2007年07月22日

ざっくりした要求に適切な解決策を見出せないってことあるよね

仕事をしていてクライアントの要求があまりにもざっくりしすぎていて、どんな風な解決策を提案していいかわからないことってあるんじゃないでしょうか。

僕自身はざっくりしたクライアントの要求を明確で具体的な要求に落とし込んで、こちらがどんな解決策を提示する必要があるかをリストアップするところがメインの仕事だったりするのであんまり困ることはないですが、まわりを見てるとそういう場合にどうしたらよいかわからず悩んでしまうことはよくあるみたいです。まぁ、だからこそ、僕の役割があるんですけど。

でも、そうはいっても身体は1つなので、ざっくりした要求に対する適切な解決策を見出すための基本的な方法についてまとめてみます。

「ざっくりした要求に適切な解決策を見出せないってことあるよね」の続き
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2007年06月29日

自分の立ち位置(外が見えなくなったら)

企業でも、個人でも、自分の立ち位置を見失ってる状態は危ういですね。

自分の立ち位置といってるのは、単に自分単体でみてどうなの?ということではなくて、外では何が起こっているのかという意味で。

あと現在位置から一段抜かし、二段抜かしでステップを上がるのは無理だということに気づかないのもダメだな、と。スピードを上げたいならステップを抜かすのではなくて、ステップを駆け上がる速度自体を上げないといけない。じゃないと結局転倒して転げ落ちて怪我するだけです。


「自分の立ち位置(外が見えなくなったら)」の続き
ラベル:組織 デザイン
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2007年06月02日

T型人間の生きる場所:組織内のプロセスをリデザインするとき

以前(「未来を切り開くスキルとしての他家受粉」「未来を切り開く力としてのチームワーク」)にT型人間が求められているという話をしました。



イノベーティブな組織には、特にT型人間が必要だと思います。

IDEOの場合、社内の最も貴重な花粉の運び手たちには「T型」の人間が多い。これは多くの分野に幅広い知識を持ちながら、同時に深く精通した専門分野も1つは持っている人のことである。(中略)結局、彼らは単純なカテゴリー化を許さないわけだが、それを不快に思う必要はない。むしろ、花粉の運び手を探しているのなら、チームに何人かT型人間を揃えるべきだ。
トム・ケリー『イノベーションの達人!―発想する会社をつくる10の人材』

例えば、既存の価値提供プロセスを革新する新しいプロセスを組織に導入する際、その新しいプロセスに関する知識を専門的にもっているだけでは、決してそのプロセスがうまく既存のプロセスに融合していくことはないと思っています。
新しいプロセスの導入を進めようとする専門家が、既存のプロセスに関する知識、関係する人々が行っている活動に関する知識をもっていなければ、プロセスの統合は決してうまく進むことはありません。

「T型人間の生きる場所:組織内のプロセスをリデザインするとき」の続き
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2007年05月03日

上司に必要な姿勢(みんなの不幸を減らすために)

よくいますよね。すべてを自分で管理したがる人。
でも、それって部下がきちんと成果をあげるのを支援するのが役目である上司としては失格なんじゃないかって僕は思います。

formal/informal

どこの組織にも、formalなコミュニケーションと、informalなコミュニケーションがあります。

前者は組織的に決められた会議体を指し、後者は組織のなかで個々人が自分の仕事を進めていく上で同僚と日常的に行うコミュニケーションを指しています。
なので、ここで仕事とは明らかに関係のない井戸端会議的なものはどちらにも含んでいません。

どこででも言われていることですけど、formalな会議をうまく効果的に利用することが結構至難な業です。そうなる理由は考えてみればごくごく当たり前だと僕は思っています。

なぜなら、formalな会議はコンテキストを共有しない複数人が集まって会話をしようとすることが多いから、その会議の場自体においてコンテキストを生み出し共有することからはじめなくてはいけないのですが、それがかなり困難だからです。
まず、それが必要ということを人間に対する認知科学的な理解からそれをわかっている人がまずいないし、わかっていてもコンテキストを生み出し共有するというのはむずかしく、だから、formalな会議ってのは、なかなかうまくいきにくい。

文脈は巨大な違いをもたらす。人間は、1つ1つの出来事を心の中のシナリオとしてまとめ上げ、そのシナリオへ当てはまるように、行動や説明、反応をもっともらしく選んでいるのである。
ドナルド・A・ノーマン『人を賢くする道具―ソフト・テクノロジーの心理学』

一方で、informalなコミュニケーションはそういう困難に遭遇しにくい。
基本的にinformalなコミュニケーションというのは、仕事の現場の作業のなかだったり、仕事が終わったあとでいっしょに仕事をしてる仲間同士の飲みの場などで行われるから、そもそもコンテキストが共有されています。

コンテキストの共有により、コミュニケーションのスキームが自然とできあがっていれば、特に会議の目的など明確にせずとも、そもそものコンテキストやコミュニケーション・スキームがもつ目的性により、よほど後ろ向きな人ばかりが集まりでもしない限りは、会話はスムーズに前向きに問題解決を行う方向に進みやすかったりします

「上司に必要な姿勢(みんなの不幸を減らすために)」の続き
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2007年02月16日

森時彦さん談「会議でもプロセス重視」

先日、講演をさせていただいたデブサミで、自分の講演が終わった後、GEでの勤務経験などもあり、『ザ・ファシリテーター』などの著書でも知られる森時彦さんのお話をすこしだけ聞くことができました。

会議でもプロセス重視

そのお話の中で印象深かったのが「プロセスを重視する」というお話。

自分の講演「Webサイトの提案に困っていませんか?〜 経営課題とWebサイトをきちんとリンクさせる7 の手法 〜」の中で「ビジネスデザインプロセス」と「Webデザインプロセス」という話をさせていただいたこともあったのですが、森さんが「プロセスを重視する」というお話をされたのは会議を行う場面での話だったので、これがとても新鮮でした。

森さん曰く。
日本人は会議の際に資料を用意したりといったことはとても勤勉にやるんだけど、会議自体でどのような目的を達成するのか、その目的を達成するためにどのようなプロセスを踏むのかということをほとんど考えない。

言われてみれば、確かにそのとおりで、さすがに会議の目的を明確にしたり、アジェンダを用意したりくらいはしても、プロセスという視点で会議そのものを設計=デザインしているかというと、僕自身もそういうことはやってなかったし、やろうともしてませんでした。

「森時彦さん談「会議でもプロセス重視」」の続き
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2007年01月16日

アメリカのSOX法で「LifeHack」はつぶされたの?

これって本当でしょうか? プロセス標準化の理解が違うんじゃないでしょうか?

内部統制の整備で重要とされるのは業務プロセスの標準化だ。同じ業務を行うにしても各個人が別々のやり方で行うと、不正やミスが入り込むリスクが大きくなる。
(中略)
で、そこで割を食うのがITツールやWebサービスを使うLifeHackだ。内部統制の観点では、生産性を上げるためであっても、ITツールや Webサービスを個人の判断で自由に使うことができなくなることが考えられる。社内の標準プロセスに外れるPC利用はご法度だ。

そもそも、内部統制というのは日本版SOX法の中に組み込まれているものです。とうぜん、「日本版」とつくくらいで、アメリカのSOX法が元になっています。
どのくらい元になっていて、どれくらい違うのかは詳しくないので、よくわかりませんが、少なくともSOX法で「LifeHack」がつぶされたなんて話は聞いたことがありません

じゃあ、なんで元のSOX法で大丈夫で、日本版SOX法だとダメなのって話です。

「アメリカのSOX法で「LifeHack」はつぶされたの?」の続き
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2006年12月12日

あれ? 分析がない

昨日の「目的が不明瞭な調査ほど無意味なものはない」というエントリーでは、何を何のために調査するのかが明確になっていない調査や測定は、単に時間、コスト、エネルギーの無駄でしかない点について指摘しました。
今回は、もう1点、調査でありがちな間違い−分析の欠如−について指摘したいと思います。

Google Analytics? いや、Google Measurementでしょ

Webなどではアクセスログ解析ツールを使った効果測定がよく行なわれます。これも1つの測定ですよね。

しかし、ログ解析ツールを導入したものの、どう活用したらいいかわからないといった声をよく聞きます。ようするにこれは単に測定してるだけで分析がないわけです。また、事前に何を目的としてログ解析による測定をしようかと思ったかという初期設計もあいまいなのでしょうね。

