2008年07月16日

西表島旅行で買ったもの

今回の西表島旅行ではいくつか沖縄の民芸品を買ってきました。

買ったのは、こんなもの。



「西表島旅行で買ったもの」の続き
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2008年07月15日

西表島

しばらく更新が滞っておりましたが、その間、西表島に行ってました。



「西表島」の続き
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2006年11月05日

熊野古道を歩いてきました。

この三連休、熊野古道を歩いてきました。
今年の6月に伊勢神宮に行った際に感動して、ぜひ次は熊野だと思っていたので、こんなにも早く行くことができてよかったです。この三連休は運よく、天気もよかったですし、世界遺産にもなっている熊野古道を堪能できました。

熊野那智大社

今回は、熊野三山と呼ばれる熊野本宮大社、熊野那智大社、熊野速玉大社を、3日間で1日1社ずつ訪ねてみました。

1日目に訪れたのが、熊野那智大社。昼頃に那智駅に着いて、那智川に沿って熊野那智大社・青岸渡寺へ。今回、歩いたのは、熊野へ通ずる4つの古道のうち、中辺路と呼ばれるエリアで、熊野那智大社への古道は、京都から上皇が熊野詣でをする際の一番最後に通ったところといわれています。

熊野那智大社社伝に「神武天皇が熊野灘から那智の海岸“にしきうら”に御上陸されたとき、那智の山に光が輝くのをみて、この大瀧をさぐり当てられ、神としておまつりになり、その御守護のもとは、八咫烏の導きによって無事大和へお入りになった」と記録されております。

と、社伝に書かれているように、那智大社は、元来、那智大瀧をご神体とする神社です。
神社にとって本質的な要素は社殿ではなく鎮守の杜」でも書きましたが、神社にとっては社殿よりも周囲の自然のほうが重要なことは、この那智大社を訪れた際にもとても感じられました。苔むした石の階段をひたすら登っていく大門坂は、伊勢神宮の杜に劣らないとても太く大きな木が立ち並び、神社に近づくにつれ、神聖な雰囲気を感じさせます。この道が今回、通った熊野古道では特におすすめのコースです。
そして、やはり現在の社殿がある場所よりも、那智大瀧がある飛瀧神社の周囲のほうがそのエネルギーは強く感じられます。熊野三山すべてにいえることですが、ちょっとした観光気分で行くにはもったいない場所だと感じました。

熊野那智大社http://www.kumanonachitaisha.or.jp/

そして、一日目の夜は勝浦温泉のホテルで過ごしました。

「熊野古道を歩いてきました。」の続き
ラベル:熊野古道 熊野
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2006年07月10日

西表島の旅 2006

しばらく更新がとまっていましたが、実は夏休みをとって西表島に行ってました。
西表島に行くのは、今回で3回目ですが、何回行っても飽きません。
今年も、去年お世話になって気に入ったMaYaGuSuKu RESORTさんにお世話になりました。

MaYaGuSuKu RESORThttp://www.mayagusuku.com/

下の写真の左は、MaYaGuSuKu RESORTの部屋から見た月が浜の景色。
この景色が忘れられなくて、何度も行きたくなるんですよね。
食事もおいしいですし、オーナーもスタッフの方もとても親切で、いい方々ですし。

iriomote

今年も、シーカヤック、シュノーケル、島内のカヤッキング&トレッキングなど、いろいろ楽しんできました。
何度行っても亜熱帯の大自然のすごさには驚かされます。

とはいえ、今年の旅はちょっと残念なことも。
台風3号の影響を受けて一日部屋に閉じ込められたことが1つ。
もう1つは、一日だけ予定していた波照間島行きを台風の影響と、急性胃腸炎にかかったのとで断念せざるを得なかったこと。
波照間島に行く代わりに、石垣島の県立八重山病院に急患ではいり、点滴をうってもらいました。
最後の2日間は、西表島から石垣島への船、石垣から那覇を経て羽田までの飛行機の移動が、腹痛でかなりつらかった。
食欲ないし、何食べても味がわからないし。

