人間中心のデザイン(Human Centered Design):人間の性質にあわせるデザインのアプローチ

以前、僕は人間中心デザイン(Human Centered Design、HCD)と呼ばれるものとユーザー中心デザイン(User Centered Design、UCD)と呼ばれるものは同じものだとこのブログでも書きました。

しかし、最近、2つはすこしアプローチが違うのではないかと思いはじめています。

また、もうひとつややこしことにContextual Designという手法を開発し、その手法を推進しているInContext Enterprisesでは、Customer-Centered Designなんて言い方をしていたりもします。

今日はこのあたりをすこし整理してみたいと思います。

人間中心デザインの歴史

Customer-Centered Designについてはとりあえずおいておきましょう。僕自身もInContextの考えをちゃんとわかっているわけではないのでここでは言及せずにおきます。

人間中心デザインとユーザー中心デザインという呼び方にはそれぞれ歴史的経緯があります。
昨日のWeb標準の日々でのプレゼンテーションでも紹介しましたが、人間中心デザインの歴史には、イギリスのラフボロー工科大学のブライアン・シャッケルを中心としたヨーロッパでの流れとドナルド・A・ノーマンらを中心としたアメリカでの流れがあります(詳しく知りたい方はこちらのエントリーからプレゼン資料をダウンロードください)。

両者ではすこし人間中心デザインへの取り組みが異なりました。

ヨーロッパではバウハウスなどの伝統を受け継ぐ形で19080年代から人間工学を基盤とした情報技術への取り組みがESPRIT(European Strategic Programme for Research Information Technology)、MUSiC(Measuring Usability in Context)などのプロジェクトを通じて展開され、ブライアン・シャッケルを中心とするグループが長年行ってきた人間工学系の研究を基本として、現在のISO13407:Human-centred design processes for interactive systemsも1995年にISOに提案され、1999年に国際規格化されたという流れをもちます。

一方のアメリカでは、よく知られているとおり、認知心理学者のドナルド・A・ノーマンが1986年の著書”The Design of Everyday Things(邦訳『誰のためのデザイン?』)”で、ユーザ中心設計(user centered design)という考え方を提唱。人間工学を背景としたイギリスの人間中心設計とは異なり、認知心理学を背景とした認知工学の立場から、利用に際してのわかりにくさを排除しようという点に中心が置かれました。その後もアメリカでは個人ベースの研究が進み、ノーマンのほかにも、1992年にスタンフォード大学で「人、コンピュータ、デザイン・プロジェクト」 というワークショップを開催し、その成果を1996年に”Bringing Design to Software (邦訳『ソフトウェアの達人たち―認知科学からのアプローチ』)”という形で紹介したテリー・ウィノグラードらも人間中心のデザインを推進に一役かっています。その本の中ではピーター・デニングとパメラ・ダーガンによる行為中心主義のデザイン(Action Centered Design)というアプローチも提唱されていたりします。

両者の違いのポイントは、人間工学を中心にしたヨーロッパのアプローチと認知科学を中心にしたアメリカのアプローチに違いが見られるのではないかと思っています。

ユーザビリティを超えて

ドナルド・A・ノーマンは『誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論』の最後の章で、ユーザー中心デザインの7つの原則として、以下の7つを提唱しました。

  1. 外界にある知識と頭の中にある知識の両者を利用する
  2. 作業の構造を単純化する
  3. 対象を目に見えるようにして、実行のへだたりと評価のへだたりに橋をかける
  4. 対応づけを正しくする
  5. 自然の制約や人工的な制約などの制約の力を活用する
  6. エラーに備えたデザインをする
  7. 以上のすべてがうまくいかないときには標準化をする

この原則はその後、ノーマンとNielsen Norman Groupを創設するヤコブ・ニールセンの10ヒューリスティック(ユーザビリティ10原則)にも引き継がれていきます。
ノーマンの「利用に際してのわかりにくさを排除しよう」という流れをそのままユーザビリティという考え方として結実していきます。

しかし、ノーマン自身が視野にいれていたのは単にユーザビリティの問題だけではありませんでした。使えなさ、使いにくさ、利用の際に感じる不満足の削減を目指すユーザビリティの考え方に対し、ノーマンが目指していたのはプラスの側面も考慮にいれた人間中心のデザインだったと思います。その考察が『人を賢くする道具―ソフト・テクノロジーの心理学』でも見られましたし、『エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために/ドナルド・A・ノーマン』でははっきりとユーザビリティを超えた視野での人間中心のデザインの考え方が示唆されていると思います。

現在のユーザー中心デザインの方向性1

そうした『誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論』以降のノーマンの言葉には初期の「ユーザー中心」という言葉から、ヨーロッパから派生した「人間中心」という言葉へのシフトが見られます。もちろん、アプローチそのものは彼自身の専門分野である認知科学からのものですが、だからこそ、ユーザーではなく人間そのものを視野にいれたデザインへの傾倒がみられるようになってきます。

