2017年10月02日

オルフェウスの声/エリザベス・シューエル

先日、金沢工業大学で、アイザック・ニュートンの『プリンキピア』を題材にした「ニュートンは何を考え、何を語ったか」という講義を受講してきた。同学での公開講座「原著から本質を学ぶ科学講座」の第1回目という位置付けで、実際に同学のライブラリーには、2億円の価値があるという『プリンキピア』の初版本が蔵書されており、その実物も見学できた。


金沢工業大学のライブラリーに所蔵されている『プリンキピア』の2冊の異なる初版本


『プリンキピア』の初版が発行されたのは1687年だが、1642年生まれのニュートンは、すでに1665年には『プリンキピア』で論じられている運動の3法則および万有引力の法則を発見していたと言われている。
『プリンキピア』とは、いわば略称で、ラテン語原典のタイトルは”Philosophiæ Naturalis Principia Mathematica”、日本語では「自然哲学の数学的諸原理」と訳されることが多い。

だが、数学的諸原理というタイトルの印象とは異なり、この書にはいわゆる数式はほとんど登場しない(と、講義を担当してくれた山口敦史教授が教えてくれた)。当時はまだ幾何学こそが正統な数学であり、代数はまだ発展途上のものと考えられていたからだという。
たしかに、近代的な代数的記法を導入したことで知られる、ルネ・デカルトの『幾何学 (La Géométrie)』は1637年の出版だ。ニュートンの同時代の数学者で、ニュートンとは微積分の方法をたがいに独立して同時に発見したことで知られるライプニッツも行列式を考案したり、積分記号の記法の発明などをしているのだから、たしかにそうした記述による数学的思考そのものがまだ一般的ではなかったのだろう。


ラテン語で書かれた『プリンキピア』の多くのページはこのように文字中心で記述。
時に幾何学的な図による説明が入る。


だから、ニュートンは『プリンキピア』全編にわたって、ほとんど数式を用いず、幾何学的な図だけを時には用いながら、言葉による証明を行っている。
山口教授はこの本を「とても読みにくい」と評していて「これでもか、これでもかと、証明&説明」が行なわれていると教えてくれたが、これもきっと代数的に数式を普通に用いる思考ではなく、幾何学的なボリューム感をもって触覚的な数を相手にする思考であったからだろう。
マクルーハンは『メディア論』の中で「文字がわれわれのもっとも中性的で客観的な意味を拡張し分離したものであるように、数字はわれわれのもっとも親密で相関的な活動、つまり、触感を拡張し分離したものである」と書いているが、この数字のもつ触感的なものが代理によって消されることのない代数以前の数学である幾何学的思考においては、親密で相関的なものがまとわりつくがゆえに、代数的な思考のようなすっきりとした証明&説明とは異なる煩わしさがあるのではないかと思う。

生物学の道具としては数学は不向き

さて、遠回りしたが、ここからが本題、エリザベス・シューエルの『オルフェウスの声』という、とてつもなく示唆に富む一冊を紹介していきたい。



最初にニュートンが『プリンキピア』で、幾何学的思考の展開により世界のしくみを紐解いたことから話をはじめたのは、シューエルがこんなことを書いているからだ。
生物学者は大体において、それだけで彼らの扱う主題にぴったりくる道具として数学は向かないと感じている。生きた有機体の本質は時間と変化であるのに、数学が本質的に時間と無関係の世界だということもあるし、大体が生物学の素材が数学や論理学の手法に合うような小単位に分け難いもの、ということもある。これはビュフォンも問題にし、キュヴィエも指摘している点だ。生物学者としてのゲーテの最大の主題でもある。
エリザベス・シューエル『オルフェウスの声』

ニュートンは『プリンキピア』の序文の出だしにおいて「古代の人々は自然の事象の研究において力学(機械学)を最も重要視した。また、近代の人々は、実体的形相と超自然性とを排して、自然現象を数学の諸法則に従わせようと努めてきた。それで私はこの論述において、哲学に関係のある範囲内で数学を発展させてきたのである」と語っている。
ニュートンは1703年、現存する最も古い科学学会であるロイヤル・ソサイエティ(王立協会)の第12代会長に選ばれているが、1662年に設立されたこの学会は、高山宏さんが『近代文化史入門』で論じているように、その実質上の初代総裁であった数学者のジョン・ウィルキンズが、ひとつの言葉はひとつの意味をあらわすための普遍言語のアイデアを提出したように、言葉に対してもあいまいさにつながる両義性・多義性を嫌う集団だったと言われている。
誤解を容認するようなコミュニケーションは駆逐せよと主張したのが、ピューリタンの数学者たちからなる王立協会である。
シェイクスピア研究をする者で、シェイクスピアを抹殺した王立協会のこういう活動をきちんと論じた人がいないということに、僕は呆れはてた。
シェイクスピアがなくなったのが1616年。その後30年ほどして、劇場封鎖令が出された。