そんな旅でしたが、とりあえずは無事帰ってこれてよかったです。

ブログのほうもまた明日から通常通り更新します。

まずは現状報告でした。

 
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2006年06月17日

熱田神宮:三種の神器の1つ草薙神剣が鎮座するお宮

先週の伊勢神宮参拝に引き続き、今日は熱田神宮を参拝してきました。
またしても雨の参拝になりましたが、伊勢神宮の神々しい生命感みなぎる森にまでは及ばないものの、それでも、1900年近い歴史をもつ神宮の森には大いに癒されてきました。

熱田神宮・本宮

熱田神宮の御祭神は、三種の神器の1つである草薙神剣(くさなぎのみつるぎ=天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ))です。
第12代景行天皇の御代、日本武尊が神剣を名古屋市緑区大高町火上山に留め置かれたまま三重県亀山市能褒野でなくなられた後、尊のお妃が神剣を熱田の地に祀ったことが、熱田神宮の創始とされています。
先週の伊勢神宮が天照大神を御祭神とし、やはり三種の神器の1つである八咫鏡(やたのかがみ)を奉斎しているので、この際、三種の神器を制覇しておこうと思い、足を伸ばしたわけです。
ちなみに神器のもう1つ八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)は皇居で天皇が所持しているとされています。

さて、熱田神宮の本宮(写真参照)は、明治26年までは尾張造と呼ばれる様式の社殿だったようですが、現在は三種の神器奉斎の社であることから伊勢神宮とほぼ同様の神明造となっています(ほぼ同様というのは、伊勢神宮は特別に伊勢神宮にのみ許されている唯一神明造となっているからです)。
社殿は戦災で消失していて、昭和30年の10月に伊勢神宮の神宮式年遷宮の際の用材を譲り受けて再建されたそうです。

熱田神宮・本宮

伊勢神宮同様に、熱田神宮も本殿のまわりを「外玉垣」「内玉垣」「瑞垣」の垣で囲まれ、参拝者は「外玉垣」にある外玉垣御門と呼ばれる拝所からの参拝になります。

伊勢神宮の本殿ほかの建物は茅葺で、それこそ歴史の重みを視覚的にもひしひしと感じるものでしたが、熱田神宮の屋根は茅葺にはなっていませんでした。
このあたりが普通の神明造を唯一神明造の違いかもしれません。
しかし、茅葺の屋根をのぞけば、一週間前にみた伊勢神宮の本宮を思い起こさせる美しさで、かつ本殿の建物も伊勢神宮よりは見えたので、来てみてよかったなと思いました。

「熱田神宮:三種の神器の1つ草薙神剣が鎮座するお宮」の続き
posted by HIROKI tanahashi at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月12日

伊勢神宮:2 20年周期の式年遷宮にみる4次元デザイン

伊勢神宮:1 2000年の歴史をもつ神の居る場所」の続きです。
今回はいよいよ皇祖神・天照大御神の祭られた皇大神宮(内宮)の紹介です。

皇大神宮(内宮)

五十鈴川にかかる宇治橋をわたると、そこは内宮とも呼ばれる皇大神宮の御鎮座地です。
最初の鳥居をくぐると、すぐに杜にはいる形の外宮と違い、内宮では杜に入るまでに神苑と呼ばれる庭があります。
神苑の雰囲気は皇居などと似た印象で、この時点ではまだ神々しいイメージは皆無です。
神苑を突っ切ってまっすぐ伸びる道を歩いていくと、五十鈴川の天然の手洗場にたどりつきます。
昔はそこで手や口だけでなく、身体を清めてから参拝したそうです。

そこから外宮と同じように杜の中へと入っていきます。
すぐに神楽殿(写真左、中)が見えてくるのと同時に、外宮の杜で見たのと同じような大人5、6がかりでやっと周囲を取り囲むことができるくらいの太さの巨木が見られるようになってきます。
しかも、外宮以上の本数で、外宮にあった以上の太さのものもあります。

皇大神宮(内宮) 神楽殿

現在の伊勢の五十鈴川の川上に鎮座したのは、初代の神武天皇から数えて11代目の天皇にあたる垂仁天皇の26年(約2000年前)だといわれています。
2000年前ですからちょうどキリスト教とおなじくらいの歴史をもつわけです。

