人間中心設計プロセスの「ユーザーの利用状況の把握と明示」の段階で行うユーザー調査に、フィールドワークの技法、そして、その記述法であるエスノグラフィにおけるフィールドノーツの書き方を参考にしようと思って読んでいます。
コンテキスチュアル・インクワイアリー法におけるシナリオの作成
先日、MarkeZineの「「デザイン思考」の核となる「ペルソナ/シナリオ」のつくり方」という記事で、コンテキスチュアル・インクワイアリー法を用いたユーザー行動調査から、調査データを元にしたペルソナ/シナリオ法を用いたデザイン・アプローチを実際に行う方法を紹介しました。このコンテキスチュアル・インクワイアリー法においては、そのユーザーの行動の調査結果をシナリオという形で記録します。シナリオの形で記述するのは、調査に参加しなかった人にもユーザーの行動そのものだけでなく、その背景にあるコンテキストが共有しやすくするためです。
シナリオを書く利点に関してはすでに「物語風のシナリオを描くことでユーザーの利用状況を明確にする」というエントリーでも書いていますので、今回はこのくらいで省略。
ただし、『方法としてのフィールドノート―現地取材から物語作成まで』でも、
エスノグラファーは、フィールドノーツを書く作業を通して、単に出来事を文字の形に加工しているのではない。むしろ、その作業は、本質的に解釈的なプロセスを含む。ロバート・エマーソン他『方法としてのフィールドノート―現地取材から物語作成まで』
と書かれているように、誰が行う場合でも事実をそのまま書くということは不可能で、必ず書き手の解釈が含まれることは避けられません。何を記述するかというのは単に対象の問題ではなく、記述する側の解釈の問題でもあるのです。
コンテキスチュアル・インクワイアリー法では、フィールドワークと違ってユーザビリティ・テストなどが行われるラボで実施されることが多く、カメラや音声録音機器なども揃っている環境ですので、作成したシナリオと録画したビデオ映像などを見比べることで、どこに記述者の解釈が含まれているかを比較して見出すことも可能です。
しかし、前に「つまらない日常のなかに何かを見つけるスキル」というエントリーでも書きましたが、自分が参加していない調査の記録映像をユーザーの行動の文脈まで捉えて見るのは大変で、記録された映像には調査時のリアリティが欠けています。その意味では、コンテキスチュアル・インクワイアリーで記録者がとるメモのほうがはるかにリアリティを含んだ記録には向いており、記録というのが単に事実を音と絵として捉えることとは異なるのだということがわかります。
フィールドワークでメモをする5つのコツ
そのくらい、調査中にメモをとるというのは大事なことです。『方法としてのフィールドノート―現地取材から物語作成まで』には、フィールドワークという観察調査中に「観察したことをメモする」ためのコツとして、次のような5つの項目が挙げられているのですが、これがまたコンテキスチュアル・インクワイアリー法でユーザー行動調査を行う際に非常に参考になります。
- 観察したシーンや相互作用を構成している重要な要素であると感じた事柄のディテールをメモする。
- 人の行為の特徴についてメモするときには一般論的な書き方は避ける。
- 行動や会話に関しては五感を通して得られた情報を詳しくメモする。
- 容易に記憶から失われがちでもその場面を理解するうえでカギになりそうな感覚的ディテールをメモする。
- メモは一般的な印象や感じを書きとどめるために利用しても良い。その場では重要かどうかわからないこともあり、それが後になって他のディテールと組み合わされることで意味のあるパターンをつくりだすこともある。
最初の「観察したシーンや相互作用を構成している重要な要素であると感じた事柄のディテールをメモする」というのは、後で発言や行動のコンテキストや意味について思い出せるようにするためには非常に有効です。
1つの発言などを単に言葉だけ拾うのではなく、その際のユーザーの表情やしぐさなども含めて、自分が感じた印象と同時にメモすると、後でその発言のコンテキストを忘れずに済みます。
他の項目に関しても、コンテキストを重視するという意味で重要で、2番目の「人の行為の特徴についてメモするときには一般論的な書き方は避ける」のは、価値判断の入った要約的な記述だと出来事のコンテキストを書き込んだ詳細な記述があとでできにくくなりますし、3番目の「行動や会話に関しては五感を通して得られた情報を詳しくメモする」などは、シナリオを書く際に、ユーザーの行動が目の前に浮かぶような書き方で日常生活の具体的なディテールについて記録するためには重要なものです。
4番目、5番目の項目に関しても、メモは完全なシナリオを仕上げる時に調査時の情景や出来事を思い出しやすくするためのツールになるので、後で記憶を呼び起こしやすいディテールをメモすることは大事なことだったりします。
観察時にメモをすることの利点
先にも書きましたが、コンテキスチュアル・インクワイアリー法による調査はたいてい、ユーザビリティ・テストなどが行われるラボで実施されることが多くカメラなどの記録用の機器が設置されている環境で行われます。でも、僕は記録が残っているからいいやと思って、メモをとるのを怠ると観察の精度自体が損なわれてしまうように感じています。
『方法としてのフィールドノート―現地取材から物語作成まで』にも同様のことが書かれていて、
メモをとることを念頭においてある場に参加することによって、エスノグラファーは、その場の出来事を後で記録にとどめるかもしれない対象として意識しながら体験するのである。ロバート・エマーソン他『方法としてのフィールドノート―現地取材から物語作成まで』
単なる観察と、記録を残すための観察は異なると思うのです。
先の引用にもありましたが、記録を残すということは解釈的なものがすでに含まれています。その解釈はある意味デザインにつながっています。つまり、ユーザーの行動を観察してそれをデザインに活かそうとして観察するのと、そういう意識がなく観察するのとでは、同じユーザーの行動を見るのではも違うと思うのです。
『方法としてのフィールドノート―現地取材から物語作成まで』は、まだ4分の1ほど読み終えただけですが、なかなか参考になる点が多い本です。
関連エントリー
- フィールドノート:観察・経験の記録法
- つまらない日常のなかに何かを見つけるスキル
- 行動の痕跡を観察しインタラクションをリデザインする
- ユーザー行動シナリオは最初のデザイン
- ハンターに学ぶContextual Inquiry
- ペルソナ/シナリオ法をいかにデザインに活用するか
- 物語風のシナリオを描くことでユーザーの利用状況を明確にする