2017年12月10日

シェイクスピアの生ける芸術/ロザリー・L・コリー

人はどれだけ自分自身で考え、行動しているのか。
僕はそんなことを時折思い出したかのように、繰り返し考えている。
ある意味では、その問いを発し続けることが、僕の人生の1つの大きなテーマであるようにさえ思う。

シェイクスピアの生ける芸術


でも、その問いはもうすこし正確にいうと、こうなる。
「人の考えや行動に影響を与えているものはどんなものなのか、それはいつから、そのように影響しはじめたのか?」と。

つまり、僕は人が自分で考え、自分で行動することなど端からないと思っているわけだ。僕の関心はむしろ、僕らは何によって考えさせられ、動かされているのか?ということになる。

だから、この『シェイクスピアの生ける芸術』という本の冒頭近くで、著者のロザリー・L・コリーがシェイクスピアのやったことについて、こう問いかけるのを読んだだけで、この本がすごく面白い本だと直観できた。
シェイクスピアにとって「アカデミック」とは、その濫用された語の二通りの意味において、何であったのだろう……すなわち、彼にとって、何が単純で、容易で、自然であり、何が研究や学識を要するものであると感じられたのだろう。諸事、アートのなかに封じられると、慣習のかたちをとって「静」と化し、我々が思いを巡らす相手とされる。だが、アートが静を破って、アートがなすはずの、そして現になすようなありとあらゆる仕方で、「生ける」かのように見え、我々を「ゆさぶる」ように見えるとき、もっとみのり豊かではあるが、もっと困難な道のりが始まる。

人は自分で考え、行動する生き物ではないと仮定した際、"単純で、容易で、自然で"あると感じられることほど、何かに気づかないうちに動かされている状態というのもないと思う。"慣習のかたちをとって「静」"となった状態ほど、人が紋切り型を型通りに演じさせられている状態はない。



そして、やっかいなことに"単純で、容易で、自然"と感じられるような「静」の状態にのみ慣れてしまうと、そこから自らの力で脱けだすことさえできなくなってしまう。
そう、カウンター型でさえ、自分自身の思考や行動ができなくなってしまうのだ。
「生ける」状態に自分自身を戻すためには、「静」を破るゆさぶりが必要になる。

そう思うからこそ、コリーの本書にかけた、こんな狙いが頼もしく感じられるのだ。
本書で私は現代で言う最悪の意味において「アカデミック」としか見えないものを、蘇らせようと、いやともかく改めて生き直してみようと試みた。技と文化をつうじて作家に継承されるそれら静かな形式もろもろを、それによって芸術家が生き、それゆえ芸術また生きる形式もろもろを、ということである。

「静」をゆさぶる達人シェイクスピアが果たして、どのようにアート=技を捉え、その技そのものにどうゆさぶりをかければ、死んだように静的な日常が、苦しくも生きがいのある動的な状態になると考えたのか?

というわけで、もうすこし、本書を紹介しながら、このことについて考えてみたい。

「シェイクスピアの生ける芸術/ロザリー・L・コリー」の続き
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2017年11月29日

「いき」の構造/九鬼周造

訳あって九鬼周造の『「いき」の構造』を読み返した。

本というものは面白いもので、どんなタイミングで読むかによって印象が大きく変わる。
今回はひとつ前で紹介したジョルジュ・バタイユの『エロティシズムの歴史』『内的体験』、あるいは、シェイクスピアの『オセロー』『アントニーとクレオパトラ』などを読んだばかりだったこともあって、ヨーロッパと日本における恋愛観や性の問題の捉え方、あるいは、自然観(人工観)の違いについて考えることができたように思う。

P


この本のテーマは、江戸期に生まれた日本人の美意識である「いき(意気)」であり、著者はそれを日本独特の美意識として捉え、哲学的な分析を行っている。
結論からいえば、著者は「いき」をこう定義している。
運命によって「諦め」を得た「媚態」が「意気地」の自由に生きるのが「いき」である。

ようは男女の間(まあ、人によっては同性間のこともある)での「媚態」に関するひとつの姿勢に関する美意識が「いき」だというわけだ。つまり、エロティシズムに関するものといってよい。

これまた、結論からいえば、上の引用で「諦め」とあるように、このエロティシズムは結局、男女間の交わりという観点からいえば、すんでのところで目的を果たさずに足踏みをする。目的を果たすのは、むしろ、いきとは反対の野暮であるという美意識だ。
ひとつ前の「エロティシズムの歴史:呪われた部分 普遍経済論の試み 第2巻/ジョルジュ・バタイユ」で紹介したように、バタイユはエロティシズムを獣的な性行為の禁止がエロティシズムを誘発する条件であると考えたが、性行為そのものから距離を置く点では、九鬼が分析した日本における「いき」と、バタイユが分析した「エロティシズム」には共通点がある。

けれど、似たことろはあっても、やはり九鬼がいうように「いき」はエロティシズムとは異なる日本独特の美意識であるように思う。

「」の続き
ラベル:いき 諸行無常
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2017年11月19日

エロティシズムの歴史:呪われた部分 普遍経済論の試み 第2巻/ジョルジュ・バタイユ

以前に紹介した本、『形象の力』の冒頭、エルネスト・グラッシはこんな謎めいた言葉を綴っている。
人間であるぼくは火によって原生林の不気味さを破壊し、人間の場所を作り出すが、それは人間の実現した超越を享け合うゆえに、根源的に神聖な場所となる。これをぼくに許したのは、自然自身であり、ぼくは精神の、知の奇蹟の前に佇んでいるのだ。自然がぼくを欺瞞的に釈放し、ぼくは自然から身を遠ざけ、ぼくは想像もできない距離を闊歩し、歴史がぼくを介して自然を突っ切り始め、ふいにぼくは気がつくのである、目に見えないほどの一本の糸でいかに自然がぼくをつないでいることか。
エルネスト・グラッシ『形象の力』