ただ、目的を決め、何を測定するのかを事前に決めておいたとしても測定だけでは何もわかりません。よくログ解析のレポートだとかいって、数字から見られる問題点をただ羅列してあるものがありますが、それは分析とはいえません

分析というのなら、せめて問題点の重要度をわかるようにするとか、問題と原因の因果関係を示すとかが必要なわけです。でなければ、何の問題解決のための改善策もそこから導き出せないでしょう。

Googleのログ解析ツールはGoogle Analyticsっていいますけど、あれは単に測定ツールなだけで、分析を行なってくれるツールではないわけです。単にMeasurementのためのツールでしかないわけです。

「あれ? 分析がない」の続き
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目的が不明瞭な調査ほど無意味なものはない

目的が不明瞭な調査ほど無意味なものはない。
評価軸の定まらない調査では何も分析できない。
しかし、調査を行なうには貴重な資源が必要だ。

あれだけ測定を重視するシックスシグマでさえ、こう言われる。

測定を実施するには資源と注意力、そしてエネルギーを費やさねばならない。つまり、<必要がないのであれば>、測定など行なわないに越したことはないということだ。答えを出さなければならない重要な問題や、追跡したい要因の存在など、明確な目的がなければ、測定することには何の価値も意味もない。
『シックスシグマ・ウエイ―全社的経営革新の全ノウハウ』

必要がないのであれば、やるな、と
つまり、明確な目的がなければ、資源、注意力、そして、エネルギーの無駄なのだということです。
このことは調査を依頼するほうばかりではなく、調査を依頼されるほうですら十分に認識できていないことがあったりするから恐ろしい。

このことがわかってないからこそ、無駄な調査、測定を繰り返すばかりで、有益な調査や測定を将来の効果に生かせるような仕組みを組み立てられないのことが多いのでしょうね。

現代人なんだから、もうちょっと、なんで実験に重きをおく科学が成果を出せているのかを勉強しましょうよ。
そして、学ぶべきところは学びましょ。

関連エントリー

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2006年12月09日

シックスシグマはサービス業のブランディングにこそ

これまでシックスシグマに関してはいくつかのエントリーで紹介してきましたが、シックスシグマの魅力はまさに以下のような点にあります。

現代経済では製造業よりもサービス業に従事する人のほうが多いが、そのサービスの大半は質が低く、欠陥が多い。もし同じ頻度で欠陥品を生み出す工場があったら、ひと月で閉鎖に追い込まれるはずだ。シックスシグマの提供する強力なツールは、このようなサービスの正確性と質を、これまで精密機器メーカーだけが維持してきたレベルにまで引き上げるものである。
『シックスシグマ・ウエイ実践マニュアル―業務改善プロジェクト成功の全ノウハウ』

グローバルな競争力を有した製造業に対して、明らかにグローバルな競争力では劣る日本のサービス業においては、これは心して読むべき内容ではないかと思います。

正確性と質。これってどう考えてもブランドにつながることでしょ?
品質です。それも圧倒的に高い品質。
まさにブランドにこそのツールですよね。

関連エントリー

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2006年11月23日

色即是空。諸行無常。便利なハウツーもいつ塵となって消え行くかわからない

僕のやってるmixiコミュニティ「DESIGN IT w/LOVE for community」のトピでの紹介で、下記エントリーを知りました。

ハウツーだけじゃダメかしら?(ダメです)

何か問題が起こったときに、じゃあどうすればよいのかという
ハウツーだけを求める傾向が強いです。
それは会社だけでなく、社会全体にも見られる傾向だと思います。
だからなんでもハウツー本が流行る。
恋愛でも自己啓発でも、キャリアでも勉強でも。
でもハウツーは役に立つときもあるけれど、あくまでもその効果は短期的です。
別の角度から考えると、それは自分に何も残さないし、与えない。

このブログを書いてるleMMonさんは、サンノゼの小さなスタートアップの会社で働いてるということですが、なるほどなと感じます。

というのは、僕も会社で事業やサービスのスタートアップが1つのミッションだったりするので、leMMonさんがなんでハウツーを疑問視してるのかに共感できる気がするんです。ようは、スタートアップという環境に身を置くと、そこにはほとんど確証のある答え=ハウツーなんてないのは、ごく日常的に感じることなんですよね。
とにかく社内でははじめたばかりでノウハウなんてあるわけないし、かといって外部を探してみても、自分たちとは状況が違う場合の先行例はあってもそれはそのまま使えるわけはない。結局、参考になるものはあっても、そのままずばりの答えなんてないわけです。

自分の専門領域以外の先人の知恵を参考に

でも、実はスタートアップに限らず、実際には確証のある答えなどないんですよね。
それがさっきの「未来を考えるならいまの気分だけで無用とか無意味とかを判断しないこと(あるいは多和田葉子『ふたくちおとこ』)」で考えたことでもあるわけです。
色即是空。諸行無常。いまたとえ確証があってもそれはいつ塵となって消えるかはわからないというわけ。

僕の専門分野であるWebのビジネス活用だって、まだ見つかっているといえそうな答えなんてほんの一部だと思います。そこを考えようとすれば、Webにこだわっていられないし、ビジネス領域にだってこだわっていられません。
やっぱり自分の専門領域以外の先人の知恵なども参考にさせてもらいながら、自分で答えを見つけていくしかないんだろうなと思ってます。

「色即是空。諸行無常。便利なハウツーもいつ塵となって消え行くかわからない」の続き
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未来を考えるならいまの気分だけで無用とか無意味とかを判断しないこと(あるいは多和田葉子『ふたくちおとこ』)

多和田葉子さんの中篇小説『ふたくちおとこ』に登場する、口と肛門のふたつの口で話すティルは、本当は名前がなく、みんなのなって欲しいものになる。観光客の前では「オンガク」や「ワイン」と名乗り、手伝いを必要としているパン職人の前ではパン職人と名乗ります。また、鍛冶屋の親方から「おまえのせいで経費にマイナスが出た」と言われれば「わたくしの名前はマイナスであります」と切り返します。

多和田葉子『ふたくちおとこ』

町から町へと渡り歩いたティルは「ニーダーザクセン中世の旅」に参加する日本人ツアー客の一向にまぎれこみます。ティルの言葉の上でなっただけの言葉は、ツアー客の一行に混乱の種を蒔き、日本人ガイドはティルの言葉を通訳しようとして、まったく別のことをしゃべってしまう。その通訳の内容を聞いて、観光客はまた勝手な方向へ話をつむいでいく。旅行客の一人、いのんどだけが、ティルの様子を見て気に入ると、「そいつ、おれ。おれ、それ。いつか、あいつだった、そいつ、今、おれ」と自分に同化させる。

何にでもまわりが求めるものになってみせるティルは実は混乱を生むだけの役立たずで、そのティルに自分を同化させようとするいのんどは、役立たずで無用な子供ティルに共感を抱きつつ、旅行仲間の薬局「迷迭香」の女主人と恋仲に囚われた大人の男。

無用で無意味なおとこたちと、役に立ち意味のあることしかしない男たち

この小説を執筆直後のインタビューで多和田さんが「無用で無意味なおとこたちの話を書きたかった」という旨のことを話していたのを読んだことがあります。いま(1998年当時!)は役に立ち、意味のあることをする男たちばかりだから、とその理由を述べていたのを覚えています。

最近になって、そのことをよく思い出すようになりました。
目の前の仕事と将来のための仕事のバランス」だとか「準備が大切ですね」とかで書いたことに通じる話です。
将来のための仕事とか、準備だとかは、実は現時点では無意味だったり、無用だったりすることも多いと思います。まわりから見たら、なんでこのクソ忙しいときに、あいつはあんなことやってるんだと白い目で見られるようなこともなくはないでしょう。かくいう僕もこの数日間、目の前の仕事に忙殺されつつ、玄侑宗久さんの『般若心経』を読んだりしていました(これについてはあとで書きます)。

「未来を考えるならいまの気分だけで無用とか無意味とかを判断しないこと(あるいは多和田葉子『ふたくちおとこ』)」の続き
ラベル:仕事 競争 準備 未来
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2006年11月22日

目の前の仕事と将来のための仕事のバランス

目の前の仕事と将来のための仕事のバランスをとることが重要ですね。それをすごく感じます。

ひとりひとりが自分でコントロールする努力をすること

いま目の前に積み上げられた仕事に手一杯で、将来を切り開くような仕事に手をつけられていないのだとしたら、それは自分自身だけでなく、まわりの人たち、しいては会社の将来にとって痛手になってしまうことがあります。

こういうとそれは将来のための仕事に手をつけられないほど、自分のいまの仕事を山積みにしてしまうような体制面の不備などに見て見ぬふりそている会社が問題だと嘆く人がいるかもしれません。でも、そこは嘆かず、どうにかアイデアをふりしぼってください。また、仕事を断る勇気が必要なこともあるかもしれません。
あなたにやってくれと言われた仕事は本来あなたがやるべきなのか、それはその仕事を頼んできた人にでもできることではないか? もし、そうでその人があなたより手が空いているようなら、自分でやってもらうようお願いしてみるのも手かもしれない。あるいは、それはそもそもやる必要がないことで、それをやらなくてもいい別の手立てがあるのなら、それを提案してみるのも手だと思います。
とにかく、目の前の仕事に手一杯になって、自分やまわりの人や会社の将来のためにいまやっておかなくてはならない仕事がおろそかになってしまうことを食い止めなくてはなりません。

ひとりひとりのミッションを明確にすること

こうした仕事の優先順位がきちんと共有されている企業はどのくらいあるのでしょう。

ここまで個人のできる範囲で書いてきましたが、本来であれば、そうした個人が動きやすいよう、会社側がきちんと優先順位を定義してあげられれば、さらにいろんな人が目の前の仕事と将来のための仕事のバランスをうまくとりやすくなるでしょう。
それには会社と個人間でミッションの共有をするだけでなく、その個人がいっしょに働く人たちにも彼/彼女のミッションを明確にしてあげて、彼/彼女が優先順位を間違っているときにはまわりが注意してあげられるようにしておく必要もあるでしょう。

自分のケア、そして、まわりの人のケア

いずれにしても、会社がそこまでの下準備をしてくれなくても、とにかく、まずは会社に頼らず、自分と自分のまわりの人との協力でうまく将来の仕事もできる環境をつくっていかなくてはなりません。
それでなければ結局は将来がつらくなるのですから。自分だけでなく、まわりも、そして、会社の将来のプランにも影響を与えます。これからはそんな風に、ひとりひとりのミッションがきちんと達成されるかどうかが、企業全体に与える影響がどんどん大きくなってくるのではないかと思います。また、そのくらい個人が活きてこない企業はなかなか競争優位性を保つのもむずかしいのではないか。そんな風にも感じます。

いまうまくいってることが将来的にもうまくいき続けることなんてほとんどありません。そのことは会社の戦略うんぬんの前にひとりひとりが意識しておかなくてはいけないことなのではないかと感じています。そのためにはきちんと事前に準備しておくこと。それについては「準備が大切ですね」でも触れました。
それでも、本人の意識だけではどうにもならなうこともやっぱりあるでしょう。そういう事態に陥らないためにも、それぞれが自分のミッションだけでなく、まわりの人に与えられたミッションについてもきちんと気にかけ、ケアしてあげることが大切です。

忙しいとついついそうしたことがおろそかになってしまいがちですが、ちゃんと意識して仕事をしたいものです。

 

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2006年10月30日

「MarkeZine:第6回 「ブランド認知 2.0」を考える」を執筆

最近、このブログもブランディングづいてますが、MarkeZineにも「「ブランド認知 2.0」を考える」という記事を書きました。
ブランド認知というものを認知科学の分野や行動経済学のフレーミング効果とともに考察しています。

ブランドがまったく同じメッセージを発信したとしても、人はパターン認識を基本とするため、フレーミング効果に陥りやすく、かつ文脈によって「わからなかった」り、「わかった(つもり)」になる可能性があります。そのため、ブランドの発するメッセージがまったく異なる形で受け取られる確率は非常に高いと言えるでしょう。

ご興味のある方はぜひご一読ください。

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2006年10月28日

アセット管理としてのCMSとWebブランディング

昨日、同僚が自社でのセミナーで面白いアイデアを紹介してました。
情報資産のマネジメントについてのアイデアです。

話はまず、誰でも知ってる等式から。

  資産=負債+資本

で、資産って誰の持ち物ってことになってるのって考えるために、等号の右側をみると、

  負債:外部から提供されたもの
  資本:内部でやりくりして用意したもの

ということになります。

これをWebの情報資産について考えてみましょうっていうのが、昨日、同僚がセミナーで紹介してたアイデア。
つまり、Webサイトに掲載されている情報資産って、Web2.0的な世界では自社内コンテンツだけではなくて、RSSフィード経由やトラックバックやコメントなどでマッシュアップされた外部の情報も、そのサイトの情報資産として活用できますねってこと。

