古代研究―2.祝詞の発生/折口信夫
折口信夫さんの本がおもしろくてたまりません。
先日、このブログ上でも紹介した『古代研究―1.祭りの発生』に続けて、『古代研究―2.祝詞の発生』を読み終わりました。いまはさらに続けて、『古代研究―3.国文学の発生』を読んでいます。
折口さん自身が、この本に所収の「神道に現れた民族論理」に「日本人の物の考へ方が、永久性を持つ様になつたのは、勿論、文章が出来てからであるが、今日の処で、最も古い文章だ、と思はれるのは、祝詞の型をつくった、呪詞であつて、其が、日本人の思考の法則を、種々に展開させて来てゐるのである。私は此意味で、凡日本民族の古代生活を知らうと思ふ者は、文芸家でも、宗教家でも、又倫理学者・歴史家でも皆、呪詞の研究から出発せねばならぬ、と思ふ」書かれていますが、僕も折口さんの本を読み進めながら、まさにそのとおりだと感じます。日本人の思考というものについて考えようとすれば、呪詞に立ち還ってみる努力が求められるだろうという考えが強くなってきています。
さらに範囲を広げていうなら、日本人の思考のみならず、先日の「なぜ希望の実現が情報の編集行為と結び付いているのか」でも書いたように、ことばと信念・希望といったものの関係、あるいは、それにともなうい行為としてのコミュニケーションを考えていくうえでも、呪詞や祝詞に目を向けることは非常に大切なことだと思えるのです。それはいわゆる脳科学や認知科学では手の届かない人間の思考や認知、ことばとの関係を考える方法を与えてくれるものだと思うからです。
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