それらの巨木がその時代にすでにあったのか、それ以降のものかはわかりませんが、内宮の社殿を中心とした付近は神域とされ、鎮座以来まったく斧を入れることのなかった禁伐林となっているそうです。
そのため、樹齢も2000年、いや、それ以上のものもきっとあるのでしょう。
もののけ姫の巨大な猪や狼が神だったように、この木々たちもそれが巨大だというだけでとても神聖なものに見えてきます。

写真の右がその1本を写真に撮ったものですが、まったくこれではその圧倒的な迫力が伝わりません。
それは単に視覚的な問題である以上に、あの空間を覆っていた音や空気感なども含めて、写真では決して伝えられないものがあったのでしょう。
そのくらい、神秘的な空間があそこには存在しました。

皇大神宮(内宮)http://www.isejingu.or.jp/naigu/naigu.htm

「伊勢神宮:2 20年周期の式年遷宮にみる4次元デザイン」の続き
posted by HIROKI tanahashi at 20:30| Comment(1) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

伊勢神宮:1 2000年の歴史をもつ神の居る場所

昨日の日曜日は伊勢神宮に行ってきました。
伊勢神宮は「お伊勢さん」とも呼ばれる伊勢神宮ですが、正式には単に「神宮」というのが名称だそうです。
名古屋に住んでるうちに行こうと思っていたのですが、ついに昨日実現したというわけです。

豊受大神宮(外宮)

名古屋から近鉄特急で約1時間半。伊勢市駅から歩いて約5分あまりのところに、外宮と呼ばれる豊受大神宮はあります。

神宮へのアクセスhttp://www.isejingu.or.jp/koutu/koutu.htm

小雨が降るあいにくの天気のせいか、駅を降りて外宮に向かう道のりはほとんど人の姿は見かけませんでした。外宮の入り口(下写真左)に着いても人影はまばらで、伊勢神宮って観光地としてあまりに人気がないのかな?と思いました。

豊受大神宮(外宮)

駅から外宮までの通りもあんまりパッとしない雰囲気だったので、ちょっと期待はずれかななんて余計な心配もしたのですが、最初の鳥居をくぐればその心配もすぐに吹っ飛びました。

東京の明治神宮や京都の寺社などとも違う静謐な雰囲気。
何より僕の気持ちを昂ぶらせたのは神宮の杜に育った巨大な樹木でした。
太さは大人の男が4、5人手をつないでようやく周囲を囲むことができるくらいで、いったい樹齢何千年なんだろうと思いました。
そうした他の寺社であれば間違いなく御神木あつかいされるであろう木々が当たり前のように生えているのです。
そんな杜のつくる雰囲気が神の居る場所という印象を与えるのです。

豊受大神宮の御祭神である豊受大御神は今から約1500年前に天照大御神のお食事をつかさどる神として丹波国から伊勢にお迎えされたそうです。
その時から現在にいたるまで毎日朝夕の二度、天照大御神に神饌をお供えする「日別朝夕大御饌祭」が行われているそうです。
1500年間、毎日というのはすごいですよね。

豊受大神宮の正宮が上の写真の真ん中ですが、実は写真はこの鳥居の外からしか撮ることができません。
それどころか、4重になった壁の一番最初の壁の中にしか入れないのです。
一般の人でも正装をして申し込みをすれば、もう1つの壁(3番目の壁)の中にも入れますが、それが精一杯。
皇太子でさえ入れるのは2番目の壁の中までで、一番奥に入れるのは天皇だけだそうです。
というわけで、僕たちが見れたのは正宮の屋根の端っこだけでした。
そういうところが余計に厳かな印象を与えてよいのです。

写真の右は入り口の鳥居の横にある勾玉池で、ちょうと菖蒲がきれいに咲いていました。

豊受大神宮(外宮)http://www.isejingu.or.jp/gegu/gegu.htm

「伊勢神宮:1 2000年の歴史をもつ神の居る場所」の続き
posted by HIROKI tanahashi at 07:58| Comment(0) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする