この図をシンプルにして、ユーザーエクスペリエンスという観点から手を加えるとこんな風な絵が描けると思います。
道具をめぐるユーザーエクスペリエンスの変数としては、
- ユーザー自身の目的が道具の利用により達成できたか
- 道具利用時のユーザー行動に対する道具側のフィードバックは適切で、かつ、情緒的にも豊かなものだったか
- そもそも道具のカタチは、ユーザーに機能的に、情緒的に豊かな情報を与えていたか
の3つが主要なものとしてあげられるのではないかと思います。
もちろん、これは主要な3要素で、昨日書いたとおり他にも変数はあるので、3つに絞り込めるほど単純ではないということはお忘れなく。
顧客満足度とホッケースティック・ロイヤリティ
すこし話はそれますが、『サービス・マネジメント』という本の中でコンサルタントのカール・アルブレヒトが紹介しているホッケースティック・ロイヤリティという興味深いグラフがあります。このグラフは、5段階評価した顧客満足度とリピートオーダー(再購入)の関係を示したものです。顧客満足度が5になった時点でグラフが大きく上昇している様がホッケースティックのようなので、そう呼ばれます。
このグラフで何がわかるかというと、よく顧客満足度の向上が大事だといわれますが、それがビジネスにおいて本当に大きな成果につながるのは、圧倒的な顧客満足度を獲得した場合だけだということです。顧客満足度が1の場合と4の場合でももちろん差はありますが、それがビジネスにおける武器になるには、他を圧倒するような顧客満足度が必要だということです。
人は細かな違いに価値を見出すのをあまり得意としていない
ユーザーエクスペリエンスに関しても同じようなことがいえるのではないかと思っています。この役割を務めるための1つの方法は、自分の仕事のあらゆる側面に目を向け、「これは平凡だろうか、それとも少しでも非凡なところがあるだろうか」と考えてみることだ。経験デザイナーは平凡なものを見つけるそばから、それを払いのける。
「経験デザイナーは平凡なものを見つけるそばから、それを払いのける」。価値あるユーザーエクスペリエンスをデザインする経験デザイナーが払いのける平凡な経験こそ、顧客満足度が1~4に値する経験なのではないかと思います。
10段階しかない地震のリヒター・スケール(マグニチュード)に常用対数が用いられ、つまり段階が1つ上がるごとに32倍のエネルギーが解放されることが意味するのは、常用対数を用いた区別にしないかぎり、人間は細かい地震の揺れの違いを感知できないからです。同じように音響機器のボリュームの大小にも対数的な表現が用いられているといいます。
つまり、人は細かな違いに価値を見出すのをあまり得意としていないというそもそもの性質があるのです。それが圧倒的な違いがなければ顧客満足度もビジネスの成果にはつながらないという要因になっているのではないかと思います。
であれば、ユーザーエクスペリエンスを考えるにあたり、多少の向上を目指すのは努力に対する成果がわりにあわない可能性が大きいといえるのではないかと思っています。
ユーザーエクスペリエンスとユーザビリティ
よく言われることですが、ユーザビリティは利用時のマイナス側面を減らす(限りなくゼロに近づける)こと、ユーザーエクスペリエンスはプラス側面を向上することといわれます。最初に示した3つの変数のうち、1の「ユーザー自身の目的が道具の利用により達成できたか」はユーザビリティに関わる問題、2と3も機能的側面においては主にユーザビリティに関わるものだと思います。ただし、ユーザビリティの問題とはいえ、マイナス側面が多く残っていれば、いくらプラス側面があっても経験価値が向上することはありませんので、その意味ではユーザーエクスペリエンスの変数だといえます。
しかし、プラス側面を向上するという狭義の意味でのユーザーエクスペリエンスを考えた場合、先にも書いたような圧倒的な違いがなければ人はその良さに気づかない、もしくは気づいてもそれほど評価しないのではないかと思います。
評価が5段階評価で4(まあまあよい)では実際には評価されていないのと同じだと思います。
ユーザーエクスペリエンスとイノベーションのデザイン
逆にいえば、圧倒的なユーザーエクスペリエンスをデザインすることにより、イノベーションを生み出すことも可能だということです。評価が5段階評価で5になった瞬間、それは他のものと比較される対象ではなく、新しい何かに生まれ変わるのだと思います。デザインは製品やサービスの形を考える分野からデザイン思考とデザイン方法論の研究分野へと変わらなくてはならない。
圧倒的なユーザーエクスペリエンスをデザインすること、それはある意味ではイノベーションそのものをデザインすることだと思います。
そして、この「デザイン思考とデザイン方法論」は以下のような記述にあるとおり、人間中心デザイン(human-centered design)であり、そして、それは単に製品やサービスのデザインというだけではなく、経営戦略として立案されなくてはならないものです。
例えば、最近、イリノイ工科大学のInstitute of Designなんて、思いっきり"human-centered innovation"なんてうたってますしね。問題へのアプローチ法も"Understanding Contexts"、"Framing Problems"、"Exploring Alternatives"、"Envisioning Solutions"とまさに人間中心デザインのアプローチです。
消費者を観察することでアイデアを見つけ、それを実行できるコンセプトをつくり、形を考え、メカニズムを考案して設計し、実装し、消費者に渡すまでの製品やサービスづくりの流れを「デザインプロセス」と呼ぶが、デザイン戦略とは、そのデザインプロセスを経営戦略として立案することである。
なぜ経営戦略として立案されるべきであるかというと、昨日から道具のカタチとユーザーエクスペリエンスをめぐる変数として数々の要素をあげているのをみてもらえればわかるとおり、ユーザーエクスペリエンスは純粋に道具とユーザーの関係のみで決まるものではないからです。それは多くのコンテキストから影響=制約を受けています。
それは僕がたびたびWebだけで考えていてはいけないといっているのと同様の意味でです。
イノベーションのマネジメントの本質は、革新的な製品やサービスをつくる組織を恒常的に運営することにある。イノベーションを生む個人を管理するのではなくて、製品やサービスを生み出す気持ちと仕掛けを学ぶこと、教えること、あるいは調整することが大事である。
圧倒的なユーザーエクスペリエンスをデザインするためには、組織レベルでそれを生み出すための「気持ちと仕掛けを学ぶこと、教えること、あるいは調整すること」がなくてはいけないのだと僕も感じています。
その意味では経営レベルで「つくる」ことの意味とその方法論を再度考え直す必要があるのだと思います。
しかし、そこにもっていくにはまず仕掛けが必要だと感じています。なので、いま、その仕掛けを学び、教え、調整できるようにするための仕掛けを、実は考案しようと思っているところです。
これはたぶんおもしろいことになるのではないかと考えてます。
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