1642年9月2日にすべての劇場の閉鎖を命じられて、シェイクスピアを育てたエリザベス朝のイギリス・ルネサンス演劇の歴史は終焉を迎える。その終焉に、ロイヤル・ソサエティは関わっていると言われているが、その真偽のほどはともかく時代が、劇場のセリフという曖昧で多義的なものから、明確に一義的に定義されたものを良しとする方向に変化しはじめていたというのは確かなのだろう(以前書いた「多義から一義へ:絵から図が分裂した17世紀」という記事がこのあたりの時代の流れを紹介しているので参考に)。

けれど、当然ながら、ニュートンが相手にした物理学的世界とは異なり、シューエルが「数学は向かない」と書いた生物学の対象である生物は、劇場の俳優の台詞や演技以上に、時間的で、多義的な存在である。
「生物学の素材が数学や論理学の手法に合うような小単位に分け難い」というとおり、ゲーテはその「植物形態学」において先行するリンネの分類学的な視点を批判してまで、植物の形態(というより、その変態)を統合的な視点で捉えることの重要性を指摘した。そして、その統合的な視点というのは、小単位に分けて物事を捉えようとする数学的な視点ではなく、神話上の詩人オルフェウスを祖とする詩的な視点であった。そして、その詩という物の見方はゲーテにとっても、その他オルフェウス的な詩人にとっても、科学と別物ではなかったのである。
分類学がダイナミックな形態学へ、というかメタ形態学へ、リンネがオウィディウスに転換する地点で、である。ゲーテはその生涯に亘って自然および彼自身を、それが適当と考えられる限り分類学の原理に従い、やがて彼が考える形態学に従って観察・分類し続けた。これが普遍的自然の形式に対するゲーテのオルフィックな解釈である。このことが理解されるなら、ゲーテの仕事に向かって詩を科学と別物と考えることなどあり得ないだろう。最も叙情的、自己埋没的な詩がいつもシステムを持ってナチュラル・ヒストリーに属す一方、最も客観的で科学的な仕事がいつも自己ー解釈的であることが理解されてくるはずである。
エリザベス・シューエル『オルフェウスの声』

叙事詩はまぎれもなく、ナチュラル・ヒストリーという自然哲学そのものだったのだ。



ダイナミックなプロセス追求、精神と言語の自然史を問う

ゲーテの研究家である前田富士男さんが『パウル・クレー 造形の宇宙』で指摘しているように、このゲーテの形態学は、20世紀初頭の画家パウル・クレーの造形論に引き継がれていて、クレーはゲーテが論じた植物の変態を「形を造る」原理として捉えて、彼自身の造形理論に発展させている。
クレーが再三要求する運動フォルムとは、「すべての形態、とくに有機体の形態をみるとき、そこに見出せるのは、とどまるもの、静止したままのもの、閉ざされたものでなく、むしろすべてがたえず運動してやまない」(ゲーテ)、そうした有機体の形態としての作品にほかならないのである。有機的形態の場合、部分と全体の関係を論証的に定義することは困難である。有機的形態をとらえるには分析的論証的態度ではなく目的論的態度にたつ高度な観照、ゲーテが直感的判断力と呼んだ独自な思惟が必要である。

この観点にたつと、クレーは、シューエルがいうところのオルフィックな詩人のような画家だといえそうだ。
上の引用にある「有機的形態をとらえるには分析的論証的態度ではなく目的論的態度にたつ高度な観照、ゲーテが直感的判断力と呼んだ独自な思惟が必要である」というような態度は、シューエルが、フランシス・ベーコンに見いだすオルフィックな思惟の姿勢に通じている。
ベーコン以後随分たってなお、この「個別対象を相手の精妙な知識」が生物学に役に立つか否かの論争は続く。しかしベーコンが定めようとしているのは標本蒐集の原理ではなく、ポストロジカル思考のための原理なのである。ベーコンは実体(entities)からプロセス(process)へ、静から動へと注意を向け換えさせなければならない。『進境』には、だから「ナチュラル・ヒストリーは自然の営みと働き(the deeds and works)を扱う」とあるのだ。自然は一個の活動であり、さればこそ即ち精神中の活動たるナチュラル・ヒストリーにそっくり反映さるべきなのである。
エリザベス・シューエル『オルフェウスの声』

