たぶん、こっちは感性工学そのものを扱っている本ではなくて、インダストリアルデザインの中での感性とデザインの関係を広範囲にわたって考察している本だから僕も興味をもてたのかなと思います。
デザインの歴史
まず、この本の内容は目次を引用するとこんな感じです。- 1章 インダストリアルデザイン
- 2章 デザインコンセプト
- 3章 デザインマネージメント
- 4章 デザインとマーケティング
- 5章 デザイン方法論
- 6章 インタフェースデザイン
- 7章 ユーザビリティ評価
- 8章 デザイン評価
- 9章 デザインのデジタル化
- 10章 ユニバーサルデザイン
- 11章 デザインの組織と経営
「1章 インダストリアルデザイン」ではデカルトの要素還元主義と大量生産時代の到来により、芸術が分析的な方向に進み、要素還元されていく様とその要素を統合するものとしてのバウハウス的機能主義デザイン、そして、アメリカでマーケティングとともに生まれた商業主義がその役割を担ったという歴史が紹介されます。
デザイン(意匠)という用語が使われはじめたのはそれほど古くなく、1人の人間が物を1人ですべて考案して制作してきたときは、あえてデザインという言葉は使われていなかった。歴史を紐解くと、デザインという用語が使われはじめたのは、産業革命以降に物づくりに分業化がはじまった頃からである。井上勝雄「1章 インダストリアルデザイン」
『デザインと感性』
井上さんはこの章で今後のデザインの方向性として「情報デザイン」「ユニバーサルデザイン」「ブランドデザイン」「エコロジカルデザイン」の4つをあげていて、これが第2章以降でそれぞれ語られているとみてよいでしょう。
商業組織におけるデザイン
商業組織におけるデザインの評価やマネジメントを扱っているのが「2章 デザインコンセプト」「3章 デザインマネージメント」「8章 デザイン評価」「9章 デザインのデジタル化」「11章 デザインの組織と経営」です。このあたりは商業主義という要素の統合論理においては重要な課題であるデザイン品質をいかに維持し、かつビジネス上の成果をいかにあげていくかの方法論として、デザイン前の企画時点や実際にデザインしたものができた時点での評価をいかに行っていくかの定量的評価手法が紹介されています。
すでに米国ではベンダーを傘下にしたデザイン業が誕生している。企業自身は、ファブレス(付加価値の高い開発設計を行い、製造は外部に委託)からデザインレス(デザインの外部委託化)になり、マーケティングとマーチャンダイジング(商品化計画)が主体となる事業モデルの企業が増加している。このような時代において、デザインは、その知的価値と感性的価値を高度な戦略を用いて経営戦略に組み込むことで新たな展開がもたらされる。これがデザインマネジメントの革新が迫られている背景でもある。河原林桂一郎「3章 デザインマネージメント」
『デザインと感性』
企画・計画における方法はこの2つの局面に集約される。すなわち、複雑な問題を解いて狙うべきところをはっきりさせるという局面と、最適なデザインを制作するという局面である。
ここで前者にかかわる方法は、デザインにかかわる複雑な問題、それはつねにシステムでありが、そのシステムがどんな構造なのかを理解できるようにする、つまり、構造を同定するための方法で、簡単に「構造の同定」(あるいは単に「構造化」)と呼ぶ。
後者にかかわる方法は、狙いに対して最適なデザインを制作するために具体的にシステムのどこに着目し、どのようにデザインを取り入れていけばいいのかを推定するための方法で、簡単に「因果の推定」と呼ぶ。森典彦「5章 デザイン方法論」
『デザインと感性』
3章のQFD(品質機能展開)やポジショニングマップを使ったデザインマネージメントの話や、5章のデザイン方法論でもKJ法やラダーリングなどのアナログ的な手法による構造化はある程度、なじみのあるものでしたが、ISM/DEMATELや主成分分析、ラフ集合などは名前やその手法の概要くらいは知っていたものの、まったく使ったことがないので、あらためて興味をもちました。
このあたりの感性工学的手法はきちんと学んでおきたいところです。
情報デザイン
それから情報デザインが重視されるということで「6章 インタフェースデザイン」「7章 ユーザビリティ評価」というところもきちんと押さえられています。このあたりは僕自身にとっては特別に目新しい内容があったわけではないですが、インターフェイスデザインを行うにあたっての情報のデザインの重要性やユーザビリティを向上するための方法論などがすごく簡潔にまとめられているあたりはよいなと思いました。これはいわゆる情報デザインの側から書いているのではなく、インダストリアルデザインという側からの視点で書かれているからなんだろうと思います。
ユーザーには予定された操作の全体を俯瞰することが困難で、直面する問題にその時々で対応していることに、インタフェースの設計者は目を向けなくてはならない。ノーマンは「ユーザーにとってヒューマン・インタフェースは目の前のすべてである」としており、ローレルも「ヒューマン・インタフェースは表現以外のなにものでもないという原則を忘れるな」と指摘している。そこに見えるものが、ユーザーが知りうるインタフェースにかかわる情報のすべてなのである。土屋雅人「6章 インタフェースデザイン」
『デザインと感性』
これはいわゆる可視化の話ですが、この前後の説明も含めて、いわゆる僕らのようなWebなどのインターフェイスのデザインに関わっている人たちが忘れがちな原則をよくつかんで説明してくれているなと感じます。
※この章を読んで感じた情報デザインの方向性については、次の「生きていることの科学/郡司ペギオ-幸夫」でも触れていますのでご参照ください。
僕は日頃から、人間中心のデザインやユーザビリティ、ユーザーエクスペリエンスを考えるにあたっては、Webにこだわりすぎるなと思っていますし、まわりの人にはよくそう言うんですが、この本を読むとあらためてその考えが強くなりました。
Webをデザインするという視点ではなく、情報をデザインする、インターフェイスをデザインする、ユーザーの経験をデザインするという視点で発想したほうが、発想の貧困化につながる既存の制約をこわすための別のゴール制約が見えてきて、そのほうが創造的だと僕には思えます。
そういう新たな視点を芽生えさせてくれた意味で、この本に触れてよかったな、と。このあたりが感想でしょうか。
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この記事へのコメント
井上勝雄
大学院の学生向けのテキストで執筆しましたので、少し難しい内容ですでごめんなさい。しかし、これまでのデザイン系の先生方の観念的な方法論でなくて、論理的な視点のデザイン方法論として編集しました。
「ISM/DEMATELや主成分分析、ラフ集合などは・・・」とありましたので、私の研究室のサイトを記します。拙著に関係の本があります。また、その中に「研究内容」にラフ集合についての科研費研究の報告書がありますので、ダウンロードしてください。
また、近著に設計論のインターフェイスデザインの本も刊行しています。また、今7月には、その姉妹書で、パワーポイントによるインターフェイスデザイン開発ツールの本も刊行予定です。関西の大手企業に実証実験をお願いしましたが大変好評です。その本と同時に、操作履歴データの自動取得と解析ソフトを、誰でもが購入できるように、知人のデザイン事務所にお願いしています。少し、宣伝みたいになりましたが、・・・、参考まで。