ここで綴られていることは、今回、紹介する『エロティシズムの歴史』でジョルジュ・バタイユが「人間とは、自然を否定する動物である」というのと同じだ。

エロティシズムの歴史


しかし、人間がどんなに自然を否定しようと、グラッシも気づいているように「目に見えないほどの一本の糸でいかに自然がぼくをつないでいる」。
そして、人間が一度は切り捨て、闇に葬り去ったはずの、自然との紐帯が何度も人間のもとに闇のなかから回帰してくるからこそ、本書の主題であるエロティシズムも成立する。

エロティシズムとは一言でいえば、自然あるいは獣性と見えないほどの糸でつながっていることに気づいた人間の拒絶と欲望の入り混じった両義的な有り様だといえるだろう。
「エロティシズムの歴史:呪われた部分 普遍経済論の試み 第2巻/ジョルジュ・バタイユ」の続き
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2017年10月21日

グーテンベルクの銀河系/マーシャル・マクルーハン

最近、ちょっと調子が悪い。いや、体調ではない。
頭のなかをすっきりさせておくことがむずかしいと感じるのだ。
「保守的なものへの対処法」。
それがここ最近ずっと頭を悩ませてる問題だと思う。
この週末直前、その悩みは結構マックスになってて苦しくなってきてストレスフルなので、何かにすがりつこうと思って、思いついたのがマクルーハンの『グーテンベルクの銀河系』

グーテンベルクの銀河系


有名な『メディア論』が書かれたのが1964年。その2年前の1962年に書かれたのが、この『グーテンベルクの銀河系』だが、僕は整理されすぎた『メディア論』より、タイトル通りの銀河のように様々なキラキラしたテキストがパッチワークされたこっちのほうが断然好き。

もう何年前に読んだかわからないくらい、読んでから時間が経ってると思って調べてみると、マクルーハン生誕100周年の2011年に読んだようだ。つまり6年くらい前に読んだ本について、いまさらながら、この本の書評を書くことで、保守的なものにいかに対処すればよいかを言葉にしたいと思って、あらためて手にとってみた。

そしたら、その序章のはじめにこんな一文を発見。
エリザベス朝のひとびとは、中世的な共同体的経験と近代的な個人主義との間で、からくも平衡をとりながら生活していた。他方、われわれ現代人は、個人主義が時代遅れのものとなり、共同体的相互依存こそ不可欠なものに思われる電気テクノロジーに遭遇しているのであり、われわれが対面している状況の型はエリザベス朝人のそれとはまさに逆の関係にある。
マーシャル・マクルーハン『グーテンベルクの銀河系』

マクルーハンがこの本を書いた当時の50年以上前、時代は16世紀後半から17世紀初頭のエリザベス朝期の変化とまさに逆の方向への変化を遂げようとしていた。

エリザベス朝の時代というのは、いわゆるイギリス・ルネサンス期であって、フランシス・ベーコンやシェイクスピアが生きた時代である。いまだ1660年に設立される数学者・科学者たちの集団である王立協会=ロイヤル・ソサエティーは生まれていないが、そうした自然科学の隆盛がはじまる前夜ではあった。その意味で、近代的な個人主義に向かう流れは残りつつも、いまだ中世的な共同体的経験は街で生きる人々の生活には色濃く残っていたわけで、そのあたりの中世と近代が混淆する様を描いたのがシェイクスピアだったといえる(「シェイクスピア・カーニヴァル/ヤン・コット」参照)。

その逆の変化が生じ始めていたのがマクルーハンが生きた1960年代というわけだ。個人主義からふたたび共同体的経験へとシフトしていく流れのなかに、インターネットの誕生から創出という時代の流れはある。
けれど、当時、こうした明らかな時代の変化を受け入れた人もいれば、保守的に変化を拒んで個人主義にすがりつく人もいただろう。

そんな人への強烈なパンチとして放たれたこの本は、しかし、実は保守的であることも進歩的であることも、相対的であり、むしろ、ふたつの状態をパラレルに思考することの必要性を示したものだったと思う。
そんな一冊として認識している『グーテンベルクの銀河系』だからこそ、いまあらためて、この本の書評に取り掛かってみようと思ったのだ。

「」の続き
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2017年10月10日

青い花/ノヴァーリス

世界は夢。夢は世界。
世界は夢となり、夢はまた世界と変じ、
とうに起こったはずのものが、
今かなたからやってくる。
想像がはじめて自在にはばたき、
思うがままに糸を織り、
ここかしこヴェールをかけ帳を掲げ、
やがで魔法のもやに消えうせる。
ノヴァーリス『青い花』

18世紀末ドイツの初期ロマン主義の詩人ノヴァーリスによる未完の小説『青い花』
先に読んだ『サイスの弟子たち』がとても気にいって、ノヴァーリスのことに夢中になり、この『青い花』を手に取ったのはおとといのこと。
ひさしぶりに本を読んで、気持ちが落ち着かない状態にさせられたのだが、そういう意味でとても魅力に満ちた一冊だ。未完なのが、なんとも惜しいが、未完でもなお読む価値がある。

『青い花』は、原題を『ハインリヒ・フォン・オフターディンゲン』といい、主人公の名をそのままタイトルにした作品だが、引用した作品中の詩の一節同様に、どこまでが主人公が生きる現実なのか、どこからが他の登場人物が語る物語のなか、あるいは、夢の世界の話なのかが読んでいてわからなくなる作品だ。



