デザインの方法:ブルーノ・ムナーリの12のプロセスの考察(e.素材と技術)

デザインの工程の半分は、デザイン問題を解決するためのデータ収集と分析の作業だと僕は考えています。

そして、そのデータ収集と分析の作業には大きく2種類があり、それは「企画設計=デザインとは」のエントリーでも言及した、深澤直人さんの「デザインの輪郭」を決める外側からの「選択圧」と内からの「張り」という区分に関係したものです。



  • 外側からの「選択圧」に関するデータ収集とは、人間一般の特性に関する情報、特定の個人=ユーザーに関する情報、人間の集団が生みだすものとしての社会、経済、歴史に関する情報などがそれにあたります。
  • 内からの「張り」に関するデータ収集とは、これからデザインしようとするものに用いる素材や技術に関する情報です。

ようするにデザインを考える上では、人間の側からみるのとものの側からみることがともに必要だということです。データ収集と分析をどれだけ丁寧に量を多くこなせたかということが、創造的なデザインを生み出せるかどうかに大きな影響を与える1つのパラメータになります。そして、多くのデザインがへなちょこなのはたいていデザイナーがこのデータ収集・分析を他人まかせにして軽視しているからにほかなりません。素材の吟味もせずに自分の独創性だけでものづくりができると勘違いしている人が少なくないのでしょう。

さて、話を戻すと、すでに書いた「デザインの方法:ブルーノ・ムナーリの12のプロセスの考察(c.問題の研究のためのデータ収集、分析)」で扱ったのが、前者の「選択圧」に関するデータ収集と分析に関してであり、今回扱うのが後者の「張り」に関するデータ収集と分析に関してです。

7.企画のために用いられる素材や技術のデータ収集

デザインとものづくりは別物だということをもう一度よく捉える必要があると僕は考えています。いま、最もきちんと考えるべきことがデザインとものづくりの区分なのだと思うのです。

そして、そのことがこの「7.企画のために用いられる素材や技術のデータ収集」をいうデザイン過程を考える上でとても大事なことです。

現代の日本で職人は、開発の初期段階である試作部門でしか生きる場がない。大量生産を前提とする仕組みの中で、非常にもったいない状況になっている。
前述したトリノの塗装職人のように、もともとのデザインやコンセプトを試作品として具現化するのは職人の領域だ。

そう。「もともとのデザインやコンセプトを試作品として具現化するのは職人の領域」なんだと思うのです。ものづくりの「もの」に関する知識や技では、デザイナーは到底職人の足下にもおよびません。素材や技術に関しては、デザイナーは職人に教えを乞う態度でのぞまないと必要なデータ収集・分析の作業をきちんと全うすることはできないと思います。
それゆえにデザイナーは、デザインとものづくりの区分を明確に理解し、自身と職人の職域の違いをわかった上で、敬意をはらって職人の知識を活かす努力をすることがこの「7.企画のために用いられる素材や技術のデータ収集」の作業を行う上では大事なことだと思います。

逆にいえば、それは職人にデザインをさせるのはあまりよろしくないということです。

デザイナーに問題を委託した工場には当然その技術があり、得意な素材とそうでない素材がある。したがって、素材と技術に関するデータから外れた解決を考えるのは無意味である。
ブルーノ・ムナーリ『モノからモノが生まれる』

職人や工場の並外れた知識や技というのは、多くの場合、特定の素材、特定のものに紐づいています。それゆえに、職人や工場の側では非常に狭い範囲でしか、素材や技術に関する吟味ができないのは当然のことです。このため、ムナーリが例に挙げているような「デザイナーに問題を委託した工場」といった場合のように、すでにものづくりを担当する工場が決まっている場合ならいざしらず、本来、デザイナーは「7.企画のために用いられる素材や技術のデータ収集」の作業を行う際には、職人選びや工場選びも含めて素材や技術のデータ収集を行い最適な解決策にあった素材・技術の選定を行う必要があるのです。これはデザイナーには可能でも、当然、職人の側では不可能なことです。

このような意味で、デザインとものづくりは別物だと認識しなくてはいけないと考えています。
素材を活かす技術をもっていることと、素材と技術に適切な活躍の場を与えることとはまったく別の取り組みなのですから。

ファンタジア/ブルーノ・ムナーリ」ではこんなことを書きました。

そのデザインである創造力から、ムナーリが視覚化の手段である想像力を分類していることですね。コンセプトと具体的な視覚化は別物というわけです。

コンセプトと具体的な視覚化の技術は別物です。具体的な視覚化においては「素材を活かす技術」において高度なレベルを維持する必要があり、それは職人の領域です。もし自分がそうした視覚化技術、ものづくり技術でハイレベルを目指そうとしているデザイナーさんがいれば、それはデザインの領域なのではなく、スタイリングの領域、職人の領域であることを知らないといけないでしょう。

8.素材や手段についての実験

さて、そのような意味でデザイナー(デザインチーム)とものづくり技術をもった職人さんたちとのコラボレーション・対話を通じて行われるのが「8.素材や手段についての実験」に関する作業です。
デザイナー(デザインチーム)はこれまで自分たちが頭のなかで考えてきたことが実現可能かを、職人たちの既存の知識や作業を通じて実験、検証していかなくてはいけません。

もちろん、この過程は単なるダメ出しのための消極的な作業ではありません。具体的な実験・検証作業を通じてこれまで見えなかったものが見えてくる場合も少なくないはずです。視覚化によって問題点が見えてくると同時に、それまでは気づかなかったデザイン問題解決のためのヒントも見えてくるはずです。

「8.素材や手段についての実験」での作業は、部分的なレベルでの素材や手段についての実験・検証段階ですが、これは次の段階である「9.模型作成」=プロトタイピングの段階にもいえることです。
ここまでデザインの方法を順を追ってわかりやすく説明するために、順番を重視した説明を行ってきていますが、実際には1つの段階を終えてはじめて次の段階にいけるといったウォーターフォール的な進め方にこだわる必要はかならずしもありません。
むしろ、素材や手段についての実験やプロトタイピングの作業を通じて、「「創造的な仕事」に求められる7つの作法」で書いた「手を動かしアウトプットする」ことが可能になるのですから、ラピッド・プロトタイピングを心がけつつ、人間の側からのインプットとものの側からのインプットの両面を有効活用しながら「6.創造力」を発揮した最終解決案の模索を行うほうが賢明です。

そのような意味で次回に説明させていただく「9.模型作成」と「10.模型の有効性の検証」はデザイン過程においては創造力を刺激するための重要な作業過程だと思います。

デザインの方法:ブルーノ・ムナーリの12のプロセスの考察


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