この説明、僕的にはすごく「なるほど」と納得できるものでした。
そう考えて、自社サイトの情報資産ってどうマネジメントしていきましょうか?と思考するのはとても理にかなっている気がします。

CMS=コンテンツ・マネジメント・システムって、実はそういうことですよね。
CMF=コンテンツ・マネジメント・フレームワークでもいいですけど。

この視点でWebブランディングを考えてみるといいですよね。
さっきの「Webブランディングにおける「差が開く仕組み」」で書いたように、そこでは蓄積的かつ加算的で、スピードと継続性が求められているわけですから、負債+資本でブランド資産を増大させていくマネジメントをCMS的な観点で行っていくというのは、結構、効率的かつマネジメントもしやすいのかな、と。

それにはまず自社ブランド戦略の定義をした上での、要件の落としこみをある程度、きっちりやっていかなくちゃいけないわけですけど。

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Webブランディングにおける「差が開く仕組み」

今日(というか昨日)、ブランディングに関する相談を2つほど受けた話は、先ほど「Webブランディングって?」で書きましたが、そのうち1人の方とお話させていただいた中で、Webでは老舗企業と新興企業のブランド価値の差があっという間になくなり、ともすれば、逆転することもあるという話をしました。

Webではバジェット勝負より、機動力&継続力の勝負

特にWebそのものが単にプロモーション以上の役割を果たすビジネスモデルの場合はそうだといえます。わかりやすいところではAmazonだったり、マネックス証券みたいなところもそうでしょう。

これはWebで何かブランディングなりマーケティングなりを行っていく予算がそれほど超大手企業でなくてもどうにか手が届く予算であり、かつその予算の使い道もマスマーケティング的なスポットに発生するものではなく、きちんとやればちゃんと蓄積されるものであるという性質もあることが関係しているのでしょう。
そのため、特別大きなバジェットをもつ企業が有利というよりも、素早く的確な施策を行い、かつ継続的な姿勢でWeb戦略に取り組む企業のほうが有利になるという傾向を反映してのものでしょう。
こういう傾向があるからこそ、恐竜並みに巨大かつ動きが散漫な大企業よりは、比較的身軽で、かつある程度の長期的なマネジメント力をもった企業がWebブランディングにおいては有利な立場に立てるのだと思います。

「Webブランディングにおける「差が開く仕組み」」の続き
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Webブランディングって?

今日は仕事で2つほど、Webブランディングに関するご相談をいただきました。まったく違う方面からのお話で、求められている落としどころも2つとも違うものの、根っこにあるものは同じで、「Webでのブランディングって具体的にどうやっていったらいいんでしょうね」ということです。

ありがたいことでそういうご相談をいただく機会も増えてきたわけですが、実は整理してみると、大枠のレベルではWebでのブランディングってそうむずかしい話ではなかったりします。

ブランドってどう評価するの?

例えば、ブランド評価の話。
よくWebブランド評価という調査がありますけど、あれってWebサイトのブランド力がどうなの?という話をしていることが多いですけど、結構、僕のところに相談いただくのは、Webサイトのブランド力ではなく、企業全体のブランド力を考える上で、Webってどういう役割を果たすの?という話が多いです。Web系の企業ではなく、一般の事業会社であればごもっともと思える話です。
そういう相談をする方が知りたいのはWebサイトのブランド力がどうという話ではなく、どういうWeb戦略でどういう施策を行っていったら企業としてのブランド力を高められますかということです。じゃあ、そういう視点に立った場合、Webでの施策の効果ってどう測定すればよいでしょうか? その際は何がWebブランディング指標になるでしょうか?ってお話です。

