2007年09月23日

デザイン言語2.0 ―インタラクションの思考法/脇田玲、奥出直人編

SFC(慶應義塾大学湘南南藤沢キャンパス)で行われているデザインの基礎カリキュラム「デザイン言語」のなかからゲストレクチャシリーズである「デザイン言語総合講座」の模様を収録した一冊。SFCに研究室をもち、『デザイン思考の道具箱―イノベーションを生む会社のつくり方』の著者・奥出直人さんも編者の1人として加わっている。

収録された講演は、原研哉さんや永原康史さんのようなグラフィックを中心にしたデザインに関わる方だけでなく、MITでタンジブルインターフェイスの研究を続ける了戒公子さん、ロボティクスの研究家である山中俊治さん、デザインとは異質なところでは、サッカーの監督である清水秀彦さん、日本料理家の柳原一成さんなど、合計12名の方の講演を、「身体性と知覚のデザイン」「メディアのデザイン」「空間のデザイン」の3つのテーマに分けて収録しています。

インタラクション・デザインを考えるうえでは、12名の方がそれぞれ参考になることを述べてくれているので、ぜひ読んでいただきたいのですが、ここではどんな内容かを参照していただくために、僕自身が気になった点をいくつかピックアップしておくことにします。

身体性と知覚のデザイン

まずはロボティクスやユーザビリティの研究をしている山中俊治さんの講演からピックアップ。

重要なのは、私たちは、人間が新しい機械に対して接したときにどのように振舞うかを予測できるほど、自分たち自身のことをわかってはいないということです。言いかえれば、何か新しいテクノロジーを取り入れるたびに、実際に試してみるしかないということです。それを可能にする作業がプロトタイピングです。
山中俊治「ロボットのデザイン+技術における身体性」
脇田玲、奥出直人編『デザイン言語2.0 ―インタラクションの思考法』

前々から書いていることですが、デザインにおいて大事なのは「自分が何を知らないかを知る」ということだと思っています。言い換えればそれは「いま何が問題かをディテールまで煮詰めたかたちで認識する」ということです。
しかし、何が分かっていないかは頭で考えるだけではわからないのです。だからこそ、「つくりながら考える」プロトタイピングの技法が有効なんだと思います。

つまり、まずは実際に、動くものをつくること。デザインでは「デザインモックアップ」をつくりますが、そこでデザイナーは作業を止めてしまうことが多く、その実現をエンジニアに任せようとします。私はそこに、インダストリーの中で物作りを不幸にしている部分があると思うのです。
山中俊治「ロボットのデザイン+技術における身体性」
脇田玲、奥出直人編『デザイン言語2.0 ―インタラクションの思考法』

まさにおっしゃるとおりで、インタラクション・デザインの肝は、実際の動きのなかのディテール面におよぶ、ごく些細なふるまいにあると思います。それはデザイナーの領域とエンジニアの領域が重なるところにあります。そこでデザイナーの領域とエンジニアの領域を完全に分業化してしまうところに不幸がある。分業の再考、協働作業の推進については昨日の「デザインとこれからの時代の経営課題についての一考察」でも書いていますので、こちらもご参照いただければ。

脳が感じる情報量とデザイン

すでに以前「デザイン・プロセスにおいて知らないことを発見することの重要性」というエントリーでも紹介していますが、原研哉さんは自身が仕事でバリ島の古いホテルに滞在された際の話を例に出して、自身の「HAPTIC」というコンセプトを説明してくれています。

そのホテルでは広い敷地にコテージが点在し、そのあいだには古い石畳が敷き詰められていたそうです。客は裸足で石畳の上を歩くのだそうですが、それが非常に気持ちよかったと原さんは述べています。何十年も人がその上を歩いた結果、石畳の表面が磨り減った感触がとても気持ちよかったのだそうです。
原さんは人が歩いて磨り減った石畳を大変デリケートだと感じ、そのデリケートさを「すごく情報量が多い」と思うと同時に「もしこの情報をすべて自分のパソコンに取り込んだら、すぐフリーズを起こしてしまうだろう」と感じたそうです。

今の社会は情報過多と言われますが、実は「過多」ではないのではないか。「半端な」「欠片のような」情報が、おびただしくメディアの中に存在しているだけではないのか、とその時に気づいたのです。欠片一個一個の情報の量は、むしろ非常に少ない。情報量が半端なものがおびただしく存在している状況に、脳はストレスを感じているのではないでしょうか。
原研哉「HAPTIC」
脇田玲、奥出直人編『デザイン言語2.0 ―インタラクションの思考法』

ここ最近、僕自身も身体性とデザインの関係、コミュニケーションの関係にいろいろ書いていますが、とにかく感じるのはいまのデザインがやたらと視覚的なものばかりに偏っていたり、頭で考えたようなわかりやすさに終始してしまっていてつまらないなということです。
僕は最近、ラルフ・ローレンの服ばかりを着ているのですが、ラルフの服の何が好きかというと、見た目も好きなんですが、それ以上に何度も洗ったときに感じる肌触りやヤレ具合だったりが好きなんです。

独創的なフォルムをかかげて人々の目玉をこじ開けて入り込むような力づくのデザインをつくらなくても、人が敏感になった感覚をおのずと振り向けてくれるようなデザインを考案すれば良い。
原研哉「HAPTIC」
脇田玲、奥出直人編『デザイン言語2.0 ―インタラクションの思考法』

ラルフの服は僕にとってまさに「敏感になった感覚をおのずと振り向け」させてくれるものです。
身体性をちゃんと視野にいれたデザインはそうした敏感な部分のインタラクションをきちんとデザインしてくれているものだと思うのです。だから、「独創的なフォルム」だけが特徴のようなもののようには飽きられず、長く使ってもらえるものになるのではないかと思うのです。

