コンテキスチュアル・インクワイアリーとは

コンテキスチュアル・インクワイアリーとは、日本語では「文脈質問法」とも呼ばれる、観察を中心としたユーザー行動調査法の1つです。
ユーザー中心のデザイン・プロセスの初期段階での「ユーザーの利用状況の把握」に用いるユーザー調査法では代表的なものといえます。

プロセス上の位置づけを図示するとこんな感じです(詳しくは「人間中心設計(Human Centered Design=HCD)で使う主な手法」)。



これまでこのブログではコンテキスチュアル・インクワイアリーについては、ばらばらと綴ってきましたが、このへんで1つまとめのエントリーを。

コンテキスチュアル・インクワイアリーの概要

それでは、まずコンテキスチュアル・インクワイアリーの概要から。なかなか言葉だけで説明するのはむずかしいのですが、できるだけ簡潔に。

コンテキスチュアル・インクワイアリーはどのような調査法か?
インタビューアが調査対象者であるユーザーに普段の行動(タスク)を実際にやってみせてもらいながら、ユーザーの行動とその背景にある文脈を理解する調査法です。ユーザーは普段の仕事を見せながら説明し、インタビューアは仕事を見せてもらいながら不明な点はどんどん質問します。ユーザーからインタビューアへ経験の伝承が行われる形で調査を進めていきます。ユーザーという師匠にインタビューアが弟子入りして、行動=仕事を経験的に学ぶので「師匠と弟子」モデルと呼ばれたりもします。
なぜコンテキスチュアル・インクワイアリーなのか?
人間は自分の行動のすべてを意識的に行っているわけではありません。いや、むしろ普段の行動の多くが、意識してしまうと逆にうまくいかないことが多いはずです。それゆえ、ユーザーに直接聞くだけではユーザーの行動を把握することはできません。また、意識できたとしてもすべてを言葉にすることもむずかしいはずです。ユーザーが口にした言葉だけがユーザーの要求ではないのです。ユーザーにはユーザー自身さえ知らない要求がその行動の中にあるのです
そのため、ユーザーのある製品やサービスの利用状況を本当の意味で把握したいと思うなら、単に質問だけするよりも直接ユーザーの行動を見せてもらい観察することを中心に調査を行っていくコンテキスチュアル・インクワイアリーが必要なのです。
そして、見えにくいもの、見落としやすいものを発見できるからこそ、コンテキスチュアル・インクワイアリーという手法はイノベーションを生み出すデザインには欠かせないものだと思います。それに関しては「つまらない日常のなかに何かを見つけるスキル」というエントリーに書きましたので参照ください。
アンケート法やグループインタビューなど、他のユーザー調査法とは何が違うか?
アンケート法はある仮説に基づき構造化された質問に答えてもらうことで、その仮説の検証を行う定量的な調査法です。仮説検証という意味では、仮説の発見そのものに用いられるコンテキスチュアル・インクワイアリーとはそもそも用途が大きく異なります。
一方、同じように仮説発見のために用いられるグループインタビューとは、ユーザーの声だけを聞くのか、実際の行動、仕事を見せてもらうのかという違いがあります。グループインタビューは一度に多くのユーザーの声が聞ける、他の参加者の発言からの連想によって自分の行動などが思い出しやすいという利点がありますが、それでも先にも書いたとおり、そもそもすべての行動が意識的に行われているものではないので、すべての行動とその背景の文脈を把握しようとするのには向きません。
フィールドワークとは何が違うか?
コンテキスチュアル・インクワイアリーに最も近いユーザー調査法といえるのは、フィールドワークによる調査法です。違いはフィールドワークがユーザーの日常の(仕事の)現場にインタビューアが伺い、観察調査を行うのに対し、コンテキスチュアル・インクワイアリーはあくまでユーザーを調査会場(調査会社の調査用の施設や近くの喫茶店など)に来てもらい、そこで日常やっていることを再現してもらうという点にあります。
もちろん、フィールドワークのほうがより厳密にユーザーの行動のコンテキストを把握するのには向いています。しかし、ユーザーの日常に土足で踏み込まなくてはいけない調査の実行には困難な面もありますし、高い倫理観も求められます。フィールドワークに求められる倫理観については、好井裕明さんの『「あたりまえ」を疑う社会学 質的調査のセンス』が非常に参考になります。
ユーザー中心のデザイン・プロセスのなかで実行するには、コンテキスチュアル・インクワイアリーくらいのカジュアルさがないと現実的にはむずかしいのかなというのが僕の実感です。
どんな場合にコンテキスチュアル・インクワイアリーを用いるとよいか?
デザインを行う上で、デザインしようとしているモノを実際にユーザーがどう使っているのかという利用状況やその背景を知る必要がある場合には、コンテキスチュアル・インクワイアリーが有効です。つまり、すべてのデザイン・プロセスの初期段階で有効かつ必要なものだと思います。
ただし、もちろん、コンテキスチュアル・インクワイアリーに向かないものもあります。それに関しては「コンテキスチュアル・インクワイアリー(文脈的質問)がむずかしい対象」でまとめていますので、こちらを参照ください。