問われるべきは個々の静止した形態なのではなく、形態が生じるプロセスである。いうまでもなく、それは自然のヒストリーにほかならない。
「我々が追おうとしているのは別の何かだ」とシューエルはいう。「ネイチャーでもヒストリーでもなく、むしろナチュラル・ヒストリー、言語の自然史とでも言うものに近い何かである」と。世界をとらえようとする人間の思考がどのように生じてくるかを問う、つまり、思考のプロセスを問うのだが、そのとき、思考は独立しているのではなく、眼前にある変化する有機的な世界と連動した形で人間の思考が生成されるプロセスはある。
だから、シューエルはこんな風に書く。
ダイナミックなプロセス追求、精神と言語の自然史である。言語は一個の実体として考えることはできない。それは一個の活動である。
エリザベス・シューエル『オルフェウスの声』

と。
このプロセスは、ゲーテが、そして、クレーが描き出そうとしたものにほかならないし、ニュートンに先んじて観察が新しい哲学には大事だと『ノウム・オルガヌム』で明らかにしたベーコンの考えにもあったものだ。
この新と旧の、科学と詩の二重性こそがベーコン全活動の核心にあるものなのだし、この故にこそベーコンは一貫してそれを知の回復として語り、改革などとは言うことがないのである。『ノウム・オルガヌム』の序でベーコンはみずからの任を「かくも壮大なる学と知の回復」とし、かつては手中にされながら忘れられるか使われなくなるかした何かを取り戻す「大革新」としている。『大革新』の「序」では自分自身を指して、「地にある何物より、少なくとも地に属す何物より尊い人間精神と事物の自然との交渉が何としても元の完全な状態にされ得るものか、あらゆることをやってみなければならないと考える人間」と言っている。
エリザベス・シューエル『オルフェウスの声』

それを論じて、そうした思考をオルフィックなものと呼んだのが、このシューエルの画期的な著作である。



詩人とテクノロジストは似通った操作をする族

経験論の祖とされるベーコンであり、実験的方法を重視したとされる彼ではあるが、決して、後のロイヤル・ソサエティに集った数学者のように、詩的な思考法を排する姿勢は見せなかったことは、このシューエルの著作ではじめて知った。
ダイナミックなプロセスにベーコンは深く魅了されたので、彼において形式は運動の法と化し、運動論こそ彼が最初に手掛けたもののひとつだったが、それくらい重要視していたわけである。ベーコンにとってテクノロジーはこのプロセスの一部であったが、功利主義者という産業革命の祖といわれるベーコンにして、勝手に詩人を追放したことなど、ない。この愚かな分断は後世の所業である。望むらくは「アート」がこうして広義に理解されんことを。もしアートが広義に捉えられるなら、詩人とテクノロジストは似通った操作をする族ということで繋げられよう。自然の別々の面を相手にするというだけの違い、である。この事態を、自然と技芸のプロセスのこういう全的統一を肯うポストロジカル思考はしっかり頭に入れているのである。
エリザベス・シューエル『オルフェウスの声』

まさに「詩人とテクノロジストは似通った操作をする族」だという指摘は、僕にとってはとてつもない発見だった。その前に読んだエルネスト・グラッシの『形象の力』(書評記事はこちら「形象の力/エルネスト・グラッシ」)で、すでに形象をとらえる詩的思考が論理的思考に先行することは理解していたものの、結局は詩そのものも世界理解という点でサイエンス・テクノロジー的な視点と何も変わらないことに気づかされたということは、すでにすこし前の記事「編集的思考でみずから解釈する、詩人のように」でも書いた通りである。
ここに我々を待ち侘びていたオルフェウスの声ひとり。その声は語る、”Naturforscher und Dichter habendurch eine Sprache sich immer wic ein Volk gezeigt.”−自然探求の者と詩人がひとつの言語を通して自分たちがひとつの種族であることをいつも示そうとする、と。ノヴァーリス、1798年の言葉だ。
エリザベス・シューエル『オルフェウスの声』

