かくれ里/白洲正子 & 白洲正子と歩く京都/白洲正子ほか

最近、僕のなかで熱い人は誰かと問われれば、間違いなく白洲正子さんをあげたいと思います。
白洲さんの魅力は、なんといってもモノを見出す眼力でしょうか。すでに亡くなられていますが、京都を中心に西国を歩きまわってみつけた物事を記したその本の魅力はいまだからこそ、より輝くのではないかと思います。

天才と呼ばれた青山二郎や小林秀雄にかわいがられた白洲さんのの本は以前に『お能・老木の花』を紹介しましたが、今日は白洲さんの代表作の1つでもある『かくれ里』と、白洲さんが綴った京都に関する文章を引用しながら京都と白洲さんの魅力をまとめた『白洲正子と歩く京都』という2冊の本を紹介したいと思います。

かくれ里/白洲正子

『かくれ里』は『明恵上人』や『西国巡礼』など、京都を中心に西国を巡礼・取材してまわるのがライフワークにもなっていた白洲さんが京都、大津、吉野などのかくれ里をまわって綴った紀行エッセイです。
以前に「不確実な世界の変化を受け入れる敏感さ」というエントリーでもすこし紹介しましたが、この本での白洲さんの紹介するかくれ里はいますぐにでも行ってみたくなるような魅力を放っています。

この本を読んで感じるのは、骨董などを愛した白洲さんのつくられたものからものづくりの意志を見抜く眼力です。

ここには石をめぐる一つの世界、石造の技術にたけた人々の、大きな集団がいとなまれたに相違ない。そして、みささぎを造った伝統が、観音寺城や安土城に生かされたのではあるまいか。古代の信仰には、いつもそういう現実的なものがある。人間の生活と切り離せないものがある。彼らは自分の生活を支えてくれる石や木を神と崇め、素材に問い、素材から啓示を受けた。そういう心を失って以来、別の言葉でいえば、素材が単なる材料と化した時、彼らの技術も低下したのである。
白洲正子『かくれ里』

昔の寺院は、自然を実にたくみに取入れているというか、まわりの景色の中にすっぽりはまりこんで、人工的な建造物であることを忘れさせる。寺院だけとは限らない。神社も住居も、あたかも自然の一部のごとき感を与える。これは彼らがあらゆる物事に対して、敏感だったために他ならない。現代の生活は、人を神経質にさせるが、決して敏感にはしてくれない。
白洲正子『かくれ里』

決して広く名の知れた対象を語るのではなく、あくまでかくれ里にひっそりと残された古きものを見て、当時のものづくりとそこに込められた思いや人びとの生活を想像して、白洲さんは語ります。そこには白洲さん自身のものとそれを取り巻く生活への熱い思いが感じられます。

ものより経験。そんな風なことを最近は簡単にいいますが、僕にはどうもそれがしっくりこない。それは以前に「身体なき体験の終焉(いや、はじまってもないけど)」でも書いたとおりですが、白洲さんもこんな風に言っています。

現代人はとかく形式というものを軽蔑するが、精神は形の上にしか現れないし、私たちは何らかのものを通じてしか、自己を見出すことも、語ることもできない。そういう自明なことが忘れられたから、宗教も芸術も堕落したのである。
白洲正子『かくれ里』

そう。ものの存在を甘く見てはいけないし、それがあるのを当然だなんて思うのはどうかしてます。ものはあふれかえってるから経験? 確かにあふれかえってますけど、そこにすこしでも愛着をかじるものがどれほどあるのでしょうか?

「そういう自明なことが忘れられたから」すぐに自分探し自分は自分だといって知識の詰め込みがはじまってしまうのだと思う。そんなわけはないのです。ものに触れれば人は変わるし、そうやって変わることでしか人は自分を見出すことはできないのです。ものとの触れ合いのなかでしか、いや良いものとの触れ合いのなかでしか人間はそもそも自分を見出すことなんてできないのだということを、かくれ里を旅しながら白洲さんは教えてくれます。

白洲正子と歩く京都/白洲正子ほか

そんな白洲さんが西国巡礼の拠点としたのが京都だそうです。実は明日から僕も京都の行きますが、この本を読んでまた訪れたくなった場所が増えました。全部が全部まわれるわけでは当然ないのですが、以前、上田篤さんの『庭と日本人』を読んで行こうと思っていた嵯峨野の大沢池は、白洲さんの思いも加わってより行くのが楽しみになりました。ほかにも白洲さんが簾を誂えたという簾屋さんや、箸の店にはぜひ行ってみようと思います。

さて、この本を読んでいて、そう、それそれと感じたのがまさにその「誂え」の話。

「買う」のではなく「誂える」という言葉があった。(中略)物を作る人がいて、物を使う人がいる。「買う」よりも「誂える」というほうが、作る人と使う人が、気持ちの中で繋がっている感じがする。
中沢けい「ゆっくりと買い物をする」
白洲正子ほか『白洲正子と歩く京都』

以前に「「誰のためのデザイン?」などと問う必要があるのは、「誰のためにつくる」という発想が消えたマス・プロダクションのものづくりが台頭して以来のことだ」と書きましたが、まさに「作る人と使う人が、気持ちの中で繋がっている」状態を失って、「誂える」は「買う」になり、ユーザー中心のデザインなんてものが特別なものになってしまったのだと痛感させられます。

私がいつも感心するのは、人生をたのしむことを実によく知っていられることだ。(中略)先生は身体がいくつあっても足りないほどあらゆるものをたのしむ。たのしむところからさまざまの思想や物が生まれて来る。
白洲正子「春夏秋冬 加藤静充」
白洲正子ほか『白洲正子と歩く京都』

白洲さんはこう小児科医であり陶芸家でもある加藤静充さんのことを称していますが、「たのしむところからさまざまの思想や物が生まれて来る」のは白洲さん自身にもいえたことなのではないかと思います。その白洲さんが加藤さんという人をみるからそうなるのではないか。そこにはまさに「作る人と使う人が、気持ちの中で繋がっている」状態があるのではないかと思います。

いまは買う人が作り手のことを知っていることはあってもその逆はほとんどないし、それに作り手が買い手を知ってたからといって気持ちが一方的にでも繋がっているかといえばそうではないでしょう。そこにいまのものづくりの不幸がある気がしています。だから、わざわざユーザー中心のデザインなんて言わなきゃいけないか、そうでなければ、もはやそんなことも完全に無視して技術主導の発想で「つくりたいものつくる」なんていうまったくわけのわからないことになってしまいます。
しかし、何より不幸だなと思うのは、それが不幸だとはもはや微塵にも感じなくなってしまった鈍感さでしょうか

「現代の生活は、人を神経質にさせるが、決して敏感にはしてくれない」
まさにそのとおり。そう言うしか言葉はありません。

 

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