ただユーザーを観察すればよいってわけじゃない。

なんでもかんでもユーザーに聞けばよいってわけじゃない。
いや、ユーザー中心のデザインにおけるユーザー調査では、むしろ、「ユーザーの意見は聞いてはいけない」とさえいわれます。意見を聞くのではなく、ユーザーの行動を観察せよ、と。
でもね。ただユーザーを観察すればよいかっていうと、そういうわけでもないんですよね。

ただユーザーを観察すればよいってわけじゃない。

前に(「「わかる」ためには引き出しを増やさないと」で)引用しましたよね。

文脈がわからなければ「わからない」。
わかるためには「わからない何か」がなくてはなりません。「わからない何か」が自分の中に立ち現れるからこそ、「わかろう」とする心の働きも生まれるのです。

観察調査だっておなじで「わかろう」としなければ何も「わかりません」。
極端な話、ただ見るだけだったら目をあけてるあいだなら誰でも四六時中やってるわけです。見るだけでわかるなら、とっくにわかってていいはずです。わざわざ観察調査をするのは、単に目の前でユーザーに普段の行動をとってもらうためだけじゃありません。

観察調査というのは、ユーザーの行動のなかに未来のデザインの輪郭を見つけるためのものです。つまり、実際にはそこにあるようでない「未来のデザインの輪郭」なるものを見るわけですから、ぼーっと何も考えずに観察したって何も見えてくるわけはないんです。わかるわけはないのです。
観察調査は、そこにあるようでない、ないようであるものを発明/発見するための手法です。観察する側がはっきりした意思をもって「わかろう」としてはじめて、そこにある文脈に気づき「わかる」ことができるのです。

観察調査に欠かせない5つの要素

では、ユーザー行動の観察調査に欠かせないものとしては、どんな要素が考えられるでしょうか?
僕は、意味のある(つまり、後のデザインに有効利用できる)観察調査のためには、以下の5つの要素が欠かせないと考えています。

1.観察に意味をもたせる唯一のものとしてのヴィジョン
観察調査をやる意味を唯一保障してくれるもの。それは自分たちがどんなことを実現しようとし、そのためにどんなものをつくろうとしているかに関するヴィジョンです。そういう明確なヴィジョンももたずに有意義な観察調査を行うのは不可能です。また、ヴィジョンが技術的な視点で語られたものでも観察調査を意味あるものにするのはむずかしい。この技術はユーザーに価値をもたらすのか? そんなことは観察調査をいくらやっても答えは出ません。
そうではなく、その場合、ヴィジョンの描き方が間違っているのです。技術がユーザーに価値をもたらすかという問いの立て方ではなく、この技術をどうデザイン・表現すればユーザーの価値に変換できるのかという問いを立てなくてはなりません。そして、いくつかデザインの仮説をもったうえで観察調査に臨む。そうすることではじめて技術の視点が観察調査を通じてユーザーの価値とつながってきます。
2.型にこだわりすぎないフリーなマインド
事前に知りたいことのリストができていたとしても、それをアンケート調査のように構造化したきっちりとした質問としてユーザーに投げかけたら、観察調査は台無しです。観察調査ではユーザーをこちらの型にはめて観察するのではなく、あくまでこちらがユーザーの型にはまるべきなのです。
「ペルソナの作成を目指している場合、くだけたインタビューの方が後々役に立ってくる」と『Webサイト設計のためのペルソナ手法の教科書』には書かれています。そのとおりだと思いつつ、ただ、その「くだけ方」にも作法があると僕は考えています。『Webサイト設計のためのペルソナ手法の教科書』には「基本的にはチェックリストの上から順に質問していくが、会話の流れに応じて変更すること」と書かれていますが、僕は「会話の流れに応じ」る以上に、ユーザーの行動の流れに応じることが必要だと考えています。
ユーザーの行動と発言は必ずしも一致しません。発言を無視する必要はありませんが、発言だけに頼るインタビューではいけないと思います。発言よりも重視すべきはユーザーの行動です。また、発言に関してもユーザーの意見より、事実に関する発話(普段それを使う場所、利用場所が職場であればそこでのルールなど)を重視したほうがいい。そうした事実をユーザーの行動の流れのなかで観察を通じて確認していくのです。なぜなら知りたいのはユーザーのことではなく、ユーザーとモノとのインタラクション、あるいはユーザーとモノを取り囲んだ環境の影響だからです。
3.アフォーダンスを見つける「なぜ?」を問う力
観察調査で知りたいことの1つ。「ユーザーとモノとのインタラクション」を知るためには、ユーザーの行動に対して「なぜ?」を問う力が必要です。もちろん、その「なぜ?」はユーザーに直接問うのではありません。むしろ、観察者がユーザーの行動が何に影響されてそのような形になっているのかを見抜くのです。
何がユーザーの行動の形態・軌跡をそのようになるようアフォードするのか?です。それはユーザーがいま使っているモノの形のディテールによるものなのかもしれない。あるいは次に書くように、この場には存在しない何らかのルールや環境の制約条件によるものかもしれません。それを見抜くためには、まず「なぜ?」という問いに気づかなくてはいけません。
4.その場には存在しない背後のコンテキストを想像できる情報構造化能力
厳密にいえば理由のない行動などないと思います。どんなユーザーの行動にも必ず理由があるといってよいと思います。もちろん肘は一方向にしか曲がらないといった人間に共通の理由もあります。片手だと不安定だから両手で持つという道具の重さや形が影響する場合もあるでしょう。
しかし、ユーザーの行動の理由がこの場には存在しないこともあります。体の大きな男性が小さく身を縮めて何かを操作していたとしたら、それはもしかすると、いつもそれを利用する場所がとても狭い場所なのかもしれません。だとしたら、そこにいま以上に大きな道具を持ち込むのはナンセンスです。
デザインを考えるためには、そうしたユーザーの行動の背景にあるものも見えるようにする必要があります。それにはいま目に見えているものとユーザーの行動の関係を整理して、それだけでは説明しえない行動があるかを観察&インタビューをしながら考えないといけません。それには情報の構造化力が必要になってきます。頭のなかで情報を整理しつつ、足りないパーツは何で、そのパーツはだいたいどんな絵柄をしているのか想像して、それをユーザーに確認することが必要です。
5.その場で未来のデザインの輪郭が映像として思い浮かぶためのデザイン経験
観察調査はたいていの場合、そのときはじめて会ったユーザーとの一期一会の時間の決められたセッションです。その限られた一回きりの時間のなかで、ここまで書いてきたような、ユーザーの動きとモノとの関係性やここに存在しないものの影響をみてとれなくてはいけません。
最近、僕が感じるのは、ユーザーとコミュニケーションしながらそうした情報構造化をリアルタイムで行い、ユーザーの利用シーンの映像がここにないものも含めてはっきり浮かんだり、また未来のデザインの輪郭がぼんやりとその場で見えてくるためには、どんな形であれ観察者自身がデザインに関わった経験があるかないかで大きな差が出てくるのだろうということです。よくユーザビリティテストではデザイン関係者を被験者にしてはならないといいますが、デザイン関係者は本人は気づいていなくてもモノの見える深さが普通の人とはまるで違うのだと思います。もちろん、おなじデザイン関係者でも経験や能力によって見え方が違うはずです。その意味では、おそらく優秀なデザイナーほど、一度の観察から得るものは大きいのではないかと思います。
逆にいえば、観察がうまくなりたかったら自分でデザインを考えるということをしてみることです。「わかる」ということは、違いを区別できる、小さなディテールの違いもわかる、ということです。そして、それが「わかる」ということがそのまま分析ができるということです。デザインの違いによるユーザーへの影響を観察しながら分析できるくらい、デザイン経験がほしいものです。

ここには、あえて観察調査のやり方をしっているとか、適切な対象者を選んだり会場のセッティングを滞りなく行うことなどはいれませんでした。それもとうぜん大切なことですが、本質的かというとそうではないからです。

観察調査がどんな全体の一部であるかを意識すること

何より大事なのは、なぜ観察調査を行うのか?ということを、「その仕事に何が求められているかを明確にするためのスキルと方法」で書いたようなユーザー中心のデザインという仕事の全体、あるいは、より大きなユーザーの生活のなかでの利用につながる形で捉えることができるかということです。

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なんだか「ユーザーの行動を観察する調査」ってのがあるらしいよ。やってみる?
ってな具合に軽い感じでやったって、お金がかかる割には得るものは多くないはずですから、やめたほうがいいです。新しいものを知識として覚えたからといって、それが役立つ保証はありません。覚えるならそれがどうやってやれば本当に効果がでるのか。はたまた、自分たちはそれを使ってどんな効果を狙っているのかを明確にしてみることからはじめるべきだと思います。次の作業は何で、全体としては、どんな形で社会に価値を生み出そうとしているのか、です。

そして、調査をする際には、自分たちの観察調査がすでにユーザー中心のデザインの一部であり、ユーザーの生活を豊かにする活動の一部であると思って、目の前のユーザーの行動に目を凝らすことができるかどうかがポイントになります。

そんな大きな流れのなかでの、調査に協力してくれたユーザーとの一期一会を大切にできるか。それは先に挙げた5つの要素に日々どれだけ磨きをかけることができているかで差が出るのではないでしょうか。

   

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