とあるとおり、この詩と科学の区別なく自然を解することを願うオルフィックな姿勢は、18世紀〜19世紀をまたぐロマン主義の詩人ノヴァーリスにも、その後のワーズワースやリルケにも受け継がれていく。いや、詩人だけではない、先に挙げたパウル・クレーなども同様にオルフィックな視点で世界を理解しようとしたテクノロジストだ。

ヒトという有機体が宇宙と対峙し互いがもう一方を解釈することを許す

すでに先に紹介済みのオウィディウスの『変身物語』というローマ時代の一大叙述詩は、シューエルのこの著作が生まれることになった震撼の源の1つなのだろうが、あらためて、なぜオルフェウスが後代のオルフィックな詩人の祖として見出されたのかを紹介しておこう。
『変身譚』はそれ自体、巨大なポストロジックなのである。主題と方法の双方向的なダイナミックスにおいて、オルフェウスという存在で言語と詩こそが中心的であるとする主張において、物質と方法に働きかける原理のひとつとして性に目をつけ続ける点において、自然過程の全射程を理解し、解釈するための具として神話を使おうとする点において、そしてその具を鏡映的に使って宇宙と精神をひとつにしようとし、相手にする形式はいつも半ばは現象だが半ばは精神と想像力のものであるという点において、見事にポストロジックである。それはこれらすべてによってその直系の伝統に祖としての地位を占める。「物質があらゆる局面、あらゆる条件で身に帯びる形態を扱い、さらに広義に、理論的に考えられるような形態を扱うもっと幅広い形態の学の一部」として、ということである。
エリザベス・シューエル『オルフェウスの声』

シューエルは、この本を通じて、こうした詩人のものの見方をポストロジックと呼んでいる。
この方法、というかポストロジックとは精神と身体を用いて、ヒトという有機体が宇宙と対峙し互いがもう一方を解釈することを許すようなダイナミックな構造(固定された抽象的なパターンでは決してない)をつくり上げるやり方である。
エリザベス・シューエル『オルフェウスの声』

「ヒトという有機体が宇宙と対峙し互いがもう一方を解釈することを許す」という、このやりとりは双方とも常に生きて死んで変わりゆく定めにある以上、「固定された抽象的なパターンでは決してない」。それはどのような代数学でも、幾何学でも、記述し論じるのはむずかしいだろう。
精神のみずからの構造なり神話に対する関係は包括的かつ鏡映的である。距離をとってなどいず、機能する精神はこのシステムのダイナミックの一部なのであり、それがまさに探求中である宇宙の中の何ものとも、その形式のよって結び合わされている。解釈の神話をつくるプロセスは言語が担い、精神とダイナミックな関係を結ぶ言語の構造は双方向の解釈を条件付け、同時にそれによって条件付けられもする。身体はこの方法の一部である。
エリザベス・シューエル『オルフェウスの声』

解釈という精神のなかで起こる現象は決して外なる世界からも切り離されていないし、もちろん、自身の身体の一部としてある。そうであるがゆえに「この方法は性と多産と密な関係にある」し、「それが機能するのに愛が必要である」とシューエルはいう。
「ヒトという有機体が宇宙と対峙し互いがもう一方を解釈することを許す」ということは、この性、この多産、そして、この愛と無関係ではありえないし、だからこそ、叙情的な詩に先んじて、叙述的な詩が精神と宇宙そのものとの媾合をうたったのだろう。



微生物を、遺伝子を、そして、新たに見えてきた宇宙を、あらためてポストロジックにみる

さて、ニュートンが『プリンキピア』で語ったことを代数的な思考ではなく、幾何学的思考で考えたとき、今の科学的思考とは別の思考が可能であったように、数学ではなく詩的な視点で考えることは宇宙をまた別の視点で考える可能性をもたらしてくれるはずだ。

特に、いまのように過度に、有効性や有益性ばかりを重視する物事の思考性では見えなくなっているものを見るためには、シューエルのいうポストロジックの思考でふたたび世界をみてみることも必要だったりするのではないだろうか。

これまで見えなかった微生物や遺伝子、そして、目の届かなかった宇宙を相手にしはじめたいまだからこそ、こうしたポストロジックな目で、世界と思考を媾合する姿勢が大事だと思える。


   

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posted by HIROKI tanahashi at 01:10| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする