2007年08月07日

ワークショップ―偶然をデザインする技術/中西紹一編著

いかにして組織(といってもチームレベル)の創造性(生産性ではない)を高めるかが僕の中ではいま一番ホットなテーマだったりします。

それは「組織の創造性を向上する技法」というエントリーにも書きましたが、そこで考えたブレインストーミングとワークショップという手法のうち、ブレインストーミングは「コラボレーションのプラクティスではない」のだそうです。

何人か集まってのブレインストーミングはプロトタイプをつくるためのプラクティスであってコラボレーションのプラクティスではないのだ。

上記の引用に連なる話を読んでてなるほどと思いましたので、ちょっと「コラボレーション」という意味を捉えなおさないといけないなと思いました。

で、もう1つの手法であるワークショップ。こちらが今回、紹介する『ワークショップ―偶然をデザインする技術』の主題です。

0から1を生み出す、あるいは、1を0に戻す

この本で扱うワークショップの役割は、

  • 自己啓発系
  • 身体解放系・身体表現系
  • 社会的合意形成型
  • 創造力開発系

の4つの分類のうちの4つ目の「創造力開発系」のワークショップです。もちろん僕がこの本を手にとったのは、先の僕自身のテーマである「組織の創造性を高める」にこの本が合致するのではと考えたからです。

この本では、進化論研究における「木村学説」、自然淘汰に有利でも不利でもない中立的な遺伝子変異の蓄積こそが進化の主役であるという学説が革新の隠喩として捉えられ、それをワークショップの原動力として位置づけられています。

創造力開発が対象になるので、いわゆる1を10にするスキルではなく、0から1を生み出すスキルが求められます。あるいは、10にしようと思ってなかなか進捗しない1をもう一度0に戻してあげるというのが、この本で論じられるワークショップならではの可能性です。

その点で「中立変異の蓄積」「拘束状況の緩和」が進化のダイナミズムの源泉と位置づける「木村学説」の隠喩が用いられています。
すでに価値の決まった1をどうにかして10にしていくのではなく、中立的な0の蓄積から参加者がワークの体験を共有しながら1を発見していく。あるいは、同じワークの共有を通じて、すでに価値があるとされる1をもう一度見つめなおして解体しながら、それを再度中立的な0に戻してあげてから再創造のプロセスにのせてあげる。

こうした「解体と創造」の場がこの本で論じられるワークショップです。

良いワークショップ

では、この本ではどんなワークショップがよいとされるのでしょう。
以下の文章にそれは要約されています。

「良いワークショップ」は、これとは全く逆だ。
どんなに自らが提供する商品やサービス、ブランドが所与のものであっても、それらを中立的な存在として徹底して位置づけ、ここから開発対象となる商品やサービス、ブランドのコンセプト、デザイン、コミュニケーションなどにアプローチする。「つくって、さらして、振り返る」というアクティビティを繰り返しながら、参加者は自らの「まなざしの革新」を通して、徹底してコンセプト、デザイン、コミュニケーション等の可能性に近づこうと努力する。このようなアクティビティを繰り返した結果、クライアント側・受注者側を含めた参加者全員が「学ぶ側」に位置するようになる。これが良いワークショップである。
中西紹一編著『ワークショップ―偶然をデザインする技術』

「つくって、さらして、振り返る」、「まなざしの革新」、「学ぶ側」などのキーワードは、まさに「デザイン思考」における重要なキーワードにも重なります。
実際、この本の第2章「情報デザインとしてのワークショップ」でも、IDEOのアプローチなどをはじめ、「デザイン思考」とワークショップの関係が論じられています。

ワークショップというワークスタイル

この本が興味深いのは、ワークショップを1つのワークスタイル、仕事の新しい作法に位置づけようとしている点です。

対比されているものの1つがプレゼンテーションです。

誘惑というのは、全部をいわなくてもいいけど、相手の気持ちも十分に考えてアプローチしないといけない。コミュニケーションのスタイルとしては、プレゼンテーションと真逆に位置していますよね。
中西紹一編著『ワークショップ―偶然をデザインする技術』

一発勝負のプレゼンテーションと互いに学びあうコミュニケーション・スタイルを重視するワークショップの作法との対比です。プレゼンテーションにおいては、提案する側と提案される側の間に明確な線引きがある。しかし、ワークショップではこの線引きがいったん解消された上で議論や共同作業が行われます。

私は、武家社会における茶道のスタイルは結構ワークショップだったのではないかという気がしているんですよ。身分の差はあるのに、にじり戸をくぐった時にそれはなくなって、ある種の作法は必要なんですが、それがちゃんとしていれば、後は「同時性」をどれだけ楽しめるか、という点に集中できますよね。お茶室の空間のつくり方は、結構ワークショップ的だな、などと感じているんです。
中西紹一編著『ワークショップ―偶然をデザインする技術』

この本でも書かれていますが、コラボレーションの場であるワークショップの場を形成するにはこの「作法」が大事だなと感じています。それが明確にできると、ワークショップを新しい創造のためのワークスタイルとして定義できるだろうなというのが、この本を読んだ僕の感想です。

このテーマはもうすこし考えていこうと思っています。



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posted by HIROKI tanahashi at 02:04| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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