みんなで考える、しかも、手を使って

やっぱりみんなでいっしょに作業をしながら考えることって重要だなと今日はあらためて感じました。

みんなで作業をしながら考えることのメリット

みんなで作業の場を共有しながら考えることの利点を思いつくまま列挙すると、こんな感じ。

  • 考える頭が複数あるので、ひとりで考えるよりアイデアが効率的に出る
  • 簡単なものでも何かをつくりあげるというゴールを共有して作業を進めながら話をするので、会議のように憂鬱な沈黙に陥ることがほとんどない
  • 目の前で自分の手をつかって、すこしずつ物事ができあがり組みあがっていくので、(言葉だけの会議などよりも)その場で何が行っているかを把握しやすい
  • 各自が作業中にそれぞれ意見を言っているので、その場で固まったものに対しては事後的に根本的なネガティブ意見は出にくい
  • プロジェクトが1段階終了したあとでも、各自が自分も作業に参加したプロジェクトなのでその後もなんとか成功させようというモチベーションが高まる

もちろん、このような場をつくりあげるには、それなりの道具も必要。でも、どこにでもありそうなものなので、そんなに準備が必要というわけでもありません。つまり、試そうと思えばすぐにできるわけ。
必要なのは、こんなところ。

  • 大きめのポストイット
  • 黒や赤のサインペン
  • ポストイットをはるための大きな模造紙
  • 参加者が自分の考えをさっと書けるホワイトボード
  • 簡易的なプロトタイプがつくれるような紙(ダンボール)やセロテープ、はさみなど
  • 話のネタになりそうな調査データ
  • すぐにWebページなどを検索して表示できるようなパソコン(できれば、みんながいっしょに見れるプロジェクターも)

こんだけ事前に準備しておけば、あとは決まった時間内に決まった作業を進めましょうと合意して参加者が集まればOK。

ファシリテーションする役目の人

ただし、場をつくりあげる上では欠かせないのがファシリテーションをする役目の人だと思います。

ファシリテーション。Wikipediaを参照すると、こんな感じ。

ファシリテーションとは企業内や学校内、地域のコミュニティーなど、組織での会議の場などで、発言を促したり、話の流れを整理したり、参加者の認識の一致を確認したりする行為で介入し 相互理解を促進し、合意形成へ導き組織を活性化(協働を促進)させる手法・技術・行為の総称。 コミュニケーションスキル以外にも、プロセスデザインとしてグランドルールが必要な場合の設定内容の検討、ミーティング自体の進め方なども含み、さらに会議の場所や参加者の選択、日程のデザインなど、オーガナイザーの役割を含む場合もある。

キーワードとしては、

  • 発言を促す
  • 話の流れを整理する
  • 相互理解を促進する
  • (場を)活性化する
  • 会議の場所、参加者、日程などのデザイン

となるでしょうか。

ようするに、みんなでいっしょに作業をしながら考える場をコーディネイト(参加者や日時、その日のテーマなど)し、その場では作業を行いながらの参加者の会話をうまく整理したりアイデアが出るのを促したりする役目です。
そういうファシリテーションをする役目の人がいるかいないかで、その場の進行のスムーズさが大きく変わってきて、場の創造性にも大きな影響が出て、結局、決められた時間での成果も違ってきます。

とはいえ、ファシリテーションがそんなにむずかしいことかというとそうではなく、基本的には参加者全員の発言に耳を傾け、話が脱線しそうになったら正しい軌道に戻してあげたり、できるだけ参加者の発言が可視化されるよう、ポストイットやホワイトボードに書くのを促したり、発言同士の関係を明示するために異なる意見同士を矢印でつないであげたり、ポストイットの位置を隣同士にしてあげるなど、その場の会話をみんなに見えやすくしてあげればいいんだと思います。

手と頭の数が多いということ

ワークショップ形式で楽しくプロジェクトを進める方法」でも書いたとおり、僕はペルソナ/シナリオ法をベースにしてこうした協働作業の場をつくってますが、特にペルソナ/シナリオ法にこだわることはないと思います。ワークショップ形式でなにか1つのテーマで1つのものをつくりあげる場がつくれるかどうかです。

とにかく大切なのは、手と頭の数が多いということをちゃんと活かせるかどうかということだと思います。
手と頭の数が多いというのは、単に足し算的に力が増えるというのではなく、創発的に何か新しいものを生み出せるかどうかに関わってきます。それは単に頭数をそろえて人数分の仕事をこなそうというのとは違います。いっしょに作業をしながら考えることで生まれてくるのは、1人1人が別々に作業をした結果(分業の結果)の組み合わせ以上のものでしょう。そして、それが生み出せる場でなければ協働作業の意味もないのだと思います。

 

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