日常という舞台装置の中で日々当たり前のように生活している人間は、ほとんどの場面で無意識のうちに行動していて、そのため、通常用いられるアンケートやインタビューではその行動を把握することがむずかしいという前提に基づき、生活の現場やそれに近い場での再現してもらった行動を観察重視で調査するのがコンテキスチュアル・インクワイアリー(文脈的質問)です。
師匠と弟子
代表的な手法としては、インタビューアがユーザーに弟子入りし、師匠であるユーザーは仕事を見せながら説明するという形で、師匠の経験を弟子に伝承する「師匠と弟子」モデルが使われます。弟子は師匠がツールを実際に使っているところを見ながら、「いま、何をしたんですか?」「次はどうするんですか?」「何をやってるんですか?」と行動に応じて疑問に思った点を根掘り葉掘り質問をするわけです。
それによって、ユーザーが普段はほとんど意識することなく行なっている行動について、なぜそういう使い方をしているのか? 使い方に迷ったのはなぜなのか? その人はツールをどう理解していて、どう使おうと思っているのか?などの、ユーザーのツール利用シーンに関する深い理解が得られるわけです。
コンテキスチュアル・インクワイアリーの利点
ようするに、自分の普段の行動を当たり前と思っているユーザーに言葉だけで説明してもらうのではなく、実際にやってみせてもらうことで観察者のほうがユーザーの行動を客観的に把握することで、当たり前のなかにひそんだ実は決して当たり前ではない行動とその理由を発見するのです。ユーザーはどんなに使いにくいものでも使う必要があればそれに慣れてしまいます。すこし不満があってもそれしか目的を達成する手段がなければ、いまあるものを使うことに甘んじます。
そして、それに慣れ、それを使うことが当たり前になってしまっている状況では、もはやユーザー自身はその不満に気づくこともなくなってしまいます。
そうした状況においては何が不満かをユーザーに聞いても答えてもらえません。しかし、不満を感じながら使うユーザーの行動や、なにやら使いにくそうに不自然に使っている行動は、客観的に外部からみれば気づいてあげることも可能です。
ようするにユーザーの行動を外部の観察者が意図的に「日常という舞台装置」の上から下ろしてあげるのです。そうすることで隠れた使いづらさ、行動の背後にひそんだ潜在的ニーズを発見することが可能になるのです。
コンテキスチュアル・インクワイアリーがむずかしい対象
しかし、そうした日常の行動の観察を重視した手法であるがゆえに、コンテキスチュアル・インクワイアリーをつかった調査を行うことがむずかしい対象があります。例えば、病気のときやなにかしらの事故が起こった際に使う道具などの調査をしなくてはいけない場合などがそうです。
コンテキスチュアル・インクワイアリーは単に行動を再現するのではなく、そのときの状況も再現してもらったり、可能であれば実際の現場で仕事を見せてもらうという調査方法をとります。
しかし、病気になったときや事故が起こったときの現場を調査するのはかなりハードルが高い。病院などでフィールド調査をすることも可能性としては考えられますが、それが通常、病院で使われる道具であればそれでいいのですが、必ずしも病気になったときに使う道具は病院で使われるとは限りません。
かといって、病気になったつもりで使ってくださいといわれても、なかなかそうはいきません。誰しも「喉もとすぎれば」ではありませんが、健康なときに病気で苦しんでいる状態の心理とおなじように行動を再現することはかなりむずかしいはずです。
熱でうなされたり、極度の歯痛で苦しんでるときには、普段なら簡単にわかる操作方法がわからなかったり、目立つ位置に書かれた記述にも気づかないかもしれません。
おなじように親や兄弟など大切な人が大きな病気や事故にあった場合に使う道具や情報でも同じことがいえます。
そうした状況での行動を再現してもらうことはほとんど不可能だといってもよいでしょう。
普段から基礎的調査を実施する重要性
こうした例のように、ユーザーが利用する場面自体が日常的な場面ではない道具やサービスに関わるユーザビリティやユーザーエクスペリエンスの向上を考える際には、コンテキスチュアル・インクワイアリーとはまったく別の手段が必要になります。こうした商品やサービスを提供している企業は、むしろ、普段の顧客との接点において顧客行動の観察を基礎的調査として実施することが必要なのでしょう。
万が一のときに利用される救急用品や防災用具、保険商材などを扱う企業では、顧客満足度の向上、商品やサービスのユーザビリティの向上のためには普段からの基礎的調査が、日常品を提供している企業以上に求められるのではないかと思います。
もちろん、そうした商品を扱う企業ではなくても、もしもの時のユーザーサポートページをWebで用意している場合なんかも、もしもの場合を再現しコンテキスチュアル・インクワイアリー調査を行うことはできないという意味では同じですね。
これを普段の顧客接点でどれだけ基礎的なフィールド調査が行えてるかどうかが重要になってくるでしょうね。
結局、そういう普段からの積み重ねがユーザーに価値をもたらし、評価され、そのことによってビジネスにも成功をもたらすためのエクスペリエンスデザインを行うための第一歩なのだと思います。
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