私などは、机に座っていて、PCの前に考えている時は、なかなか「クリエィティビティが要求される仕事」ができません。「真面目に仕事をしている時間」は、上記4つで生まれてきたアイデアを、最終的にまとめる作業、形にする作業をを行っているにしかすぎません。
アイデアを出すことと仕事の創造力を混同していませんか?
確かにアイデアを出すのに、机に座ってPCの前で考えるという環境は向いていないと思います。僕もアイデアが生まれるのは、慣れ親しんだ道を歩いているときやトイレに行ったときなどです。
「机の前に座ってやることばかりが仕事じゃない」というのはもっともなのですが、ただし、アイデアを出すのは決してクリエイティブな仕事ではありません。アイデアを出すのは単にクリエイティブな仕事のほんのごく一部でしかありません。
これまでになかったものを実現するのがクリエイティブな仕事です。アイデアだけでは「これまでになかった」かどうかもわかりませんし、実現可能性の検証もできません。実際には先の引用にある「最終的にまとめる作業、形にする作業」の部分にこそ、本当の創造性が必要になるはずです。
だって、単なるアイデアだけでクリアにできる問題なんてそもそも大した問題ではなく、創造性が必要な問題であれば、それなりのそれなりのリサーチやデータ分析に基づく多様なアイデアの検討や、ときにはぶつかり合い矛盾してしまう解決案どうしをいかに最終的な解決案に統合していくかという、それこそ創造力が不可欠な作業が待っているはずだからです。
問題解決者やデザイナーが取り組んでいる現実の世界が、この意味において完全に加算的であるということは滅多にない。諸行為は、副次的結果をもたらし(すなわち新しい差異を生みだすかもしれず)、またときには、ある副次的な条件が満たされる場合(それらの行為をとる場合、前もって他の差異が除去されなければならないといったような)にのみ、それらの行為がとられうるのである。(中略)この理由のゆえに、現実の世界の問題解決システムやデザイン手続きは、たんに構成諸要素から問題の解を集めるだけでなく、それらの適当な組み合わせを探索しなければならないのである。
こんな作業が「スポーツジムや散歩」「風呂、温泉」などでできるなんて僕には到底考えられません。
アイデアと創造力
そもそも創造力というものを誤解しているのではないでしょうか。それは単にそれっぽいアイデアを出すこととは違います。これまでなかったものを実際に世の中に提供できるよう、数々の困難も乗り越えながら形にするこそが創造力です。
ブルーノ・ムナーリが『ファンタジア』で行っている区分を採用すれば、机の前じゃうまくいかないアイデア出しの作業はファンタジア、複雑に絡みあった複数の問題に対するそれぞれの解決策のアイデアを総合的に吟味し企画として統合するのが創造力です。
創造力とは、発明と同様ファンタジアを、いやむしろファンタジアと発明の両方を多角的な方法で活用するものである。デザインは企画設計する手段であり、創造力はデザインの分野で活用される。デザインはファンタジアのごとく自由で、発明のごとく精密であるにも関わらず、ひとつの問題のあらゆる側面をも内包する手段である。つまりファンタジアのイメージ部分、発明の機能部分だけではなく、心理的、社会的、経済的、人間的側面をも含みもつものである。
創造力はデザインの分野で活用されるもので、それゆえ計画性、プロジェクト化する力が必要になります。問題を定義し分析し、必要なデータを収集し、素材や技術を検討したうえで、複雑に絡みあった問題に総合的で実現可能な企画設計を行う。その力こそが創造力です。
この時点で、私たちは企画設計を始めるために充分な材料を手にしたことになるだろう。しかし、すべてを解決するアイデアをすぐに採用しようとする人は、集めた材料を検討しない。つまり、その種のアイデア探しは、よりクリエイティブな実行方法に置き換えられるのである。
この直観的なアイデアに取って代わるのが、まさしく創造力である。ブルーノ・ムナーリ『モノからモノが生まれる』
僕なんかからすると、この作業はむしろ机の前じゃないとむずかしいのではないでしょうかと感じますが、どうでしょう。
創造力とコラボレーション
で、何よりクリエイティブ=創造力というものに対して誤解があるなと感じるのは、創造性が必要な仕事って個人でやるよりも組織的にやるべき仕事だということです。「自由に社員に働いて貰」うこと以上に、同じ時間、同じ場所でメンバーが顔をあわせてブレインストーミングを行ったり、複雑な問題の解決策を手を動かしつつ作業を行いながら吟味するという時間が必要です。それにはメンバーが身体と心のリズムをあわせることこそが必要になってきます。
「リズムを刻む実践的な学習とワークスタイル」というエントリーでも紹介しましたが、奥出直人さんはこんな風に書いています。
