HCDはユーザビリティを超えて・・・

僕自身、マーケティングから人間中心設計(Human Centered Design)を中心としたコンサルティング活動に仕事の足場を移したわけですが、まだまだごくごく自分に近い範囲でも、HCDって何?的なところがあるようなので、この場を借りてちょっと整理。

最初に書いておくと、ここで整理しておきたいのは以下5点。

  • 1.ユーザビリティだけが重要なわけではない
  • 2.道具をデザインするんだから人間中心なのはむしろ当たり前だと思う
  • 3.HCDは新しいものを生み出すときにこそ、もっとも真価を発揮するんだと思う
  • 4.HCDは別に専門家だけがやることじゃない
  • 5.いま知られているHCD的手法だけがHCDの手法ではない

というわけで、1つずつ考えを整理していくことにします。

1.ユーザビリティだけが重要なわけではない

自分からいろんな人に「人間中心設計」やら「ユーザビリティ」の話をするようになって気づいたのは、どうも多くの人がユーザビリティってなにか特別なものとしてとらえてるのかなってことです。

でも、ユーザビリティって別にそんなに堅苦しいものじゃないと思うんですよ。単に道具としてのモノのデザインを評価する視点の1つにすぎないってのが本当のところだと思うんです。ユーザビリティも、あるデザインに対する「かわいい」とか「かっこいい」とかといった評価とすこしも違いはないと思うんです。

そういう意味で僕は、ユーザビリティだけが重要だなんてこれっぽっちも思ってません。
デザインする上では、ユーザビリティが大事な場合もあれば、そうでない場合もあると思うからです。かわいさが重要な場合とそうでない場合があるのと同じように。
ただ、デザインするのは道具なので、使えなかったり、極度に使いにくかったりすると致命的なので、かわいいかどうかよりもビジネス的には重視されるってだけのことだと思います。

で、ユーザビリティが重要じゃないって場合はどういうときかというと、すでに十分、使えるもの、使やすいものをデザインするやり方が定まっている場合です。

Webの場合だと情報閲覧が主体の企業サイトなどがこれにあてはまるでしょう。

  • きちんと情報をカテゴライズして、
  • それに応じたナビゲーションシステムを用い、
  • それなりにわかりやすさを考慮したラベリングを行い、
  • サイト全体のトーン&マナーを統一する

などすれば、決して素晴らしくユーザビリティの度合いが高いわけでもないし、欠点がないわけではないだろうけど、ユーザビリティ的には十分に合格点を与えられるサイトはつくれます。
基本的には情報閲覧がメインの企業サイトであれば、特にユーザビリティテストも必要ないでしょう。

もし、それでもHCD的手法を取り入れるなら、要求開発を目的として、ユーザーのニーズを調査するためのコンテキスチュアル・インクワイアリーやデプスインタビューを行ったほうが実りはあると思います。
まぁ、その場合もユーザビリティの向上を目的としたものというよりは、マーケティングの効果やユーザーエクスペリエンスの向上を目的として行うことになるのでしょうけど。

逆に、ユーザビリティが重要になる場合は、主にユーザーとのインタラクションが多いサイトで、特に既存のデザインが著しくユーザーの目的達成を阻害していて、ビジネス的な効果も得られていない場合だと思います。また、これまでなかったものを新たにデザインする場合もこれに当てはまると思います。

その意味で、僕が思うのは「新たなものにチャレンジするならユーザビリティを考えることも必要だよ」ということです。

2.道具をデザインするんだから人間中心なのはむしろ当たり前だと思う

で、なんで人間中心設計なのかということで、最近よく感じるのは「いったいみんな何をデザインしてるつもりなの?」ってことです。

僕らがデザインしているものすべては人が使う道具だと思うんです。
デザインされたものの完成品は必ず誰かが使うものです。それなのに、なんでその使う人のことをいっさい考えようとせずにデザインしちゃうのか?ってことです。

中には、考えてるつもりって人も多いでしょう。
でも、よく考えてみてください。自分の友達や同僚を見回しても、モノに対する好みも違えば、生活スタイルも違うでしょう。仲のいい友達が着てる服を自分でも買うかといったら買わない場合の多いはずです。
それくらい自分と他人とは違うことのほうが多いんです。それなのになんでデザインする場合は、他人のことを知ろうという具体的な作業もないまま、デザインに入っちゃうんでしょ? それってよく考えるとヘンですよね?

僕は、人間中心設計プロセスって実は、他人が使う道具をデザインするんだからまず人のことを知ってその人にあったデザインにしようと考えるごくごく当たり前のアプローチだと思うんです。

3.HCDは新しいものを生み出すときにこそ、もっとも真価を発揮するんだと思う

さっきもちょっと書いたけど、HCDは新しいものを生み出すときにこそ、もっとも真価を発揮するんだと思うんです。

それは、人の行動の背後に隠れたニーズを抽出することからはじめるので、実はニーズがあるんだけど、まだそのニーズを満たす具体的な道具が存在しないという気づきも生まれやすいんです。
結局、デザインの分野で注目されているIDEOなんかはこのアプローチ-観察を重視したアプローチ-を徹底しているから、イノベーションを生むのに長けてると思うんですよね(「IDEOにおけるデザイン・プロセスの5段階」参照)。
しかも、数多くのプロトタイピングを繰り返すことで「早いうちに何度も間違えろ」ことをやってるから、アイデアを具体的に利用可能な形に実現するのも早いわけですよ。

HCDのプロセスを導入すると開発に時間がかかると見る人もいますけど、新しい価値を生み出したければ、急がば回れなんだと思います。

4.HCDは別に専門家だけがやることじゃない

リズムを刻む実践的な学習とワークスタイル」でも書きましたけど、本当の意味でHCDを実践しようとする場合、コラボレーションを基本のワークスタイルとする形で「固定された部門などを越えて人々が交わる茶会のような場の形成力、ふだんからリズムよく学習や仕事をおこなう生活習慣を重視することが大切だろう」と思います。
なぜなら言葉では伝わらない暗黙知をいかに共有するかが、これまで以上に大事になるから。

その意味ではHCDは「経営陣のサポートなしに社内で実施することはできない」と思うし、日本古来の身体性を重視した「"仮設の場"の活用」によりコラボレーションを促進していかなくてはいけないと思います。

ユーザー自身が意識しない行動や好みを他人が理解してデザインに活かそうというのですから、基本的には言葉やドキュメントによるコミュニーケーションだけではチーム内でデザインのコンセプトさえ共有できません。

僕が最近、ブレインストーミングワークショップに関心を寄せるのも、HCDの専門家だけでなくデザインに関わる人々が共同作業によって、暗黙知も含めて知見を共有しながら作業を進めることが大事だと思うからです。

基本的に、僕はHCDは新しいイノベーションを生み出す創造性を発揮するワークスタイルに向いていると思っているので、これまでの分業的で分析的なワークスタイルではなく、専門家だとかといった垣根を越えたコラボレーションによる新しいワークスタイルが必要だと考えています。

5.いま知られているHCD的手法だけがHCDの手法ではない

最後にもう1つ。HCDはまったく完成されたものではないと思っています。いま知られているHCD的手法だけがHCDの手法ではないはずです。

イギリスの人間工学からのアプローチ、アメリカの認知科学を中心にしたアプローチが、いまの「人間中心設計(Human Centered Design=HCD)で使う主な手法」の根幹を成していると思うのですが、それだけではまだ不十分です。

僕が今後、HCDをすすめる上で取り入れていきたいと思っているのは以下のようなものです。

a.日本古来のデザイン手法をHCDに取り入れる。
例えば、最近読んだ内田繁さんの『普通のデザイン―日常に宿る美のかたち』岡倉天心の『茶の本』には、コラボレーション、観察、行動や変化を重視した日本古来のデザイン観がHCDを考える上では参考になると感じました。日本発信のHCDの形というのがつくれると思っています。
b.行動の複雑さを知った上で粘り強く観察する
マーク・S・ブランバーグの『本能はどこまで本能か―ヒトと動物の行動の起源』などを読むと、いまの行動観察の方法論は、発達心理生物学や行動発生学などで行われている動物の行動観察、発達観察にくらべるとまだまだという感が否めません。僕らは「人が何かを利用する」という行動をわかった気になっていますが、実際には、人とその人が使うモノとのあいだ、そして、それが用いられるシチュエーションにおいていったう何が行われ、どんな影響を与え合ってるかはまったくといっていいほどわかっていないんだと思います。
その意味ではいわゆる文化人類学のエスノグラフィやエスノメソドロジーから学べることは多いと思います。
c.モノの歴史を学ぶ
IDEOのデヴィッド・ケリーはトースターのデザインを依頼されたら「「われわれの仕事は、パンの歴史を見ることから始まるんです」と返事をする」と言っていますが、『失敗学―デザイン工学のパラドクス』や『本棚の歴史』の著者ヘンリー・ペトロスキーのように、そのデザインが辿ってきた歴史について学ぶこともHCDの創造性をさらに高めてくれると感じています。

他にも、ラダーリング法、評価グリッド法アヤトゥス・カルタ(Ajatus Kartta)などが基礎的な技術として使えそうです。

そういう意味でHCDはまだまだこれから発展させていく必要のあるデザイン・アプローチで、それはこれまでどちらかというと科学技術主導で進んできたプロダクトやサービスのデザインのアプローチの方向をすこし変えてあげることになるのだと思います。

というわけで、これが現時点で僕が考える人間中心設計(Human Centered Design)です。

   

関連エントリー


この記事へのコメント

この記事へのトラックバック