フィードバックという情報をデザインする

さて、唐突ですが、下の3つの文章を読みくらべて何か感じることはありますか?

  • 話しかけても答えてくれない道端の石ころに話しかける人はいない
  • まともなアドバイスが返ってきたことのない上司に何度も相談をし続ける人はいない
  • 肌触りのよいぬいぐるみには用がなくても触れてしまったりする

これってユーザビリティとか、ユーザーエクスペリエンスを考える上でのキモとなる要素の1つです。

まだ、ピンときませんか。じゃあ、こういうのはどう?

  • ボタンを押してもなんの変化もないUIをいつまでも我慢して見続ける人はいない
  • まともな検索結果を返してくれない検索システムをずっと使い続ける人はいない
  • UIが最高なiPhoneには用がなくても触れてしまったりする

最後の「iPhoneうんぬん」だけは実際に僕自身触ったことがないので、本当そうなのかわかりませんが、それ以外の2つに関しては大部分の人が納得するんじゃないでしょうか?

フィードバックがなぜユーザビリティに必要か?

ユーザビリティやユーザーエクスペリエンスを考える上で、フィードバックをどうデザインするかはとても重要なファクターです。

インタラクションをデザインするのですから、人とモノ相互のアクションに対して、おたがいどのようなフィードバックを行うかを考えた上でデザインを行わないと、ユーザビリティのレベルの低い「使えない」「使いにくい」「使ってて不快」なシステムができかねません。
それははじめの例にも示したとおり、インタラクション・システム以外のモノや人が相手でも同じです。というよりも人はずっと長い間、人やモノと相互にフィードバックのあるインタラクションを通じて生き長らえてきたわけですから、人の知覚システム、認知システムにはフィードバックのあるインタラクションに適したプログラミングがされていると考えたほうがよいでしょう。ようするに進化における自然淘汰の過程でフィードバック情報をうまく活用することが生き残るために有利だったわけです。

そういうプログラムを知覚システム、認知システムとしてもった人が使うものをデザインするわけですから、人が行うアクションに対するフィードバックをどう設計するかは重要な課題になるのは当然ともいえます。
逆に適切なフィードバックがデザインされていない製品やシステムは、人間中心の環境では淘汰されていく運命にあるのです。

iPhoneのUIにおける視覚的フィードバック

さて、こんなことをあらためて書こうと思ったきっかけはいつも読んでいるFirst Penguinさんのブログにこんな文章を見つけたからです。

「情報に直接触れることができるインターフェイス」Tangibleなインターフェイスが続々と誕生してきた。iPhoneをはじめ、今話題のNintendoDSもペンで直接操作することができる。しかし、ここで重要になってくるのは、操作時のフィードバックである。パソコンのキーボードは、情報を「入力」するというタスクを達成するためにパソコンとユーザー間の「インターフェイス」としてあるのだが、キーボードは叩くと入力音、すなわち「音のフィードバック」とキーボードの形状、そして押す行為そのものから成り立つ「触覚的なフィードバック」から叩いた触感が得られる。iPhoneのタッチパネルは触れると光ったり、ブレたりする「視覚的なフィードバック」を含め、電子的な入力音が発生する。触感はないが、触感を視覚的デバイスに置き換えてフィードバックする方法をとったのだ。

ほかのiPhone評がUIのすごさばかりに着目してるのに対して、そのUIにおける「視覚的なフィードバック」に着目したところは、First Penguinさんのユーザビリティに関するセンスの良さを感じます。

もしiPhoneのインターフェイスが触れても何のフィードバックも返さなかったら、おそらく今のようなUIに対する賛辞は得られなかったでしょう。いや、それどころか、見た目だけで使いにくいという罵倒を浴びせられていたかもしれません。

システムのフィードバックはデザインしなくてはならない

iPhoneのインターフェイスは物理的なUIであるキーボードと違ってそれ自体が触感や音などのフィードバックを返すことはありません。意図的にフィードバックを返すことをデザインしないかぎり、タッチパネル型のディスプレイは何もフィードバックを返しません。

物理的なUIのデザインとディスプレイの中のUIのデザインを行う場合の違いはそこにあります。

ユーザーが間違った行為をしたなら適切なエラーメッセージを返さなくてはいけないし、マウスオーバーやボタンのクリックに対して何らかのフィードバックを返さないとユーザーとシステムの対話は成り立ちません。
ディスプレイの中のUIのデザインを行う場合にはフィードバックの設計こそが、人とシステムの対話のデザインとなるのです。

修正された表面、表現された表面

以前、「3種の表面とユーザー・インターフェイスのデザイン」というエントリーで、アフォーダンス理論の研究者である佐々木正人さんが分類する「人間という生物にとって環境の表面のレイアウト変更の3つのタイプ」というものを紹介しました。

  • 未加工の表面
  • 修正された表面
  • 表現された表面

サーフェスの変形だけが人生である」と言ったりもする佐々木さんにとって、人間は生きている間中、上の3タイプの表面のデザイン変更に関わっていることになります。

ここで先のキーボードのようなUIとiPhoneのタッチパネル式のUIの違いを上の3つのタイプにあてはめれば、前者は「修正された表面」に、後者は「表現された表面」に分類できます。
そして、後者の「表現された表面」に対話を持ち込もうとすれば、意図的にフィードバックをデザインしないかぎり、対話を成り立たせるのはむずかしくなります。
本や絵がなかなか対話を成り立たせにくいように。

ちなみに、あともうひとつの「未加工の表面」が人に対してフィードバックを返さないかというとそんなことはぜんぜんなくて、むしろ、人はこの「未加工の表面」から最もフィードバックを受けているはずです。自分が動けば「未加工の表面」である地面も景色もみんな動くわけです。
このあたりの話は実はだいぶ前に「インタラクション・デザイン:行動とフレーム」というエントリーでもしてたりします。

例えば、下の写真の伊勢神宮・内宮の正宮へ向かう階段でも、上にのぼっていくにつれ、最初は階段の先にある鳥居が視界に入っていたのが、徐々に鳥居の先の建物に目が移り、鳥居の目の前まで来るとすでに鳥居自体は視覚から消え、中の建物だけが目に入るようになります。

ちょっと話が脱線しましたね。

ディスプレイの中のUIのユーザビリティ、ユーザーエクスペリエンス

話を戻すと、

WebサイトのUIは「表現された表面」です。

しかし、その「表現された表面」は先の佐々木さんの定義からして「表面に元々あった性質に別の表面にあった性質を重ね合わせ」たものなのですから、当然、元の表面にあった性質が時折首をもたげてくることもあります。

そう。ここが実はiPhoneのようなタッチパネル式のUIにおいても問題になってくるところなんだろうと思います。
ディスプレイが視覚や音によって返すフィードバック以上に、ハードウェアそのものが物理的に与える情報が強ければ、いくらうまくディスプレイ内のフィードバックをデザインしてもよいユーザーエクスペリエンスが演出できない場合があると思うのです。

例えば、単純にハードウェアが重過ぎるとか、強い陽射しの下ではディスプレイが見づらいとか、雑踏のなかでは音が聞こえないとか。
それは携帯電話やデジタルカメラのディスプレイでも同じですよね。

ようは、ディスプレイの中のUIのデザインを行う場合には、ユーザーの利用時のコンテキストを踏まえながら(文脈を考慮しない対話は成り立ちませんから)意図的に適切なフィードバックをデザインすることが必要なわけですが、一方でUI以外の要素がデザインしたフィードバックを台無しにしかねないことも同時に考慮する必要があるんでしょうね。
なかなかむずかしい課題で、それこそユーザーの利用状況をちゃんと想定していないととてもまともなデザインはできませんね。

そういうところも踏まえて今後はWebのユーザビリティなんかよりも、こうしたディスプレイをもった機器のユーザビリティとかユーザーエクスペリエンスとかがこれから熱くなってくるんだろうなと思っています。

  

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