しかし、この夢を詩と置き換えて、「世界は詩となり、詩はまた世界と変じ」と読み替えると、この作品における詩というもの、あるいは詩人というものの役割、ノヴァーリスが詩や詩人というものをどう見ているかが感じとれるようになる。
詩人が自分で奇跡におどろいているようでは、とても奇跡を行なうことはできない。
ノヴァーリス『青い花』

と語るのは、ハインリヒが母に連れられて辿り着いた母の故郷であるアウクスブルクで出会った詩の師となるクリングゾールで、ここではあらかじめ「詩人は奇跡を行う者」ということが前提とされている。

なるほど、この作品(小説?)の中では、詩人がうたった詩の内容がそのまま現実になるシーンが何度となく描かれる。
例えば、旅の道連れの商人が語るアトランティスの物語では、王女との結婚の許しを請う若者のうたがその後の父王の許しに即座につながるように。

「青い花/ノヴァーリス」の続き
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2017年10月02日

オルフェウスの声/エリザベス・シューエル

先日、金沢工業大学で、アイザック・ニュートンの『プリンキピア』を題材にした「ニュートンは何を考え、何を語ったか」という講義を受講してきた。同学での公開講座「原著から本質を学ぶ科学講座」の第1回目という位置付けで、実際に同学のライブラリーには、2億円の価値があるという『プリンキピア』の初版本が蔵書されており、その実物も見学できた。


金沢工業大学のライブラリーに所蔵されている『プリンキピア』の2冊の異なる初版本


『プリンキピア』の初版が発行されたのは1687年だが、1642年生まれのニュートンは、すでに1665年には『プリンキピア』で論じられている運動の3法則および万有引力の法則を発見していたと言われている。
『プリンキピア』とは、いわば略称で、ラテン語原典のタイトルは”Philosophiæ Naturalis Principia Mathematica”、日本語では「自然哲学の数学的諸原理」と訳されることが多い。

だが、数学的諸原理というタイトルの印象とは異なり、この書にはいわゆる数式はほとんど登場しない(と、講義を担当してくれた山口敦史教授が教えてくれた)。当時はまだ幾何学こそが正統な数学であり、代数はまだ発展途上のものと考えられていたからだという。
たしかに、近代的な代数的記法を導入したことで知られる、ルネ・デカルトの『幾何学 (La Géométrie)』は1637年の出版だ。ニュートンの同時代の数学者で、ニュートンとは微積分の方法をたがいに独立して同時に発見したことで知られるライプニッツも行列式を考案したり、積分記号の記法の発明などをしているのだから、たしかにそうした記述による数学的思考そのものがまだ一般的ではなかったのだろう。


ラテン語で書かれた『プリンキピア』の多くのページはこのように文字中心で記述。
時に幾何学的な図による説明が入る。


だから、ニュートンは『プリンキピア』全編にわたって、ほとんど数式を用いず、幾何学的な図だけを時には用いながら、言葉による証明を行っている。
山口教授はこの本を「とても読みにくい」と評していて「これでもか、これでもかと、証明&説明」が行なわれていると教えてくれたが、これもきっと代数的に数式を普通に用いる思考ではなく、幾何学的なボリューム感をもって触覚的な数を相手にする思考であったからだろう。
マクルーハンは『メディア論』の中で「文字がわれわれのもっとも中性的で客観的な意味を拡張し分離したものであるように、数字はわれわれのもっとも親密で相関的な活動、つまり、触感を拡張し分離したものである」と書いているが、この数字のもつ触感的なものが代理によって消されることのない代数以前の数学である幾何学的思考においては、親密で相関的なものがまとわりつくがゆえに、代数的な思考のようなすっきりとした証明&説明とは異なる煩わしさがあるのではないかと思う。

「オルフェウスの声/エリザベス・シューエル」の続き
ラベル:
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2017年07月18日

変身物語/オウィディウス

「創造」とか「イノベーション」という言葉より、「生成」という言葉のほうが、何かが新しく生みだされる様をその背後のしくみまで匂わせるという観点からはしっくりくる。
ようは前者の人為的なクリエイションがなんとなく陳腐に感じてしまい、後者の自然が何かを生みだす力のほうにより大きなクリエイティビティを感じてしまうのだ。実際、どんなに人工的なものでも、創作の根本には自然の影響がある。創造性を発揮する人間の思考そのものさえも。

もちろん、人為的なクリエイションを否定するつもりなどは毛頭ない。
ただ、人為的なクリエイションを考える際、今後はこれまで以上に、自然の創造力を人為的なクリエイションにどう活かせるか(あるいは、どう影響を受けているか)ということを視野に入れていくとよいのだろうと感じる。
世の中で、アート&サイエンスあるいはデザイン&サイエンスの融合などと言われているのは、そういう面も含めてのことであろう。

変身物語


そのような意味において、いまから2000年も前に書かれたオウィディウスの『変身物語』は、今回読んでみてあらためて、アート&サイエンス的なクリエイションを代表するような作品だと思った。

変身は生成である。
変身は、自然の力による創造でもあり、イノベーションでもあるだろう。いやいや、人間もまた自然の一部であるのだから、殊更、自然と人工を分けて考えるのはいまどきナンセンスだ。だから、わざわざ「自然の力による」などとことわる必要などない。自然と人工のもつれをあらためて認識することこそ、現在のトレンドだ。

そう。そのような観点において、ほとんどまだ存在を知られていない微生物が実は人間の身体においても精神においても多大な影響を与えていることか判明してきたり、遺伝子情報の取り扱いコストが劇的に下がったことでそれを情報メディアとして扱うことも含め、比較的誰でもやる気になればハッキングすることが可能になったりなど、バイオ=生物学的な観点でさまざまな創造性が見直されようとしている現代の状況において、『変身物語』の変身・生成に対する視点は、とても示唆的だと感じるのだ。

その意味で、オウィディウスの『変身物語』は、いまこそ『創造物語』であり『イノベーション物語』として読み直す価値のある作品だと感じた。

「変身物語/オウィディウス」の続き
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2017年04月04日

とめどなく笑う―イタリア・ルネサンス美術における機知と滑稽/ポール・バロルスキー

「ヴィッラの庭園には、ユーモラスな彫刻や、お人好しの訪問客を冗談にずぶ濡れにする剽軽な隠し噴水や、ユーモア満点に彫刻や絵画を詰めこんだ奇矯でウィット満点の人工洞窟があった」。

これが『とめどなく笑う―イタリア・ルネサンス美術における機知と滑稽』で著者のポール・バロルスキーが描くルネサンス文化のイメージだ。




ユーモラス、冗談、剽軽、奇矯、ウィット……。
ルネサンスと聞いて、すぐさまこれらの印象を思い浮かべる人がどれだけいるだろうか。
それくらい、バロルスキーが教えてくれるルネサンスのイメージは、通常のルネサンス像とは距離があるように思う。そして、この距離感こそが僕の興味をひいたものの正体だ。僕は違和感に興味をひかれる。

「この剽軽精神のすべてを一点に凝集した感のあるのが、シエナの裕福な銀行家アゴスティーノ・キージのヴィッラである」と、バロルスキーは続けている。

ここでいうアゴスティーノ・キージのヴィッラは、ローマにある「ヴィッラ・ファルネジーナ」だろう。
その邸宅には、ラファエッロ・サンティが「ガラテアの勝利」を描いた「ガラテアの間」や、建物そのものの設計も担ったバルダッサーレ・ペルッツィによる遠近法を使っただまし絵のみられる「遠近法の間」など、ウィットに富んだ数々の作品が描かれている。

僕が興味をそそられるのは、バロルスキーが続けて書く、こんな「キージの剽軽趣味」があまりに僕らの感覚とはかけ離れているからだ。
キージの剽軽趣味はたとえば、宴会で会食の1コースが終わるたびに、使われた金と銀の皿をテヴェレ河に放り投げさせて客を仰天させたという逸話によく表されている。
ポール・バロルスキー『とめどなく笑う―イタリア・ルネサンス美術における機知と滑稽』

一皿食べ終われば使っていた高価な食器を放り投げて捨てる。浪費この上ない、無意味な行為だが、これがルネサンスの時代の剽軽な振る舞いだとすれば、この笑いに対する圧倒的な違いはなんなのだろう?

そう不思議に思わずにはいられない。

「とめどなく笑う―イタリア・ルネサンス美術における機知と滑稽/ポール・バロルスキー」の続き
ラベル:ルネサンス
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2017年03月07日

形象の力/エルネスト・グラッシ

何年かに一度、世界の見方を教えてくれる本に出会う。

6、7年前に読んだマクルーハンの一連の著作がそうだったし、バタイユの『エロティシズム』もそうだ。ユルジス・バルトルシャイティスの『アナモルフォーズ』やバーバラ・M・スタフォードの『ボディ・クリティシズム』などもそんな本である。

そして、このエルネスト・グラッシの『形象の力』もそんな本の集団に新たに仲間入りした一冊だ。



はじめのほうに出てくる「人間は〈世界未決〉である」という指摘がまず、しっくり来た。

「自分の環境に生きる」動物に対して、人間は「世界を持たない」。
だから、人間は自分が生きる世界とともに「自らを〈形成〉しなければならない」のだと、グラッシはいう。
世界を人工的に意味付けることで、自らが何者かも意味付けることができる。生きる環境と生きる自分自身を同時につくりあげることが人間には求められるということだ。

ギリシア神話で、自らがつくった迷宮にとじこめられた天才発明家ダイダロスを想う。
ダイダロスは蝋でつくった羽根をつけ、その迷宮から脱出することができたが、代償として自らの息子イカロスを失った。その意味で、抜けだした世界は、とじこめられる前にいた世界とは違っていた。
人工的な世界を形成し、それとは別の人工的世界を描くことでもうひとつの閉じ込められた世界から抜け出す。けれど、抜けだして向かった世界もまた別の意味で自ら作りだした迷宮でしかない。

ダイダロスを自分たちの祖先であると考えたマニエリストたちの綺想や驚異を愛する表現行為をヨーロッパ精神史における常数として見出した『迷宮としての世界』のグスタフ・ルネ・ホッケ。その才能を世に出したのが、このグラッシだという。
この『形象の力』を読むと、そのことに納得せざるをえない。
芸術とは、自然的、経験的、日常的な現象を世界突破する試みであり、その〈背後〉にある根源的なものを暴き出す試みであると。(中略)動物と比較してみたときの人間の〈未決〉状況は、芸術という現象が発生可能となるためにはどのように構成されるのか?
エルネスト・グラッシ『形象の力』

自らつくった人工の世界に自らを閉じ込める人間。けれど、その人工の世界の背後にある自然を人間に垣間見せるのもまた人工の術である芸術である。
ある世界から別の世界への入り口を切り裂いてみせるのが芸術。リフレーミングの術であろう。
そして、それこそが形象の力。未決から既決への移行のきっかけ、あるいは、痕跡としての形象。