ざっと以上が、コンテキスチュアル・インクワイアリーの概要になります。
次に、じゃあ、具体的にはどうやってコンテキスチュアル・インクワイアリーを実行するのかについて書いてみようと思います。

コンテキスチュアル・インクワイアリーを実行する

コンテキスチュアル・インクワイアリーの実行のは、「調査の目的を共有する」「調査対象者を選び、リクルートする」「調査会場を準備する」「調査を実施する」「調査結果をシナリオ化する」ことが必要です。

調査の目的を共有する
調査の目的を共有することが重要なのはなにもコンテキスチュアル・インクワイアリーに限ったことではありません。何のための調査かを明確に定義しないまま、実施してしまう調査ほど、不毛なものはありません。調査した結果を何に用いるのかを定義していなければ調査内容そのものが不明瞭になってしまいますし、どう使うかが明確でないとあとで適切な分析や利用ができないような調査結果しか得られない場合があるからです。また、調査対象となるユーザーにも調査目的をきちんと伝えたうえで協力してもらうことが大事です。ユーザーを巻き込むとはそういうことです。
調査対象者を選び、リクルートする
「何のために調査を行うのか」が明確になれば、誰を調査対象にすればよいのかもぼんやりと見えてきます。しかし、調査対象者をリクルーティングする前には、製品のヘビーユーザー、一般的ユーザー、未利用者、他社製品利用者などという形でユーザーセグメントを明確にしたうえでリクルーティングを開始する必要があります。その意味ではまずユーザーセグメントの仮説を検証するアンケート調査などを事前に行っておく必要がある場合もあります。
1ユーザーセグメントで5~6名、3~5セグメントを調査対象者としてリクルーティングし、15名~30名に対して調査を実施するのが一般的です。リクルーティングには調査会社のモニターを使ったり、人脈によって集めたりします。
1人あたり前後の余裕をみて2時間程度をあてるので、30名の場合、60時間かかる調査になります。結構、調査を行うのも大変です。
調査会場を準備する
調査会場は、先ほどもすこし書いたとおり、調査会社の専用の調査施設(ユーザビリティテストが実施できるような場所)もしくは、会社の会議室、喫茶店などで行います。
人員は2名が標準的で、インタビューアと記録係。機材としては、記録用のビデオカメラやDVDレコーダー、あるいは、デジカメやボイスレコーダー、筆記用具などが必要です。また、録画許可やNDAに関する契約書、謝礼とその領収書、契約書や領収書に捺印してもらう際の朱肉などを用意しておくことも必要です。
それから、これが重要なのですが、実際に普段ユーザーが普段行っている行動を再現してもらうために必要な道具類もそろえておく必要があるでしょう。Webの調査であれば、インターネットにつながったパソコンは必須ですし、製品に関する調査であれば、製品そのものを自社・他社のものをひととおり揃えておくか、ユーザーが普段使っているものを持ってきてもらえるよう事前にお願いしておくことも必要です。
調査を実施する
調査の実施フローは標準的には「イントロ」「インタビュー」「エンディング」の3つからなります。
イントロでは、まずユーザーに挨拶を行い、調査の内容と目的、調査予定時間などをあらためて知らせます。その上で録音・録画許可および守秘義務契約を行います。調査にあたっての留意点(答えたくない内容に関しては無理してお答えにならなくても結構です、など)についても最初に説明しておきます。
インタビューでは、最初にユーザーの基本的なプロフィールからはじめます。ここでユーザーがどんな人なのか、仕事は? 家族構成は? 趣味は? 出身は? などを知っておくと、あとでのユーザーの行動の理由を役立つことが多いです。そこからWebの調査であれば普段のインターネット利用状況、製品であればその製品を使ってからどのくらいになるか、何がきっかけで使うようになったかという基本的なことを質問します。そうした準備を行ったあと、本題の調査に入っていくわけです。ここでは実際の利用シーンを再現してもらうわけですが、一般的な利用状況を説明してもらうのではなく、一番最近使ったときのことを再現してもらうなど、具体的な利用シーンについて説明してもらいます。そうでないと利用背景が見えてこないからです。
最後にエンディングで、調査協力のお礼と謝礼の支払いを行い、お見送りして、1人のユーザーの調査が終わります。
調査結果をシナリオ化する
もちろん、実査を行ってそれで終わりではありません。調査した結果をまとめることが必要です。調査の模様はDVDなどに記録していますが、結果を伝えるためにいちいちデザインに関わるすべての関係者にそれを見てもらうことは現実的ではありません。なにしろ60時間も調査する場合があるわけですから。
調査結果は調査対象者ごとにシナリオの形にまとめるのが一般的です。シナリオとは、調査対象者を主人公としたエピソードで、ユーザーのコンテキストおよび実行したタスクを物語風に再構成してもとめたものです。シナリオはユーザーの視点で描きます。シナリオを描く利点は、コンテキストを再現でき、また物語風に描くことでデザインチーム全員が理解しやすくなる点です。ですので、シナリオを描く際には「主語を明確にする」「1センテンスを簡潔に、複数のトピックを含めない」「必要に応じて写真や画面キャプチャを挿し込む」などに注意します。
シナリオを作成する利点に関しては「物語風のシナリオを描くことでユーザーの利用状況を明確にする」で、シナリオからの分析方法に関しては「Contextual Inquiry調査からペルソナをつくるワークショップをやったよ」や「ユーザー行動を構造的に分析するための5つのワークモデル」のエントリーで、それぞれまとめていますので参照ください。

実査だけでなく、事前の準備と事後のまとめをしっかりやってこそ、コンテキスチュアル・インクワイアリーは成功します。ただ、ユーザーを集めて話を聞けばよいというわけではないことをお忘れないよう。

コンテキスチュアル・インクワイアリーのコツ

最後に、コンテキスチュアル・インクワイアリーを行う際のコツについて2つほど。

ユーザーの行動を理解するための質問のコツ
ユーザーのタスクとコンテキストを理解するためにどのように質問をすればよいか。すでに「他人の話を聞く技術:べからず集とうまい聞き方のコツ」でも、やってはいけないこと、うまく話を聞くコツについてはまとめていますので、ここでは最も大事なポイントだけ。それは「ユーザーの行動について常に仮説を思い浮かべながら観察&質問をする」ということです。コンテキスチュアル・インクワイアリーはユーザーの経験を伝授してもらう調査法です。ただ、外側から話を聞くのではなく、ユーザーの行動や話に耳を傾けながら、自分もユーザーの世界に入り込んで同じ経験を感じ取ることが大事です。「ユーザーの「わからない」という声に着目する」ことも1つのコツです。自分も「わからない」というユーザーの立場になってみるのです。そして、どこから見たら「わからない」と感じるのかを経験するのです。
そのためにはまずユーザーが安心してリラックスして話せるように場の雰囲気をなごませる会話を心がけるのも大事です。初対面のユーザーにリラックスしてもらうのは大変ですが、それを何より心がけないと、ユーザーも警戒したまま話すことになり、大事な話が聞けません。それには質問者という顔をするのではなく、本当に「あなたのやってることに興味があるので教えてほしい」という態度で接しないと、有意義な調査はできないと思います。
コンテキスチュアル・インクワイアリーでメモをとるコツ
コンテキスチュアル・インクワイアリーの調査のまとめは、シナリオを描くことだと先に書きましたが、それには実査中にいかに適切なメモを残せるかがポイントです。これもすでに「コンテキスチュアル・インクワイアリーでメモをとるコツ」でも書いていますが、すこし補足すると、記録係もユーザーが答えてくれていることをそのままメモするのではなく、実際のユーザーの行動シーンを頭で構造化して描きながらメモをとることが大事です。何が行われているかを理解しないまま、メモをとってしまってもあとできちんとシナリオを描くことはできません。ユーザーのタスクとその背後にあるコンテキストを頭にイメージしながらメモをとることが大事なのです。

このように調査を行い、ユーザーの経験を伝授してもらうことで、何をデザインしなくてはいけないかは自ずと見えてきます。そして、いかにそれまでデザインの発想法がずれていたかということにも気づくはずです。

「デザインは動きの中にある」といったのは深澤直人さんですが、モノを扱うユーザーの動きとその背景のコンテキストは、考えただけでは見えてこないものです。それは実際にユーザーを目の前にして調査・観察を行う以外には見えてこない。動きが見えない世界でいくらデザインを考えてもいいものは生まれてきません。動きを把握することがデザインを行う上では何より大事なことだと僕は思います。

  

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