知らないことを知りたいと思ったり、わからないことを疑問に思ったり、できないことをできるようになりたいと思ったり、そういう気持ちが欠けているんじゃないでしょうか?
最近だと「スタートを早めるためには、意図的に過去の経験の蓄積を増やさなくてはいけない」でも書いたことですが、結局、わかるためにも、創造力を発揮するためにも、発見をするためにも、素材となる過去の経験や知識、記憶が必要になるのです。しかも、それは多ければ多いほどいい。もちろん、素材だけ揃っていてもそれを料理しようという意志がなければ無駄なんでしょうけど、料理の意志だけあっても素材がなければダメなわけです。
料理の腕も大事なんでしょうけど、仕入れも大切なんですよ、と。
創造性、ファンタジア、わかる
茂木健一郎さんの「創造性は「過去の経験×意欲」という掛け算であらわすことができる」という言葉は何度かこのブログでは紹介してきました。過去の経験によって得られた情報の量が多ければ多いほど、創造性を発揮できる潜在能力が高いということになります。
でもそれだけではだめで、私はかねてより、創造性は「過去の経験×意欲」という掛け算であらわすことができる、と主張しています。
似たようなことを、プロダクト・デザイナー、グラフィック・デザイナー、芸術家、詩人、発明家、美術教育家とさまざまな顔をもつイタリアの異才、ブルーノ・ムナーリも著書『ファンタジア』のなかで書いています。
もし子供を創造力にあふれ、息の詰まったファンタジア(多くの大人たちのような)ではなく、のびのびとしたファンタジアに恵まれた人間に育てたいなら、可能なかぎり多くのデータを子供に記憶させるべきだ。記憶したデータが多ければその分より多くの関係を築くことができ、問題につきあたってもそのデータをもとに毎回解決を導きだすことができる。ブルーノ・ムナーリ『ファンタジア』
ここでいうファンタジアとは、「これまでになかった新しいことを考えださせる人間の能力」であり、ムナーリは「ファンタジアの豊かさは、その人の築いた関係に比例する」と述べています。
ひとつ前のエントリー「「わかる」とはどういうことか―認識の脳科学/山鳥重」でも
人間は生物です。生物の特徴は生きることです。それも自分で生き抜くことです。知識も同じで、よくわかるためには自分でわかる必要があります。自分でわからないところを見つけ、自分でわかるようにならなければなりません。自発性という色がつかないと、わかっているように見えても、借り物にすぎません。実地の役には立たないことが多いのです。
という言葉を引用しました。
わかるためには仕入れた素材を編集しないと
結局、わからないとか、アイデアが浮かばないとか言っている人の多くは、本を読んだり、やったことのないことにチャレンジしてみたり、より多くの人と出会い話を聞いたり、といった知識や経験、記憶の仕入れを怠っているんじゃないかという気がしてなりません。知識の蓄えさえあれば、いま僕がここで試みたようにいくつかの本から関連しそうな文章を引用してくるだけでも、1つの主張を行うことができます。
この程度の芸当はもちろん創造力でもなんでもありませんが、すくなくとも、別々に蓄えた知識をたがいに関連付けることでわからなかった何かを「わかる」ことはできます。そして、「わかる」ということの中にはときに「これまでになかった新しいことを考えださせる」ことにつながる「わかる」も混じっていたりします。
『「わかる」とはどういうことか―認識の脳科学』のなかで山鳥重さんは、"どんな時に「わかった」と思うのか"という章で、次の4つを挙げています。
- 直感的に「わかる」
- まとまることで「わかる」
- ルールを発見することで「わかる」
- 置き換えることで「わかる」
結局、この「わかる」4つの方法って、松岡正剛さん風にいうと4つの編集の仕方にほかなりません。「わかる」というのは素材をつかってそれなりに見える整理の仕方を自分なりに発見する作業なんだと思います。それは編集以外のなにものでもない。
そして、その自分なりに「わかる」ための編集の結果、たまに「これまでになかった新しいこと」が生まれたりする。
それこそが創造力にほかならないでしょ、って僕は思います。
編集は文脈を入れ替える作業
もう1つついでに引用しておきましょう。西林克彦さんの『わかったつもり 読解力がつかない本当の原因』からです。文脈の交換によって、新しい意味が引き出せるということは、その文脈を使わなければ、私たちにはその意味が見えなかっただろうということです。すなわち、私たちには、私たちが気に留め、それを使って積極的に問うたことしか見えないのです。それ以外のことは、「見えていない」とも思わないのです。
