2017年10月18日

変化には2種類ある、だから、区別して対処したい

変化には2種類ある。
変化というか、動きといったほうがいいのかもしれない。



1つは、モノや人があちらからこちらに移動したりすることによる変化である。
トランスフォーマーの変形のようなものも同じだ。場所の移動により形態は変化しても、実はそれぞれの要素は何も変わっていないから、理論的には元の状態に戻すこともできる。
その意味では、建物を建てたり、服を作ったりというのも、この種の変化といってよいのかもしれない。部品を加工しちゃうから完全には元に戻せないということはあったとしても、これは可逆的な変化といってよい。

そして、もう1つの変化は、メタオルフォーゼ的な変化。変態だ。
サナギが蝶になったり、子供が大人になったり、蕾ができ花が咲き実になるような変化。これは不可逆的な変化で、元に戻すことはできない。
だから、イノベーションとかもこっちに入るんだと思う。逆に、新しい商品とかが出たとしても、それがイノベーティブなものでなかったとしたら、さっきのほうの可逆的な変化だ。

この2つの動きというか、変化はちゃんと区別をつけて理解したほうがいいと思った。

何度か読もうと思って手に取り、そのたびに挫折してきたフランシス・ベーコンの『ノヴム・オルガヌム(新機関)』を、いまようやく読み進めながら、そう思ったのだ。

「変化には2種類ある、だから、区別して対処したい」の続き
posted by HIROKI tanahashi at 20:57| イノベーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月16日

専門性と地図の時代の終わりに

1962年発刊の古典的名著『グーテンベルクの銀河系』の冒頭、マーシャル・マクルーハンは『リア王』を引きながら、シェイクスピアがその作品の中で描いた17世紀初頭におけるスペシャリスト(専門家)の時代の到来について言及しています。
ただ王の名と
それに纏わる形だけはこの身に留めておく、
が、統治の実権、財産収入、その他いっさいの大権行使は、
よいか、挙げてお前らの手に委ねるぞ、
ウィリアム・シェイクスピア『リア王』

宮殿の王座の間に集まった3人の娘達や下臣たちの前で、リア王はこう宣言し、自らの権力や財産を娘や下臣たちに委譲しようとします。



マクルーハンは、シェイクスピアが描いたこの権限委譲と領土の分配のシーンに、スペシャリストの誕生を読み取ります。
自国の地図を手にし、”よいか、私の治下の領土を3つに分けた”と口にし、その領土を娘たちに分配しようとするリア王は、自らが娘や下臣とともに担っていた領土に関する権限や責任を細かく分割して譲渡することで、自らを含めた各人のスペシャリスト化を図ったのだと指摘するのです。

「専門性と地図の時代の終わりに」の続き
posted by HIROKI tanahashi at 23:29| イノベーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする