見えないものをデザインするには

デザインというと、どうしても見た目や形をどうつくりあげていくかということのように思われがちですが、僕は重要なのは、そうした見た目の部分、視覚的な要素をどうデザインするかということ以上に、見えないものをどうデザインするかということが重要なことだと考えています。

<見ようとしなければ見えないもの>をデザインする

見えないものをデザインすること。
正確には、<見ようとしなければ見えないもの>をデザインすることです。

見えている部分をどうデザインするのかという仕事はわりと誰でもやりやすい仕事です。目に見えている問題点(機能面だけでなく美的な面も含めて)を改善しようとするのはわりと行いやすいでしょう。

しかし、むずかしいのは多くの問題の要因はむしろ目に見えない隠れた部分にあることです。見えていても多くの人が見逃している部分に問題は潜んでいたりします。そこに<見ようとしなければ見えないもの>をどうデザインするかという問題は潜んでいます。

情報の関係性のデザイン

情報デザインというと、単にすでに与えられた情報をどう組織化し、構造化し、レイアウトするかという問題だと考えている人が多いと思います。

しかし、与えられた情報をいかにデザインするかも情報デザインですが、実際の情報デザインにおいては<見ようとしなければ見えない>情報同士の関係性-あるコンテキストをもった人が関わることで発生する情報同士の関係性-をいかに理解し、見えないものをいかに視覚化・具体化するかという問題のほうが数多くあると思います。

それをせずに単に静的なカテゴリーのみで情報デザインを行えば、それは動きのない辞書や図書館のようなものにしかなり得ない気がします。それが情報デザインなんだとすれば、特にいまさら情報デザインになど注目する必要はないでしょう。

そうではなく、利用者のコンテキストや目的に応じて情報間の関係性を定義し、具体的にその関係性を形作るしくみをいかにデザインするかがいま情報デザインに求められているものではないかと思います。

何かを探したい場合にユーザーがインプットを与えれば必要な情報のみを提示してくれる検索エンジン。自分が覚えておきたい情報を自分なりに分類して保管しておけるソーシャルブックマーク。
それらはユーザーの目的、コンテキストにあわせて情報間の関係性を動的に再定義するという意味で現在求められている情報デザインの形なんだと思います。

<見ようとしなければ見えないもの>を見えるようにするには

情報間の関係性は意識的に<見ようとしなければ見えないもの>です。それはユーザーのコンテキスト、目的によってはじめて決まるものですから、ユーザーのコンテキスト、目的を見ようとしない限り情報の関係性もまた見えてはきません。

実際、コンテキスチュアル・インクワイアリーなどを用いた観察主体のユーザー調査を行っている際に、自分がすでに知っていること、頭で理解してしまっていることばかりに注意を向けてしまうと、調査をしてても何も発見できないという場合があります。

ユーザーが目の前で行動してくれているにも関わらず、自分の思い込みから逃れられず、質問もユーザーの言葉を拾う形ではなく、自分の想像の世界のイメージから派生した疑問ばかりを投げかけてしまうやり方では、単に自分の思い込みのイメージをユーザーに手伝ってもらって豊かにしているだけです。それでは、まったくユーザーの世界には触れていないのです。

そうではなくユーザーの世界そのものに触れることが、コンテキスチュアル・インクワイアリーでは求められているのです。
頭で考えて理解するのではなく見えているものそのものを見るのです。そうしてはじめて頭で考えていては見えなかったもの、聞こえなかった声が聞こえてくるようになります。

自分で見えているものをいくら見ても仕方がないのです。ユーザーの調査をしているのに、自分がどう思っているかなんて二の次です。しかし、それでも慣れないと自分の頭で考えたフィルターを通してしかユーザーの行動を見れなかったりします。<見ようとしないと見えないもの>がそこにはあります。

見えないものを見ること。
ようするに自分が何をどれだけわかっていないかを理解することのほうが大事なのです
自分が何をどれだけわかっていないかを理解することではじめて<見ようとしなければ見えないもの>が何かがわかってきて、それを発見することができるのです。

見えないものをを見えるようにする

フィールドノート:観察・経験の記録法」というエントリーでは、ロバート・エマーソンらによる『方法としてのフィールドノート―現地取材から物語作成まで』という本から「実地研修を受けている学生は、フィールドノーツを書くことによって、出来事をより詳細かつ系統的に観察し、日常的な出来事とドラマチックな出来事の双方に注意を払い、そして、他人の活動や関心に対して自分の活動や関心に対するのと同じくらいに注意を払うようになるだろう」という一文を引用して紹介しました。
フィールドワークでは、観察とその記述という異なる2つの活動によって、他者への関心を強くしその行動・生活を理解していきます。

ユーザー中心のデザインのアプローチもこれと同じだと思うのです。見えないユーザーのニーズや行動それ自体にいかに関心をもって接することができるかは単に観察のみによって行うのではなく、その結果を記述するシナリオやプロトタイプを具体的に作成する活動との二重性によってはじめて実現できることなんだと思います。

オルタナティブの創出

デザインとは見えているか見えていないかに関わらず、いま存在するもののオルタナティブ(代替案)を創出することで、問題解決や価値創造を行う活動です。
オルタナティブを生み出すためにはやはりすでにあるものを理解しなくてはいけない。すでにあるものを理解したうえで、それが実際にどう使われているのかを観察により把握しないといけない。そう思います。

自分が何をどれだけわかっていないかを理解すること。その向こうにしかオルタナティブはありません。その向こう側を見るため、観察し記述する。記述するからこそ、見えないものが見えてくるのです。

すでに見えているものをデザインするのではないのです。見えないものを見えるようにするためにデザインするのです。
それが「これからはデザインの時代|デザインの時代はこれから」でも書いたデザインの2つのミッション、問題解決と価値創造を可能にするための大前提ではないかと思います。

   

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