ここで書くのは、ユーザー調査から得られたユーザーの行動を構造的に分析するために用いる、5つのワークモデルについて。このワークモデリングの手法はContextual Designで用いられているものです。
ペルソナ/シナリオ法の使われ方に問題あり?
で、なんで急にこんな話を書こうかと思ったかというと、世の中のペルソナ/シナリオ法の使われ方に疑問をもったからです。前に「ユーザー行動シナリオは最初のデザイン」というエントリーで「ペルソナ/シナリオ法の肝は、実はペルソナのほうじゃなくてシナリオのほう」だと書きました。
しかし、世の中ではどうも「ペルソナ」という言葉のほうばかりが先走ってしまっていて、ペルソナといえば単にターゲットとなる人物像を描くことだと勘違いしている方が多いような気がしています。
いちお、ターゲットのゴールくらいは記載してあるものの、じゃあ、そのペルソナはどこからスタートしてどうやってそのゴールに向かうの?ってあたりの記載がなかったりします。記載がないってことは考えてないってことなんじゃないでしょうか? 性格や年齢、それにゴールらしきものは考えても、具体的な行動に関してはいっさい思考の対象になっていなかったりします。
で、とうぜんの疑問として考えてないのにどうしてデザインができるの?ということになる。なぜなら、デザインとは動きのなかで考えるものだから。
「好奇心旺盛なIT系企業に勤める28歳の男性」ではデザインできない
たとえば、オフィスのドアを設計することにしましょう。ドアをあけるユーザーは右利きか左利きか、そのドアを通る際には大きな荷物をもっていないか、外から内へ入る場合と内から外に出る場合、どのようなセキュリティを考慮すればよいか、セキュリティカードを利用するとしてユーザーの手がふさがっていてあけられないということはないか、などなど。
こうしたことを考えるのに、ペルソナが「好奇心旺盛なIT系企業に勤める28歳の男性」だとかいう話はまったく役に立ちません。むしろ、ペルソナはどういう場合にそのドアを用い、別のどんなときには異なるドアを使うのかとか、そのドアを利用する際の状況(手に荷物を持っていることが多いか、ドアを抜けてどこに向かおうとしているのか、ひとりで利用することが多いか複数人か
などを理解しているほうが、ドアをデザインする際にははるかに有効です。
デザインを考えたことがないマーケターなんかにペルソナをつくらせるとこういうヘンテコなことになりがちです。まぁ、それでも何も考えないよりマシなんですけど(そう!何ごとも、ウダウダ言うだけでやらないヤツよりやったヤツのほうがマシと評価できます。だって何かをやればそこから学べるから)。
でも、どうせ時間をかけてペルソナをつくるのだから、もっと有効に使ったほうがいいと思うのです。それには性格や嗜好性なんかに焦点をあてるのではなく、行動、動きにフォーカスしないといけないと思います。
だからこそ、5つのワークモデルを使ってユーザー行動を構造的に分析することが重要になってくるのです。
Contextual Designの5つのワークモデル
5つのワークモデルについては、すでに以前「Contextual Design:経験のデザインへの人類学的アプローチ」で紹介しています。下記の5つがそれにあたります。
- Flow model:ユーザーがタスクを終える際に必要なコミュニケーションの流れを記述するモデル。
- Sequence model:ユーザーがタスクを終えるまでの行動を時系列で記述するモデル。
- Artifact model:ユーザーがタスクを終えるまでの過程で作成するアーティファクト(人工物)を記述するモデル。
- Cultural model:行動が行われる環境における、影響者と影響の範囲や度合いなどを記述するモデル。
- Physical model:行動が行われる物理的な環境や道具を記述するモデル。
ただ、これだけですと経験上「わからない」と感じる人が多いと思いますので、すこし具体的な例などを使って1つ1つモデルの意味を説明することにします。
Sequence model
上のリストの順番とは異なりますが、これが一番イメージしやすいと思うので、Sequence modelから説明します。このワークモデルでの分析は、ユーザーの行動を時系列的に把握しようというものです。ようするに、どういう順番でユーザーは行動を行ったのかです。
たとえば、ネクタイを結ぶというタスクを考えてみましょう。説明を簡単にするため、プレーンノットの場合にしましょう。
普通はまず「ネクタイを首にかけ小剣の上に大剣が重ねる形でクロスさせる」ことからはじめます。そして、以下、だいたい、こんな順番で作業を進めるのではないでしょうか。
- ネクタイを首にかけ小剣の上に大剣が重ねる形でクロスさせる。
- 右手の親指と人指で小剣をしっかりと摘んだまま、左手で大剣をネクタイ裏手から右側にまわし一周させる。
- 摘んでいる右手の指の上で大剣を入れられる袋をつくりながら、大剣を襟の下の生地のV字部分に通す。
- 大剣を裏手から上部にまわし、3.で作った隙間に通す。 大剣の形を整えながら引っ張り、結び目を上にずらす。
ネクタイだとすでに完成されたデザインですので、上記のように行動を時系列で記述したところで改善点は見つかりません(指の代わりに用いる便利なツールとかつくっても、きっと使いませんしね)。ただし、多くの場合、このようにユーザーの行動を時系列のステップで記述することで、「このステップ、本当は必要なくね?」とか「このステップと次のステップは切り離すことができないからデザインする際にも注意しよう」とかいう発見があるものです。
Flow model
