自分がいまどこにいるのかわかるか?

自分がいまどこにいるのかを知ることはとても大切なことです。ふだんはそんなことは当たり前すぎて自分がどこにいるのかという情報が重要なものだということを僕らは忘れがちです。

しかし、自分がどこにいて、どこにいないかがわかっていなかったとしたら大変です。
自分がどこにいるのかわからなければ、よその地域のニュースや天気予報を見て慌てたり不安に思ったりするかもしれませんし、いま土足でいるべきか靴を脱ぐべきかにも困ってしまうでしょう。

何を言ってるのか?って。
カーソルっていうものは偉大だなと思ってるわけです。

マウスとカーソル

コンピュータのマウスとカーソルによるユーザーインターフェイスっていまさらながらよくできているなって感じます。自分がモニターのどこにいるかがカーソルによってわかるというのはすごく大事です。自分の現在位置がわかることで、どの方向にどれだけの距離、カーソルを動かせば、自分が押したいボタンをクリックできるか、自分が消したい文字を削除できるかが直感的にわかります。

それがもしカーソルがなかったらどうでしょう。
たちまち自分がどんな行動をするべきか、マウスをどう動かせばいいのかがわからなくなります。

おなじ意味でどのウィンドウがアクティブなのかを示すユーザーインターフェイスの表現も大事です。ウィンドウが重なっていた場合、自分がいま直接操作可能なのはどのウィンドウなのかがわからなくては困ることは多いはずです。

マリオというカーソル

自分の居場所がわかるユーザーインターフェイスは何もパソコンのカーソルだけじゃありません。

マリオでもドラクエでも多くのゲームは、人型のアイコンそのものが自分の位置を示すカーソルです。
十字キーのようなインターフェイスだとマウスほど、自由な動きはできませんが、それはふだんの生活でもたとえば両手に荷物を持っていたりして身動きが不自由な状態でも動きづらさはあってもどう動けばいいかわからない状態にはならないのとおなじです。
十字キーでの操作の自由度はすくなくなっても、カーソルで自分の位置さえわかっていれば何をすべきかを理解するための認知自体が妨げられることはありません。

タッチパネル

さらにタッチパネル式のユーザーインターフェイスであれば自分の指先そのものが自分の現在位置ですから、まったく困ることはないでしょう。画面に触った位置そのものが自分の現在位置ですし、画面に触っていなければ自分は画面にいないということなのですから。

身体感覚を欠いたインターフェイス

と、ここまではよくできたユーザーインターフェイスの話をしてきました。

しかし、マウスという標準的なユーザーインターフェイスがあるパソコンや、ユーザーのことをよく考えてつくられたゲーム以外の、液晶画面がついた製品のユーザーインターフェイスには出来がよくないものが山ほどあります。
そして、不出来なユーザーインターフェイスの問題の多くは、カーソルやマリオのような「自分の現在位置がわかる」機能を十分に満たせていないのです。しかも、そういうものに限って、複数の物理的なボタンや十字キー、ジョグダイアルなどと、画面上のアイコンやボタン、タブなどがどう対応しているのかがわかりにくかったりします。

カーソルがないので自分の居場所が認識できないし、複数の操作と画面からのフィードバックの関係が認識できないので、まさにまったくコミュニケーションがとれなあ他人の体を動かしているようにしかならない。つまり、まったく身体的な感覚が得られないわけで、タッチパネルや使いなれたパソコンのマウスをいじるようには直感的な操作はできません。

視点と身体がバラバラ

カーソルをつかわないユーザーインターフェイスの多くが、アクティブ状態にあるボタンのまわりに色をつけるなどして現在位置を示しています。ただ、それだけだと縦や横一列のリストやマトリックス状の単純なものであれば、十字キーなどで選択状態にあるボタンの位置を移動できますが、エリア自体が2分割されていたりすると、自分がいるエリアとは別のエリアにあるボタンを押したい場合にどうすればいいかがわからないことが結構あります。視点としてのカーソルと、動きにつながる身体の部位にあたる物理的なボタンがバラバラで対応していない状態なので本当に身動きがとれなくなってしまいます。

その状態に、ひとつ前のエントリー「情報設計の重要性、わかっていますか?」で書いた部分情報問題での不適節な情報デザインが重なったりしたら、ほとんどのユーザーがお手上げで、使える機能の1割から2割程度しか使わないなんてことになるでしょう。
そうなれば、使う側にとっても、つくる側にとっても不幸としか言いようがないですね。

基本的には、ユーザーインターフェイスはいかに身体の延長にあるものとして使えるようにデザインできるかがポイントになるのだと思います。そして、できれば使いなれた状態では存在自体が意識されないくらいのユーザーインターフェイスがよくできたインターフェイスだといえるんでしょうね。なかなかユーザーインターフェイスのデザインって奥深いなって思います。

  

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