる、そうした賤視の目に晒された職能民の末裔だということを自覚したほうがいい。それが僕が中世の職能民たちが歩んだ歴史に着目する理由。

この本もそうした中世の職能民の歴史を紹介してくれる一冊。

以前に『隠された十字架―法隆寺論』や、白川静さんとの対談『呪の思想―神と人との間』といった本を紹介した梅原猛さんのこの『うつぼ舟I 翁と河勝』は、そんな中世芸能史においても室町文化を代表するもののひとつである能=申楽の発生と展開の歴史にフォーカスした芸能史論です。

「うつぼ舟I 翁と河勝/梅原猛」の続き
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2009年01月30日

日本の歴史をよみなおす/網野善彦

日本の歴史をよく知らない人ほど、その歴史に対して漠然としたイメージをもっていたりします。

例えば、

  • 日本は古くから農業中心の社会で、稲作を中心に据えてきた
  • 日本の人口の大部分は農業民で、多くの村は農村だった
  • 商工業民は農耕民より身分が低いものとされ、芸能民を含む非人は賤視されてきた
  • 昔は識字率が低く、一部の階層の人しか文字を読むことはできなかった
  • かつては村などの共同体単位で自給自足の生活をすることが多かった
  • 明治期の開国において日本は一気に資本主義化、産業主義化を果たした

などなど。

でも、この本を読むと、こうしたイメージがまったくの想像の産物でしかないことがわかって唖然とします。
そして、そこからはまったく別の日本のイメージがそこには浮かび上がってくる。

  • 日本の村の四分の三が室町時代に出発点を持っている
  • 14世紀を超えて15世紀にはいる頃になると、それまで漢字中心の文章からひらがな交じりの文章の割合が圧倒的に増える
  • 金属貨幣の流通が本格化しはじめたのは13世紀後半から14世紀にかけてのこと
  • 天皇という称号が制度的に定着するのは天武・持統朝。日本という国号もそれとセットで7世紀後半に定まった。つまり、聖徳太子は「倭人」ではあっても「日本人」ではない
  • 縄文時代からすでに日本は朝鮮半島や北のサハリンと交流があった。海は日本の国境ではなく、むしろ東と西をはじめ、いまの日本の国内に複数の国が存在していた
  • 百姓は必ずしも農民を意味しない。土地をもたず貧しいと考えられていた水呑百姓は必ずしも貧しくはなく、むしろ廻船業を営むなどして裕福である場合もあった
  • これまで貧しい村と考えられていた田畑の少ない離島や山奥の村であっても必ずしも貧しいとは限らなかった。むしろ、海路や陸路における要衝の地で栄えている場合も少なくない
  • 律令国家はすべての民を戸籍に記し田畑を与えたが、稲による租税の徴収を行おうとしたが、実際はすべての民が農業に従事することはなく、とうぜん租税も米に換算した別の物資(鉄、海産物、絹や麻など)で支払われることになった、
  • また、律令国家はそれまでの海や河を通じた交易から、陸路による交易へと転換しようとして、都から地方へと延びる真っ直ぐな道を整備したが、しばらくすると海路・水路による交易に戻って、陸路の道は廃れた
  • 南北朝の動乱を期にした社会構造の大変換で、各地に自治的な都市や村ができ、海路や水路を使った交易はより盛んになり、それ以降近世を通じて商工業の力は非常に大きな蓄積があった

まさしくこの本で網野さんは「日本の歴史をよみなおす」作業をその根本から行っています。

このことを知ると、逆に明治期の転換など、室町期の転換に比べれば一部的なものでしかなく、むしろ、室町期の大胆な構造変換があったからこそ、西洋文明の受け入れも、科学技術の導入も可能だったのだなと感じられるようになる。その意味で従来の近世から近代へという形での歴史の区切りはそれほど重要ではない。これは僕にとっては非常に新鮮な発見でした。

「日本の歴史をよみなおす/網野善彦」の続き
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異形の王権/網野善彦

