IDEOのトム・ケリーは『発想する会社! ― 世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法』や『イノベーションの達人-発想する会社をつくる10の人材』などの著書の中で、デザインを「動詞で考える」ことの必要性を繰り返し述べています。
また、IDEO出身者でもあるプロダクトデザイナーの深澤直人さんも『デザインの生態学―新しいデザインの教科書』の対談のなかでの佐々木正人さんに「デザインを考えるさまざまなパラメータがいろいろなレヴェルにあって、それぞれがすべて徹底的に「動き」に関わっていますね」と問われ、「動きのなかにしかデザインはないからです」と答えています。
Webデザインにおける行動と痕跡
僕らのようにWebのデザインに関わっている人からみると「動詞で考える」「動きのなかにしかデザインはない」というのは、実は当たり前すぎるものだったりします。Webのデザインは様々なインタラクションをユーザーとWebのUIのあいだで発生させようとします。ボタンを押す、入力させる、選択肢から選ばせる、などなど。UIがユーザーに行動を促し、ユーザーが行った行動に対してUIが適切な返答を行う。そういうインタラクションを設計することがWebのデザインでは当たり前のように必要になってくる。
また、その行動の痕跡を結構簡単に追えるのも1つのWebの特徴でしょう。アクセスログ解析を使えば、どのページにどれだけの人がアクセスしたか、どういう経路でサイトに、あるいはページにたどり着いたのか、ある検索キーワードで訪問した人のコンバージョンは、など、さまざまな角度からユーザーの行動の痕跡を捉えることができ、そして、それをデザインの改善に活かすことができます。
アイトラッキングのツールを使えば、さらにUIをみているユーザーの視線の動きの痕跡を探ることもできます。ユーザーは画面のどこをどういう順番で見て、どこに注視したかなど、目の動きから行動の痕跡をたどることもできます。これを先のアクセスログ解析と併用すれば、コンバージョン率の高さ/低さの理由ももうすこし理解できるようになったりするでしょう。
そういう意味で、ユーザーの行動の痕跡からリデザインのためのヒントをもらうというやり方はWebデザインの現場では特に意識せずとも行われていることだったりします。
行動と痕跡:2つの方法論
先の『デザインの生態学―新しいデザインの教科書』の対談のなかでこんなやりとりがなされています。佐々木:深澤さんの考えている方法論がすこしわかったように思います。ひとつ目の方法論は行為が利用したものを周りに探す、発見する、ということです。
佐々木さんは、深澤さんのデザインの方法論として、2つのすこし異なるものを見出しています。
1つは、フィールドワーク的な観察で直接得た行為とそれが利用したモノのセットを見出すこと。例えば、オートバイに乗った人が停止中に足を置く縁石、ホームで電車を待つ人が陽射しを避けるために利用する影など。そうした組み合わせの発見から行動のリデザインを行うヒントを見出す方法論です。
もう1つは似ているけれど、すこし違ったもので、人々の行動の痕跡が残されたものを探す方法です。それは先のWebの例で言えば、アクセスログ解析の方法論に近いものです。もはや、そこには人々の行動はないのだけれど、痕跡としてそこに残ったものを見つけるのです。具体的には、バス停の前のガードレールが下に大きくカーブして曲がっているのを見つけ、きっとバスを待つ人がいつもそこに座るので徐々に曲がってしまったんだろうという行動の痕跡を見つけたりするのが、痕跡を探すという方法です。
深澤:「痕跡」になるというのは、その場所に同じような行為をする別の要因があるということです。たまたま信号がある白い停止線があり、その隣に縁石があったら、オートバイに乗っている人はみんなそこに左足を乗せるかもしれません。同じものでもそのように違ってきます。しかしそのようなものを見つけたからといって、そのままデザインになるとは思っていません。むしろ見つけたものとデザインをイコールで結ぶ線が探せないのです。ただ、周囲に創発されたデザインを見つけることは、穴の開いていた何かにはまり込む必然を見つけ出す経路と同じだとは思っています。
行為とモノの関係を見つけたり、モノに残された行動の痕跡を見つけること自体は、深澤さんがいうようにそのままデザインになるわけではないと思います。しかし、そこには人々の経験をこれまでのものよりよくしようという経験のデザインを考える上では大きなヒントが見出されるのではないかと思います。