そうしたデザインのものが飽きられないのは、脳が感じる情報が非常にデリケートにデザインされているために多いからではないでしょうか。このあたりこそ、情報デザインに関わる人にはもっと敏感になってほしいなと感じています。それにはやっぱり人そのものに興味をもつしかないんじゃないかと思います。

メディアのデザイン

「メディアのデザイン」のパートではやっぱりMITでタンジブルインターフェイスの研究をしている了戒公子さんの話が興味深かったです。

たとえば、子どもがいっしょにおしゃべりして遊べるようデザインされた「サム」の話。

ただ単にコンピュータのキャラクターを子どもの前においてインタラクションさせるのではなく、物体感のあるドールハウスやおもちゃのお城をサムの前に置きました。実はこのおもちゃのお城は半分が実世界、残りの半分がバーチャルの世界に分かれていて、サムは、バーチャルな部分で遊び、子どもは実物の部分で遊ぶデザインになっていました。
了戒公子「Designing Tools / Interface for Creative Learning」
脇田玲、奥出直人編『デザイン言語2.0 ―インタラクションの思考法』

単にすべてをコンピュータの世界に閉じ込めてしまうのではなく、一部を物体のかたちで表現すること。そのことで先の原さんのHAPTICのように、従来コンピュータだけでは表現できなかった触覚もデザインの要素として用いることができるようになります。

子どもはお城の中で人形を動かしながらお話をつくっていきます。その人形がお話をする順番のトークンのような役割を担っていて、子どもが話している間は子どもがその人形を使ってお話をして、自分の話が終わったら、トークンとなる人形をお城のマジックタワーの中に入れます。するとサムはそれを理解して、受け渡されたバーチャルの人形を取り出して話をする設定になっていました。
了戒公子「Designing Tools / Interface for Creative Learning」
脇田玲、奥出直人編『デザイン言語2.0 ―インタラクションの思考法』

物理的なモノを介することで、子どもに遊びのルールを理解しやすくなるようデザインされています。また、単にコンピュータが子どもに話を聞かせてあげるだけでなく、子どもが自ら話を創造できるようにしているのがこのおもちゃの特徴でしょう。

物理的なモノを介することで、何が起こっているのかが理解しやすくなり、創造的に学ぶことができるようになるのは、何も子どもに限ったことではなくて、先のプロトタイピングの話でも同様です。その意味ではモニターとマウスの組み合わせという決まりきったGUIシステムのコンピュータは創造性をはぐくむツールをつくるには限界があるのかもしれませんね。

空間のデザイン

「空間のデザイン」のパートでおもしろかったのは、清水秀彦さんの<サッカー監督の仕事は、ゲームを含めてある種の「デザイン」をしていくことだと私は思っています」という出だしではじまる「フットボールデザイン」の章でした。

時間と空間が限られたゲームのなかで、選手という「素材」をいかに有効に用いて、いかにゲームを組み立てていくかという話です。ただ、それは1つのゲームのなかだけで完結する話ではなくて、ゲームと別のゲームの関係性のなかで、さらにはゲームと練習の関係性のなかでデザインされていくという意味で階層構造的なデザインが必要になってきます。

日本代表であれば、監督がベストだと考える戦術に合った選手を日本中から集めて試合に使えるので、その選手に自分の先述を教えればよい。ただ、その場合、長い時間をかけて選手がスキルアップしていく姿や、化けていく姿はあまり見ることができません。クラブチームの監督は、素材がスキルアップして、1つしかできなかったことが2つできるようになる、そして3つできるようになるといった具合に、その素材自体が進化していく姿を見ることができます。
清水秀彦「フットボールデザイン」
脇田玲、奥出直人編『デザイン言語2.0 ―インタラクションの思考法』

しかし、どんなに監督が綿密にデザインを考えたとしても、実際にゲームをするのは選手たちです。監督の描いたデザインが選手に共有されていなければ、ゲームでそのデザインが実現されることはありません。これは企業などの組織のデザインでも同じことだと思います。

良い形、良いチームができていくとは、どのようなことでしょうか。それは、試合をしながら、選手たちが同じ絵を描けるようになることだと思います。いちいち「このような形だよ」と言葉で言うのではなく、ボールを動かしたり走ったりしながら、最終形はどうなるか、今ボールが欲しいのか、今パスが出てくるのかを、それぞれの選手が互いに感じられるようになることです。トレーニングを積み重ねて、コンビネーションが高まってくると、選手全員が同じ絵を描けるようになってくる。それが自然にできるようになると、多くのゴールが生まれ、当然良いゲームができるようになります。
清水秀彦「フットボールデザイン」
脇田玲、奥出直人編『デザイン言語2.0 ―インタラクションの思考法』

身体を動かしながら良いゲームがデザインできるようになるというのは、決してサッカーのようなスポーツに限ったことではないと思います。11人でゲームを組み立て、ゴールを量産するサッカーと同様に、協働作業のプロトタイピングやワークショップを通じて、身体を使い、つくりながら考えることは、デザイン思考の仕事の仕方には共通するものだと僕は思います。

インタラクション・デザインの思考に共通するもの

12人の方が別々に、それぞれの専門領域の話をされているのですが、そこにはすべてに共通する基盤のようなものがあります。それが身体性や人間の知覚の特性であり、動きのなかのデザインだったり、視覚だけでなく五感すべてを考慮にいれたデザインだったりします。
この本には「インタラクションの思考法」という副題がついていますが、まさにそのとおりインタラクションのデザインを考える上では、非常に参考になる話がいくつも収録されています。

興味のある方はぜひ一読することをおすすめします。



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posted by HIROKI tanahashi at 17:55| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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