この本は中世において「異類」または「異形」と呼ばれた人びとにスポットをあてています。

例えば、中世、河原で行われた罪人の処刑の執行を実際に行ったのは「放免」と呼ばれる非人たちでした。「放免」は、彼ら自身が前科のある者でありつつも、その罪に対する罰則を文字どおり免れた放免囚人で、検非違使庁の下級刑吏として犯罪者の探索・捕縛・拷問・処刑を職能とした人びとです。彼らは口髭、顎鬚を伸ばし、特殊な祭礼時や一部の女子にしか許されなかった綾羅錦繍、摺衣と呼ばれる派手な模様のある衣服を身につけていたといいます。

また、牛車に付き添って牛の世話をする牛飼童は、成人しても童形をした人びとで、烏帽子をつけず髻(もとどり)を結わず垂髪、口髭や顎鬚を生やしていたといいます。成人になっても童形をした人びとにはほかにも、猿曳、鵜飼、鷹飼などの鳥獣を操る人のように「聖なる存在」として、人ならぬ力をもつと畏怖された人びとが多かったようです。とうぜん、本当の童である子どもも神に近い「聖なる存在」として受け入れられていました。

このほかにも、柿帷(かきかたびら)に六方笠、蓬髪、覆面、烏帽子や袴の未着用、高下駄、蓑笠、長い鉾や杖、大刀など、本来は禁制となっていた服装を身につけた人びとは「異類」または「異形」、あるいは両方を連ねて「異類異形」と呼ばれたといいます。



「異形の王権/網野善彦」の続き
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2009年01月20日

華厳の思想/鎌田茂雄

華厳経の中心仏は毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)。毘盧遮那はサンスクリット語の「ヴァイローチャナ」の音訳だそうです。訳すと「光明遍照」、無限の光が遍く照らしだす。そんな太陽の輝きのイメージをもっているのがは毘盧遮那仏です。宇宙の真理をすべての人に照らし、悟りに導く仏とされています。ちなみに、真言密教における大日如来は摩訶毘盧遮那仏(マハー・ヴァイローチャナ)で、マハーはスーパー、さらに偉大なという意味。つまり大日如来は超毘盧遮那仏なんですね。

毘盧遮那仏は、もっとイメージしやすいようにいえば東大寺の大仏がそう。あの奈良の鹿たちが住まう奈良公園にある東大寺の大仏。
東大寺は現在も華厳宗の総本山です。



「華厳の思想/鎌田茂雄」の続き
タグ:華厳 仏教 思想
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無縁・公界・楽 日本中世の自由と平和/網野善彦

江戸時代、女性には離縁権がなかったといいます。離縁は夫が三行半の離縁状を書いてはじめて成立したそうです。ただ、女性のほうにまったく手がないかといえば、そうではなかった。その方法というのが縁切寺=駆込寺に駆け込むことでした。妻が縁切寺に駆け込むと夫は手出しができないことになっていて、妻はそこで三年過ごすと夫と縁を切ることができたそうです。

網野善彦さんの『無縁・公界・楽 日本中世の自由と平和』という本は、こうした縁切寺=駆込寺で切れる縁が江戸時代より前の中世においては、夫婦の離縁だけではなかったことを明かしていきます。

外でこしらえた借金や罪も、それから主従の縁や下人や奴隷として働かされた縁も、縁切寺=駆込寺に駆け込むことで無縁となる。借金は消え、罪は問われなくなり、主人は追ってこられなくなる。そうした無縁の場というものが、縁切寺=駆込寺以外にもあったのが中世だといい、さまざまな資料をもとに中世に存在した「無縁の原理」なるものを解き明かしていきます。



「無縁・公界・楽 日本中世の自由と平和/網野善彦」の続き
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2009年01月14日

アキッレ・カスティリオーニ 自由の探求としてのデザイン/多木陽介

「どの照明器具も、器具本体よりも照明効果のほうが重視されるときだけにインダストリアルデザインとしてその正当性を認めることができる」

これは、イタリアのデザイナー兼建築家であったアキッレ・カスティリオーニの言葉です。

照明器具そのものの形よりも、それが作りだす光の形にこだわる。当たり前といえば当たり前のことかもしれませんが、これができるデザイナーってあんまりいないんじゃないのかなって思います。はっきりそれを口に出して表明し、さらに実際にデザインする際にも余計なものを極力そぎ落とそうとする人はなかなかいないんじゃないでしょうか。