プロトタイプと観察
人々の行為に着目すること。人の行為とモノとのインタラクションに注目すること。そのことにより新しいデザインによって、人々がこれまで感じていた不満や使い勝手の悪さを改善する形が見えてくることは多いと思います。深澤直人さんの「ファウンド・オブジェクト(found object)」という考え方でも、まさにそうした「環境の中にある価値を人が無意識に見出したもの」を探すことからデザインがはじめられます。とはいえ、常にフィールドワーク的な方法で街に出て観察を行っていればよいかというわけでもありません。「見つけたものとデザインをイコールで結ぶ線が探せない」という問題は、フィールドワーク的な観察だけでは解決できません。その場合には、デザインチームが自ら「今あるインタラクション」と「将来の理想のインタラクション」のあいだを結ぶ線を作り出していくことが必要です。
おそらく、そのための具体的手法がプロトタイプなのでしょう。
実験者は関係者を巻き込んでプロトタイプの製作をする。その過程で、まぎれもなく有益な観察結果を示してみせる。そこから生まれる心情的な理解が、今日のルーチンから明日のイノベーションへとつながる橋をかけるのに必要なのである。
観察の場が日常的な街の景色の中からプロトタイプを使った実験場へと移っても、観察のフォーカスは人々の行為とモノとのインタラクションにある点は変わりません。そして、それは心情的に理解することが求められ、その理解だけがルーチン的な行為をイノベーションに導くために必要なものなのだと思います。
リニアな空間、線形の行動
こんなことを書こうと思ったのは、デザインについて考えていたからではなく、実はこんな一文を読んで非常に納得したからです。人間にかぎらず、ほんらい動作主としての動物の移動様式じたいは線形的である。空間において二次元的、三次元的な移動とされるのは、移動の累積を外の観察者から眺めた場合である。たしかに移動する動作主が反省的に観察者になり、みずからの移動を二次元的あるいは三次元的にとらえることはできる。この把握は事前的にも事後的にも可能だが、移動そのものは、瞬間とはいわず一定の短時間のなかでは、線形的にしかありえない。内堀基光「リニアな空間-イバンの行動環境における線形表象に向けての序説」
河合香吏編『生きる場の人類学―土地と自然の認識・実践・表象過程』
移動という行為を線形的と考え、その動線にはベクトルがあり方向性があると捉えるこの考え方はインタラクションデザインを考える上でも非常に有効だと感じます。
Webの画面は二次元なのだから二次元的に思考しなくてはいけないというのはきわめて分析的な考え方で、実際にWebの画面を見ている(視線の移動をしている)ユーザーの行動の瞬間を心情的に捉えたものとはすこし違っているのではないかと思うからです。
単にクライアントの確認をとるためにデザインカンプをつくるのをデザインだと思っていたら大間違いで、ユーザーのインタラクションを考えるうえではそれではほとんどデザインしていることにはなりません。そこには平面はあってもベクトルをもった線が表現されていなかったりするわけですから。
最初から二次元であると考えるのではなく、あたかもアイトラッキングで捉えた視線の動きのように一次元の線形なものとして行動を捉えることで、それまで見えていなかったユーザーの行動そのものが見えてくるようになる。情報そのものの階層構造やコンテンツの集合というモノのほうにばかり捕らえられていた思考が開放されるとすこし違ったものが見えてくるのではないか。
Found objectとは、「その場で見出された道具」という意味である。鉛筆はそのときは、書く道具ではなく頭を掻く道具として見いだされたかもしれないということである。人間は、頭で考えた概念で環境と関わっているのではないということを、この課題をもって参加者に知らせたいのである。深澤直人『デザインの輪郭』
二次元や三次元も頭で考えられた概念で、むしろ、行動する人たちがその瞬間身を浸しているのはあるベクトルによって引かれたリニアな線の上なのではないかと思います。
その行為の線、痕跡をたどることが、インタラクションデザインを行う上で大切なことだと思うのです。
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