情報アーキテクチャとHuman-Information Interaction

2つ前の、エントリー「人間中心設計プロセスに欠けているのは具体的なモデリングの手法」で、「ユーザビリティに問題があると感じるものに共通するのは、情報の組織化・構造化を含む情報アーキテクチャ、トーン&マナーの一貫性など、Webのデザイン・制作者であれば、わりと当たり前にやれているようなことができていなかったりするものが意外と多い」と書きました。

実際のデザイン過程についてはわかりませんが、結果としてできた製品をみると、情報アーキテクチャというものを非常におろそかにしているという印象をもつものが多いのです。もしかすると、プロダクトデザインをしている人は、自分たちは「もの」のデザイナーであって、「情報」をデザインしているという意識が足りないのではないかと疑いたくもなります。もちろん、実際の現場にはいろいろと複雑な事情があるとは思いますが、個々人はともかくとして、組織的なところで情報デザインに対する意識がすこし薄いのかもしれません。

情報アーキテクチャとは

では、情報アーキテクチャとは何でしょう?

Wikipediaによれば、<情報アーキテクチャ(Information Architecture)は、知識やデータの組織化を意味し、「情報をわかりやすく伝え」「受け手が情報を探しやすくする」ための表現技術>で、

ウェブデザインの発展に伴い、従来のグラフィックデザイン(平面デザイン)に加え、編集・ビジュアルコミュニケーション・テクノロジーを融合したデザインが要求されるようになった。情報アーキテクチャはこれらの要素技術を組み合わせた、わかりやすさのためのデザインである。

と説明されます。
「知識やデータの組織化」を軸とした「表現技術」であり、「わかりやすさのためのデザイン」であるということです。

情報アーキテクチャは何をわかりやすくするのか?

では、情報アーキテクチャは何を「わかりやすく」することを目指すものなのか?

プロダクトであれば、わかりやすくする対象は、機能とそれに対応した操作方法が1つ。
もう1つは、メモリー容量の大規模化にともなって巨大化したデータのアーカイブから必要なデータを見つけ出す際の操作だと思います。

記号的操作が主となった現在のプロダクトにおいて、その機能を利用するためには、操作を行うためにプロダクトの側が理解可能な記号をそれを利用する人間の側も理解できるようにならなくてはいけません。
主にウェブの表現技術として近年発達してきた情報アーキテクチャの技術ですが、多機能化とともにインターフェイスそのものが多様化するプロダクトにおいて、その表現技術の重要性はUIが固定されているWeb(マウス、キーボード、ディスプレイ)以上に重要な技術になってきているはずなのです。

情報端末のこれから

ここで最初の疑念に戻って<自分たちは「もの」のデザイナーであって、「情報」をデザインしているという意識が足りないのではないか>というところを考えると、確かにプロダクトはものであり、ものそのもののデザイン性も美的な観点からも人間工学的な観点からも考える必要があります。

ただし、携帯電話にしろ、デジカメにしろ、カーナビにしろ、機能としては情報端末です。そこにはアーカイブされた情報を探索、閲覧する機能が必ずあります。
先にも書いたように端末自体やそれに付随する記録メディアの容量が大規模化するにつれて、そこに書き込まれたデータのファインダビリティやそのための操作のユーザビリティが問われるようになります。
わかりやすくいえば、そこに目をつけたのがiPodですね。iPodはiTunesという外部アプリケーションとセットになることで、音楽データをアーカイブして整理するという体験そのものを売り物にしました。

ますます大容量化するであろう記録メモリの容量を考えると、今後の情報端末においては、いかにアーカイブされたデータを扱う経験そのものを「快適なもの」「楽しいもの」に変換していけるかがポイントになるのではないかと感じます。

記号的道具としての情報端末

また、それらの情報端末は道具として多くの機能をもちますが、それらの機能と操作の関係は記号的です。「iPhone/iPod touchと自転車のデザインの違い」でも書いたとおりです。

それらの情報端末の記号的操作は、ハンマーで釘を打ったり、ペンなどを使って手書きで字を書くような身体的な操作ではありません。機能はブラックボックスになっていて、ユーザーはその機能に対応したボタンを押す以外に何の工夫もできません。ハンマーでもペンでも軽く叩く軽く書くなどの調整が可能ですが、記号的操作にはそうした身体的な調整の余地はありません。

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つまり機能はブラックボックス化して完全に記号化しているわけで、機能そのものもほかのアーカイブされた情報(写真、音楽、辞書など)となんら変わらない情報です。

道具とユーザーのあいだのギャップ

問題は、機械の側にとっては機能も単なる記号として固定化されていますが、それを使うユーザー(特にはじめて使うユーザー)にとっては、機能とは記号ではなく何らかの動作が付随したものだということです。ここに機械の側とユーザーの側でギャップがある。

前者は機能を名詞的にとらえ、後者は機能を動詞的にとらえているのですから、その両者を一致させるためには、適切なコミュニケーションによる橋渡しが必要になります。

現在の多くのプロダクトのデザインにはそうした情報デザインの問題がHII(Human-Information Interaction)の問題として、ユーザビリティやユーティリティに関わってくるようになってきているはずです。文字通り、人間と情報化された機能や膨大に蓄積されたアーカイブとしての情報のあいだにどのようなインタラクションを媒介させ、人びとの暮らしのなかで使える道具に仕上げるかというデザイン問題です。

情報アーキテクチャとHuman-Information Interaction

にもかかわらず、どうもいまだにプロダクトデザインの人はいまだに機能に対応したハードボタンを1機能に1つつければいいような幻想を抱いているのではないかと感じます。そして、無惨にもボタンだらけのインターフェイスができあがってしまったりもします。
かといって、ハードボタンをタッチパネルや十字キーを使ったUI上のボタンに置き換えれば済む話かというとそういうわけではもちろんありません。


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すくなくともUIの「入力方法」「入力の種類」「操作の種類」「操作対象」には、ちょっと考えただけでも上の図のような組み合わせが考えられるわけです。どの操作・どの入力をどの方法で行わせるかを考えるのは、明確な方針がなければむずかしいはずです。
ましてや上で「入力の種類」「操作の種類」「操作対象」としてあげているのは一般化した例であり、それぞれの機器、それぞれのユーザー、それぞれの用途に応じた適切な機能のラベルが必要になるでしょう。それがわかりやすいラベル=テキストで表示可能な領域があればよいですが、場合によっては使用可能な領域が狭くアイコンで表現しなくてはいけないこともあるでしょう。

ようするに、ここでユーザーの利用状況や用途、ユーザーのもつ知識にあわせた適切な情報アーキテクチャがきちんと構築されているかどうかが問われるのです。情報アーキテクチャが定まっていれば、あとはボタンやアイコンをどのように配置し、表現するかの問題に集中できます。

多くのプロダクトのユーザビリティの問題は、この基礎となる情報アーキテクチャが、ユーザー調査やペルソナ/シナリオ法を用いて明示されたところから落とし込まれていないということにあると思うのです。だからこそ、「人間中心設計プロセスに欠けているのは具体的なモデリングの手法」で書いたように、シナリオなどで描かれたユーザー要求をモデリングして情報アーキテクチャやインタラクション・デザインに落とし込む技術が必要になるわけです。

この部分の情報デザインの方法をきちんと体系化してあげないといけないなと最近ものすごく感じているわけです。

   

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