「もしこのテーブルの上に乗っているものがすべてテーブルなしでも同じ高さにいられたら、ランプなしに光が出せたら、こりゃあ、なかなか悪くないよ」

こんな風に究極的にはその効果だけをとどめて、物の存在はなくてもいいといえるようなデザイナーってなかなかいないですよね。
この本の主人公であるアキッレ・カスティリオーニという人はまさにそういう希少なデザイナーだったようです。



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連塾・方法日本1 神仏たちの秘密―日本の面影の源流を解く/松岡正剛

まったくおそろしい本です。今まで10冊以上松岡さんの本を読んでますが、スピード感や勢いという意味ではこれが一番圧倒されました。連塾という講義を収録したこともあってかライブ感のある荒々しさがいいです。文面からもその場の熱気が伝わってくる。そして、この講義の場に顔を揃えた方々の興奮まで(この講義には鈴木清順さん、前田日明さん、しりあがり寿さん、樂吉左衛門さん、中村吉右衛門さんなど、そうそうたる方々が参加しています)。

なんで、本を読んだだけで熱気や興奮まで感じられるんでしょうね? これが松岡編集工学のなせる業なんでしょうか。あらためて考えると不思議です。



「連塾・方法日本1 神仏たちの秘密―日本の面影の源流を解く/松岡正剛」の続き
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2009年01月13日

かくれた次元/エドワード・ホール

3年前に4か月ほど名古屋で暮らしていた時期があります。その時、名古屋に行ってしばらくの間、僕はものがうまく考えられない状態に陥ったことがあります。頭のなかにあるものがうまくまとまらなくてブログも書けないような状態でした。
しばらく住んでみて落ち着いてくると、その症状は改善しましたが、環境が変わるとこういうことが起こるんだと、ちょっとびっくりでした。

その名古屋にしばらく住んでいて、僕がいちばん名古屋の街に感じた印象は、ここって車がよく見えるように作られた街だなということでした。名古屋に行ったことがある方ならわかると思いますが、名古屋駅周辺って基本的に人が活動する空間って地下なんですね。名古屋駅周辺に巨大な地下街があって、ほとんどのお店はそこにある。買い物をするにも、お茶をするにも地下。とうぜん、空は見えないし、両脇に見た目があまり変わらないお店が並んでいるので、しばらくは方向感覚がつかめず、どこに何があるかが覚えられませんでした。

で、地上がどうなっているかというと、完全にオフィス街。でも、丸の内のような印象ではないんですね。人がいない。代わりに車線の広い道路を車が占領している。それが駅周辺だけじゃなく、けっこう広い範囲に渡っている。住んでいたのは名古屋駅から歩いて10分ほどのところでしたが、人が歩く感じの街並みになっていなくて散歩をすることもままなりませんでした。まさに車の街だなと感じたわけです。

パリでは周知のように、戸外が魅力的であって、足を伸ばし呼吸し、空気を嗅ぎ、人と町とを「吸い込む」のが可能であるばかりでなく、快いことでもある。シャンゼリゼの歩道はすばらしくのびのびとした感じがするが、これは車から100フィートも離れていることにも原因がある。
エドワード・ホール『かくれた次元』

そんな3年前の名古屋暮らしを思い出したのは、このエドワード・ホールの『かくれた次元』を読んだから。僕はパリに行ったことがないので上の引用が本当かどうかはわかりませんが、街並みのデザインによって、その街が人中心か、車中心なのかが大きく変わるということは、名古屋経験によってなんとなくわかります。



ホールのこの本は、空間デザインや人間同士の距離感がいかに人間個人に、そして、文化に影響を与えるのかについて、プロクセミックス(proxemics)という仮説を提示して検討したものです。1966年に出版された当時、大変話題になった本なのだそうですが、いま読んでも楽しめました。僕が読んだのが第32刷なので日本でも長く読まれ続けている本だと思います。

「かくれた次元/エドワード・ホール」の続き
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2009年01月10日

デクステリティ 巧みさとその発達/ニコライ・アレクサンドロヴィッチ・ベルンシュタイン

運動の巧みさについて書かれた一般向け科学書。だいぶ前に読んだ本ですけど、ひとつ前のエントリーでアフォーダンスのことを書いて、読んだことを思い出しました。

この本の著者であるベルンシュタインはロシアの生理学者。この本は1940年ごろ書かれたと推測されていますが、著者の死後20年経ってようやく遺稿が発見され、英語版が出版されたのは1996年だといいます。日本語版である本書は2003年の発行です。

本書の目標として、著者はまえがきに次の2つを挙げています。

  • 巧みさという複雑な心理物理的能力を、できるかぎり厳密かつ詳細に定義し、分析すること
  • 動作の協調や、運動スキルや練習などの性質について、現在までわかっている知見を一般読者に向けて簡潔に解説すること

巧みであるかは別にしても、人間がある特定の状況において行う動作というのは単位的な動作の複雑な協調であることは僕ら素人にもなんとなく想像できます。
昨日の「アフォーダンスとは」では、ペンを手に取る動作とペンケースを手に取る動作では、手(指)の形が無意識的に選ばれることを確認しましたが、当然、そこでは目と手(指)の協調が起こっているはずです。しかも、手(指)だけで机の上の物体を取れるかというとそうではなく、直接的には手(指)で物体を取るにしてもほとんど身体全体を使ってその動作を行っているのは想像できます。

そんな単純な日常の動作でも身体全体がうまく協調しないとその動作を成功させることはできません。机の上のペンを取り損なうことはほとんどありませんが、背伸びして手を伸ばしてもちょっと届かない棚の上のものを取る場合にそれをジャンプして取ろうとしたら成功の確率はちょっと減ります。ジャンプのタイミングとものをつかむ動作の協調にすこし巧みさが必要になる。ましてやイチローの背面キャッチなどは到底僕らには真似できるレベルの巧みさではありません。その場合、飛んでくるボールが僕らをどんなにアフォードしても、僕らの側にそれにアフォードされる力がないということになるのでしょう。

そういう巧みさがどういうメカニズムになっているのかを探求したのが本書です。

「デクステリティ 巧みさとその発達/ニコライ・アレクサンドロヴィッチ・ベルンシュタイン」の続き
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2008年12月31日

Amazonアソシエイト 2008年注文数ベスト20

2008年最後のエントリーはこれで。
当ブログで今年注文の多かった本、ベスト20を紹介しておきます。

昨年に引き続きランクインしている本があるのが結構驚きです。


また、先日僕自身が「冬休みの読書におすすめする16冊の本」でピックアップした今年の16冊とかぶるものが少ないというのは、ちょっとさみしかったりもします。

そんなことを感じつつも、まずは20位から17位。
※書評名/著者名のリンクは当ブログ内書評です。

20位 脳と日本人/松岡正剛、茂木健一郎
今年のはじめに紹介した本です。松岡さんの茂木さんの言葉のキャッチボールのアクロバティックさに驚いたものです。科学と日本を同時に考えさせてくれた面白い一冊でした。
19位 知の編集工学/松岡正剛
19位も松岡正剛さんの本。松岡さん絡みは2冊の対談を含めて4冊ランクインしています。この本は松岡さんが自身の編集工学について語った一冊。前半は情報とは何かを教えてくれ、後半でその情報をもつ特徴をもとにした編集工学のテクニックの入口のところを紹介してくれています。他にも松岡さんの本を読んでいる僕にはあらためて松岡さんの考える情報観を整理できたという意味でよかったです。
18位 About Face 3 インタラクションデザインの極意/アラン・クーパーほか
この本がランクインしたのはうれしい。僕はこの本がいまのところ日本語で読めるユーザー中心デザインの本ではベストだと思っているので。ユーザー中心デザインを学びたい人はこの本こそを読んでほしい。
17位 木に学べ―法隆寺・薬師寺の美/西岡常一
法隆寺、薬師寺の修復・復元に関わり、最後の宮大工棟梁といわれた故・西岡常一さんの話を口述筆記した本。「棟梁は、木のクセ見抜いて、それを適材適所に使う」「木のクセをうまく組むためには人の心を組まなあきません」。かつてのものづくりがもっていた思想を感じさせてくれる僕自身お気に入りの一冊。

   

「Amazonアソシエイト 2008年注文数ベスト20」の続き
タグ: 読書
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2008年12月28日

東洋文化史/内藤湖南

原研哉さんとの対談集『なぜデザインなのか。』のなかで、イタリアで活躍しているデザイナーの阿部雅世さんは、デザインというものを日本語に翻訳する際に「生活文化をつくる仕事」というふうに訳してみたらどうかということをいっています。そうしたデザインの仕事をするためには、前提として「質のいい暮らしをするためには、自分自身が、文化に支えられた生活をすることが必要」「自分の生活を支える哲学を豊かにすることがたぶん必要」ともおっしゃっています。

今年1年を振り返ってみると

僕にとってこの1年というのは、まさにこの「生活文化をつくる仕事」ということを公私ともに考え実践してきた1年だったという気がします。

「公」というのは『ペルソナ作って、それからどうするの?』の出版や情報デザインフォーラム関連の一連の活動を含めてユーザー中心のデザインの仕事に関わってきたことを指します。「私」というのは日常の暮らしのなかでの仕事(家事やそれにつかう道具)を見直したり、いろんな場所に出かけて古い文化の名残に実際に触れてみたり、あるいは書籍を通じて文化(特に日本文化)について調べてみたことを指します。

自分の生活を支える哲学

デザインを「生活文化をつくる仕事」として捉えるという点では、今年やってきた活動はまだようやくスタート地点に立てたかな、くらいの印象を僕自身もっていますので、来年以降も引き続き自分にとっての課題だなと思っています。その観点からまずは「デザイン思考(デザインシンキング)」というものを僕なりに一度まとめてみようと思っています。これがまず来年早々の課題。

それが短期的な課題だとしたら、もうひとつにはやはり「生活文化」というものに関して「自分の生活を支える哲学を豊かにする」ということを考えていく必要がある。基盤もなく上っ面だけ固めても簡単にグラついてしまいますから、ここをどうにかしないといけない。「自分の生活を支える哲学」と書きましたが、これは「自分の」に限らないとも思っています。
おそらく来年以降、この社会情勢の変化で「生活文化」の見直しは避けられないでしょう。そこで本当の意味でデザインを仕事にしている人がいかに自身の役割である「生活文化をつくる仕事」に結果を出していけるかが問われるはずです。とうぜん、結果を出すために今後の「生活文化」はどうあるべきかのヴィジョンが見えていなくてはいけない。その意味で「自分の生活を支える哲学」だけではダメで(もちろん、そこが出発点でなくてはいけないとも思いますが)、日本の「生活を支える哲学」といった点も考慮に入れていかないと、それが文化として根付かせるのはむずかしいのではないかと、そんな大そうな課題ももったりしています(年末なので、ちょっと大きなことも言っておこうか、と)。

「東洋文化史/内藤湖南」の続き
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2008年12月26日

発想法―創造性開発のために/川喜田二郎

KJ法=川喜田二郎・法。

そう。この本はKJ法の生みの親である川喜田二郎さんの著書。KJ法について、もう一度、頭のなかをちゃんと整理しておこうと思って読みました。



といっても、単にKJ法だけを紹介した本じゃありません。タイトル通り、発想法について書かれた本で、KJ法はそのなかで使うツールの一部です。で、発想法とは何かというと、こんな説明があります。

発想法という言葉は、英語でかりにそれをあてると、アブダクション(abduction)がよいと思う。
川喜田二郎『発想法―創造性開発のために』

  • アブダクション(abduction、発想法)
  • インダクション(induction、帰納法)
  • デダクション(deduction、演繹法)

という3つの分類はアリストテレスによる論理学の方法の分類。帰納法と演繹法については知られていますし、その方法もギリシア以来発展してきていますが、アブダクション=発想法はそれに取り残されてきた形です。アブダクションという言葉もアリストテレス以来、忘れられていて、その名前がひさしぶりに登場したアメリカのプラグマティズムの祖として知られるチャールズ・パースが取り上げたからでした。

