それは誰にとっての問題なのでしょう。それを解決することは誰のなんの役に立つのか。
なぜデザイン・チームはその問題を苦労してまで解決する必要があるのか。
デザイナーにとって問題とは何なのか。
ブルーノ・ムナーリは『ファンタジア』は、有名な竜安寺の石庭を「この庭は石が15個あってもすべてを一度に見ることはできないと知ることの思想から造られているのである。把握している事柄全てを一度に見ることはできない」と評したあと、
この庭は、植木を立方体、球体、三角錐、何かの動物などというように幾何学的な形に剪定する有名なイタリア式庭園とは正反対である。知らない形を理解しようともせずに、知っている形に無理矢理変えるのは、幼稚な思想を露呈している。
と述べています。
多くのデザインがイタリア式庭園とおなじような過ちをおかしてしまっているのではないでしょうか? つまり、問題を適切に把握することもないまま、知っている形を無理矢理生み出すことをデザインだと思っているのではないでしょうか。
1.問題
デザイナーのなかには、誰も何をつくればいいかを示してくれないから、何をつくっていいかわからないと嘆くことがある人がいるかもしれません。問題の設定は誰か別の人の仕事で、自分は与えられた問題に取り組めばいいと考えている人がすくなくないのではと思います。
「多くのデザイナーは、問題が依頼主によって充分に定義づけられていると思っている。しかし、大部分が不十分なままである」とアーチャーは述べている。
したがって問題を定義することから始められねばならない。これは、後に企画設計者が作業しなければならない範囲を定義するのにも役立つだろう。ブルーノ・ムナーリ『モノからモノが生まれる』
問題を定義するのはデザインする側の仕事だと思います。すくなくとも、依頼者といっしょに行わなくてはいけない仕事です。
ただ受身の状態で問題が与えられるのを待っているから、何をつくればいいのかわからないまま、なんだかわからないものをデザインしなければいけない状況から抜け出せないのです。
奥山清行さんは『伝統の逆襲―日本の技が世界ブランドになる日』のなかで"問題を「生み出す」人がいない"ことを日本のビジネスシーンに大きく欠けている部分だと述べています。
この欠けた部分を埋めるためには問題発見の方法を学ばなくてはいけません。
問題は与えられるものではなくて自らつくるものです。問題の発見という作業がすでに創造力が必要とされるクリエイティブな作業なのです。問題発見もままならず、ただ問題が与えられるクリエイターってどうかしているんです。
自動車であれ家具であれメガネであれ、私は素人的見地から「誰がどういう状況で使うか」ということを掘り下げていく。企画する人から職人まで、「もの」をつくっている人に対して質問を浴びせる。つくり手側の理屈をあえて無視して、未来の顧客にとってどういう疑問が存在するかを考える。
「つくり手側の理屈をあえて無視して、未来の顧客にとってどういう疑問が存在するかを考える」という姿勢は、「知らない形を理解しようともせずに、知っている形に無理矢理変える」イタリア式庭園のデザイン思想とは違う、竜安寺の石庭のような「知らない形」をまず理解することからデザインをはじめるアプローチとおなじものです。
デザインの問題を捉えるというのは、この「知らない形を理解」する作業にほかなりません。「知らない形」は奥山さんの例でいうなら未来の顧客にとっての疑問です。未来の顧客が求めるものの形を理解しなければいけません。
それにはまず理解すべき「知らない形」そのものを対象を定義し、さらにはどこまでその「知らない形」に近づくかの範囲を定義する必要があります。
2.問題の定義
このように考えれば、問題を定義する作業は以下のような図のあるような「あるべき姿=vision」と「現状の事実=fact」のギャップを明確にする作業であると考えることが可能です。よって、問題を定義するためには、単に「現状の事実=fact」を知る必要があるだけでなく、自分たちが何を実現しようとしているのかを自分たちの哲学(あるいは依頼主の哲学)に問い、そこから「あるべき姿=vision」を明確にしなければ、問題を正しく定義することできないのです。
そして「あるべき姿=vision」と「現状の事実=fact」のギャップの把握ができたら、そこから以下の形で問題を定義していくのです。
- デザインの目的(なぜデザインが必要か、デザインによってもたらされる価値は何か)
- デザインの目標(何をデザインするのか、具体的に何がつくられるのか)
- デザインされるもののターゲットユーザーとユーザーにとっての価値(利用価値、所有価値)
- 範囲(何がデザイン作業の対象となるか)
- 期限(いつまでにデザインを終えるのか)
このような形で問題が定義できたら、問題をより深く理解するために、それを構成する要素に分解していくのです。
3.問題の構成要素の明示
あるWebサイトをデザインする作業を例に「問題の構成要素の明示」とはどのようなことを行うかを考えてみましょう。それは、とある旅行会社のWebサイトだとしましょう。
既存のWebサイトのリデザインが具体的に行う作業です。
- リデザインの目的は、これまで以上にこのWebサイト経由でのツアーの販売数を増やすことです。
- 今回のリデザインでは、新たな旅行者を開拓するというより現在競合他社のサービスを利用している潜在的顧客に自社のサービスを利用してもらうようにすることを目指しています。
- つまり競合他社からの乗換えを促進することです。
- また、サービスの乗換えを促進するにあたって、サービスそのものに問題があったり、Webそのものの問題ではない場合はそれを解決すべき目標からは外すことにします。
- 具体的にはリデザインによりサイト経由での販売数を120%まで伸ばしたいと考えているとしましょう。
さて、この場合、デザインチームはどのように問題をさらに深く理解していけばよいでしょうか。
まず1つには現状の事実をより詳細に理解していく必要があるでしょう。
- 現在のサイト経由での販売数は?
- 売れている商品の傾向は?
- 買っている人の傾向は?
- どれくらいの人がサイトに訪れているか?
- どのような経路でサイトに訪れているか?
- 自社サイトの利用者と競合他社サイトの利用者のニーズの違いは?
など。
つまり、こんなフレームワークで問題の細分化を行うために把握すべき項目をリストアップし、かつ構造化していくわけです(この場合、「製品・サービス」としているところが「Webサイト」にあたります)。
リストアップした問題は適切な形で、階層構造化していきます。
その際にはマインドマップのようなツールを使うといいかもしれません。
もちろん、階層構造化の仕方は問題の捉え方によって様々な形が考えられるでしょう。ただ、ここでの階層構造が後々のデザインによって問題の解決を考えていくうえでのベースになります。ですので、どのように構造化するのが適切かは自分たちがデザインしようとしているものをどのように考えるかによって異なります。
先の例であれば、例えば、問題を
- サイトの集客の問題
- サイトの認知の問題
- サイトの使い勝手の問題
- サイト内での情報検索性の問題
- クチコミを誘発する仕組みの問題
- サービスへの欲求を喚起するコンテンツの問題
などのカテゴリーを設け、その下に問題の各構成要素を分類できるかもしれません。
また、それぞれに競合他社とのギャップに関する項目も含めてもよいでしょう。
このような階層構造化されたリストができたら、次は各構成要素の現状とあるべき姿を明確にするための調査を行う番です。問題を理解し具体的にどんな改善が必要かを知るためにデータ収集を行うのです。
これについては次のエントリーで書くことにします。
デザインの方法:ブルーノ・ムナーリの12のプロセスの考察
- a.概要
- b.問題の定義、構成要素
- c.問題の研究のためのデータ収集、分析
- d.創造力
- e.素材と技術
- f.模型作成とその検証
- g.デザインFIX、解決
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