カスタマイゼーションとデザイン、そして、コンテンツ

人間中心設計とか、ユーザー中心デザインとか、日々、考えてるわけですが、それに関連したことで、カスタマイゼーションとデザインの関係性、そして、人間の生活行動とコンテンツ(商品、情報コンテンツ)について思うところがありますので、今日はそのあたりをつらつらと。

「部屋でインターネットを見る」行動を支える階層化されたデザイン

あなたの部屋にはノートPCを置いてある机があるかもしれません。机の前に座ってPCでインターネットを使うには、座るための椅子もあるでしょう。そして、寒くなってきたこの時期、快適にインターネットを使うにはなんらかの暖房器具も欠かせないと思います。とうぜん、なんらかの照明器具がなければ夜は暗くて作業ができません。

ほかにも机の上にはさまざまなものが置かれているのではないでしょうか。飲み物の入ったカップあるいはペットボトル。タバコを吸う人なら灰皿とタバコの箱とライター。読みかけの本や雑誌なども置かれているかもしれません。筆記用具やそれを立てるペン立て、メモ用の紙など、それに携帯電話なども置いてあるかもしれませんよね。でも、もしかすると普段はそれらの個物をひとつひとつ意識するのではなく、単に「机の上のもの」という全体として認識されているのかもしれません。

そして、そうしたもの全体が「部屋でインターネットを見る」という行動を支えている。そうした個別のものが階層構造を織り成す形で「部屋でインターネットを見る」という行動を成立させている

ほかにも「朝の支度をする」「温かくして眠る」「ゆっくり風呂に入る」など、それぞれの生活行動を支える階層構造化されたデザインが生活のなかには存在しているはずです。
このあたりのデザインと階層構造の関係については、ハーバート・A・サイモンの『システムの科学』に詳しく書かれているので、興味のある方はぜひ読んでみてください。デザインに対する考え方が研かれると思います。

しかし、多くの製品デザインがこうした人びとの生活の行動から考えるという、人間中心デザインの観点からは成されていないのではないという気がします。
また、人びとの生活行動から考えると、いままでもの中心の発想からは生まれ得なかった新しい商品カテゴリーが生まれてくるのではないでしょうか。例えば、人びとの音楽視聴スタイルを変えたiPodのように。
イリノイ工科大学のInstitute of Designが掲げる人間中心のイノベーションなどはまさにそうした発想で人間の生活行動の側からデザインを発想することでイノベーションを生み出そうということを目指すものです。IDEOのデザインへのアプローチも基本は同じでしょう(「IDEOにおけるデザイン・プロセスの5段階」「発想する会社! ― 世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法/トム・ケリー」参照)。

自分の部屋は自分のライフスタイルに合っている

さらにいえば先の「部屋でインターネットを見る」という行動を支えるそれぞれのものは一般名として記載しましたが、とうぜん、実際にあなたの部屋に置かれているのは、一般的なものとしてのノートPCや机や椅子ではなく、それぞれこの世に1つだけ存在する個物としてのものであるはずです。
それはあなた(もしくは、あなたに近い人)が買ってきて、部屋にいま現在の形で配置したものであるはずです。個別のもの自体はあなたが知らない誰かがデザインしたものなのでしょうけど、「部屋でインターネットを見る」という行動を支えるもの全体は、最終的にあなた自身がいまの形に配置した、つまり、デザインしたはずなのです

例えば、ドナルド・A・ノーマンも『エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために』のなかでこんな風に書いています。

製品のデザインは目標を誤っていることが多い。一定の仕様に添ってモノが構成され作られるが、多くのユーザーは見当違いだと気づく。購入した既製品は、かなり満足に近いところまではいっているかもしれないにしても、ニーズにピッタリくることは少ない。幸いなことに、我々は別々の品物を自由に買って、自分にとってちょうどうまく機能するようにそれらを組み合わせることもできる。自分の部屋は自分のライフスタイルに合っている。自分の持ち物が個性を反映しているのだ。

ノーマンは続けて、こんなことも書いています。「モノの特徴が生活の日常的な一部となったとき、その美しさ、行動的要素、あるいは内省的要素のいずれかにかかわらず、満足がより深まったときに愛着は獲得されるのである」と。
気に入って買ったものは使い続けるうちに、さらに愛着が深まることが多かったりするのではないでしょうか。
しかし、そうした愛着が生まれるためには、たんに気に入って買ったということだけでなく、先のような「部屋でインターネットを見る」「朝の支度をする」「温かくして眠る」「ゆっくり風呂に入る」などの生活行動のなかに組み込まれ、支障がない限りにおいて愛着につながるのではないかと思います。

行動を支えるものの織り成す階層構造が、普段の生活を支えるとともに、階層構造のなかにある個物が単体でも愛着を感じさせるといった風に、デザインと人との関係はちゃんと考えると一筋縄ではいかない関係にあるのだと思います。

生活行動発想が欠けているから生活に馴染まないWebサイト

それでも、まだ商品のデザインはほかのものとのコーディネイト可能性に多少は配慮されていると思います。主に見た目のデザインでのコーディネイトが主ではありますが、テーブルウェアの統一性だとか、家具などの統一がとれたインテリア・コーディネイトは可能になっていて、サイズなどに関しても十分に人間工学に基づいた形では設計され、ほかの家具や小物との組み合わせにも配慮されていると思います。

しかし、Webサイトとなるとどうでしょう? Webユーザビリティというと、サイト内での使い勝手ばかりが議論され、先の「部屋でインターネットを見る」「朝の支度をする」「温かくして眠る」「ゆっくり風呂に入る」などの生活行動のような視点では、Webコンテンツが設計されていない気がします。
生活行動の視点からデザイン・コンセプトが紡ぎだされていないから、できたWebサイトはどう使えばいいかがあいまいでユーザーの日常生活にはどうにもなじまない。「コンセプトがあいまいなら出来るものもあいまい」になってしまいます。結果、ろくに使ってもらえないサイトになる。

自サイトの外側をデザインするという発想に欠けるWebデザイン

抽象的な話ばかりしててもアレなんで、ジャストアイデアベースでもすこし具体的な話も以下に書いておきましょう。

例えば、ブラウザとの関係でさまざまなブラウザで表示可能なようには配慮されたりはしていますが、単純に携帯電話で見られなかったりということは当たり前にあったりします。

いや、それどころかインターネット上でユーザーがどうWebでの情報を利用するかが十分考慮されず、基本的なSEO対策すら施されていなかったりもします。サイトを訪れたユーザーのことだけを考えて、どうやってそこに訪れるかがまったく考慮されない。まるでWebサイトをつくることとSEOなど訪問しやすくすることは別物であるかのように。

あるいは、リピート訪問者を増やしたいなどという割に、ただコンテンツの更新機会を増やすだけで、その更新情報のRSS配信すら行わないサイトのデザインもあります。わざわざ更新がないかサイトにいちいち訪れるのはユーザーにとっては負担でしかないでしょう。特に普段、多くのサイトをRSS経由で閲覧しているユーザーにとっては、RSSがないだけで訪問リストから外したくなったりするのではないでしょうか。

パーソナライズとWebデザイン

あと、それぞれのサイトがいわゆるカスタマイズ化されたマイページを提供したりしますけど、そんなにいくつもいろんなサイトでマイページ機能を提供されたってユーザーは全部使い切れないですよ。
それって、家にすごい数のリモコンがあってどれがどれかわからないっていう状態といっしょ。とうぜん、それらを統合するリモコンなんて商品がでるのと一緒で、例えばiGoogleなど、普段使っているパーソナライズのツールで全部管理できたほうがいい。もちろん、そこで全部完結する必要もないですけど、使うきっかけ=入り口くらいは自分の傍にないと使う気にならないんじゃないかと思います。

また、情報の引用に対してうるさいサイトもどうかと思います。むしろ、サイト内の情報を選択すると勝手にブログにはりつけられるような機能があってもいいくらいだと思います。Googleノートブックのようなイメージで、それがAmazonのアフィリエイトタグのような形ではりつけらる。まぁ、別に自分でコピペすればいいんですけど、そういう機能がサイトなり、ブラウザ側の機能なりにあれば、サイトという垣根を越えて情報が伝播していくんじゃないでしょうか?

生活行動発想がまるでないWebサイトのデザイン

椅子や机はお店で売っていますが、そのコンテンツそのものは、ユーザーの各部屋で使えるようなポータブル性があります。
それなのに本来はより高いポータブル性があってよいはずの情報コンテンツというものが特定のサイトに縛り付けられた状態というのは、そのデザインの方向性に大いに疑問を感じます。

iGoogleやRSSリーダーで情報を閲覧する人もいれば、検索エンジン経由、ソーシャルブックマーク経由、知り合いのブログ経由でサイトに訪れる人もいます。ブログに情報を引用したい人もいれば、ソーシャルブックマークやGoogleノートブックなどにメモして覚えておきたい人もいるでしょう。
そうした情報コンテンツのカスタマイズ、パーソナライズされた利用というものへの配慮がない、Webデザインが多いんじゃないかと思っています。まったく情報コンテンツのコーディネイト可能性に配慮がされず、それゆえ生活行動のなかに情報が入りこんでいかないし、愛着が生まれる可能性もありません。
なんか、それってデザインとか人間とかをわかってないよなーって気がしちゃいます。

人びとが気にしてるのは、とうぜんながらWebサイトのことじゃなく、自分の生活のサイトです。つまり自分の生活そのものです。
であれば、Webサイトをデザインしつつも、人びとの生活そのものの一部をデザインするという発想が必要です。そして、それにはガチガチにデザインしきってしまうのではなく、人びとがそれぞれカスタマイズ、パーソナライズ、コーディネイトできる余地、しやすさこそをデザインしてあげる必要があるはずです。

Webのデザインってそういう意味でまだまだ商品デザインに比べて成熟度が低いですよね。
そろそろWebをデザインする人たちも、たんに作るということから、人が使うもの、人の生活行動そのものをデザインするという発想を日々のデザイン・ワークのなかに取り入れていく時期なんじゃないかと思います。

   

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