ファンタジア/ブルーノ・ムナーリ

いやー、創造力とは何か、どうすればそれを高めることができるかということを考える上では、すごく参考になる本でした。

無知こそが最大の自由を与えると信じるのは絶対に間違っている。むしろ、知識こそが自己表現の手段を完全に操る手段を与えるのだ。
ブルーノ・ムナーリ『ファンタジア』

ブルーノ・ムナーリ(Bruno Munari、1907-1998)は、イタリアの美術家で、グラフィック・デザイナー、プロダクト・デザイナーであり、また、美術教育者であり絵本作家です。

この本でムナーリは、創造力って何? それはどうすれば自由に働かせ扱えるようになるの? ということを考え、そのヒントを用意してくれています。

創造力のメカニズム

まず、ムナーリは人びとが外界を認識し記憶した上でどのように創造力を発揮して再度外界に働きかけるかのメカニズムを以下のような図で表現しています。

fantasia


創造性においてどれだけ過去の記憶が重要なのかという点に関しては、ムナーリもさらっと流していますし、僕自身も「「わかる」とはどういうことか―認識の脳科学/山鳥重」や「スタートを早めるためには、意図的に過去の経験の蓄積を増やさなくてはいけない」というエントリーでさんざん書いていますので、こちらを参照いただくとして、記憶のあとのプロセスについて、ムナーリが挙げているファンタジア、発明、創造力、想像力の4つについてまずは要約してみます。

  • ファンタジア:これまでになかった新しいことを考えださせる人間の能力。実現可能か機能面はどうかは考えなくていい。
  • 発明:ファンタジアとおなじ技術、認識している事柄同士がもつ関係を利用してこれまでになかったもの考え出すが、最終的にこの関係を実用性に向かわせる。美的問題は含まない。
  • 創造力:ファンタジアのイメージ面と発明の機能面の両方を多角的な方法で利用するもの。企画設計する手段であるデザインの分野で活用され、ひとつの問題のあらゆる側面を内包する手段。
  • 想像力:視覚化の手段。ファンタジア、発明、創造力によって考え出されたことを目に見えるようにする手段。

この4つのなかで目をひくのは本書の主題にもなっているファンタジアです。
ムナーリは本書の冒頭でこんな風にも書いています。

ファンタジアとは、ある人にとっては気まぐれなもの、不可思議なもの、変なものである。またある人にとっては現実でないという意味で偽り、望み、霊感、妄想である。
ブルーノ・ムナーリ『ファンタジア』

実現可能性を問わず、自由な発想をするのがファンタジアです。実現可能性を考えるのは発明であり、さらにその発明の機能面とファンタジアのイメージ面のほか、「心理的、社会的、経済的、人間的側面を含みもつ」創造力を発揮して統合を行うのが企画設計であるデザインの仕事というわけです。
さらに興味深いのは、そのデザインである創造力から、ムナーリが視覚化の手段である想像力を分類していることですね。コンセプトと具体的な視覚化は別物というわけです。

ヴィジュアル・コミュニケーションの技術を発表する場合の規則

最初に引用したとおり、ムナーリは創造力を自由に操るためには、知識を獲得すること、視覚言語の規則を理解することが重要だと考えています。

その実践として子供が遊びのなかで創造力とは何かを自然に学ぶことができるようなカリキュラムを発明していたりします。

その1つにスライドプロジェクターを用いて行うダイレクト・プロジェクションという手法があります。これはタマネギの皮、落ち葉、花びら、ガーゼ、木綿糸、透明なカラーセロファンなどの素材を子供たちに集めさせ、それをスライドプロジェクターで直接のせて映し出すことで、それらの素材が拡大された状態の構造があらわになった不思議なイメージをみて楽しむというものです。最初は素材それぞれを単独でみますが、あとで素材同士をくみあわせて遊んだりします。
本書にはこのイメージが写真として何点か紹介されているのですが、見ていて僕自身、この遊びをやってみたくなりました。

ムナーリは、このダイレクト・プロジェクションの手法から、一般的な「ヴィジュアル・コミュニケーションの技術を発表する場合の規則」を以下のように抽出しています。

  1. 機材について充分に教えること。その機材にふさわしい使い方や機材のもつあらゆる可能性について教える。
  2. 機材にもっとも適った技術を理解させること。
  3. 理解したことから何をするかをそれぞれに選択させ、決定させること。
  4. 作業の結果をみんなで一緒に分析し、話し合いをすること。これは誰が一番かを決めるためではない。それぞれが仕上げたものについて、その存在理由を与えるためである。
  5. 発表するという目標をもたせ、なるべくグループ作業で進められるようにうまく導くこと。
  6. すべて壊して最初からやり直すこと。これは新しい知識を継続的に獲得するため、そして作ったものを神格化させないためである。

このリストをみて、僕は非常に腑に落ちた感じがしました。ここには創造性におけるコラボレーションの大事さが埋め込まれているし、プロトタイピングの考え方や、つくったものではなくつくるプロセスを大事にしようという考え方が埋め込まれているからです。

企画を立てる方法

ムナーリははっきりとこう書いています。

保存されるべきものは、モノではない。むしろそのやり方であり、企画を立てる方法であり、出くわす問題に応じて再びやり直すことを可能にさせる柔軟な経験値である。
ブルーノ・ムナーリ『ファンタジア』

すこし前に「関係性を問う力、構造を読み解く目がなければデザインできない」や「いったい誰がデザイナーなんでしょう?」というエントリーで、ムナーリが想像力と捉える能力の手前の、ファンタジアや発明を統合する力としての創造性がデザイナーのなかには欠けているいる人がいることを懸念しましたが、まさにその意味で必要なのは「企画を立てる方法」を身につけるカリキュラムなのでしょう。

もし子供を創造力にあふれ、息の詰まったファンタジア(多くの大人たちのような)ではなく、のびのびとしたファンタジアに恵まれた人間に育てたいなら、可能なかぎり多くのデータを子供に記憶させるべきだ。記憶したデータが多ければその分より多くの関係を築くことができ、問題につきあたってもそのデータをもとに毎回解決を導きだすことができる。
ブルーノ・ムナーリ『ファンタジア』

デザインとリサーチ:料理の腕と仕入れの力」ですでに引用した文章ですが、はじめのほうに挙げた図にもあったとおり、知能としての認識から記憶を蓄積し、ファンタジア、発明、創造力を駆使して「多くの関係を築く」企画のやり方がデザインの能力として欠けていることが往々にしてあります。
そこから想像力を発揮して視覚化する力はある人が多いのですが、そもそもつきあたった問題に対して適切な企画を立てるという力が欠けていてはデザインすることはできません。企画なしで行うデザインはただのお絵描きです。

僕らはムナーリのやり方をヒントに企画を立てる方法を学ぶカリキュラムを発明しないといけないのでしょう。

ファンタジア

ムナーリは本書の前半半分で、ファンタジアのいくつかの初歩的な方法について書いています。最後にそのいくつかをリストアップして、このエントリーを終わりにします。

  • 相反するもの、正反対のものを使う:闇と光、赤と緑、デブとヤセなどの対比を使う
  • 形を変えずに数を増やす:八岐大蛇、シヴァ神、千手観音、マトリョーシカなど、ある部位の形を数を増やす
  • 視覚的類似を使う:頭骨にサドル、角にハンドルを使って雄牛の頭部に見立てたピカソのオブジェ、マン・レイの『アングルのヴァイオリン』など
  • 色彩の交換:マン・レイの「ブルーのパン」や緑色の肌をした宇宙人など
  • 素材の変換:ダリのぐにゃぐにゃの時計、やわらかいおもちゃのハンマーなど
  • 大きさの変換:キングコング、盆栽、箱庭、映画「ミクロキッズ」など

こんな風な関係性の変換の方法の引き出しがあるだけでも確かに発想の自由度は高まりますね。

何気なく読んでみようと思ったムナーリの本でしたが、予想していた以上におもしろく参考になりました。
これは読みやすいしデザインを考える上では参考になると思うのでぜひ読んでみてください。
僕も実はもう一冊、『モノからモノが生まれる』をすでに買ってあるので続けて読んでみようと思います。



関連エントリー

この記事へのコメント

  • テキィ

    こんばんは。

    ブルーノ=ムナーリは「闇の夜」を読んだことがあるだけでした。

    今回、エントリーを拝読して、amazonでムナリーの著作をいくつか見てみました。

    「アートとは主観で作られ、デザインは客観で作られる。アートはあらゆる解釈を容認するが、デザインはたった一つの解釈のみを善しとする」

    普段考えていることを、明確に言語化できる人の才能には本当に頭が下がります。ぜひ、ムナリーの著作を何冊か読んでみようと思いました。



    これからのデザインを考える上で、示唆に富んだ良い本のご紹介、いつも感謝しております。
    2007年12月08日 20:41
  • tanahashi

    テキィさんもぜひ言語化してみてください。
    言語化は単なる慣れの問題ですから練習次第でなんとかなるものです。

    そうそう。ムナーリに関しては展覧会も開催されてるみたいです。
    僕も行ってみようと思ってます。
    http://gitanez.seesaa.net/article/71756666.html
    2007年12月09日 10:28

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