要約しない、あたりまえを疑う、動詞で考える

コンテキスチュアル・インクワイアリーでメモをとるコツ」で紹介した「フィールドワークでメモをする5つのコツ」の1つに「人の行為の特徴についてメモするときには一般論的な書き方は避ける」という項目がありました。

このことは人間中心設計プロセスのアプローチでデザインを行う上で非常に大事なことだと実感しています。
特にユーザーの要求事項を把握し明示するためにコンテキスチュアル・インクワイアリーを用いた調査を行い、その結果を書き記す段階においては、一般論的な要約を避けないとありきたりの頭で考えたような光景しか浮かび上がってこなくて、何ひとつデザインのヒントを発見できない可能性があるからです。

「びっくりするくらい、こんなふうに言う人が多いんです。『うーん、今日はいつもと違ってたわ』って。」今日はかならずいつもと違っている。人生はマーケティング・パンフレットに表れているように整然としてはいないのだ。

そう。調査結果を記述した個別のシナリオから行動要素を抽出し、KJ法を用いてユーザー行動のカテゴリーを考える際にも、その行動要素の抽出の記述やカテゴリーの名称に、「マーケティング・パンフレットに表れているよう」なありきたりの要約的な記述を用いてしまうと、せっかく調査したユーザーの行動のコンテキストが見えなくなってしまうのです。

あたりまえの形に要約しない

ありきたりの一般的な記述でなにかをわかった気になるのは簡単です。しかし、そのわかったつもりになるアプローチでは、これからデザインによる新しい暮らしや仕事の代替案を生み出そうとしている方向性とはまったく逆行しています。
見えないものをデザインするには」でも書きましたが、イノベーションのデザインでは、「わかったつもり」になることよりも「自分が何をどれだけわかっていないかを理解することのほうが大事なのです」。

自分がいまだ知らない背後に隠れたユーザーのニーズに気づくこと。それがイノベーションのデザインのスタート地点になります。
あたりまえのわかりきった要約だけでなにかをわかった気になっていると肝心の部分を見落としてしまうことになるのです。

あたりまえを疑う

調査でインタビューをする際にも、自分の思い込みで誘導尋問してしまったり、はい/いいえで答えられる質問をしてしまったりも「わかったつもり」の罠に陥っていて、肝心のユーザーを見ていないのに等しい行為です。ましてやユーザーの調査なのに自分の考えやアイデアを話してしまったりするのは論外です。

ユーザー調査で重要なのは、いかに自分の思い込みから抜け出し、ユーザーの現実をつかみとれるかなのですから。

ある研究者による同和地区実態調査の報告がなされている。そもそも母数が少なく統計的な処理をしても意味がないのに、さまざまな形でクロス表をつくり、その説明を延々とする。その結果、でてきた結論が、この地区では「各戸で部屋の数と畳の数が相関している」。私は一瞬目が点になり、頭が真っ白になった。いったいこの報告者は何を考えているのだろうか。部屋の数と畳の数が相関するのは、あたりまえやないか。
好井裕明『「あたりまえ」を疑う社会学 質的調査のセンス』

自分たちが行っている作業が新しいものを生み出すデザインプロセスの一環であることを忘れ、単に調査データのまとめ作業だという視野の狭い状態で作業を行っていると、上の引用にあるような間違いが起こりがちです。まとめる作業に没頭するあまり、そこから導き出された結論の馬鹿馬鹿しいほどの役立たずさに気づかなかったりするのです。

調査は決して「わかったつもり」になるために行うものではありません。自分たちが何がわかっていなかったかを発見するためにこそあるのです。そこでは調査対象のユーザーと調査を行うデザインチームのインタラクションがすでに存在しているのです。

名詞ではなく、動詞で考える

行動調査の結果をシナリオ化し、そこからユーザーの重要な行動要素を抽出する際の注意点は、自分たちがわかっていることを要約的に描くことではなく、むしろ自分たちが理解できないディテールも含め、五感を通して得られた情報を詳しく記述することのほうが大事です。

書く作業を通じて、フィールドワーカーは、当初非常に奇異なものと感じ、また自分の理解の範囲を超えるように思えたことについて理解できるようになる
ロバート・エマーソン他『方法としてのフィールドノート―現地取材から物語作成まで』

わかっていることを記述するのではなく、自分たちが調査で観察し耳にしたことを理解するか否かに関わらず書きとめること。その記述がこれまで見えていなかったユーザーの行動を浮かび上がらせるのです。僕らがデザインしなくてはいけないのはすでに見えている=わかっていることではなく、「見えないものをデザインするには」で書いたとおり、日常のあたりまえの風景の背後で見落とされている潜在的なニーズに対する代替案なのです。

あたりまえの要約に陥らないようにする1つのコツは、名詞ではなく、動詞で考えるようにすることです。

ともあれ、顧客と一日過ごして何が見られるかを試してみたらどうだろう。ひょっとしたら、それが前進の第一歩になるかもしれない。より優れた新しいものをつくりたいと思っているのなら、ぜひとも人が格闘し苦慮しているところを見るべきだ。入り口が入りやすくなっていないためにその店を通り過ぎる人びとの様子をメモしよう。

顧客の行動を観察すること。観察した結果は、対象が行動なのですからそれは本来動詞で表現されるべきものです。また、行動は要約された名詞による記述より、繊細な動きの多様性を含みやすい。
「マーケティング・パンフレットに表れているよう」な前面の商品にだけフォーカスがあっていて背景がぼやけた映像ではなく、背後にあるコンテキストもヴィヴィッドに描きこみつつユーザーの行動と心理を理解すること。なぜなら、その動きを基点に新しいものをつくろうとしているのだから。それがどうつかわれるかという映像をこれから描こうというのだから。
飾りのように静止したイメージではそれが利用されるシーンは描けないでしょう。

デザインは発見的で創造的な行為

わかったつもりでいることほど、新しい発想を思い浮かべる障害になるものはありません。

「あたりまえ」を疑い、一般的な記述への要約の罠から抜け出すには、わかっているものより自分がわかっていないものに注意を向ける姿勢が必要なのでしょう。

デザインとは何よりまだ存在しない代替案を生み出す発見的で創造的な行為なのですから。

  

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