色々と繋げる、その中で、今まで聞いた事、見た事のあるものではなく、ないものを繋げる事。
創造力というのは、実はこの事じゃないかなと思ったりします。もちろん、この力以外にも必要なモノはあるのではと思いますが、主にこの力が使われているのかなーと。
あるものと別のあるものを繋げて、新たなものを創り出す。僕もそれが創造力の1つの形だと思います。
まぁ、その前に自分とは無関係だと思えるものにも興味を示せる好奇心が必要なんですけどね。未知のものの文脈に足を踏み込んでいけるかどうか。だって、それが問題を見つける力であり、創造性には問題が不可欠ですから(「好奇心とは独創的な問いを発見する情熱である」参照)。
それがクリアできてはじめて、一見無関係と思えるものに繋がりを見出すことっていうお題に入れるのかもしれません。
前に「一見縁遠きものたちの間に脈絡を付ける」でも紹介しましたが、松岡正剛と茂木健一郎が対談集『脳と日本人』のなかで、こんな掛け合いをしている部分があります。
松岡遠くを感じることが近さを強化していくんです。ニュートンのリンゴと星の関係のようにね。
茂木 一見縁遠きものたちの間に脈絡を付けるということですね。
内側で考えるのではなく、外側を見て、境界線上で考えることが大切なんだと思います。松岡さん風にいえば編集的視点でしょうか。
この能力の持ち主は、たとえば、IDEOのトム・ケリーが『イノベーションの達人−発想する会社をつくる10の人材』で挙げている人材像に重ね合わせれば、異なる業界、異なる分野を探り、そこで発見したことを自分達がデザインしようとしているものに見合うように変換するキャラクターである「花粉の運び手」に相当するでしょうか。あるいは、人々の行動を観察して、提供される商品やサービスと人々がどのようにインタラクションしているかを理解するキャラクターである「人類学者」もそれにあてはまるでしょう。
創造性の最高の形式の1つは自分自身が変わること
また、茂木健一郎さんが『脳と創造性 「この私」というクオリアへ』のなかで言っている、創造性の最高の形式の1つは、自分自身が変わることである。
という言葉とあわせてみれば、なんでも繋げればよいというものでもなく、繋げることで自分自身が変わることを意識しながら、有効な繋がりを選択していくことも必要なのでしょう。他人やまわりを変えるのではなく、自分がまず変わることですね。
これが条件なのでしょう。単に自分の考えを無理やりこじつけるための繋ぎじゃ、あまりに意味がなく、繋げることで、まさに自分の考え方や行動が変わってしまうようなリンクを見つけることが必要なのだと思います。
自分の目にかかったフィルターを取り除く
もう1つ付け足すと、実は「繋がりを創る」ということのほかに、「隠れた繋がりを見つける」ということも実は創造には必要なことだと思っています。こちらは「人類学者」の領域ですね。IDEOにおけるデザイン・プロセスで「観察」が重視されるのもこれが理由ですね。人びとの暮らしのなかの行動を観察するなかで、普段は見落としてしまっている「一見縁遠きものたちの間」の脈絡を見つけるんです。そこに新しいモノのデザインのヒントが見出される。具体的にはエスノグラフィーなんて方法を使います。こんな風に。この辺の詳しい話は『ペルソナ作って、それからどうするの? ユーザー中心デザインで作るWebサイト』昨日の「デザインの現場に元気がない理由?」でも、ちょっと書いたとおり、人間っていうのは結局、もともと繋がってるものの繋がりをほとんど見逃してしまうというやっかいな性質をもっています。だから、リンゴと星の関係のように隠れていた繋がりを見つけると、創造的な発見となるわけです。
見逃す理由は、思い込みたっぷりの自分のフィルターがかかった目で見ていながら、そのこと自体に気づいていないことに起因します。そこにフィルターがあることに気づかないから、そのフィルターを取り去ることもできない。
そのフィルターを取るためには、例えば、tukinosakazukiさんが書いているように、自分では無関係と思えるものをとりあえず繋げてみて、そこで何が起こるかを考えてみるというのも1つの方法でしょう。
あるいは、また別の方法としては、他人の目を借りるということもアリです。他人の目を借りるというのは、他人の声に耳を貸す、あるいは、本を読むとか、「人類学者」のようにユーザーを観察するでもいいでしょう。
物事を見る複数の軸を手に入れる
「デザインの現場に元気がない理由?」でも書いたように、世界は相互作用のうごめくコンテキスト・状況のネットワークのなかで、互いに繋がりあって、選択肢を限定しあっています。自分のフィルターのなかで見るっていうのは、その1つのリンクの範囲でしかモノゴトが見えていないということです。別に無数にある選択肢を見逃していて、それに気づかない。それを避ける努力は積極的に自分から行っていかないと、そこからは抜け出せないんですね。
それには自分で見方を変える方法をいくつか知っておく必要がある。視点の軸や使ってる物差しを変えて、別の視野を手に入れることで、自分が変わるためのきっかけをつくることです。
まとめてみると、自分の視点を変える方法としては、こんな方法があるでしょうか。
- 一見縁遠いものを並べてみる:2つの言葉を並置する、様々なものを集めてきて並べて分類してみる
- 他人の目を借りる:本を読む、他人の話に耳を貸す
- 観察する:観察を通じて他人の経験を追体験する
- 場を変える:旅に出る、歴史を学ぶ、オフィスで仕事をするのをやめてみる
- アイデアを試す:プロトタイプをつくって他人に触ってもらう、失敗作をつくる
方法はいろいろありますが、結局はこれです。
松岡 ついつい自分の思考パターンにだけ合わせて考える人が多いですからね。どこかに別の系があることを想定しないんですね。そういうクセのある人は、せめて自分が一個の数列だと思わずに、むしろ自分はいろいろな数列からできている編み物だと思うといいんです。
自分は自分なんて固定せずに、いろんな自分を想定すること。それが創造ということでしょうし、学ぶということなのだと思います。
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