この形象の力に気づかせてくれた点に、本書のすごさはある。

「形象の力/エルネスト・グラッシ」の続き
ラベル:驚異 哲学
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2017年02月24日

シェイクスピア・カーニヴァル/ヤン・コット

何回かぶりの書評記事。
とりあげるのは、ヤン・コットの『シェイクスピア・カーニヴァル』
でも、本の紹介にはいる前にすこし寄り道をしたい。



キリスト教の祝祭が、それまで様々な地域にあった異教の祝祭を吸収・統合しながら成立したことはよく知られている。
たとえば、代表的な祝祭でキリストの生誕祭とされるクリスマスも、古代ローマの祭で、12月17日から23日までの期間に開催されていたサートゥルナーリア祭(農神祭)が元になったと言われている。

この祭、社会的身分制度が覆されることを特徴にしていた。
期間中、奴隷は自由に振る舞い、主人より先に食事をすることが許され、人々はプレゼントを贈りあい、大いに飲んで食べて騒ぐことが許された。マルセル・モースが『贈与論』で語るような贈与性の名残も感じられる祭である。
「シェイクスピア・カーニヴァル/ヤン・コット」の続き
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2017年01月23日

秘密の動物誌/ジョアン・フォンクベルタ&ペレ・フォルミゲーラ

「存在する」とはどういうことを指すのだろう?
何が確かに存在していて、何が存在していないと言えるのか?

神は存在するのか? 幽霊は? 宇宙人は? ドラえもんは? 聖徳太子は?
ネッシーは? つちのこは? 龍は? 一角獣は? ピカチューは?
知っているけど、存在しているか(いたか)、よくわからないものはたくさんある。
では、どんな証拠があれば、それらは存在している(いた)と言えるのか。



16世紀のボローニャの博物学者ウリッセ・アルドロヴァンディは、植物・動物の膨大な標本を残し、それらの標本を整理、分類した博物学の書物を複数書いている。医学博士でもあったアルドロヴァンディは、イタリア各地を植物の採集にまわり、集めた植物を育てる植物園も作っている。科学という言葉はまだなく、大まかに博物学という言葉でまとめられてた。
その弟子が、アルドロヴァンディの残した多量の図譜を元に編んだ『怪物誌』という本がある。そこには下の図版の人面鳥をはじめとする奇妙な生き物たちが描かれている。



それらがすべて怪物かというとそうではなく、海の象だとか、海の司祭などの形で描かれたセイウチも含まれる。ようするに、この『怪物誌』に描かれた怪物らしく描かれたとても居そうにない生物たちが本当に存在しないか、セイウチのように実は存在しているかはよくわからない。
科学や技術が発達して、いろんなものがわかってきたつもりでも、まだまだ存在するかしないか、わからないものは残っているはずだ。

そんなウリッセ・アルドロヴァンディの博物学、いやいや、もっと古いギリシアの時代のアリストテレスの『動物誌』やローマのプリニウスの『博物誌』に連なる動物学の歴史に連なるのが本書『秘密の動物誌』である。

「秘密の動物誌/ジョアン・フォンクベルタ&ペレ・フォルミゲーラ」の続き
ラベル:写真 蒐集 博物誌
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2017年01月20日

アナモルフォーズ/ユルジス・バルトルシャイティス

1637年、ルネ・デカルトは公刊した『方法序説』で自身の機械論的世界観の一部をおそるおそる明らかにしている。その著作では「思考をもたず、言葉をもたない動物は機械にすぎない」という動物機械説を含む、デカルトの機械論的な世界観が展開されている。



デカルトは、有機体の肉体を自動機械としてみることで、こう説明している。
動物一個体の肉体中にあまた蝟集(いしゅう)し輻輳(ふくそう)するところの骨、筋肉、神経、動脈、静脈その他悉皆の部分に比べるとほんの僅かと言わるべき数の部分品を用いて、人間の匠みがいかに多種多様なオートマータ即ち自動機械をつくり上げることができるものかを弁(わきま)え知り、この肉体をしも一個の機械とみなしているような人々の目には、このことは全然奇異には映るまい。
ルネ・デカルト『方法序説』

このデカルトの機械論的発想は、人間の身体にも及ぶ。ただし、人間は世界を機械的に感知する。ただ、それは世界をそのまま見るのではなく、すこしズレたイリュージョンとして見るのだとデカルトは考えた。

そんなデカルトが懇意にしていたミニモ会士でプラトン主義者であったマラン・メルセンヌ師を介して、同じミニモ会修道士でメルセンヌの弟子であり、数学者であったジャン=フランソワ・ニスロンにもこの機械論は共有されていた。
そのニスロンの1638年の著作に『奇妙な遠近法』がある。デカルトの『方法序説』の翌年の公刊であり、1646年のラテン語版は『光学魔術』と改題されている。副題は「奇妙な遠近法、或いは驚異の効果の人工魔術」である。ニスロンはこの魔術の効果を「人間の芸術と巧智が到達しうる最も美しく、最も素晴らしいもの」と讃える。
ニスロンはその論のなかでデカルト同様に「自動機械(オートマータ)」に触れている。「自然がうんだものででもあるかのように口をきくアルベルトゥス・マグヌス作の青銅頭像、学あるポエティウスの玄妙至極のわざは青銅の蛇にしゅうしゅう啼かせ、青銅の小鳥にさえずらせた」と自動機械への関心を示す。

そのニスロンの関心の中心にあるのが、自動機械としての遠近法であった、というのが、今回紹介する『アナモルフォーズ』の著者ユルジス・バルトルシャイティスである。
機功を匿(かく)した精密機械の一種として、事物を遠ざけたり近づけたり形態をイリュージョンの宇宙の中で生き生きと動かしてみせたりする遠近法も、同じような範疇に属するべきものであった。
ユルジス・バルトルシャイティス『アナモルフォーズ』

ここでデカルトの話に戻る。

デカルトが『方法序説』で自身の機械論的世界観を主張する際、「おそるおそる」だったのは、1633年にガリレオ・ガリレイが異端審問を受けていたからだ。それをきっかけにデカルトは予定していた『世界論』の公刊を断念した。その一部をあらためて略述したのが『方法序説』であり、問題になりそうな地動説に関する論考は控え、『屈折光学』『気象学』『幾何学』などを選んで附している。
その俗に『方法序説』と呼ばれるデカルトの著書の原題は『みずからの理性を正しく導き、もろもろの学問において真理を探究するための方法についての序説およびこの方法の試論』である。つまり「序説」および「方法の試論」の2つからなる。この後者の「方法の試論」にあたるものに含まれるのが『屈折光学』『気象学』『幾何学』であり、その『屈折光学』で展開されるのはニスロンが『奇妙な遠近法』で記したのと同様、遠近法とその光学魔術的側面なのである。デカルトはそこに「見かけのウソ」をみた。彼の懐疑論の根幹の1つがここにあるといって良い。

では、デカルトが17世紀の半ばにみた「見かけのウソ」とはいったい何だったのだろう?
それこそが本書『アナモルフォーズ』がテーマとする、ゆがんだ画像を円筒などに投影したり角度を変えてみたりすることで正常な形が見えるようになる、遠近法の応用としての視覚表現技法である。

「アナモルフォーズ/ユルジス・バルトルシャイティス」の続き
ラベル:デカルト
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2017年01月18日

観察者の系譜/ジョナサン・クレーリー

なぜ20世紀のはじめに突如として抽象画が生まれたのか?
画家たちはなぜ急に、ずっと続いた自然の模倣をやめたのか?

あるいは、その予兆として、19世紀の終わりに印象派が、15世紀以来続いていた遠近法的な視点を放棄したのは何かきっかけがあったのか? よく言われるように、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーが印象派を30年も先取りした絵を1840年代には描き始めていたとしたら、何がターナーにそうさせたのか?



なんと、そのきっかけがゲーテが1810年に出した『色彩論』だったというのが、本書『観察者の系譜』の著者ジョナサン・クレーリーである。

クレーリーは、ヨーロッパにおいて「観察者」というものが大きく変化したのが1820年からせいぜい1830年頃にかけてだと言っている。いや、正確には「観察者」の立ち位置が変化したというよりも、その頃にはじめて「観察者」という概念が生まれたのだとクレーリーは言う。

ゲーテは『色彩論』の「まえがき」で「色彩は光の行為である。行為であり、受苦である」と書いている。
これこそ、視覚という概念の大きな転換であり、「観察者」を生みだしたゲーテの発見である。クレーリーが本書で言っているのは、まあ、そういうことだ。

行為としての色彩。
つまり、このとき、はじめてデカルトやニュートン以来ずっと機械的なものと考えられていた視覚が生理学的なものに変わったのだ。いや、より正確に言うなら、そのとき、はじめて「生理学」的なる考えが生まれたのだとクレーリーは指摘している。

機械的な視覚から、生理学的な視覚へ。
それがどういう意味をもつのか? どんな変化をもたらしたのか? それが本書『観察者の系譜』が論じている点である。

「観察者の系譜/ジョナサン・クレーリー」の続き
ラベル:ゲーテ 生理学
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2017年01月17日

鉄道旅行の歴史/ヴォルフガング・シヴェルブシュ

この本を読んで人間が生きる環境の変化はこれほどまでのものかとあらためて驚いた。
鉄道以前と以降で、これほどまで人間の生きる環境が大きく変化したなんて。



もちろん産業革命を経て人間の暮らす世界が大きく変化したであろうことはわかっていたし、同じような話は読んだこともある。けれど、こう「鉄道旅行」というキーワードに絞り込んだとき、あらためて変化の度合いは大きく、またリアルに感じられた。

例えば、すでに記事にも書いた標準時のこと
いまでこそ当たり前に使われている世界の標準時というシステム自体が100数十年前のイギリスの鉄道の普及の歴史とともに生まれ、世界的なしくみとなったもので、それ以前は街ごとにその街の時計台の時間を街の標準時として使っていて、時間は街それぞれで固有の時間を持っていたことなんて、この本ではじめて知った。

あるいは、鉄道馬車という言葉は聞いたことあったし、それが蒸気機関車が走り始めるすこし前まで使われていた鉄のレールを走る馬車であることはわかっていても、そのレールの上を走るのが自家用の馬車であり、それゆえにとうぜん起こるべき問題として同一線路上のすれ違いも、鉄道から通常の道路へと馬車を移す際の手間などで途端に交通に支障をきたすということが現実に起こっていたなんて知らなかった。

「鉄道はあまりに新奇なものであっただけに、一般交通機関としての鉄道の利用を喧伝する人たちさえも、初めは誤解していた」と、この『鉄道旅行の歴史』の著者ヴォルフガング・シヴェルブシュは書くが、「一大機関のように働く鉄道は、その部分が相互に密接に結びあい、その運行には最低限の統一が要求される」ものであり、「独立自営の何人もの代理人によって運営できるものではない」ことも気づかないほどに、人工的な乗り物といえば、一般路を走る自家用の馬車しかなかった時代の人たちが「統一ある管理と調和のとれた運行を必要とする」鉄道の運営というものに思いいたらないということが、僕自身、思いいたらず、自家用鉄道馬車がいろいろ問題を抱えつつ走っていたということに驚いた。

まったく、なんて僕らは過去の生活環境に無知なんだろう。
鉄道馬車の当時の人が、統一ある管理と調和のとれた運行を必要とする鉄道運営に思い当たらなかったのと同じくらい、僕らは標準時のない環境、馬車しか交通手段のない環境のことをイメージできないのだ。僕らが普通にしている数駅離れた会社に時間通りに通うということも、その当時はありえなかったということを想像できないくらい、僕らは現代の枠組みに囚われてしまっている。そんな想像力の監獄のなかで、どうして自分たちの環境を変えるような発想ができるのか?