とはいえ、発想法については、いまひとつ体系化された方法がなかったわけです。それに1つの体系化された形を与えたのが、この本の著者・川喜田二郎さんです。

この本の初版は1967年に出版されていますから、ちょうどハーバート・A・サイモンが『システムの科学』第1版を書いたのとおなじ年というのが僕にはとても興味深かったです。というのも、この発想法。ほとんど僕が『ペルソナ作って、それからどうするの?』で紹介したようなユーザー中心のデザイン(以下、UCD)の前半部でやることとおなじなんですね。つまり、この発想法では何をしているかというと、問題発見=仮説創出をしてるわけです。
デザインの上流工程でも必要とされる創造的な発想を行っているんですね。そこでUCDにつながってくる。『システムの科学』もある意味ではUCDの元祖的なところがあるんですけど、一方、日本でもUCD的方法の元祖的なものがおなじ年に生まれているという偶然がすごいなと思うわけです。

「発想法―創造性開発のために/川喜田二郎」の続き
タグ:KJ法 発想法 UCD
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2008年12月23日

白川静 漢字の世界観/松岡正剛

白川さんの本を読むということは、文字という形態により言葉をあらわす人工物の世界観・体系、あるいは、それを用いる人間の観念や行為と形態との関係を探ることを意味します。それはハーバート・A・サイモンが1967年の『システムの科学』("The Science of the Artificial")ではじめて描いたデザイン思考(Design Thinking)という概念もその領域に含んでいます。ものの形を吟味することを仕事とするデザイナーがこうした関係性について無視するのはどうしたことか?と疑念をもたずにはいられません。
人間中心設計を高らかにうたっている人でも同様で、いまの人間や社会だけを前提に、あきらかにそれ以前からのスタイルの影響を受けているものの形をあれこれいうのは視野狭窄の感があるのはこれまでも指摘してきたとおり。例えば、ヘンリー・ペトロスキーが『本棚の歴史』で描いたような、本がかつて書棚に鎖につながれていたこと、蔵書を収納する施設(図書館)は収納と採光のトレードオフ的な関係があったことなどを知らずに本のレイアウトや版面のデザインを云々いっても、明らかに何かが不足していると感じます。

デザインやってる人で、ものの歴史をちゃんと学ぼうとする人は建築のデザインを唯一の例外としてとにかく少ない。なぜ、ある特定の道具の形は類似するのか、どうしてそうなったのかを理解しないまま既存の物の形を模倣する。形の意味を解せずに、形の吟味を行っているということですから、あきれたものです。そのことは1つ前の「漢字百話/白川静」でも書いたとおりです。人とものの形の関係、社会とものの形の関係など、まったく無視して、いったい何を根拠に形態の吟味をしているのか?

そんなわけで、そろそろこの本も紹介しておこうと思いました。

最初に『初期万葉論』を読んでから、ここ2か月弱のあいだに『漢字―生い立ちとその背景』『詩経―中国の古代歌謡』、『中国の神話』、『漢字百話』、そして、梅原猛さんとの対談『呪の思想―神と人との間』と、白川静さんの本を6冊読みました。

この松岡さんによる白川静入門書を読んだのは、『初期万葉論』『漢字―生い立ちとその背景』『呪の思想―神と人との間』を読み終えて、ちょうど『詩経―中国の古代歌謡』『漢字百話』を読みはじめた頃だったと思います。松岡さんによる白川さんの入門書が出るのを知って発売日の次の日に買ったのでした。白川さんの本そのものに満足していたので、入門書の位置づけであるこの本はすごく読みたいわけではなかったのですが、そうはいっても大好きな松岡さんの本なのでやっぱり買ってしまい、さらにすぐ読んでしまいました。



「白川静 漢字の世界観/松岡正剛」の続き
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2008年12月22日

漢字百話/白川静

「形のないものは本当は語ではありえない」

このことばを目にしたとき、僕は自分がどうして白川静さんの本にこんなに惹かれるのか、わかったような気がしました。人間にとっての形と意味あるいは価値。そして、その形を操る人間の日々の行為。僕はそのことにすごく関心がある。それは僕がデザインなんてものにずっとこだわっている理由とも関係しているのだろうと思います。
このことはまたあとで書くとして、まず、この本の内容に触れておくことにします。

「漢字百話/白川静」の続き
posted by HIROKI tanahashi at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする