デザインの方法:ブルーノ・ムナーリの12のプロセスの考察(c.問題の研究のためのデータ 収集、分析)

前回の「デザインの方法:ブルーノ・ムナーリの12のプロセスの考察(b.問題の定義、構成要素)」で取り上げた「2.問題の定義」および「3.問題の構成要素の明示」の作業で、これからデザインするうえで何が問題になるのかのリストの作成はできました。

次にとりかかるべき作業は、「4.構成要素を研究するためのデータ収集」と「5.データの分析」です。

問題の構成要素となる下位問題のそれぞれに対して、現状の事実を把握するとともに、どのようにしたら個々の問題を解決できそうかを考えるためのデータを集め、それぞれを分析する。ここでは現実に目を向けながら、その現実が抱える問題を解決するためにはどうするかを創造力を発揮して考えるのです。

データ収集や分析というと、なにやら堅苦しい作業のように思えますが、それはリサーチというものへの偏見です。リサーチほどもっとクリエイティブになる必要がある作業はないでしょう。

4.構成要素を研究するためのデータ収集

実際、問題の構成要素を研究するためのデータ収集作業は楽しい。自分たちがデザインしたものや他の誰かがすでにデザインされたものが実際、どのように使われているかを街にでて本当の利用者による利用シーンを観察する。それは未開の土地への旅のようです(本当に「未開」なのはもちろん僕らデザイン・チームのメンバーのほう)。その旅路ではたいてい今まで知らなかったことが次々と明らかになっていきます。中にはデザインのヒントになりそうな発見にも出会えて、「わーお」と感じる場面も多々あります。

「えっ、どこがわかりにくいって?」、利用者がわかりにくいといえばそれこそ改善のポイントだ。
「えっ、そんな順番で使うの?」、ユーザーの行動が問題の構成要素を有機的につなげてくれる。

目の前で展開されるユーザーの行動と数字をくらべるとそこにさらなる発見がある場合も。アクセスログデータでも、販売データでも、アンケート調査の結果の定量データでも、なぜその数字が生まれるのかが、利用者の生活行動の観察のなかから見えてきたりします。

動きこそがデザインの大切な要素です。
人びとの行為の軌跡がデザインの輪郭になる。
人びとの腰掛ける動作、座っている状態の形が椅子のフォルムとなり、ピッチャーの投げ込むボールの軌道がキャッチャーミットに必要な形態を教えてくれます。
もちろん、オーダメイドでものづくりを行うのでもない限り、ひとりの人の行動の軌跡だけを追うだけでは足りない。複数の人間の行動の軌跡の共通パターンを見出し、行動の軌跡のマイルストーンを発見しなくてはいけません。

その作業を退屈だと感じるのだとしたら、あなたはいったい何をデザインするつもりなのかと訊ねたい。あなたはデザイン作業が退屈なんですか?と。

観察(オブザーベーション)
何が現状の人びとの行為をアフォードしているのか。なぜ人びとの行動は現在のような軌跡を描くのか。観察という創造的な作業に求められるのは、そうした人びとの行為とモノの形の関係性を見出すことです。
何がユーザーに「わからない」という声を発するよう促しているか。ユーザーをくつろいだ表情にさせるのはいったいどんな要素なのか。手にしたリストに並んだ問題を解決するためのヒントはどこに隠れているか。
それは決してデザインチームのメンバーの頭のなかにはじめからあるのではありません。いまだ頭のなかには存在しない「形」を知るための観察を通じてしか未知の形がデザインチームのメンバーの頭のなかに見えてくることはないはずです。
モノの歴史を知る
モノにはそれぞれ歴史があります。
20世紀初頭まで髭剃りは折りたたみ式のナイフのような形をしており、髭を剃るにはちょっとしたテクニックが必要でした。この髭剃りをもっと安全に使えるよう、新しい髭剃りの形をつくったのがK.C.ジレット氏。ジレット氏は1895年にそのアイデアを思いつき、1901年に新しい髭剃りの製造会社(もちろん、現在のジレット)を設立しました。髭剃りの刃はそこからどんどん小さく薄くなり、二枚刃、三枚刃となり、刃の部分は人間の顔の凸凹にあわせて稼動するようになりました。また、デザインそのものがシンプルになり製造コストも下がったことで使い捨ての製品も生まれました。髭剃りの革新は無精ひげを不潔なものにし、次にはふつうの人でも自分のひげをデザインできるようにしました。
デザインは単に製品の形を変えるだけでなく、人びとの生活スタイルそのものを変化させるのです。であれば、いまの人びとの暮らしはいまのデザインによるところも大きいはずです。そのデザインがいまと違うときにはどうだったのか? モノのデザインの歴史と人びとの暮らしの歴史に関するデータを収集することで、デザインの進むべき方向が見えてくることがあるでしょう。携帯電話がなかった頃、人びとはどのように待ち合わせをしていたのか? メールが使えるようになる前、人びとはどのように仕事でのコミュニケーションを行っていたのか? です。

繰り返しますが、調査を退屈なデータ収集作業だと思ったら大間違いです。
そもそも情報収集という行為自体が単なるインプットの行為なのではなく、外部環境と自身とのインタラクションのなかで自分にとって価値のある情報を生成するクリエイティブな行為にほかなりません。何かを「感じる」こと、何かを「わかる」こと、それ自体が創造的な行為なのです。むしろ、そのことに普段から気づいていないからこそ、創造力を思うように発揮することができないのです。

5.データの分析

データの分析は、データを収集するなかで見えてきたデザインのヒントが本当に有効なのか、実現可能なのかを検証する作業でもあります。

特にデータの収集は個別の下位問題それぞれに対する解決案を探る作業ですので、解決案同士に矛盾がないかを分析することは大事です。

それぞれの下位問題には、もっとも適当な解決がある。その解決は、ひょっとすると他の解決と矛盾するかもしれない。デザイナーの仕事でもっとも大変なのは、総体としての企画と、さまざまな解決との調停をはかることだ。一般問題の解決とは、創造力を発揮して、下位問題の解決案を調整することなのである。
ブルーノ・ムナーリ『モノからモノが生まれる』

創造力を発揮することで、1つの解決案が複数の下位問題の解決につながることがあるかもしれません。解決案の数を減らすことはデザインをシンプルにします。デザインを複雑にすることは簡単ですが、それは個々の下位問題を解決しても、総体としての問題を解決するデザインにはならないことはよくあることです。

同じことはハーバート・A・サイモンが『システムの科学』で言及しています。

問題解決者やデザイナーが取り組んでいる現実の世界が、この意味において完全に加算的であるということは滅多にない。諸行為は、副次的結果をもたらし(すなわち新しい差異を生みだすかもしれず)、またときには、ある副次的な条件が満たされる場合(それらの行為をとる場合、前もって他の差異が除去されなければならないといったような)にのみ、それらの行為がとられうるのである。(中略)この理由のゆえに、現実の世界の問題解決システムやデザイン手続きは、たんに構成諸要素から問題の解を集めるだけでなく、それらの適当な組み合わせを探索しなければならないのである。

多くの下位問題はそれぞれ独立して存在しているというよりも構成要素自体がほかの要素と絡みあう形で問題を構成している場合がほとんどです。なかには矛盾や対立の関係にある下位問題どうしもあるでしょう。そうした関係性をもつ複数の問題を解決するためには、個々の下位問題に解決案を用意しただけでは全体の解決にはつながらないのは当然のことです。こうした問題を解くためには「創造力を発揮して、下位問題の解決案を調整する」作業を行うしかありません。

さて、次はまさにこの創造力を発揮して「適当な組み合わせを探索」しながらデザインのコンセプトを固めていく作業に入ります。
この作業に関しては、また次のエントリーで。

デザインの方法:ブルーノ・ムナーリの12のプロセスの考察


   

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