実践の動きのなかで

動きが意味を生成することに関して。

エスノメソドロジー方面の次のような記述と、

注意すべきなのは、行為を適切に理解することは、社会学方法論上の問題である前に、実践に参加するものにとっての課題でもある、ということです。

ガーフィンケルは、社会秩序の問題というものが、社会学者が解答を与えるべき問題ではなく、むしろ、人びとが日々、それぞれの状況において互いの振舞いを協調させ秩序だてていくなかで直面し解決している実践的な課題なのだと捉えます。
上記、ともに
前田泰樹、水川喜文、岡田光弘『エスノメソドロジー―人びとの実践から学ぶ』

と、行動科学や心理学の分野の以下のような記述は、

巧みさが必要になるかどうかは動作の種類によって決まるのではなく、動作を取り囲む条件によって決まるということだ。(中略)運動する状況によって、より複雑な運動課題を解かなければならなくなったり、ときにはまったく新しい課題を運動の機転によって解決することが必要になる。床の上を歩くのに巧みさは必要ないが、一方で綱渡りはとても難しく、このときには巧みさが必要となる。
ニコライ・アレクサンドロヴィッチ『デクステリティ 巧みさとその発達』

運動のスタイルの生成は、また「意味の獲得でもある」。三角形や四角形だということが「分かる」のは、その触り方に依存しているし、速い明滅や遅い明滅の知覚/分別も、そのわまりでの運動の仕方に依存して決まっていることが実験から分かる。
池上高志『動きが生命をつくる―生命と意識への構成論的アプローチ』

互いに関連付けつつ、考えてみる必要がありそうだな、と。

このへんはアンテナはって想像力をたくましくして考えていきたいところ。
ユーザー中心のデザインのなかで人の動きとものの形の関係を考えていく上で。

  

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