一方のユーザー中心デザインという言葉に関していうと、ユーザーという言葉がついているせいもあってか、ユーザビリティとの関連性もより強まりつつ、人間中心のデザインに比較するとより狭義な方向性を示しているようにも感じられます。また、その一方で特にこのWebの業界などではマーケティングのためのユーザビリティ向上、ビジネスの成果をあげるためのユーザー中心デザインというすこしおかしな流れも見えてきていたりもします。

もちろん、ユーザーにとって使いやすい、わかりやすいWebのデザインを行えばビジネスの成果も得られます。しかし、それはなんとくWebサイトそのものにおける使いやすさだけに範囲を絞り込み、トータルでのビジネスにおけるユーザーエクスペリエンスは無視した格好のユーザー中心デザインになってしまっており、その意味ではユーザー中心というよりも、Customer-Centered Design、顧客中心のアプローチになってしまっている感があります。

現在のユーザー中心デザインの方向性2

昨日のプレゼンテーションでもその方向を示したつもりですが、僕がWebというものにスコープを絞ることに違和感を感じている理由はそこにあります。Webに絞って考えてしまうとどうしてもユーザー中心デザインが販促の補助的な役割になってしまい、そのアプローチが誤解されざるをえない状況です

しかし、マーケターなら誰でもわかっていることですが(ほんと?)、買う人と使う人は必ずしもイコールではありません。Webを利用する人=買う人になっているのは現在の多くのWebサイトの目的が販促に傾いている以上、仕方がないことですが、それでは企業の商品なりサービスなりのトータルのユーザーエクスペリエンスを向上させることにはつながりません。なぜなら使う人と買う人は必ずしもイコールではありませんし、イコールであったとしてもその人の買う場面での経験しか考慮にいれないのであればトータルのエクスペリエンスの向上はサポートできませんから。

そこで僕たちはWeb屋だからといってしまうのはアリです。でも、僕自身に限ればその選択肢はちょっとつまらないなと思っています。つまらないと思うのはそれではあまりに将来的な持続性を感じないからです。

マーケティングをやってた(いや、いまもやってる?)から感じることかもしれませんが、いまのユーザー中心デザインの考え方はマーケティングに寄り過ぎています。そもそもヨーロッパにおける人間中心のデザインはそのマーケティングを修正する方向ででてきたということも忘れてはいけません。
『デザインと感性』という本を紹介した先日のエントリーでも書きましたが、そもそもデザインという言葉が使われはじめたのはそれほど古くなく、大量生産時代の到来で芸術が分析的な方向に進み、要素還元されていく様とその要素を統合するものとしてのバウハウス的機能主義デザイン、そして、アメリカでマーケティングとともに生まれた商業主義がその役割を担ったという歴史をもっています。

デザインそのものが機能主義的で商業主義的なものなのです。美的であると同時に機能主義的で商業的なものです。工業製品が生み出す粗悪品に対抗したイギリスでのアーツアンドクラフト運動、それでも、工業化の波には対抗できず、いかにそれと共存するかを目指したフランスでのアールヌーヴォ、アールデコの流れ、そして、先述のドイツのバウハウス。こうしたデザインの歴史を忘れてはいけないのだと思います。ヨーロッパでの人間中心のデザインが提唱されたのもその歴史の流れの中でです。その歴史のなかでマーケティング的な考え方への修正を行おうとしたのがヨーロッパでの人間中心のデザインです。

そして、そこにノーマンらの認知科学的なアプローチが融合してきた。それが人間中心のデザインの歴史です。

人間中心のデザインは人間の性質にあわせるデザインのアプローチ

ノーマンのその後のアプローチ、それから、まったく別の流れから来ているIDEOなどのアプローチを見ていると、売る/買うというところではなく、もうすこし広い視野での人間による利用というところを視野にいれたデザイン・アプローチが目指されています。

ノーマンの認知科学的なアプローチにしても、IDEOにみられる人類学的なアプローチにしても、真に人間中心と呼べるものだと感じられます。

昨日のプレゼンでも繰り返しお話させていただきましたが、結局、それは人間というものに焦点をあてるアプローチなんだと思います。
それはこれまでマーケティングが行ってきたような形で人間に焦点をあてて表面的なニーズなどを探るものとは違うと思います。むしろ、より人間そのものに焦点をあてるという意味ではバイオメトリックスなどのアプローチのほうが近い感じです。
バイオメトリックスだと指紋や眼球の虹彩、声紋などの身体的特徴を対象にするだけですが、それ以外にもこれまでのマーケティングが扱ってこなかった人間的特徴は身体およびこころに数多く残されています。

ことばの問題ひとつとってもそうでしょう。創造性というものに関してもそうでしょう。そのあたりの人間の性質はまだデザインにはほとんど活かしきれていません。
だからこそ、そのあたりをすこしくすぐってくれるiPhoneなどの数少ない商品に人の関心が集中したりするのではないかと思います。

僕らはまだまだ自分たち人間のことを知らなさすぎるんだと思います。そのあたりを探索しつつ具体的なデザインという形に結実させていくのが人間中心のデザインのアプローチであり、そのアプローチの穂運等のおもしろさなんじゃないかと思っています。

  
 

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