橋は30年周期で失敗し、伊勢神宮は20年ごとに遷宮される

昨日、紹介したヘンリ・ペトロスキの『失敗学―デザイン工学のパラドクス』には、重大な橋の失敗(崩壊などの事故)が、1847年、1879年、1907年、1940年、1970年、そして、1999年のロンドンのミレニアム橋まで、ほぼ30年周期で起こっていることが紹介されています。

橋はなぜ30年周期で失敗するのか?

なぜ橋の失敗が30年周期で起こってきたのか?
最初にこの現象に気づいた研究者、ポール・ジブリーとアラステア・ウォーカーは、次のように説明しているそうです。

すなわち、30年というのは、あるひとつのプロジェクト、または、一連の関連プロジェクトで働いている人々が作り成す技術文化の中で、およそ、一世代のエンジニアが次の世代に置き換わるのに要する時間だというのである。新しい、または急速に進化する橋の型は、デザインするエンジニアにとっては新奇で心ときめくものかもしれないが、ありふれたものになった古い型は、それをありきたりの技術とみなす若い世代に同じ関心をもたせ、同じ尊敬をいだかせることはない。

橋の建設にかかる時間が、計画から開通までどれくらいかかるのか僕にはさっぱりわかりませんが、大きな橋であれば楽に5年以上は必要なのでしょう。そうなると、30年という長い時間であっても、ひとりのエンジニアが関われるプロジェクトの数はそう多くはないでしょうし、プロジェクトの数が少なければ関わる人の数の組み合わせもそれに比例してそう多くはならないのではないかと思います。

そうなると、当然、共同作業を通じた技術者間の暗黙知の伝承の機会もそれに応じて限られてきます。新しい技術と古い技術のギャップが大きければ、それぞれに関わるエンジニアの顔ぶれにも偏りが生じるのではないかと思います。そうなると失敗を予測するような技術伝承の機会がますます失われるのではないでしょうか。

やはり30年ごとの橋の失敗はそこに起因しているのでしょうか。

伊勢神宮はなぜ20年ごとに遷宮するのか?

一方で、建設にまつわる周期的なものといえば、僕は20年周期で行われる伊勢神宮の式年遷宮を思い出します。

式年遷宮とは、1300年の歴史を有する伊勢神宮の行事で、20年ごとに内宮・外宮の正殿など正宮・別宮の全ての社殿と鳥居を建て替え、御装束・神宝も造り替え神体を遷す大事業です。かかる費用も、平成5年の第61回式年遷宮の経費は327億円、次の第62回式年遷宮の経費については約550億円と試算されているそうです。

では、なぜこうした費用をかけてまで遷宮が行われるのでしょう?
岡倉天心は『THE BOOK OF TEA(茶の本)』のなかで次のように記しています。

誰もが自分自身の家をもつべきであるという考え方は、日本民族古来の慣習からきているもので、神道では、どの家もそこの主人が死んだあとは引き払わなければならないとされていたことによる。(中略)古代日本ではしばしば都があちらかこちらへと移されたのもこうした慣習によるのである。天照大神を祀った伊勢神宮の建物が20年ごとに建て直されるのも、今日まで続いているこうした儀礼の一例にほかならない。

これは内田繁さんが『普通のデザイン―日常に宿る美のかたち』のなかで考察を行っている日本の気候・環境からくる仮設文化とも深い関係をもっているのでしょう。

日本の文化は、もともと変化こそ永遠であるという思想を持っていましたが、近代はすべてを固定化してしまいました。しかし、変化するものにこそ人は驚きと愛着を感じます。

パルテノン宮殿に代表されるように西洋にとっての永遠はそれこそ文字通り永遠に残ることだったのでしょう。それに対し、伊勢神宮をつくった古来の日本人は20年に一度生まれ変わることで永遠を実現しようとしたのではないでしょうか。

では、なぜ20年に一度なのか?
伊勢神宮式年遷宮広報本部 公式ウェブサイトの「神宮・遷宮 Q&A」には、以下のような記述があります。

なぜ20年かという定説はありませんが、その理由はいろいろ推定されます。まず20年というのは人生の一つの区切りとして考えられるでしょう。また、技術を伝承するためにも合理的な年数とされていますし、掘立柱に萱(かや)の屋根という素木造り(しらきづくり)の神宮の社殿の尊厳さを保つためにもふさわしいとされています。他にも中国の暦学から伝わったという説などいろいろあります。

ここで注目したいのは「技術を伝承するためにも合理的な年数」という箇所です。
先の橋の失敗が30年周期で起こる説明のなかでは、30年が「一世代のエンジニアが次の世代に置き換わる」のに十分な期間であることが記されていました。
30年経つと世代が置き換わってしまうので、それより短い20年という期間が選ばれたのでしょうか? 逆に20年より短いと必要な技術の伝承がむずかしいということを前に読んだこともあります。

この2つの例を単純に比較すると、20年と30年のあいだに、人間の一般的な人生の時間を考えたうえで、現実的で最適な世代間の技術伝承に必要な時間があるように感じられます。

20歳下の人たちに何を伝えていけるか?

僕ももうすぐ40歳になりますが、それでも、まだ20歳下の人は職場にはいません。このブログを読んでくれている方のなかには20歳下の人がいるかもしれませんが、とにかく20歳離れた人というのは本当に普段接することがない人たちです。

それでも20歳のギャップであれば、僕がもうすこし歳をとれば、職場でも接することが現実的に想像できる年齢差ではあります。しかし、それが30歳のギャップとなるとそうはいきません。大学を出て就職したとしても22歳。それに30歳を足すと52歳です。22歳と42歳であれば、職場でなんらかのプロジェクトで関わることも想像できますが、22歳と52歳となるとそこで技術伝承のつながりがきれやすいのは容易に想像できます。

42歳といえば男性でいえば、大厄の次の年で後厄にあたります。
厄は悪いことが起こりやすいという風に解釈されることが多いと思いますが、社会的にも責任が重くなったりして大変になる時期だと僕は思っています。
その意味で、成人した20歳以上歳の離れた世代が社会に出てくる40歳以降に男性の大厄があるのは、妙に納得のいくものです。

とまぁ、自分もそんなことを考える年齢になったんだなーと思うわけです。

20歳下の人たちに自分は何を伝えていけるのか? と。

最近やたらと学生と触れ合う機会があればいいなと思うのも、こんなようなことも関係してるのかなとも思ってみたり。

暑さでうだる2007年のお盆の夕方に。
棚橋弘季。


   

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