ここでいう「文脈の交換」こそが編集っていう作業です。情報がもともと収まっていた文脈をほかの何かとぶつけてみることで、異なる文脈のなかに情報を招きいれ、そのことでこれまで見えていなかったものを見えるようにする作業です。
例えば、Webのデザインをやっている人たちが見えてないだろうなと思うのは、Webのデザインの特殊なありようです。
Webデザインを印刷物のデザインと比べてみたらどうでしょう。
印刷物ではDTPツールなどを用いてデザインする人とその版をもとに大量の印刷物をつくる人は完全に別です。印刷物はほとんどの場合、大量生産物ですが、Webページの場合、制作されるページはたいてい1つだけです(もちろん、それがサーバーやクライアントPCなどで大量複製されますが)。にもかかわらずWebデザイナーと呼ばれる人は最後の制作物であるHTMLの形なるまで自分で手がけたりします。デザインするだけじゃなく制作も自分でやってるわけです。これは印刷物との比較だけでなく、多くのプロダクトのデザインと比較しても異質です。
今度は建築の場合と比較したらどうでしょう。
建築物もWebとおなじようにできあがるものはたいてい1つです。じゃあ、建築の場合のデザイナーはどんなことをしてるでしょう。建築家ですね。建築の場合、デザイナーである建築家自らクライアントの意向から建築計画から具体的な意匠デザインまでを行うのが一般的ではないかと思います。Webの場合であればプロデューサーやディレクターが行うようなところまでデザイナーである建築家が行うでしょう。
こうやって他の文脈と比較してみることで、Webデザインにおけるデザイナーの役割の特異性が見えてきたりします。それはおそらくWebの狭い範囲なかで考えているとなかなか見えてこないものであるでしょう。
編集作業によって、文脈を入れ替える利点はこれまで隠れて見えなかった意味を見出せる点にあるのです。
仕入れの手間を怠らない
こうした編集作業によって新しい意味の発見を行うことで、いままでわからなかったことがわかったり、これまで存在していなかったものを創造できたりするのだと思います。そして、この編集作業を可能にするのが、日々の情報の仕入れです。
もちろん、この仕入れ作業は単に本を読んだり、Webから情報収集していればいいというわけではありません。ほかの人の話を聞いたり議論をしたり、自分で実際に試してみるなかで実践的に経験、知識を蓄えるということも含みます。
いや、ここでは自分自身の実践による知識や経験の獲得というものの大事さを重視しておきたい。特にデザインなどは実践のなかでの知識や経験がものをいうスキルだと思うから。
もちろん、この場合の実践のなかの知識や経験というのは、デザインのためのラフ画やスケッチを描いたり、設計図を描いたりすることの実践ではありません。自分たちがデザインしようとしているものを具体的に利用した経験、あるいは、それをほかの人がどのように使っているか、また、使ってみてどう感じているかの知識を指しています。
そして、そんなことはもちろん本やWebには書かれていません。たとえ書かれていたとしても、それを実践的レベルで理解するのは不可能です。だからこそ、自分で使ってみたり、使っている人の行動をより多く観察する実践的な経験を重ねることが大事なのです。
「リサーチ・マインド:みがき・きわめる・こころ」といエントリーでは、リサーチ・マインドを
「未知の事柄を大胆にかつ的確に根拠を求めて探求していく精神」であり、未知のものへの積極的な出会いを通じて数寄の際を渡ることで、実践的な計画、政策や対策を立案する(ようはデザインですね)行動力の源になるもの
と定義しました。
ここで情報の仕入れ作業としているのが、まさにこの「リサーチ・マインド」にほかなりません。
リサーチがあって、デザインが可能になる。
クリエイティビティがあり、ファンタジアが発揮されたデザインは、日常のリサーチ・マインドの結果、蓄積された記憶、知識、経験を素材にした編集作業によって可能になるだと思います。
であればこそ、学ぶ、経験する、試してみるという努力を怠ってはいけないと思う。
知らないことを知りたいと思ったり、わからないことを疑問に思ったり、できないことをできるようになりたいと思ったり、そういう気持ちをもちつづけることが大事なんだと思います。
結局、そういう仕入れ作業の努力が、料理の腕を高めることになるのですから。
関連エントリー
- 「わかる」とはどういうことか―認識の脳科学/山鳥重
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