実際、そのわからなさは認知科学のある意味「なんでもあり」的な雑多性、領域横断性から来ていると考えられます。
例えば、以下の一文でもそれは表れてます。
(前略)認知科学は初期の単純なコンピュータメタファーを放棄するようになってきた。そして人間の認知と生物システムとの類比をベースにした研究が盛んになってくる。こうした動向は、脳と認知機能との関係を探る認知神経科学、脳の構造と親和性がより高いモデルを可能にするコネクショニズム、人間の認知を進化の所産と捉える進化心理学、生物が必ず有する身体と認知の関係を解明しようとする身体性認知科学に顕著に現れている。板倉昭二「創発的認知から見た問題解決」
大津由紀雄、波多野誼余夫『認知科学への招待―心の研究のおもしろさに迫る』
※太字は筆者
認知神経科学、コネクショニズム、進化心理学、身体性認知科学。
そして、身体性認知科学はさらに、J・J・ギブソンらのアフォーダンス研究、ロボティクス、ダイナミックシステムズアプローチなどに細分できます。
そして、このほかにも、本書で扱われているような、認知発達、学習科学、比較認知科学、神経心理学、神経生理学、動物行動学、言語の認知科学、心の哲学など、さまざまな分野を認知科学は含みます。
認知科学と人間中心のデザイン
こうした雑多な領域にまたがり、かつ、それでも同じように人の認知という実は僕らにとってはごくごく当たり前で、むしろ当たり前すぎてあらためて考えることがむずかしい認知の謎を解く方向では一致しているのが認知科学という学問の分野だということがこの本を読むとぼんやりとはわかってきます。このブログの読者の方なんかだと、認知科学という言葉から想像するのは、ドナルド・A・ノーマンの人間中心のデザイン、ユーザビリティに関する仕事ではないかと思います。
僕自身、この本を手に取ったきっかけの第一の理由は、ノーマンが依拠する認知科学についてもうすこし知っておきたいと思ったからです。
でも、もっとそもそものところからいえば、認知科学が包括するさまざまな分野のうち、脳神経科学や進化心理学、ギブソンらのアフォーダンス研究やパースのプラグマティズムの流れを汲んだ言語学である語用論などにはもともと興味があったわけで、それがいまの「人間中心のデザイン」への興味にむいているのだといえます。そもそもマーケティングなんていうものをやっていたのも人の認知と行動に興味があったからなわけですから。
その意味で僕にとってはこの認知科学という分野は面白くして仕方がないものです。
さまざまな認知科学
この本では先にも書いたとおり、認知科学のさまざまな分野を一望できるよう意識していろんな分野の研究が紹介されています(編者らにとっては、それでもまだ紹介しきれなかったという思いがあったそうで『認知科学への招待2僕が興味をもったのは「第1章 認知発達」での乳幼児が外界の動きや他者の心理といった認知(素朴物理学や素朴心理学)を獲得していく過程だったり、「第5章 創造性」で展開される創造という過程をいかに外的物質であるツールが支援しうるのかという話、そして、「第8章 他者理解」での心の理論、「第15章 神経心理学」での失読失書症の症例からみた文字-意味-音韻の関係などです。
この言語と人の認知の関係などは情報デザインを考える上でも欠かせないものだと思います。
中でも最初に引用した「第4章 創発的認知から見た問題解決」での展開される、ずっと頭を悩ませていた問題があるときパッとひらめくように解決されるプロセスでの、ある制約が別の制約を緩和するように働き問題が創発的に解決されるという話はなかなか面白かったです。
他の領域において、制約はある種の常識を表現しており、多くの状況において有用性の低い情報を排除してくれる。このおかげで私たちはフレーム問題に悩むことはなくなる。この意味で制約は概してポジティブな働きをする。しかし洞察においてはこの常識を体現するような制約が働くがゆえに、解決が困難になるのである。したがって洞察問題の解決では制約緩和が必要となる。板倉昭二「創発的認知から見た問題解決」
大津由紀雄、波多野誼余夫『認知科学への招待―心の研究のおもしろさに迫る』
制約はポジティブな働きをすること、ただし、洞察問題ではそれが障害となり問題解決を遅延させるという視点が面白かったんです。
すでに『認知科学への招待2
ノーマンの本を読んでもっと認知科学について知りたいなと思ってる方や、ユーザビリティや人間中心のデザインに興味のある方にはぜひおすすめしたい一冊です。
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