この本を読んで、そう思った。
この本を紹介することで、みなさんにもすこしでも、その感覚は共有できるだろうか?

「鉄道旅行の歴史/ヴォルフガング・シヴェルブシュ」の続き
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2017年01月14日

シンボルの修辞学/エトガー・ヴィント

ダニエル・アラスの『モナリザの秘密』書評)に続いて、同じ美術史家である エトガー・ヴィントの『シンボルの修辞学』を読んだ。



アラスの本がラジオ番組を元にして作られたこともあって非常に読みやすかったのに比べると、こちらの方がすこしむずかしくはあった。アラスが1944年生まれで2003年に亡くなっているのに対し、ヴィントはもうすこし前の時代の人で1900年にドイツで生まれ、1971年イギリス・ロンドンで亡くなっているということで、より時代背景的に身近なアラスのほうが共感しやすいというのもあるだろう。
でも、むずかしくはあるが、理解できないような本ではないし、ちゃんと読めばすごく面白くて、僕の関心ごとにどんぴしゃな本だった。僕がどれだけこの本を読んだのをきっかけに考えさせられたかは、すでに「プラトンにとって、芸術は一種の魔術だった」という記事でも紹介している。

「シンボルの修辞学/エトガー・ヴィント」の続き
ラベル:美術史
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2017年01月06日

モナリザの秘密/ダニエル・アラス

さて、2017年。今年はできるだけ小出しに自分が考えたことを外に向けて言葉で表現していく年にしようと思う。

というわけで、手はじめに年末年始にかけて読んだ、ダニエル・アラスの『モナリザの秘密』という本を紹介したい。



ダニエル・アラスはイタリア・ルネサンスを専門とするフランスの美術史家。惜しくも2003年に59歳で亡くなっている。この本が僕にとっては最初のアラス体験だったが、読んでみて、すでに亡くなっていることを惜しいと感じた。そのくらい、僕にとっては、このアラスという人の考え方は興味深く好感をもてた。

さて、そんな感想をもったこの本は、そのダラスが死の数ヶ月前まで担当していたラジオ番組が元になっている一冊だ。ダラスは不治の病を悟って、この番組を担当することにしたそうだ。
講演集や対談集などもそうだが、しゃべったものを文字にした文章というのは比較的読みやすいものが多いと思う。この一冊もまさにそう。平易な言葉選びと、それほど複雑でない論理構造が、理解をしやすくさせていると感じる。
また、ラジオ番組という時間の枠が決まった中で1つの話をはじめ、完結させる必要があることもあり、25の章ひとつひとつがとてもわかりやすい流れではじまり、まとまっていく。そんな25の小分けの話がたがいにつながったり、つながらなかったりしながら、展開されていく構成は、読む側も肩肘張らずに気軽に読める感じがまた良い。
もちろん、そんな読みやすさを抜きにしても、僕にとってはアラスの思考自体がとても面白かったので、読み始めてすぐにこの本を気に入った。

「モナリザの秘密/ダニエル・アラス」の続き
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2015年12月31日

2015年に読んで面白かった視覚表現史に関する7冊の本

さて、2015年も今日で終わり。
最後に、今年読んだ本をいくつか紹介しておきたい。
特に、今年は「視覚表現史」とか「視覚表現の変遷を通じた思考の歴史」とでも呼べそうな本を集中的に読んだので、その中から面白かった7冊を紹介しておきたい。

紹介するのは、この7冊。



  1. 高山宏『アリス狩り』
  2. バーバラ・M・スタフォード『ボディ・クリティシズム』
  3. ユルジス・バルトルシャイティス『アナモルフォーズ』
  4. ピーター・コンラッド『ヴィクトリア朝の宝部屋』
  5. サイモン・シャーマ『レンブラントの目』
  6. マリオ・プラーツ『肉体と死と悪魔』
  7. ポーラ・フィンドレン『自然の占有』

では、1冊ずつ順を追って紹介。

「2015年に読んで面白かった視覚表現史に関する7冊の本」の続き
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2015年11月07日

肉体と死と悪魔―ロマンティック・アゴニー/マリオ・プラーツ

すこし前に19世紀への興味について書きました。



19世紀というと、20世紀生まれの僕からすると、そんなに遠く感じない時代かなと思う一方で、デザインの文脈でいえば、アール・デコやバウハウス的なモダンデザインが登場する前、せいぜいアール・ヌーヴォーが19世紀の末に登場したくらいの時期であり、社会の見た目はいまとは大きく違ってもいた時代だったはずです。

特に、ヨーロッパの都市は衛生状態が劣悪で、貧困層を中心に多くの死者や病人を出すことが18世紀以来続いていました。ようやくパリで、1853年から1870年まで17年にわたって知事を務めたジョルジュ・オスマンによる大改造が行われ、都市環境が改善されはじめたのが19世紀の半ば。実際、このあと紹介していくように、18世紀から19世紀の前半にかけては、パリなどの都市部ではペストや天然痘、ハンセン病などの感染症が流行し、それがロマン主義文学や恐怖小説などの登場にすくなからず影響しています。

いま僕自身の関心は時代をすこし遡って18世紀に移っているのですが、この感染症の流行などもそのひとつであるように18世紀について知ることで、あらためて19世紀が見えてきた部分もあるので、そのあたりもふまえてすこし自分の整理のためにひさしぶりにブログを書いてみたいなと思います。

ということで、19世紀について何のとっかかりもなく書くのもむずかしいので、19世紀について知るために読んだ本のなかから1冊、マリオ・プラーツの『肉体と死と悪魔―ロマンティック・アゴニー』を紹介しつつ、話を進めていこうと思います。

「肉体と死と悪魔―ロマンティック・アゴニー/マリオ・プラーツ」の続き
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2015年08月24日

本を読むときに何が起きているのか/ピーター・メンデルサンド

僕らはごく普通に「あの本はわかりやすい、この本はわかりにくい」などと言ったりします。
でも、そもそも「本がわかる」というのはどういうことなんでしょうか?



作者の綴る言葉から何がわかればわかったと感じ、わからない場合はどういう意味でわからないと感じるのでしょう。作者の言うことがそもそもわからないのか、何を言っているかはわかっても、だから何なのか?がわからないのか。
そして、わかりやすさやわかりにくさは、そもそも、それぞれの本がもつ特性なのでしょうか?

ある本は、ある人にはわかりやすく、また別の人にはわかりにくいかもしれません。ある人にとってわかりやすい本でも、それがおもしろいかどうかはまた別物だったりするし、その面白さもまた人によって異なるでしょう。

百聞は一見にしかずと言いますが、本を通じてわかることは、何かを見てわかることと同じなのでしょうか。
複数の人が同じ何かを見た場合、その視線でとらえたものに大きな違いはないと思われますが(見た後の解釈は除けば)、本を読んで感じることは人によって大きな違いがありそうです。
名もなき一匹の猫は誰が見ても、そう大きな違いを生じずに同じ一匹の猫として認識されそうだけど、「吾輩は猫である、名前はまだない」と書かれた文章から想起する猫は読んだ人のあいだでまったくバラバラになりそう。まさに「百聞は一見にしかず」で言葉をどんなに積み重ねても、目で見て誰もがわかるのとように、文章を通じて誰もが同じようにわかる状態をつくりだすのはかなりむずかしそうです。

それなのに、僕らはごく普通に「あの本はわかりやすい、この本はわかりにくい」などと言ったりします。
本を読んでわかるということ、いや、本を読むとはどういうことなのか?を深く考えたりもせずに。

「本を読むときに何が起きているのか/ピーター・メンデルサンド」の続き
ラベル:理解 読書
posted by HIROKI tanahashi at 22:11| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月04日

レンブラントの目/サイモン・シャーマ

17世紀の中頃、いよいよデザインという思考の形が人々の頭を支配しはじめたのがその時代であったと僕は考えています。

後に18世紀に入れなテーブル(表)にデータを並べる操作により、リンネにはじまる近代分類学という科学的な物の見方が生まれたり、さらにその1世紀後の19世紀には同じく品物をあるルールに基づき陳列することで、万国博覧会や百貨店という物の価値=意味を提示するための方法の創出にもつながっていくデザイン的思考によるさまざまな発明。

そんな風にさまざまなものを収集しレイアウトすることで意味=価値を生みだす視覚的イリュージョンが、17世紀の中頃から、それを行う人の思考さえもそれ以前とは大きく変えはじめます。その新たな思考の技法を駆使して、世界の見方を整え、理解を促そうという思考のあり方、つまり、デザインという思考のあり方が浸透しはじめた大きな変化のはじまりが17世紀中頃だったと僕はみています。



そんな17世紀中頃のまさに時代を変えた場所の1つであったアムステルダムという都市に生きた画家レンブラント。

その彼の生涯を、いや、それどころか、彼に先行するルーベンスの生涯どころか、その父親の生涯からたどることで、いかに17世紀のオランダやフランドル地方においてカトリックとプロテスタントの対立や、それと決して無関係ではないアムステルダムの経済的発展が、どのような形でルーベンスやレンブラントの芸術に影響を与えたのかをしっかりと描き出した700ページ、2段組の大著が今回紹介する歴史学者サイモン・シャーマによる『レンブラントの目』です。

分厚い本が好きな僕ですが、さすがにこの分厚さにはやられました。

この本を読みながらあらためて理解したのは、宗教改革という西洋におけるキリスト教社会の変革が人間にとってとてつもなく大きな変革をもたらす影響力の強いうねりだったのだということでした。そして、その影響が絵画の上にもはっきりとした形であらわれていて、その対比をみるのにルーベンスとレンブラントの関係はとても象徴的な関係であることも知りました。

はじめに書いたとおり、17世紀が人間の思考の大きな変革のポイントであったことは、これまでも折をみていろいろ(これとか、これとかで)書いてきましたが、まさにその変革の足跡がレンブラントの目によって描き出された絵画という形で残っていることを知り、どきどきしながら、700ページ超・2段組の大作を読み進めることができました。だから、このとてつもなく分厚い一冊も途中で投げ出すこともせず最後まで読み切れたのでしょう。

そんな濃い一冊から、1つのポイントとして、ルーベンスとレンブラントの関係をカトリックVSプロテスタントという対立という視点からすこしだけ書き出してみることで、この本の紹介になればと思います。

「レンブラントの目/サイモン・シャーマ」の続き
ラベル:レンブラント
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