このモデルはユーザーが自分のタスクのゴールを達成する際にどんなコミュニケーションをとる必要があるのかを明示するモデルです。たとえば、10日後に有給をとりたいとするとしましょう。
このユーザーが働く会社では、有給をとる際にはまず「上長に許可を得る」必要があるとしましょう。ここでまず1つ上長とのコミュニケーションが発生しています。上長に許可を得たあとは「申請書を人事に提出する」ステップとなれば、ここで2つ目のコミュニケーションが発生します。
公的に定められているステップは上の2つであったとしても、実際には、有給をとる場合には、ユーザーはまわりの人間に「○日に有給とるから」と知らせたり、クライアントに「○日はお休みをいただいておりますので」などと事前に知らせておく必要があったりするでしょう。
コミュニケーションのモデルを考える際には、こうした非公式なコミュニケーションまで把握することが大事です。
Artifact model
このモデルはユーザーがゴール達成までにどんなモノを作成するのかを明示するためのものです。たとえば、先の有給をとる例であれば、「上長に許可を得る」ため、そして、「申請書を人事に提出する」ために、ユーザーは「有給申請書を作成する」ことをしています。そして、その有給申請書に承認を得たことを示す「はんこをもらう」ことをしています。
あるいは、まわりに有給が○日であることを知らせるために、「イントラのスケジュール管理ツールに休みを記録する」ことしたり、クライアントに「○日は休みをいうメールを出す」ことをしているかもしれません。
有給をとるというゴールにいたるまでにこれだけのモノを作成しているのだとすれば、それを1つのモノにまとめてしまうとい改善案もありかもしれません。
Cultural model
ユーザーがタスクの実行を完了するのに影響を与える人について考察するのがこのモデルです。Aさんは新しくクルマを買い換えたいと思っているとしましょう。AさんはSUVを欲しいと思っているのですが、奥さんはミニバンタイプのものが便利だと思っています。最終的にSUVになるかミニバンになるかに関わらず、Aさんはクルマを買いかけるというゴールに到達するためには奥さんと話をしなくてはなりません。この場合、奥さんはAさんにとって影響関係にあると考えることができます。
また、奥さんがミニバンのよさをAさんに訴えるために、誰かほかの人(たとえば自分の母親)をAさんのところに連れてきたとしたら、その人も同じようにAさんのタスク実行に影響を与える人として考慮する必要があります。
Physical model
このモデルはユーザーがどんな環境、どんな物理的なツールを用いて、タスクを実行しているかを明示するものです。ユーザーの行動環境を理解すことは非常に重要です。
たとえば、先の有給申請の例。それを行うユーザーがほとんど日中は外に出っぱなしの営業マンだったとしたらどうでしょう。
彼は上長や人事の担当者が会社にいる時間はほとんど会社にはいません。もし紙の申請書をまわして有給をとる仕組みであった場合、彼には有給をとるというタスクを実行するのに非常に困難をともないます。もしかしたら、有給申請をだすためだけに外回りの予定をひとつ減らさなくてはいけないかもしれません。
このように、ユーザーがどんな環境においてタスクを実行するのかは非常に重要なファクターである場合もあるのです。
書くことで他者の経験を理解する
ペルソナ/シナリオ法を用いて、デザインを行う前段においては、まずユーザー行動の観察&インタビュー調査を行ったうえで、上記の5つのワークモデルでその行動を構造的にきちんと理解しておく必要があると思います。でなければ、ペルソナは書けてもシナリオは書けないはずです。そして「ペルソナ/シナリオ法の肝は、実はペルソナのほうじゃなくてシナリオのほう」なのですから、せっかくペルソナをつくってもそれをデザインに活かしきることはできません。「利用者の観察から必要なデザインの形を理解するプロセス」でも取り上げた、ロバート・エマーソンらによる人類学の分野におけるフィールドワーク調査でのフィールドノートの記述法について考察した『方法としてのフィールドノート―現地取材から物語作成まで』には、このような非常に示唆的な記述があります。
フィールドノーツを書きあげる作業をおこなう中でエスノグラファーは他者の経験に同化するプロセスを通してその経験について理解しはじめるようになる。ロバート・エマーソン他『方法としてのフィールドノート―現地取材から物語作成まで』
書く作業を通じて、フィールドワーカーは、当初非常に奇異なものと感じ、また自分の理解の範囲を超えるように思えたことについて理解できるようになるロバート・エマーソン他『方法としてのフィールドノート―現地取材から物語作成まで』
そう。書くことではじめて僕らは、他者の経験を理解しはじめるのですし、当初理解の範囲を超えていたと思われたものが理解できるようになるのです。
ペルソナ/シナリオ法をデザインに用いる利点もまさにこの点にあります。僕らはユーザーの性格や嗜好性だけでなく、ユーザーの行動、経験を理解してはじめてデザインができるようになるのです。
人間中心のデザインのアプローチが優れていると思うのは、ユーザーの行動や認知にフォーカスしている点です。ペルソナ/シナリオ法もその人間中心のデザインの1つの手法なのですから、行動をとらえないペルソナなどはありえないなと思うのです。それじゃあ、従来のマーケティング的なターゲット・セグメントの仕方となんら変わりがないわけですから。
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