鈴木氏のプロフェッショナルとしての仕事の流儀、それは「自分は信じない。人を信じる。」鈴木氏には、1人の人間が考えていることは、たかが知れているという考えがある。周囲の人間に解決策を求める中で、自分の最初の思いつきを閉まっておくことで、おのずと答えが出る。最終的に自分が思いついたアイディアに戻ってくるのではなく、周囲の意見を取り入れた別の言い方に言い換えてみるということが大切である。
問題があれば、それは他人を疑うよりはまず自分を疑うべきだと僕は思っています。他人を変えようとするのではなく、自分が変わることが大切だと思います。
そうであれば、現在の問題を外部の環境のせいにしたり、方法論のせいにしたりはどうもしっくりこない。それは自分の進め方が外部環境を変えたり、道具をうまく使いこなすにはいたっていないふがいなさを反省し、もっとうまくいく方法をとことん考えてみればいいと思います。
壊されたらまた積み重ねればいい
その意味で、上記の引用はすごく納得感がある。ここでの「自分は信じない。人を信じる。」は、もちろん、自分に対して自信をもっていないということとは違います。
むしろ、自分に対して明確な信念・自信がない人ほど、他人や外部の環境、方法論に難癖をつける傾向があるでしょう。それは上にも書いたとおりの意味で。
自分に自信があれば、自分をいまより高めようという信念があれば、むしろ他人の耳に傾け、外部の状況に応じた適切な判断・言動を行い、よい方向に導くこともできる可能性は高くなるはずです。
いまの自分が外部の環境や既存の方法論に頼って、真に自分自身の主張だと思えることがなければ、その手法や考え方を否定されただけで、自信を喪失してしまうかもしれません。それは本当の意味での自信ではないと思います。外部の客観化されたものを頼りにしてるだけで、主観としての自分の強さを持ちえていない。「自分を信じない」というのはそういう客観化されたものに頼ってしまって、自分の主観の強さを磨こうとしない態度をつねに疑ってかからないといけないということだと思います。
壊されたらまた積み重ねればいい。そう思っていれば、それこそ積極的に他人の意見や外部の意見に耳を傾けていこうという姿勢が生まれるのではないでしょうか。いや、むしろ積極的に壊そうと思っていなければ客観にまみれた自分のなかで主観を磨きだしていくことはできないのではないか、と。
他人の主張も取り入れつつ、より大きな解決策を見出す
ただ、自分の信念を社会や周囲の環境に対して実現する方向に動くのであれば、単にそれを強固に主張するよりは、むしろ上の引用にもあるように「周囲の人間に解決策を求める中で、自分の最初の思いつきを閉まっておく」ほうがうまくいくのは考えてみればわかる。「自分の視野を広げるためにも他人の意見には耳を傾けなきゃ」というエントリーでも書いたとおりですね。図にすれば、こういうことで、
他人と主張を争い小さな妥協点を見つけるよりも、他人の主張も取り入れつつ、より大きな解決策を見出す方がどんなに適切かということです。
身近な他人より、遠くの他人
もちろん、ここで他人といっているのは、すぐ身近なおなじ環境にいる他人だけを指すというより、むしろ違う文化や論理のなかで動く外部の他人を考えたほうがさらによいでしょう。そのほうがより大きな円としての解決策につながる可能性をもっているからです。
ただ、その際にはより意識して自分の主張をはじめは「閉まっておく」ことが必要になるでしょう。
ここでいう主張を閉まっておくというのは、単に自分の考えを他人に押し付けないということだけを指すのではなく、自分が用いる言葉が外部の人にも通じるか、専門用語を使ってしまって外部の人を混乱させてないかだったり、相手の話を聞くのに自分の論理でばかり聞いていないか、相手の話のコンテキストに自分が配慮できているかということを含めて。
自分自身をつねに反省する
また、それは自分の発言や行動などの態度が外部の人にどのような影響を与えてしまうのかを考えることも含めてです。自分という存在を透明化して考えないこと。いま自分がいる現状は自分の動きや発言、それから逆にいままで自分ができていなかったことも含めていまの状況にあるのだということを忘れてはいけないと思います。ここでも「自分は信じない。人を信じる。」なんだと思います。
フィールドワークなどという手法が意味をなすのはこうした姿勢があってこそだと思います。
自分の主張にこだわりすぎて、身近な他人、目の前の他人の話も聞けなければ、他人とともに大きな円を描くことなどできません。
自分の主張を押し付けるよりも、まずは外部の状況に耳を傾けたり、その状況をつぶさに観察する目を養うことが、結局、自分のまわりの環境を変えていくことにつながるのではないかと思います。
結局は、他人や外部への敬意を忘れずに、つねに自分を精進させようという姿勢ですかね。
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この記事へのコメント
bokuno-nou
そして話題をより深く掘ってくださり、大変勉強になりました。
ご参考にさせていただきます。
tanahashi
いつもとても参考になる情報が紹介されているので、楽しみに読ませてもらっています。