小さなリズム、大きなリズムを身につけると、誰かとリズムを合わせて、自分1人ではできない大きなことができるようになる。コラボレーションを行うときは、目的や技術や作業の共有に先立って、相方と時間をシンクロさせなくてはいけない。リズムを感じながら考えて行動している人同士がコラボレーションすると、時間が余って、やりたいことがあっという間にできるようになる。奥出直人「実践トレーニング:デザイン思考の哲学と作法」
『Think! No.22(2007 SUMMER) 』
そして、この考え方の背景には実践を重視するプラグマティズムの思想があります。実践のなかにこそ知や創造力はあるということです。
このリズムの中で生活し、活動を続けるのである。リズムを刻む実践の結果として創造的な結果が生まれてくる。これがデザイン思考の根幹となる考えである。これはプラグマティズムという哲学で主張されていることだ。この哲学においては実践を可能にする方法の中にインテリジェンスがあると考える。奥出直人「実践トレーニング:デザイン思考の哲学と作法」
『Think! No.22(2007 SUMMER) 』
そして実践を可能にするのはひとりでの活動よりも、複数の人数で行うコラボレーションのような活動のほうが実践的になりやすいのでしょう。
自分のなかだけで複雑な問題を総合的に解こうとするよりも、複数の視点をもった複数の人たちと議論するなかでおなじようにそれを解決しようとするほうがはるかに効率的ですし、創造的な解決案が生まれやすいと経験上、感じています。
もちろん、それにはそれなりの場と創造性を発揮するためのトレーニングを積んだメンバーが集まった場じゃないとなかなかうまくいきませんが。
自由ではなく、創造の方法を
いずれにせよ、単に社員に自由を与えただけでは組織は創造的になどなりません。創造力を発揮するためにはとうぜんそれなりのやり方、方法論が必要です。自由な発想・思考は必要ですが、行動に対して無闇に自由を与えても創造性など生まれてこないのです。そんな自由を与えるくらいなら、組織は社員に創造の方法こそを与えなければいけないと思います。
例えば、奥出直人さんは『デザイン思考の道具箱―イノベーションを生む会社のつくり方』のなかで、以下のような「創造のプロセス」を提示しています。
このプロセスは社会的背景や哲学的背景を踏まえた上でのモノづくりへの考え方、つくり手の問題意識を表す哲学を考えるところから始めて、具体的に何をつくりたいかビジョンを決め、それをもってフィールドワークに行き、どのようなものをつくるかコンセプト/モデルをつくり、機能やインタラクションを検討しながら実際の設計デザインをおこない、実証する。次にビジネスモデルを構築して、実際の運営方法を決定する。
さらに奥出さんはこのプロセスに従って作業を進める上で必要な実践として、以下の3つを挙げています。
- 手法1 経験の拡大:エスノメソドロジー(現象学的社会学)によるフィールドワーク
- 手法2 プロトタイプ思考:つくることで考える
- 手法3 コラボレーション:チームで考えながら戦略を練る
このようなプロセスおよび実践法を、社員に提供し身につけてもらうことのほうが、無闇に自由だけを与えることより、はるかに組織の創造性を高めることにつながると思います。
もちろん、プロセスは必ずしも奥出直人さんのモデルだけではありません。いま、「デザインの方法:ブルーノ・ムナーリの12のプロセスの考察」と題したシリーズで書いているムナーリの方法もそうですし、「IDEOにおけるデザイン・プロセスの5段階」で紹介しているIDEOのプロセスも同様でしょう。
いたずら書きし、図面を引き、モデルをつくる。とにかくアイデアを絵にし、モノをつくることだ。そうすれば、偶然の発見に遭遇しやしい。要するに、基本は遊ぶこと、そして境界を探検することだ。
デザイン、ものづくりの現場にいて感じるのは、こうしたプロセスや方法論を身につけずに企画やデザインを行わなくてはいけない人が数多くいるという現状の問題です。そして、いまだに創造力とアイデアの区別が明確になっていない人が多いことなのではないでしょうか。それはデザインをいまだにスタイリングの問題だと勘違いされていることと同根なのかもしれないなと感じています。
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この記事へのコメント
fin
私のようなWEBシステムデザインに携わる人間ならあたり前に履行しなければいけないですけど、お客さまの協力がなく苦しいときがよくあります。お客様が貴重なデータをもっているはずのケースもありますし。
システムはやはり現場だけではなく、経営層のご理解が必要だと思うのですが、なかなか難しいです。
PCを触る時間は、平均1日10%にも満たないというデータをみたことあります。
その限られた時間の中、何かを訴求するにはやはりヒラメキだけでは頼りないですよね。