これも結局は評価軸をいくつか決めて経年的にその変化を比較すればいいと思います。実際の事業の成果としての売上あるいは利益を、Webでの指標(ページビューでもいいですし、訪問者数でもいいです)と経年的に比較してみるといいんです。ブランディングの目的が単にマーケティング的なところに限らず、採用面での優位性やチャネルでの扱い、株主・投資家への影響といううところまで含めてとらえているなら、それぞれのリアルな指標とWebの指標を比較すればよいと思います。例えば、採用なら希望者数だったりですね。

これだけでも僕は十分、ブランディングが成功しているかどうかの指標になると思いますが、もうすこし正確にWebでの効果を測りたいのであれば、その他の媒体を使った費用の違いやら、製品リリース数の違い、チャネルでの取扱いなどの違いを、引き算などして、比較の軸を調整してあげてもいいと思います。売上や利益のほうには市場全体の成長率や景気などを加味して調整をかけてもよいでしょう。

とにかくあんまりむずかしく考えたり、複雑な指標を使おうとしないことだと思います。
競合他社と比較してどうなの?という話もありますが、その比較が役に立つシーンももちろんありますが、数値的なブランド評価の軸だけで競合他社比較をしてみたところで、あまり自社のブランディングに有効なヒントが得られるかというとそうではありません。
ブランドを自社と競合で比較して点数が他社のほうがよいのがわかったところで、そこで何か具体的な施策のヒントが得られるわけでもありませんし、もっとブレイクダウンして、Webユーザビリティの評価をしたり、アクセス数を比べたり、サイトへの評価を比較しても結局、同じことです。部分が他社より劣っていることがわかったとしても、それを改善することが全体的なブランド評価をあげることにつながるかというと、答えは「やってみないとわからない」というものでしかないでしょうから。

それよりも自社のブランディングの施策によって、サイトでの効果がどう変化し、それが自社での事業の成果にまでつなげられているかを経年的な変化で効果測定したほうが評価の軸としては、戦略的に得られるものが大きいはずです。

「Webブランディングって?」の続き
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2006年10月21日

シェルの長期的なビジネス戦略立案に関する本に関して山形浩生さんが紹介してくれてます

いま気づきましたが、山形さん、こんなことを書いてらっしゃったんですね。
かなり素敵な話だと思います。

これがあなた、たかが一企業の戦略立案のために作られたシナリオですぞ。本書はそのそれぞれについて、そこで何が問題になるか、考慮すべき因子にはどんなものがあるか(たとえば中国やインドの動向等々)、それぞれが環境やエネルギーやテロといった問題にどんな影響を与えるかについて検討する。モデルによる定量的な裏付けもある。でも、たとえばソニーでもトヨタでも新日鐵でもはてなでも、この将来シナリオをわたしてこれで将来戦略をたてろと言われたら途方にくれるだろう。シェルは(どうやら)ちゃんとこれを咀嚼して有効に使えるらしい。すごいもんだ。日本では、絶対ありえん。

山形さんが紹介しているのは、この本。


こういう話が普通に戦略論として語られるようになるといいですね。
確かに山形さんのいうとおり、「グローバリズムとか、環境とか、アメリカの覇権がとか北朝鮮が中国がといった適当に国際ニュースに出てくる時事ネタをちりばめたヨタ話」よりも、こうした視点をもつことでしか、積極的に価値を創出し続けることはできないと思いますから。

こういう言葉がないというなら、まずは自分で語ってみることにしますか。微力だし、うまくいくかどうかわかりませんけど。
とりあえず、自分でいいなと思ったので、のっかってみましょう。
ラベル:長期戦略 Book 企業
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2006年10月14日

「むずかしい」って嘆かない努力をしましょう

仕事をしていて、時々、すごく気になることがあります。
それは打ち合わせやちょっとした仕事の関連の雑談の際に、他人が「むずかしい」と嘆くのを耳にすることです。
これ、なるべく言っちゃダメですよね、と僕は思う。

改善するスキル

「むずかしい」って口にしちゃうと、それが他人にも伝染しちゃって全体のモチベーションが下がっちゃうことがある。しかも、それを口にした人が本来、そのむずかしさを解決する役目の人だと、まわりは「なんなんだろ?」とこれまたモチベーションが下がる。そのむずかしさをどうにかするアイデアを出し、実行していくのがあなたの仕事でしょ、って感じです。

別にそれは今すぐどうにかしてくれって話じゃなくて、「むずかしい」とか嘆いて周囲のモチベーションまで下げることなんかやめて、とにかく「どうにかする」努力をしてくれという話。「どうにかする」過程でそれが実際にはどうにかなっていなくても、それをとがめる人はそんなにいないはず。少なくとも努力してくれていることが見えれば、普通は自分たちの側もモチベーションをあげたくなる。プラスのサイクルが回り始めるわけです。

にもかかわらず、「むずかしい」ってすぐに口にして、周囲のモチベーションまで根こそぎ下げてる人が結構多くいる。
いやいや。簡単だなんて思ってないから、問題をきちんと定義して、ゴールと改善範囲を決めて、スケジュールを切って、とにかく先に進もうという努力をしてほしいと思うわけです。
それは仕事をする上での普通に持っていていいスキルであって、「むずかしい」なんて嘆かなくて済むよう、とっととそのスキルを手に入れてほしいわけです。
解決できるかどうかは別のスキルなので問いませんが、少なくとも、うだうだ嘆いているばかりで何もしないよりは、きちんと努力して、運がよければ解決できる場合がある、改善のためのプロジェクトを立てるスキルは身に着けてほしいわけです。

「「むずかしい」って嘆かない努力をしましょう」の続き
ラベル:仕事 改善 現場
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2006年09月24日

マイケル・トレーシーとフレッド・ウィアセーマの3つの価値基準

企業と事業は異なるものです。
あるいは別の言い方をすればビジネスとサービスは違うといってもよいのかもしれません。

企業は事業から収益をあげますが、企業がなければ事業は成り立たず、また、同じようにサービスがなければビジネスになりようもありませんが、ビジネスでないサービスは継続することがむずかしいともいえます。
と、まぁ、なんとなくそんなことを一度整理してみようかなと思っているわけです。

以下、自分の頭を整理するためのメモ代わりの記述です。

事業を継続する企業

どんなに優れたサービスでもそれを継続的に提供可能にし、また、市場環境の変化に応じてサービスそのものをバージョンアップしていくためには、企業そのものがそれを可能にするだけのリソース、スキルやノウハウ、そして外部との良好な関係性をもっていなくてはいけません。
個人にたとえれば、自分自身の体力と知力、そして、サポートや相談に乗ってくれる友人や知人、同僚との関係といったところでしょうか。

個人でも自分の人生を良好な形で維持していくためには、毎日食事をし、睡眠を得、衣服を着替え、体を清潔に保ち、そして、その他もろもろの活動を行い、また、そのための資金を得るために何がしかの活動をし、また、その資金を得る活動を効率的により多くのものが得られるようにと勉強をしたり、人付き合いをよくしたりと様々な工夫をします。
個人の場合、手足や内臓、脳みそがそれぞれバラバラに自己主張して勝手に動くということは直感的にはないので、企業の場合のように、内部統制やプロセス管理、人事管理などは必要ないかもしれません。
それでも健康維持を怠れば自分の意思とは無関係に体の一部が悲鳴をあげることはありますので、やはり健康的な規則正しい生活みたいな統制だったりは必要でしょう。また、個人の場合でも外部との関係においては、やたらとわがままばかりを言ってるようでは関係は成り立ちませんし、関係を維持するために自分の側の言動をコントロールすることは必要でしょう。
こんな風に考えると、企業の持続可能性(サステナビリティ)を考える際に必要な機能や考えなきゃいけないことも意外と見えてくるのではないかなと思ったりします。

というわけで、同じようなことが事業を維持する企業においても言えるのかなと思います。

  • いかにして事業活動を行うために必要なリソースのインプットを継続的に維持するか。
  • 市場環境の変化に取り残されないよう、企業体の内部の成長をいかにして維持するか。
  • はたまた、競合他社に負けないスピードや品質を維持するために、どのような業務プロセスを構築し、改善し続けるのか。
  • さらに顧客に受け入れられる価値を生み出すために顧客にどのようなアプローチを行っていくのか。

このような視点は、サービスや事業だけを考えていても答えは出ません。
これも個人が自分の仕事ばかり考えていても、自分の生活を維持できないのと似たようなものなのではないでしょうか。

「マイケル・トレーシーとフレッド・ウィアセーマの3つの価値基準」の続き
posted by HIROKI tanahashi at 01:02| Comment(0) | TrackBack(1) | 企業と事業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする